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第3章「決戦、未来は拳で切り開かれる」
29:聖女は、面倒ごとを投げ出して自由を求める
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すべての元凶である宰相デューク・ヴァルトに、私の積年の恨みを込めたデコピンをお見舞いしてから数日。王都は驚異的な速さで復興へと向かっていた。
魔神によってもたらされた絶望は、私という規格外の存在の登場と、新聖女リリアナの献身的な救護活動によって、希望の光へと変わっていた。人々は瓦礫の中から立ち上がり、互いに手を取り合い、明日への一歩を力強く踏み出している。
国王陛下も、何者かに毒を盛られていたらしい。今となってはその黒幕が誰かなど言うまでもない。宰相が失脚したことで毒から解放され、心身共に快方に向かっているという。
王都は大きな傷を負いながらも、新たな時代を迎えようとしている。
その中心には、常にふたりの聖女の存在があった。
人々を癒し、導く、慈愛の聖女リリアナ。
そして、あらゆる理不尽を拳ひとつで粉砕する、剛腕の聖女セレスティア。
私たちは、いつしか民衆からそう呼ばれるようになっていた。
……正直、居心地が悪い。
非常に、悪い。
私は王城に与えられた一室で、窓の外を眺めながら深くため息をついた。
英雄。救世主。剛腕聖女。
というか、以前は豪快聖女とか呼ばれていなかっただろうか。どっちかはっきりしろ、と思わなくもない。でも、噂話なんてそんなもの、と言ってしまえばそれまでだ。これが自分のことでなければ、私も笑ってお終いだったに違いない。
呼び方が定まらない異名なんて、どうでもいい。
どれもこれも、私が望んだものではないのだから。
私が望むのは、ただひとつ。
誰にも注目されず、誰にも邪魔されず、ただひたすらにゴロゴロと惰眠を貪る。そんな究極のスローライフだ。
そのささやかな願いが叶う日は、一体いつになったら来るのだろうか。
もう何度目か分からない自問をしていると、部屋の扉がノックされる。
入室を許可すると、やってきたのはひとりの騎士。
「聖女セレスティア様。陛下が、お呼びです」
またか。
ここ数日、私は毎日のように、王や貴族たちに呼び出されていた。
魔神との戦いの詳細な報告。
宰相の陰謀に関する証言。
そして何より、今後の私の処遇についての話し合い。
私にとって、そのすべてが面倒くさいことこの上なかった。
「……分かりました。すぐに行きます」
私は重い腰を上げ、謁見の間へと向かった。
◇ ◇ ◇
謁見の間には、すでに主要な人物が勢揃いしていた。
玉座には、まだ顔色は優れないものの、威厳を取り戻した国王陛下。
その隣には、私のかつての上司、アークビショップ・オルコット。さらに聖女リリアナが、静かに佇んでいる。
他にもいろいろとお偉い貴族たちがいっぱいいた。そして、部屋の隅にはなぜか、背筋をぴんと伸ばし、緊張した面持ちをしたカインの姿もあった。
私が玉座の前に進み出ると、国王陛下が穏やかな、しかし力強い声で口を開く。
「聖女セレスティア。いや――セレスティア殿。此度の働き、まことに見事であった。そなたの、その比類なき力なくしては、この王国は今頃滅び去っていただろう。国を代表し、心から感謝する」
国王はそう言うと、玉座から立ち上がり、私に、深々と頭を下げた。
周りの貴族たちも、それに倣う。
以前、私が追放を宣告された時とは、まるで正反対の光景だった。
「……お言葉、痛み入ります」
私は、とりあえず、当たり障りのない、返事をしておいた。
