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第2章「陰謀、粉砕祭り」
15:聖女は、かっこいい石を手に入れたけれど
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命からがら、という表現がこれほど似合う状況も珍しいだろう。私とカインは、完全に崩落して地の底へと沈んでいった「忘れられた神々の遺跡」を後にし、とぼとぼとブリガンディアへの帰路についていた。
私の手には、戦利品である例の石版のかけらがある。ずっしりと重くて、存在感は抜群だ。カインはその石ころを未だに「人類の至宝が……」「歴史的損失だ……」などと恨めしそうな目で見てくるが、私はまったく気にしない。これは私のものだ。かっこいい文鎮として、末永く、私のスローライフを彩ってもらうのだ。
帰り道は、行きよりもずっと楽だった。遺跡の崩落の衝撃で、周辺の魔物たちがどこかへ逃げてしまったらしく。一度も襲われることはなかった。
なんという結果オーライ。私の脳筋理論はいつだって正しいのだ。
ブリガンディアの街に戻ると、私たちはまたしても盛大な歓迎を受けた。英雄の帰還と称して、街を挙げての大賑わいである。
「おお、セレス様! ご無事でしたか!」
「宝探しに行くと聞いて、心配しておりましたぞ!」
街の人々は、私たちの無事を心から喜んでくれた。
その宝探しの過程で、歴史的価値のある巨大な遺跡をひとつ丸ごと消滅させたことなど、誰も知らない。知らぬが仏、というやつだ。
その日の夜は、私たちの帰還祝いの宴が開かれた。
街の広場には長テーブルが並べられ、そこには食べきれないほどのご馳走がずらりと並んでいる。私は久しぶりに食べる、温かい料理の味に感動していた。
「うーん、美味しい! やっぱり、冒険の後のご飯は格別ですね!」
私は骨付き肉にかぶりつきながら、満面の笑みを浮かべた。
カインも私の隣で、安堵の表情でエールを呷っている。
「ええ。生きて帰ってこられたからこそ、味わえる幸せですね」
「そうですね。このかっこいい石も手に入りましたし」
私はテーブルの隅に置いた石版のかけらを、ポンと叩いた。
カインは一瞬眉をひそめたが、すぐに諦めたように笑う。
「……セレス様がそうおっしゃるなら、それもまた、ひとつの宝なのでしょう」
彼はすっかり、私の扱い方をマスターしたらしい。
宴もたけなわになった頃。私はふと、あることに気づいた。石版のかけら――私の、かっこいい文鎮――が、ぼんやりと、青白い光を放っているのだ。
「……ん? カイン、見てください。光ってますよ」
「え? ……本当だ。これは一体……?」
カインが不思議そうに、石版に顔を近づける。石版に刻まれた古代文字が、まるで呼吸をするかのように明滅を繰り返していた。
その光景は、どこか幻想的で、美しい。
広場にいた他の人々も、その異変に気づいて、ざわめき始めた。
「なんだ、あの石は?」
「セレス様が遺跡から持ち帰ったという、お宝か?」
私がその光る石版に手を伸ばそうとした、その時だった。
石版の光が、ひときわ強く輝いた。
かと思うと、その表面にぼんやりと、映像のようなものが浮かび上がったのだ。
それはまるで、幻灯機で映し出されたかのような儚い画。曖昧な、しかし確かに、人の形をした影だった。
影はゆっくりと動き始め、何かを語りかけているようだった。
もちろん、声は聞こえない。
だが、その口の動きや身振り手振りから、それが何か重大なメッセージを伝えようとしているのが分かった。
「これは……! 古代の魔術的通信か、あるいは記録装置か……!」
カインが興奮したように叫ぶ。
「石版に込められた古代人のメッセージが、現代に蘇ったんだ! セレス様、これは本当にとんでもない大発見ですよ!」
「ふうん。なんだか、面白そうですね」
私は腕を組み、興味深そうに、その映像を眺めた。
映像の中の人物は、王冠のようなものをかぶっている。
どうやら古代の偉い王様らしい。
