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第二章 エルダ村、楽園創造への道
08:エリクサーとエルフの姫
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意識が浮上していく感覚。それはまるで、温かい水の中からゆっくりと顔を出すようだった。
最初に感じたのは、柔らかな草の匂いと、頬を撫でる穏やかな風。そして、誰かが僕の頭を優しく撫でている、心地よい感触だった。
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。視界に飛び込んできたのは、木々の葉の隙間から差し込む、きらきらとした木漏れ日だった。
そして。
「……目が、覚めましたか?」
澄み切っていて、鈴を転がすような声が、すぐ側から聞こえた。
声のした方へ顔を向けると、そこには銀色の髪を持つエルフの少女が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。僕の頭は、彼女の膝の上に優しく乗せられていた。膝枕、というやつだ。
茨の奥で呪いの結界に囚われていた少女だ。先ほどまで呪いに苦しんでいたとは思えないほど、彼女の顔には健康的な血の気が戻っている。翡翠のように美しい瞳は、深い森の湖を思わせる神秘的な輝きを湛えていた。
「君は……」
「ごめんなさい、私が未熟なばかりに……。あなた様のお力添えがなければ、私は永遠にあの呪いから解放されることはなかったでしょう」
少女はそう言うと、深く頭を下げた。その優雅な所作は育ちの良さを感じさせる。
僕はゆっくりと身体を起こした。魔力を使い果たした後の気怠さは残っているが、不思議と以前ほどひどい疲労感はなかった。むしろ、身体の奥から穏やかな力が湧き上がってくるような感覚さえある。
「……君が、何かしてくれたのかい?」
僕が尋ねると、少女は少しはにかみながら頷いた。
「あなた様の消耗があまりに激しかったので、私の持つ癒しの力で、少しだけ魔力の回復をお手伝いさせていただきました。精霊魔法、と申します」
彼女がそっと僕の腕に触れると、そこから温かい光が流れ込む。残っていた倦怠感がすうっと消えていくのが分かった。
これが、エルフ固有の魔法。
なんて穏やかで、優しい力なんだろう。
「ありがとう、助かったよ。僕はアルト。君の名前は?」
「私はルナ、と申します」
ルナ、と名乗った少女は、改めて僕に向き直る。エルフ族の流儀なのであろう、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「我が命の恩人、アルト様。このご恩は、決して忘れませぬ」
「様なんてつけなくていいよ、アルトでいい。それに、僕が好きでやったことだから。気にしないで」
僕がそう言うと、ルナは少し驚いたように目を丸くし、そしてふふっと小さく笑った。その笑顔は、まるで花がほころぶように可憐で、僕は思わず見とれてしまった。
「……アルトは、とてもお優しいのですね」
彼女の言葉に、僕は少し気恥ずかしくなってしまう。
それをごまかすように、話題を変えることにした。
「それより、君は一体なぜあんな場所に? あの茨は、邪竜の呪いそのものだった。普通の人間なら、触れただけで魂ごと喰われてしまうほど強力なものだ」
僕の問いに、ルナの表情が曇った。
その美しい瞳に、深い悲しみの色が浮かぶ。
「……私は、あそこで眠っていたのではありません。封じられていたのです」
「封じられていた?」
「はい。私は……滅びたエルフの王国『エルヴンハイム』の、生き残りです」
その言葉は、僕にとって衝撃的だった。
エルフの王国。それは何百年も前に滅びたとされる、伝説上の存在だ。ギルドの書物で読んだことがある。この魔の森が、まだ「大精霊樹の森」と呼ばれていた頃、その中心で栄華を誇っていたという幻の王国。
ルナは、ぽつりぽつりと語り始めた。
50年前、邪竜アズ=ダハーカが森を襲い、エルフの王国は一夜にして滅びたこと。
彼女の両親である国王と王妃が、最後の力を振り絞って幼い彼女を転移魔法で逃がしたこと。
しかし、逃げる間際に邪竜の呪いを受け、生命力を奪われ続けながら、この祭壇で眠りについていたこと。
彼女の眠りは、死に向かうための、あまりにも永い時間だったのだ。
「……そう、だったのか。辛いことを思い出させて、すまない」
「いえ……。お話しできて、むしろ少し楽になりました。ずっと、誰にも話せませんでしたから」
ルナは寂しそうに微笑んだ。その笑顔は、彼女が背負ってきた孤独の深さを物語っているようで、僕の胸を締め付けた。
僕は、そんな彼女に何か言葉をかけてあげたかったが、気の利いた言葉など思いつかなかった。ただ、ひとつだけ、聞かなければならないことがあった。
「君を救ったのは、エリクサーという薬だ。その材料は伝説級のものばかりだった。僕はそれを、僕のスキルで『創造』したんだ。君は、僕のこの力について、何か知っているんじゃないか?」
僕の問いに、ルナはこくりと頷いた。
彼女は僕の目をまっすぐに見つめ、その翡翠の瞳に真剣な光を宿す。
「あなた様の力は、ただの錬金術ではありません。それは……世界の理そのものに干渉する、神の御業。我が一族の最古の伝承にのみ記されている、原初の創造の力です」
「原初の、創造の力……」
「はい。世界がまだ混沌に満ちていた頃、神々が星々や生命を創造した際に用いた力。その欠片です。それが、あなた様のスキル【物質創造】の正体なのです」
ルナの口から語られた言葉は、僕の想像を遥かに超えるものだった。
僕のスキルが、神の力?