なにかと呼び出されるたびに、あらゆる人に礼と感謝の言葉を向けられていた。あまりにしつこく感謝されるので、今では「ひょっとして逆に私の気分を害するためにやっているのではないか」と訝しんでいるくらいだった。礼も過ぎればなんとやら、というやつだ。
けれど、今日はいつにも増して丁重な礼を尽くされている。なにしろ、国王陛下直々にお礼の言葉を言い、起立して頭まで下げたのだ。さすがの私も、これにはいささか驚かされた。
「ついては、そなたにかけられた『偽りの聖女』という不名誉な嫌疑を、正式に取り消す所存だ。そして改めて、そなたをこの国の『護国の聖女』として迎え入れたいと、考えておる」
思わず顔をしかめそうになり、全力で無表情を取り繕う。
護国の聖女。
また、面倒くさそうな肩書きが出てきた。
私の内心など知らず、国王はさらに続ける。
「そなたには、聖女リリアナと共に、この国の復興と平和のために、その力を振るってもらいたい。もちろん、地位も名誉も、望むだけの財産も約束しよう。どうだろうか?」
それは、破格の提案だった。
追放された罪人が、一転して国の英雄として最高の待遇を受ける。
普通の人間なら泣いて喜ぶ場面だろう。
事実、視界の端に入っているカインは、「おお……!」と、感涙にむせびそうな声を漏らしている。まるで我がことのように。
しかし、私の心はまったく動かなかった。
地位? 名誉? 財産?
そんなもの、私が望むスローライフの前では、何の意味もなさない。
むしろ、護国の聖女なんてものになってしまったらどうなるか。それこそ毎日、面倒な公務に追われることになるのは目に見えている。
書類仕事、会議、式典への出席……。
考えるだけで頭が痛くなってきた。
前世の残業地獄の再来ではないか。
それだけは絶対に、ごめんだった。
私が返答に窮していると、今まで黙っていたオルコットが、一歩前に出た。
「お待ちください、陛下」
彼は一度、私に視線を向けると、どこか決まりが悪そうに咳払いをした。
「聖女セレスティア。……いや、セレスティア殿。かつて、わしは君の力を理解できず、君を偽りと断じてしまった。その不明を恥じると共に、心から詫びたい。……すまなかった」
オルコットが、私に頭を下げた。
あの、頑固でプライドの高い老人が。
それは私にとって、国王の言葉よりもずっと、衝撃的な出来事だった。
「……わしは、聖女とはこうあるべきだという、古い固定観念に囚われていた。だが君は、その常識を打ち破り、自らのやり方でこの国を救ってくれた。君こそが、神がこの混迷の時代に遣わした、真の聖女なのかもしれん」
彼の言葉には、偽りはなかった。
長年の信仰と現実との狭間で、彼なりに苦しみ、たどり着いた結論なのだろう。
さらに、リリアナも、おずおずと前に進み出た。
「セレスティア様……。私も、あなたに謝らなければなりません。私は、あなたから聖女の座を奪い、あなたを追放に追い込んだ……。それなのに、あなたは、私を助けてくださった……。本当に、ありがとうございました」
彼女は涙を浮かべながら、私に深々と頭を下げた。
その姿はもはや、宰相の操り人形だった頃の、儚げな少女ではなかった。
多くの人々を救い、自分の足で立った、ひとりの強い女性の顔をしていた。
国王陛下、アークビショップ、そして現聖女。
この国のトップたちが揃いも揃って、私に頭を下げている。
そして、誰もが私に、この国に残ってほしいと願っている。
その期待の眼差しが、私には何よりも重かった。
ああ、もう。
本当に、本当に、面倒くさい。
私は心の中で、大きくため息をついた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「――お断りします」
私のその一言に、謁見の間は水を打ったように静まり返った。