王様は何かを、必死の形相で訴えかけている。
時折、別の人物――おそらく宰相のような格好をした人物――を指さし、怒りの表情を浮かべていた。
その映像は、数分間続いた後、ふっと、光と共に消えてしまった。
石版はまた、ただの石ころに戻り、沈黙する。
「……消えてしまいましたね」
「なんと、いうことだ……。今のは、一体……」
カインは呆然と、石版を見つめている。
「おそらく、あの映像は、この国の歴史の裏に隠された重大な真実を、示していたのでしょう。王家の正当性を揺るがすような陰謀が、かつて存在したという……」
彼は元騎士としての知識と勘を総動員して、推測を巡らせている。
なるほど。
この石版は、ただのかっこいい文鎮ではなかったらしい。
宰相が血眼になって探していたのも頷ける。これがあれば、彼の王国転覆計画は大義名分を得て、大きく前進したことだろう。
そんなとんでもない代物を、私はただの石ころだと思って、持ち帰ってきてしまったわけだ。
そして、その片割れは遺跡の瓦礫の下。もはや二度と陽の目を見ることはない。
宰相閣下には、心から同情を禁じ得ない。南無南無。
私がそんなことを考えていると、カインが、はっとしたように顔を上げた。
「セレス様、思い出したことがあります! この石版の文様……どこかで見たことがあると思っていたのですが……」
「どこで、ですか?」
「私がまだ騎士団にいた頃……王宮の秘密書庫で、一度だけ目にしたことがある禁書。それに描かれていた文様にそっくりなのです!」
「禁書?」
「はい。それは初代聖女にまつわる書物でした。初代聖女は、治癒の力だけでなく、未来を予知する力も持っていたと言われています。彼女は自らの死の間際に、未来のある聖女に向けて、ひとつの予言を残したと……」
カインはそこで一度、言葉を切り。ゴクリと、唾を飲み込んだ。
「その予言とは、『いずれ王国に、大いなる災いが訪れる。その時、ひとりの聖女が現れるだろう。その聖女は祈りではなく、その類稀なる腕力で、すべてを粉砕し、王国を救う』……というものでした」
「…………」
腕力で、すべてを、粉砕する、聖女。
それってどう考えても私のことじゃないか。
なんだか、壮大で、面倒くさい話になってきた。
「その禁書には、こうも書かれていたそうです。その聖女が真の力を解放する鍵となるのが、『神々の記憶が宿りし石』である、と。……セレス様、この石版はまさしく、『神々の記憶が宿りし石』そのものなのではないでしょうか!」
カインの目が、再びキラキラと輝き始めた。
彼は、私を予言に謳われた救世主だと、完全に信じ込んでしまったらしい。
やめてほしい。
勘弁してくれ。
そんな重たい期待を私に向けないでくれ。
私はただ平和に、昼寝がしたいだけなのだ。
「……まあ、ただの石ころに変わりはありませんよ」
私はそう言って、光るのをやめた石版を、ひょいと、持ち上げた。
「それより、カイン。宴はまだこれからですよ。ほらあそこのお肉が焼けたようです。早くしないとなくなってしまいます」
「セ、セレス様! 今はもっと重要な話の途中では……!」
「お肉より重要な話など、この世には存在しません」
私はきっぱりと言い放ち、彼の腕を引っ張って焼き肉の屋台へと向かった。
カインは「ああ、もう……!」と天を仰ぐ。でも結局、私に逆らうことはできなかった。
その夜。
私は宿屋の自室で、手に入れた石版のかけらを改めて眺めていた。
月明かりを浴びて、その表面の古代文字が、またぼんやりと青白く輝いている。
予言の、聖女。
王国の、救世主。
正直、まったくピンとこない。
私にとっては、そんな大仰な肩書きよりも、これがどれくらい立派な文鎮になるか、ということの方がよほど重要だ。
私は試しに、石版を机の上に置き、その下に羊皮紙を一枚挟んでみた。
……うん、素晴らしい。
ずっしりとした重み。
絶妙な安定感。
そして何より、この古代文明のロマンを感じさせるデザイン。
これぞ、究極の文鎮だ。
「ふふっ。やっぱり、今回の宝探しは大成功でしたね」