そんなものが、僕のような人間に宿っていいのか?
「信じられない、というお気持ちは分かります。ですが、エリクサーを無から創造するなどという芸当は、それ以外に説明がつきません。あなた様の力は、この世界を救うことも、そして……滅ぼすこともできるでしょう」
その言葉は、静かだが、ずっしりと重かった。自分がとんでもない力を手にしてしまったのだという事実を、改めて突きつけられた。
勇者パーティーでは、役立たずと罵られたこの力が、世界を滅ぼせる…?
まるで、悪い冗談のようだ。
僕が言葉を失っていると、ルナはゆっくりと立ち上がり、僕の前に膝をついた。そして、僕の手を、彼女の両手で優しく包み込んだ。
「アルト。どうか、私をあなた様のおそばに置いてください」
「え……?」
「私は、呪いに囚われていた50年間、ずっと無力でした。同胞が滅びゆくのを、ただ夢の中で見ていることしかできなかった。ですが、あなた様と出会い、私は初めて希望を見出したのです」
彼女の瞳は、切実な願いで潤んでいた。
「あなた様のそのお力はあまりにも強大で、そして危険です。使い方を誤れば、あなた様自身をも滅ぼしかねない。ですが、私の精霊魔法があれば、その力の暴走を抑え安定させることができます。私の力は、あなた様のお役に立てるはずです」
彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
実際、先ほど彼女に癒してもらった時、僕の体内の魔力が以前よりもずっと穏やかに、効率よく循環しているのを感じていた。僕の「物質」を創造する力と、彼女の「生命」を育む力は、根源的な部分で深く結びついているのかもしれない。
「私は、もう二度と無力なままではいたくない。この力を、私を救ってくださったあなた様のために使いたいのです。そしていつか……いつか、この穢された森を、かつての豊かな姿に戻したい。それが滅びた同胞たちへの、私の償いなのです」
その願いは、あまりにも健気で、そしてあまりにも切実だった。
僕は、彼女の手を握り返した。
「……分かった。僕でよければ、力を貸すよ。僕も、君の力が必要だ。ひとりではこの力をどう使えばいいのか、正直分からなかったから」
僕がそう答えると、ルナの表情が、ぱっと花が咲いたように明るくなった。
「本当ですか!?」
「うん。一緒にこの森を……いや、まずは僕が住んでいる村を、もっと良い場所にしていこう」
「はい……! はい、アルト!」
ルナは感極まったように、僕の胸に顔をうずめた。僕は突然のことに戸惑いながらも、その華奢な背中を、優しくポンポンと叩いてやった。
こうして、僕は新しい仲間を得た。
滅びたエルフ王国の最後の姫・ルナ。
彼女の存在は、僕の人生とスキルの在り方を、大きく変えていくことになる。
◇ ◇ ◇
僕たちは、日が傾き始める前に、森を出て村へと向かうことにした。
森の呪いが浄化されたおかげで、帰り道は驚くほど穏やかだった。木々の間を爽やかな風が吹き抜け、小鳥たちのさえずりが僕たちを祝福しているかのようだ。
ルナは、まるで久しぶりに故郷へ帰ってきた子供のようにはしゃいでいた。道端の花に触れては、その名前を嬉しそうに僕に教えてくれる。その様はとても微笑ましくて、可愛らしかった。
村の入口が見えてきた時、柵の前に人影が集まっているのが見えた。村長のギデオンさんをはじめとする村人たちだ。僕の帰りが遅いのを心配して、様子を見に来てくれたのだろう。
「おお! アルト様! ご無事でしたか!」
ギデオンさんは僕の姿を認めると安堵の声を上げた。しかし、僕の隣にいるルナの姿を見ると、彼は言葉を失い、その目を大きく見開いた。
「そ、そのお方は……。銀色の髪に、長い耳……ま、まさか、エルフ族!?」
他の村人たちも呆然としている。伝説上の存在であるエルフが目の前にいることに、衝撃を受けてしまったようだ。
ルナは、そんな村人たちの前に進み出て、優雅に一礼した。
「皆様、はじめまして。私はルナと申します。アルト様に命を救っていただきました。これより、アルト様のお側でお仕えさせていただきます」