誰もが、自分の耳を疑っているようだった。
国王が、呆然と私を見る。
「……い、今、何と……?」
「ですから、お断りします、と。護国の聖女とやらには、なりません」
「な、なぜだ!? 何か、不満でもあるのか? 望みがあるなら何でも言ってくれて構わんのだぞ!」
「不満、ですか。ええ、あります。山ほど」
私は、きっぱりと言い放った。
堂々と、なにに遠慮することもなく。
「聖女は考えることが多くて、肩が凝るんです。書類仕事も多いですし、会議も長い。何より早起きが辛い。私の理想の生活とは、あまりにもかけ離れています」
「…………は?」
国王が、間抜けな声を上げた。
私のあまりにも個人的で俗っぽい理由に、ついてこれていないようだった。それは国王陛下だけではないようで。オルコット、リリアナ、その他の貴族も全員、この謁見の間にいる誰もが、ポカンとした顔になっている。
私は、そんな彼らに構わず話を続ける。
「この国にはもう、私のような規格外の暴力は必要ありません。これからの時代に必要なのは、破壊ではなく、再生です。傷ついた人々を癒し、心を繋ぎ、国を立て直していく力。それこそが、真の聖女の役目でしょう」
そう言って、リリアナの方を見た。
彼女は驚いたように、私を見つめ返している。
「その役目は、あなたの方がずっとふさわしい。私は、ただの脳筋です。難しいことは分かりませんし、考えるのも嫌いです。だから、あとはお願いします」
私は、にっこりと、彼女に微笑みかけた。
それは、すべての面倒ごとを押し付ける、最高の笑顔だった。
「……そ、そんな……。私ひとりでは……」
「ひとりではありませんよ」
不安そうな顔をするリリアナに、続きを言わせまいと言葉を被せる。そして、皆と同様に固まっているカインを指さした。
「カイン!」
「は、はいっ!?」
突然、カインは名を呼ばれ、硬直から開放されて姿勢を正す。これまで私と一緒にいたがゆえに染みついてしまった、条件反射かもしれない。
「あなたは今日から、聖女リリアナの護衛騎士です。彼女を全力でサポートしてあげてください。あなたの知識と経験は、きっと彼女の助けになるはずです」
「え、えええええっ!?」
カインが、素っ頓狂な悲鳴を上げる。国王陛下の前であるとか、そういう意識はどこかへ行ってしまったようだ。
「せ、セレス様!? お、俺は、あなた様の護衛で……!」
「もう、必要ありません。私はひとりで、十分強いので」
私は、彼の抗議をばっさりと切り捨てた。
「いいですか、カイン。これからは、私の代わりに、あなたが面倒ごとを引き受けるのです。頑張ってくださいね。期待していますよ」
「む、無茶苦茶だぁぁぁ!」
カインの悲痛な叫びが、謁見の間にこだまする。
私は、そんな彼に同情の視線を送る。
だがそれと同時に、心の中ではガッツポーズをしていた。
これでよし。
私の護衛という名の雑用係の役目も、無事に引き継がれた。
後始末は、完璧だ。
「……というわけで、陛下。そういうことですので、私はこれで失礼します」
私は、呆然とする国王たちにぺこりと頭を下げ、踵を返した。
「ま、待て! セレスティア殿! どこへ、行くつもりだ!」
国王が慌てて、引き留めようとする。
私はその声に振り返り、最高の笑顔で答えた。
そんなもの、決まっているじゃありませんか。
「――もっと楽で、楽しい場所を探しに、ですよ」
それが、私の最後の言葉だった。
さらに声をかけられないように、私はすぐに駆け出す。ただし、謁見の間の出入り口ではなく、すぐそばの大きな窓に向かって。
意に沿わぬ場所から脱出するには、最短距離でショートカットする。
かつて崩落した遺跡で得た教訓がここで活きることになった。
――ガッシャァァァァンッ!!