私はひとり、満足げに頷いた。この石版が、これから私の行く先々でさらなる面倒ごとを引き寄せる原因になることなど、まったく考えずに。
ただ、手に入れたかっこいい石に心を躍らせながら、私は安眠につくのだった。
-つづく-
私の手には、戦利品である例の石版のかけらがある。ずっしりと重くて、存在感は抜群だ。カインはその石ころを未だに「人類の至宝が……」「歴史的損失だ……」などと恨めしそうな目で見てくるが、私はまったく気にしない。これは私のものだ。かっこいい文鎮として、末永く、私のスローライフを彩ってもらうのだ。
帰り道は、行きよりもずっと楽だった。遺跡の崩落の衝撃で、周辺の魔物たちがどこかへ逃げてしまったらしく。一度も襲われることはなかった。
なんという結果オーライ。私の脳筋理論はいつだって正しいのだ。
ブリガンディアの街に戻ると、私たちはまたしても盛大な歓迎を受けた。英雄の帰還と称して、街を挙げての大賑わいである。
「おお、セレス様! ご無事でしたか!」
「宝探しに行くと聞いて、心配しておりましたぞ!」
街の人々は、私たちの無事を心から喜んでくれた。
その宝探しの過程で、歴史的価値のある巨大な遺跡をひとつ丸ごと消滅させたことなど、誰も知らない。知らぬが仏、というやつだ。
その日の夜は、私たちの帰還祝いの宴が開かれた。
街の広場には長テーブルが並べられ、そこには食べきれないほどのご馳走がずらりと並んでいる。私は久しぶりに食べる、温かい料理の味に感動していた。
「うーん、美味しい! やっぱり、冒険の後のご飯は格別ですね!」
私は骨付き肉にかぶりつきながら、満面の笑みを浮かべた。
カインも私の隣で、安堵の表情でエールを呷っている。
「ええ。生きて帰ってこられたからこそ、味わえる幸せですね」
「そうですね。このかっこいい石も手に入りましたし」
私はテーブルの隅に置いた石版のかけらを、ポンと叩いた。
カインは一瞬眉をひそめたが、すぐに諦めたように笑う。
「……セレス様がそうおっしゃるなら、それもまた、ひとつの宝なのでしょう」
彼はすっかり、私の扱い方をマスターしたらしい。
宴もたけなわになった頃。私はふと、あることに気づいた。石版のかけら――私の、かっこいい文鎮――が、ぼんやりと、青白い光を放っているのだ。
「……ん? カイン、見てください。光ってますよ」
「え? ……本当だ。これは一体……?」
カインが不思議そうに、石版に顔を近づける。石版に刻まれた古代文字が、まるで呼吸をするかのように明滅を繰り返していた。
その光景は、どこか幻想的で、美しい。
広場にいた他の人々も、その異変に気づいて、ざわめき始めた。
「なんだ、あの石は?」
「セレス様が遺跡から持ち帰ったという、お宝か?」
私がその光る石版に手を伸ばそうとした、その時だった。
石版の光が、ひときわ強く輝いた。
かと思うと、その表面にぼんやりと、映像のようなものが浮かび上がったのだ。
それはまるで、幻灯機で映し出されたかのような儚い画。曖昧な、しかし確かに、人の形をした影だった。
影はゆっくりと動き始め、何かを語りかけているようだった。
もちろん、声は聞こえない。
だが、その口の動きや身振り手振りから、それが何か重大なメッセージを伝えようとしているのが分かった。
「これは……! 古代の魔術的通信か、あるいは記録装置か……!」
カインが興奮したように叫ぶ。
「石版に込められた古代人のメッセージが、現代に蘇ったんだ! セレス様、これは本当にとんでもない大発見ですよ!」
「ふうん。なんだか、面白そうですね」
私は腕を組み、興味深そうに、その映像を眺めた。
映像の中の人物は、王冠のようなものをかぶっている。
どうやら古代の偉い王様らしい。
王様は何かを、必死の形相で訴えかけている。
時折、別の人物――おそらく宰相のような格好をした人物――を指さし、怒りの表情を浮かべていた。
その映像は、数分間続いた後、ふっと、光と共に消えてしまった。
石版はまた、ただの石ころに戻り、沈黙する。
「……消えてしまいましたね」
「なんと、いうことだ……。今のは、一体……」