そのあまりに気品のある振る舞いと、神々しいほどの美しさに、村人たちはただただ圧倒されていた。
ギデオンさんは、はっと我に返ると、慌てて僕の前に進み出た。
「アルト様! いったい森で何が……!? それに、森の方から感じていた、あの禍々しい気配が、完全に消え失せております……!」
僕は森で起こったことを、かいつまんで説明する。ルナを救ったこと、そして彼女が仲間になってくれたことなど。僕が邪竜の呪いを完全に浄化したと知った時、村人たちの間に、これまでで一番大きな歓声が上がった。
それは、彼らを50年もの間苦しめてきた、根源的な呪縛からの解放を意味していたからだ。
その夜、村では再び宴が開かれた。
今度の宴は、僕の帰還と、新たな仲間であるルナを歓迎するためのものだった。
ルナは最初こそ緊張していた。けれど村人たちの素朴で温かい歓迎に、すぐに心を開いていった。彼女が精霊魔法で光る花を咲かせたりして、コミュニケーションを取っている。特に子供たちは大喜びだ。
僕は、その光景を眺めながら、熱いスープをすすっていた。
追放されたあの日、僕はすべてを失ったと思っていた。
だが、今、僕の周りには、僕を信じ、慕ってくれる人々がいる。
そして隣には、僕の力を理解し、支えてくれる、かけがえのない仲間がいる。
「アルト」
ふと、隣に座ったルナが、僕の顔を覗き込んできた。その翡翠の瞳が、焚き火の光を映してきらきらと輝いている。
「ここにいられて、本当に幸せです」
彼女の言葉に、僕も心から頷いた。
「僕もだよ」
失ったものは大きかった。
でも、僕がこの場所で得たものは、それ以上に大きく、そして温かい。
僕の新しい人生は、まだ始まったばかりだ。
この大切な仲間と、僕を信じてくれる村人たちのために、僕はこの神の力を使おう。この忘れられた村を、世界で一番の楽園にするために。
僕の決意を肯定するかのように、夜空には、満月が優しく輝いていた。
-つづく-
次回、第9話。「新しい家族」。
僕にとって大切な人たち。そして、みんなが居心地のいい場所を目指して。
ブックマークや「いいね」での評価、感想などいただけると励みになります。
応援のほど、よろしくお願いします。
最初に感じたのは、柔らかな草の匂いと、頬を撫でる穏やかな風。そして、誰かが僕の頭を優しく撫でている、心地よい感触だった。
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。視界に飛び込んできたのは、木々の葉の隙間から差し込む、きらきらとした木漏れ日だった。
そして。
「……目が、覚めましたか?」
澄み切っていて、鈴を転がすような声が、すぐ側から聞こえた。
声のした方へ顔を向けると、そこには銀色の髪を持つエルフの少女が、心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。僕の頭は、彼女の膝の上に優しく乗せられていた。膝枕、というやつだ。
茨の奥で呪いの結界に囚われていた少女だ。先ほどまで呪いに苦しんでいたとは思えないほど、彼女の顔には健康的な血の気が戻っている。翡翠のように美しい瞳は、深い森の湖を思わせる神秘的な輝きを湛えていた。
「君は……」
「ごめんなさい、私が未熟なばかりに……。あなた様のお力添えがなければ、私は永遠にあの呪いから解放されることはなかったでしょう」
少女はそう言うと、深く頭を下げた。その優雅な所作は育ちの良さを感じさせる。
僕はゆっくりと身体を起こした。魔力を使い果たした後の気怠さは残っているが、不思議と以前ほどひどい疲労感はなかった。むしろ、身体の奥から穏やかな力が湧き上がってくるような感覚さえある。
「……君が、何かしてくれたのかい?」
僕が尋ねると、少女は少しはにかみながら頷いた。
「あなた様の消耗があまりに激しかったので、私の持つ癒しの力で、少しだけ魔力の回復をお手伝いさせていただきました。精霊魔法、と申します」