大きな窓のガラスが割れる音が響き渡る。
私は盛大に、謁見の間の大きな窓を蹴破った。アクション映画さながらの動きで外へと身ひとつで飛び出し、この国の重要人物たちの前からダイナミック退出を試みる。自分で言うのもなんだが、前代未聞のことだろう。
背後で何か叫んでいる声が聞こえる。
でも、もう遅い。
その声はもう私には届かない。
私は、風に乗って、どこまでも自由な空を飛んでいくのだから。
追放された聖女。
偽りの聖女。
剛腕聖女。
護国の聖女。
色々と言われたけれど、もう、そんな肩書きはどうでもいい。
私は、ただの私。
セレスティアだ。
面倒なことは大嫌いで、平穏なスローライフを何よりも欲する、ただの脳筋女。
それで、十分だった。
私の行く先々で、またシリアスな事件や、陰謀が待ち受けているのかもしれない。そして、私はきっと片っ端から、能天気な脳筋ムーブで粉砕していくのだろう。
まぁそれも、また一興か。
謁見の間から飛び降りた私に、ぐんぐんと地面が近づいてくる。
スタッ、と、私は見事な姿勢で着地を決めた。
思わずポーズまで取ってしまった私に、蹴破った窓のガラスが降り注いでくる。もちろん、そんなものでは私の身体は傷つかない。むしろキラキラと輝くガラスの破片たちが、私の新たな門出を祝福しているかのように思えた。
思わず、ふふっ、と笑みがこぼれてしまう。
さぁ、行こう。
この歩みはきっと、本当のスローライフへと繋がっている。
邪魔をするなら、この剛腕ですべてを薙ぎ払うぞ。
改めてそう決意しながら、私は新たな一歩を進み始めるのだった。
-了-
ゆきむらです。御機嫌如何。
『追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する』、これにて完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今作は、「転生」「聖女」「追放」といったweb小説のお約束要素を、
ちょっとベクトルをずらして書いてみようという思いつきで始まりました。
どうにか完結させられてなによりです。
勢いとノリに任せて書いた感は否めませんが、
ゆきむら的には悪くない出来だと思っております。
読んでくださった皆様も、
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
現在、新しい小説ネタを構想中。
またそれとは別に、
ファンタジー小説っぽいものや、
歴史小説っぽいものを、
週イチで定期更新しています。
よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
それでは、またお会いしましょう。
ゆきむらでした。
魔神によってもたらされた絶望は、私という規格外の存在の登場と、新聖女リリアナの献身的な救護活動によって、希望の光へと変わっていた。人々は瓦礫の中から立ち上がり、互いに手を取り合い、明日への一歩を力強く踏み出している。
国王陛下も、何者かに毒を盛られていたらしい。今となってはその黒幕が誰かなど言うまでもない。宰相が失脚したことで毒から解放され、心身共に快方に向かっているという。
王都は大きな傷を負いながらも、新たな時代を迎えようとしている。
その中心には、常にふたりの聖女の存在があった。
人々を癒し、導く、慈愛の聖女リリアナ。
そして、あらゆる理不尽を拳ひとつで粉砕する、剛腕の聖女セレスティア。
私たちは、いつしか民衆からそう呼ばれるようになっていた。
……正直、居心地が悪い。
非常に、悪い。
私は王城に与えられた一室で、窓の外を眺めながら深くため息をついた。