カインは呆然と、石版を見つめている。
「おそらく、あの映像は、この国の歴史の裏に隠された重大な真実を、示していたのでしょう。王家の正当性を揺るがすような陰謀が、かつて存在したという……」
彼は元騎士としての知識と勘を総動員して、推測を巡らせている。
なるほど。
この石版は、ただのかっこいい文鎮ではなかったらしい。
宰相が血眼になって探していたのも頷ける。これがあれば、彼の王国転覆計画は大義名分を得て、大きく前進したことだろう。
そんなとんでもない代物を、私はただの石ころだと思って、持ち帰ってきてしまったわけだ。
そして、その片割れは遺跡の瓦礫の下。もはや二度と陽の目を見ることはない。
宰相閣下には、心から同情を禁じ得ない。南無南無。
私がそんなことを考えていると、カインが、はっとしたように顔を上げた。
「セレス様、思い出したことがあります! この石版の文様……どこかで見たことがあると思っていたのですが……」
「どこで、ですか?」
「私がまだ騎士団にいた頃……王宮の秘密書庫で、一度だけ目にしたことがある禁書。それに描かれていた文様にそっくりなのです!」
「禁書?」
「はい。それは初代聖女にまつわる書物でした。初代聖女は、治癒の力だけでなく、未来を予知する力も持っていたと言われています。彼女は自らの死の間際に、未来のある聖女に向けて、ひとつの予言を残したと……」
カインはそこで一度、言葉を切り。ゴクリと、唾を飲み込んだ。
「その予言とは、『いずれ王国に、大いなる災いが訪れる。その時、ひとりの聖女が現れるだろう。その聖女は祈りではなく、その類稀なる腕力で、すべてを粉砕し、王国を救う』……というものでした」
「…………」
腕力で、すべてを、粉砕する、聖女。
それってどう考えても私のことじゃないか。
なんだか、壮大で、面倒くさい話になってきた。
「その禁書には、こうも書かれていたそうです。その聖女が真の力を解放する鍵となるのが、『神々の記憶が宿りし石』である、と。……セレス様、この石版はまさしく、『神々の記憶が宿りし石』そのものなのではないでしょうか!」
カインの目が、再びキラキラと輝き始めた。
彼は、私を予言に謳われた救世主だと、完全に信じ込んでしまったらしい。
やめてほしい。
勘弁してくれ。
そんな重たい期待を私に向けないでくれ。
私はただ平和に、昼寝がしたいだけなのだ。
「……まあ、ただの石ころに変わりはありませんよ」
私はそう言って、光るのをやめた石版を、ひょいと、持ち上げた。
「それより、カイン。宴はまだこれからですよ。ほらあそこのお肉が焼けたようです。早くしないとなくなってしまいます」
「セ、セレス様! 今はもっと重要な話の途中では……!」
「お肉より重要な話など、この世には存在しません」
私はきっぱりと言い放ち、彼の腕を引っ張って焼き肉の屋台へと向かった。
カインは「ああ、もう……!」と天を仰ぐ。でも結局、私に逆らうことはできなかった。
その夜。
私は宿屋の自室で、手に入れた石版のかけらを改めて眺めていた。
月明かりを浴びて、その表面の古代文字が、またぼんやりと青白く輝いている。
予言の、聖女。
王国の、救世主。
正直、まったくピンとこない。
私にとっては、そんな大仰な肩書きよりも、これがどれくらい立派な文鎮になるか、ということの方がよほど重要だ。
私は試しに、石版を机の上に置き、その下に羊皮紙を一枚挟んでみた。
……うん、素晴らしい。
ずっしりとした重み。
絶妙な安定感。
そして何より、この古代文明のロマンを感じさせるデザイン。
これぞ、究極の文鎮だ。
「ふふっ。やっぱり、今回の宝探しは大成功でしたね」
私はひとり、満足げに頷いた。この石版が、これから私の行く先々でさらなる面倒ごとを引き寄せる原因になることなど、まったく考えずに。
ただ、手に入れたかっこいい石に心を躍らせながら、私は安眠につくのだった。
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