彼女がそっと僕の腕に触れると、そこから温かい光が流れ込む。残っていた倦怠感がすうっと消えていくのが分かった。
これが、エルフ固有の魔法。
なんて穏やかで、優しい力なんだろう。
「ありがとう、助かったよ。僕はアルト。君の名前は?」
「私はルナ、と申します」
ルナ、と名乗った少女は、改めて僕に向き直る。エルフ族の流儀なのであろう、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「我が命の恩人、アルト様。このご恩は、決して忘れませぬ」
「様なんてつけなくていいよ、アルトでいい。それに、僕が好きでやったことだから。気にしないで」
僕がそう言うと、ルナは少し驚いたように目を丸くし、そしてふふっと小さく笑った。その笑顔は、まるで花がほころぶように可憐で、僕は思わず見とれてしまった。
「……アルトは、とてもお優しいのですね」
彼女の言葉に、僕は少し気恥ずかしくなってしまう。
それをごまかすように、話題を変えることにした。
「それより、君は一体なぜあんな場所に? あの茨は、邪竜の呪いそのものだった。普通の人間なら、触れただけで魂ごと喰われてしまうほど強力なものだ」
僕の問いに、ルナの表情が曇った。
その美しい瞳に、深い悲しみの色が浮かぶ。
「……私は、あそこで眠っていたのではありません。封じられていたのです」
「封じられていた?」
「はい。私は……滅びたエルフの王国『エルヴンハイム』の、生き残りです」
その言葉は、僕にとって衝撃的だった。
エルフの王国。それは何百年も前に滅びたとされる、伝説上の存在だ。ギルドの書物で読んだことがある。この魔の森が、まだ「大精霊樹の森」と呼ばれていた頃、その中心で栄華を誇っていたという幻の王国。
ルナは、ぽつりぽつりと語り始めた。
50年前、邪竜アズ=ダハーカが森を襲い、エルフの王国は一夜にして滅びたこと。
彼女の両親である国王と王妃が、最後の力を振り絞って幼い彼女を転移魔法で逃がしたこと。
しかし、逃げる間際に邪竜の呪いを受け、生命力を奪われ続けながら、この祭壇で眠りについていたこと。
彼女の眠りは、死に向かうための、あまりにも永い時間だったのだ。
「……そう、だったのか。辛いことを思い出させて、すまない」
「いえ……。お話しできて、むしろ少し楽になりました。ずっと、誰にも話せませんでしたから」
ルナは寂しそうに微笑んだ。その笑顔は、彼女が背負ってきた孤独の深さを物語っているようで、僕の胸を締め付けた。
僕は、そんな彼女に何か言葉をかけてあげたかったが、気の利いた言葉など思いつかなかった。ただ、ひとつだけ、聞かなければならないことがあった。
「君を救ったのは、エリクサーという薬だ。その材料は伝説級のものばかりだった。僕はそれを、僕のスキルで『創造』したんだ。君は、僕のこの力について、何か知っているんじゃないか?」
僕の問いに、ルナはこくりと頷いた。
彼女は僕の目をまっすぐに見つめ、その翡翠の瞳に真剣な光を宿す。
「あなた様の力は、ただの錬金術ではありません。それは……世界の理そのものに干渉する、神の御業。我が一族の最古の伝承にのみ記されている、原初の創造の力です」
「原初の、創造の力……」
「はい。世界がまだ混沌に満ちていた頃、神々が星々や生命を創造した際に用いた力。その欠片です。それが、あなた様のスキル【物質創造】の正体なのです」
ルナの口から語られた言葉は、僕の想像を遥かに超えるものだった。
僕のスキルが、神の力?
そんなものが、僕のような人間に宿っていいのか?
「信じられない、というお気持ちは分かります。ですが、エリクサーを無から創造するなどという芸当は、それ以外に説明がつきません。あなた様の力は、この世界を救うことも、そして……滅ぼすこともできるでしょう」
その言葉は、静かだが、ずっしりと重かった。自分がとんでもない力を手にしてしまったのだという事実を、改めて突きつけられた。
勇者パーティーでは、役立たずと罵られたこの力が、世界を滅ぼせる…?