英雄。救世主。剛腕聖女。
というか、以前は豪快聖女とか呼ばれていなかっただろうか。どっちかはっきりしろ、と思わなくもない。でも、噂話なんてそんなもの、と言ってしまえばそれまでだ。これが自分のことでなければ、私も笑ってお終いだったに違いない。
呼び方が定まらない異名なんて、どうでもいい。
どれもこれも、私が望んだものではないのだから。
私が望むのは、ただひとつ。
誰にも注目されず、誰にも邪魔されず、ただひたすらにゴロゴロと惰眠を貪る。そんな究極のスローライフだ。
そのささやかな願いが叶う日は、一体いつになったら来るのだろうか。
もう何度目か分からない自問をしていると、部屋の扉がノックされる。
入室を許可すると、やってきたのはひとりの騎士。
「聖女セレスティア様。陛下が、お呼びです」
またか。
ここ数日、私は毎日のように、王や貴族たちに呼び出されていた。
魔神との戦いの詳細な報告。
宰相の陰謀に関する証言。
そして何より、今後の私の処遇についての話し合い。
私にとって、そのすべてが面倒くさいことこの上なかった。
「……分かりました。すぐに行きます」
私は重い腰を上げ、謁見の間へと向かった。
◇ ◇ ◇
謁見の間には、すでに主要な人物が勢揃いしていた。
玉座には、まだ顔色は優れないものの、威厳を取り戻した国王陛下。
その隣には、私のかつての上司、アークビショップ・オルコット。さらに聖女リリアナが、静かに佇んでいる。
他にもいろいろとお偉い貴族たちがいっぱいいた。そして、部屋の隅にはなぜか、背筋をぴんと伸ばし、緊張した面持ちをしたカインの姿もあった。
私が玉座の前に進み出ると、国王陛下が穏やかな、しかし力強い声で口を開く。
「聖女セレスティア。いや――セレスティア殿。此度の働き、まことに見事であった。そなたの、その比類なき力なくしては、この王国は今頃滅び去っていただろう。国を代表し、心から感謝する」
国王はそう言うと、玉座から立ち上がり、私に、深々と頭を下げた。
周りの貴族たちも、それに倣う。
以前、私が追放を宣告された時とは、まるで正反対の光景だった。
「……お言葉、痛み入ります」
私は、とりあえず、当たり障りのない、返事をしておいた。
なにかと呼び出されるたびに、あらゆる人に礼と感謝の言葉を向けられていた。あまりにしつこく感謝されるので、今では「ひょっとして逆に私の気分を害するためにやっているのではないか」と訝しんでいるくらいだった。礼も過ぎればなんとやら、というやつだ。
けれど、今日はいつにも増して丁重な礼を尽くされている。なにしろ、国王陛下直々にお礼の言葉を言い、起立して頭まで下げたのだ。さすがの私も、これにはいささか驚かされた。
「ついては、そなたにかけられた『偽りの聖女』という不名誉な嫌疑を、正式に取り消す所存だ。そして改めて、そなたをこの国の『護国の聖女』として迎え入れたいと、考えておる」
思わず顔をしかめそうになり、全力で無表情を取り繕う。
護国の聖女。
また、面倒くさそうな肩書きが出てきた。
私の内心など知らず、国王はさらに続ける。
「そなたには、聖女リリアナと共に、この国の復興と平和のために、その力を振るってもらいたい。もちろん、地位も名誉も、望むだけの財産も約束しよう。どうだろうか?」
それは、破格の提案だった。
追放された罪人が、一転して国の英雄として最高の待遇を受ける。
普通の人間なら泣いて喜ぶ場面だろう。
事実、視界の端に入っているカインは、「おお……!」と、感涙にむせびそうな声を漏らしている。まるで我がことのように。
しかし、私の心はまったく動かなかった。
地位? 名誉? 財産?
そんなもの、私が望むスローライフの前では、何の意味もなさない。
むしろ、護国の聖女なんてものになってしまったらどうなるか。それこそ毎日、面倒な公務に追われることになるのは目に見えている。
書類仕事、会議、式典への出席……。
考えるだけで頭が痛くなってきた。
前世の残業地獄の再来ではないか。
それだけは絶対に、ごめんだった。
私が返答に窮していると、今まで黙っていたオルコットが、一歩前に出た。
「お待ちください、陛下」
彼は一度、私に視線を向けると、どこか決まりが悪そうに咳払いをした。
「聖女セレスティア。……いや、セレスティア殿。かつて、わしは君の力を理解できず、君を偽りと断じてしまった。その不明を恥じると共に、心から詫びたい。……すまなかった」
オルコットが、私に頭を下げた。
あの、頑固でプライドの高い老人が。
それは私にとって、国王の言葉よりもずっと、衝撃的な出来事だった。
「……わしは、聖女とはこうあるべきだという、古い固定観念に囚われていた。だが君は、その常識を打ち破り、自らのやり方でこの国を救ってくれた。君こそが、神がこの混迷の時代に遣わした、真の聖女なのかもしれん」
彼の言葉には、偽りはなかった。
長年の信仰と現実との狭間で、彼なりに苦しみ、たどり着いた結論なのだろう。
さらに、リリアナも、おずおずと前に進み出た。
「セレスティア様……。私も、あなたに謝らなければなりません。私は、あなたから聖女の座を奪い、あなたを追放に追い込んだ……。それなのに、あなたは、私を助けてくださった……。本当に、ありがとうございました」
彼女は涙を浮かべながら、私に深々と頭を下げた。
その姿はもはや、宰相の操り人形だった頃の、儚げな少女ではなかった。
多くの人々を救い、自分の足で立った、ひとりの強い女性の顔をしていた。
国王陛下、アークビショップ、そして現聖女。
この国のトップたちが揃いも揃って、私に頭を下げている。
そして、誰もが私に、この国に残ってほしいと願っている。
その期待の眼差しが、私には何よりも重かった。
ああ、もう。
本当に、本当に、面倒くさい。
私は心の中で、大きくため息をついた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「――お断りします」
私のその一言に、謁見の間は水を打ったように静まり返った。
誰もが、自分の耳を疑っているようだった。
国王が、呆然と私を見る。
「……い、今、何と……?」
「ですから、お断りします、と。護国の聖女とやらには、なりません」
「な、なぜだ!? 何か、不満でもあるのか? 望みがあるなら何でも言ってくれて構わんのだぞ!」
「不満、ですか。ええ、あります。山ほど」
私は、きっぱりと言い放った。
堂々と、なにに遠慮することもなく。
「聖女は考えることが多くて、肩が凝るんです。書類仕事も多いですし、会議も長い。何より早起きが辛い。私の理想の生活とは、あまりにもかけ離れています」
「…………は?」
国王が、間抜けな声を上げた。
私のあまりにも個人的で俗っぽい理由に、ついてこれていないようだった。それは国王陛下だけではないようで。オルコット、リリアナ、その他の貴族も全員、この謁見の間にいる誰もが、ポカンとした顔になっている。
私は、そんな彼らに構わず話を続ける。
「この国にはもう、私のような規格外の暴力は必要ありません。これからの時代に必要なのは、破壊ではなく、再生です。傷ついた人々を癒し、心を繋ぎ、国を立て直していく力。それこそが、真の聖女の役目でしょう」
そう言って、リリアナの方を見た。
彼女は驚いたように、私を見つめ返している。
「その役目は、あなたの方がずっとふさわしい。私は、ただの脳筋です。難しいことは分かりませんし、考えるのも嫌いです。だから、あとはお願いします」
私は、にっこりと、彼女に微笑みかけた。
それは、すべての面倒ごとを押し付ける、最高の笑顔だった。
「……そ、そんな……。私ひとりでは……」
「ひとりではありませんよ」
不安そうな顔をするリリアナに、続きを言わせまいと言葉を被せる。そして、皆と同様に固まっているカインを指さした。
「カイン!」
「は、はいっ!?」
突然、カインは名を呼ばれ、硬直から開放されて姿勢を正す。これまで私と一緒にいたがゆえに染みついてしまった、条件反射かもしれない。
「あなたは今日から、聖女リリアナの護衛騎士です。彼女を全力でサポートしてあげてください。あなたの知識と経験は、きっと彼女の助けになるはずです」
「え、えええええっ!?」
カインが、素っ頓狂な悲鳴を上げる。国王陛下の前であるとか、そういう意識はどこかへ行ってしまったようだ。
「せ、セレス様!? お、俺は、あなた様の護衛で……!」
「もう、必要ありません。私はひとりで、十分強いので」
私は、彼の抗議をばっさりと切り捨てた。
「いいですか、カイン。これからは、私の代わりに、あなたが面倒ごとを引き受けるのです。頑張ってくださいね。期待していますよ」
「む、無茶苦茶だぁぁぁ!」
カインの悲痛な叫びが、謁見の間にこだまする。
私は、そんな彼に同情の視線を送る。
だがそれと同時に、心の中ではガッツポーズをしていた。
これでよし。
私の護衛という名の雑用係の役目も、無事に引き継がれた。
後始末は、完璧だ。
「……というわけで、陛下。そういうことですので、私はこれで失礼します」
私は、呆然とする国王たちにぺこりと頭を下げ、踵を返した。
「ま、待て! セレスティア殿! どこへ、行くつもりだ!」
国王が慌てて、引き留めようとする。
私はその声に振り返り、最高の笑顔で答えた。
そんなもの、決まっているじゃありませんか。
「――もっと楽で、楽しい場所を探しに、ですよ」
それが、私の最後の言葉だった。
さらに声をかけられないように、私はすぐに駆け出す。ただし、謁見の間の出入り口ではなく、すぐそばの大きな窓に向かって。
意に沿わぬ場所から脱出するには、最短距離でショートカットする。
かつて崩落した遺跡で得た教訓がここで活きることになった。
――ガッシャァァァァンッ!!
大きな窓のガラスが割れる音が響き渡る。
私は盛大に、謁見の間の大きな窓を蹴破った。アクション映画さながらの動きで外へと身ひとつで飛び出し、この国の重要人物たちの前からダイナミック退出を試みる。自分で言うのもなんだが、前代未聞のことだろう。
背後で何か叫んでいる声が聞こえる。
でも、もう遅い。
その声はもう私には届かない。
私は、風に乗って、どこまでも自由な空を飛んでいくのだから。
追放された聖女。
偽りの聖女。
剛腕聖女。
護国の聖女。
色々と言われたけれど、もう、そんな肩書きはどうでもいい。
私は、ただの私。
セレスティアだ。
面倒なことは大嫌いで、平穏なスローライフを何よりも欲する、ただの脳筋女。
それで、十分だった。
私の行く先々で、またシリアスな事件や、陰謀が待ち受けているのかもしれない。そして、私はきっと片っ端から、能天気な脳筋ムーブで粉砕していくのだろう。
まぁそれも、また一興か。
謁見の間から飛び降りた私に、ぐんぐんと地面が近づいてくる。
スタッ、と、私は見事な姿勢で着地を決めた。
思わずポーズまで取ってしまった私に、蹴破った窓のガラスが降り注いでくる。もちろん、そんなものでは私の身体は傷つかない。むしろキラキラと輝くガラスの破片たちが、私の新たな門出を祝福しているかのように思えた。
思わず、ふふっ、と笑みがこぼれてしまう。
さぁ、行こう。
この歩みはきっと、本当のスローライフへと繋がっている。
邪魔をするなら、この剛腕ですべてを薙ぎ払うぞ。
改めてそう決意しながら、私は新たな一歩を進み始めるのだった。
-了-
ゆきむらです。御機嫌如何。
『追放された転生聖女は、無手ですべてを粉砕する』、これにて完結です。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
今作は、「転生」「聖女」「追放」といったweb小説のお約束要素を、
ちょっとベクトルをずらして書いてみようという思いつきで始まりました。
どうにか完結させられてなによりです。
勢いとノリに任せて書いた感は否めませんが、
ゆきむら的には悪くない出来だと思っております。
読んでくださった皆様も、
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
現在、新しい小説ネタを構想中。
またそれとは別に、
ファンタジー小説っぽいものや、
歴史小説っぽいものを、
週イチで定期更新しています。
よろしければそちらも読んでいただけると嬉しいです。
それでは、またお会いしましょう。
ゆきむらでした。
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