まるで、悪い冗談のようだ。
僕が言葉を失っていると、ルナはゆっくりと立ち上がり、僕の前に膝をついた。そして、僕の手を、彼女の両手で優しく包み込んだ。
「アルト。どうか、私をあなた様のおそばに置いてください」
「え……?」
「私は、呪いに囚われていた50年間、ずっと無力でした。同胞が滅びゆくのを、ただ夢の中で見ていることしかできなかった。ですが、あなた様と出会い、私は初めて希望を見出したのです」
彼女の瞳は、切実な願いで潤んでいた。
「あなた様のそのお力はあまりにも強大で、そして危険です。使い方を誤れば、あなた様自身をも滅ぼしかねない。ですが、私の精霊魔法があれば、その力の暴走を抑え安定させることができます。私の力は、あなた様のお役に立てるはずです」
彼女の言葉には、不思議な説得力があった。
実際、先ほど彼女に癒してもらった時、僕の体内の魔力が以前よりもずっと穏やかに、効率よく循環しているのを感じていた。僕の「物質」を創造する力と、彼女の「生命」を育む力は、根源的な部分で深く結びついているのかもしれない。
「私は、もう二度と無力なままではいたくない。この力を、私を救ってくださったあなた様のために使いたいのです。そしていつか……いつか、この穢された森を、かつての豊かな姿に戻したい。それが滅びた同胞たちへの、私の償いなのです」
その願いは、あまりにも健気で、そしてあまりにも切実だった。
僕は、彼女の手を握り返した。
「……分かった。僕でよければ、力を貸すよ。僕も、君の力が必要だ。ひとりではこの力をどう使えばいいのか、正直分からなかったから」
僕がそう答えると、ルナの表情が、ぱっと花が咲いたように明るくなった。
「本当ですか!?」
「うん。一緒にこの森を……いや、まずは僕が住んでいる村を、もっと良い場所にしていこう」
「はい……! はい、アルト!」
ルナは感極まったように、僕の胸に顔をうずめた。僕は突然のことに戸惑いながらも、その華奢な背中を、優しくポンポンと叩いてやった。
こうして、僕は新しい仲間を得た。
滅びたエルフ王国の最後の姫・ルナ。
彼女の存在は、僕の人生とスキルの在り方を、大きく変えていくことになる。
◇ ◇ ◇
僕たちは、日が傾き始める前に、森を出て村へと向かうことにした。
森の呪いが浄化されたおかげで、帰り道は驚くほど穏やかだった。木々の間を爽やかな風が吹き抜け、小鳥たちのさえずりが僕たちを祝福しているかのようだ。
ルナは、まるで久しぶりに故郷へ帰ってきた子供のようにはしゃいでいた。道端の花に触れては、その名前を嬉しそうに僕に教えてくれる。その様はとても微笑ましくて、可愛らしかった。
村の入口が見えてきた時、柵の前に人影が集まっているのが見えた。村長のギデオンさんをはじめとする村人たちだ。僕の帰りが遅いのを心配して、様子を見に来てくれたのだろう。
「おお! アルト様! ご無事でしたか!」
ギデオンさんは僕の姿を認めると安堵の声を上げた。しかし、僕の隣にいるルナの姿を見ると、彼は言葉を失い、その目を大きく見開いた。
「そ、そのお方は……。銀色の髪に、長い耳……ま、まさか、エルフ族!?」
他の村人たちも呆然としている。伝説上の存在であるエルフが目の前にいることに、衝撃を受けてしまったようだ。
ルナは、そんな村人たちの前に進み出て、優雅に一礼した。
「皆様、はじめまして。私はルナと申します。アルト様に命を救っていただきました。これより、アルト様のお側でお仕えさせていただきます」
そのあまりに気品のある振る舞いと、神々しいほどの美しさに、村人たちはただただ圧倒されていた。
ギデオンさんは、はっと我に返ると、慌てて僕の前に進み出た。
「アルト様! いったい森で何が……!? それに、森の方から感じていた、あの禍々しい気配が、完全に消え失せております……!」
僕は森で起こったことを、かいつまんで説明する。ルナを救ったこと、そして彼女が仲間になってくれたことなど。僕が邪竜の呪いを完全に浄化したと知った時、村人たちの間に、これまでで一番大きな歓声が上がった。
それは、彼らを50年もの間苦しめてきた、根源的な呪縛からの解放を意味していたからだ。
その夜、村では再び宴が開かれた。
今度の宴は、僕の帰還と、新たな仲間であるルナを歓迎するためのものだった。
ルナは最初こそ緊張していた。けれど村人たちの素朴で温かい歓迎に、すぐに心を開いていった。彼女が精霊魔法で光る花を咲かせたりして、コミュニケーションを取っている。特に子供たちは大喜びだ。
僕は、その光景を眺めながら、熱いスープをすすっていた。
追放されたあの日、僕はすべてを失ったと思っていた。
だが、今、僕の周りには、僕を信じ、慕ってくれる人々がいる。
そして隣には、僕の力を理解し、支えてくれる、かけがえのない仲間がいる。
「アルト」
ふと、隣に座ったルナが、僕の顔を覗き込んできた。その翡翠の瞳が、焚き火の光を映してきらきらと輝いている。
「ここにいられて、本当に幸せです」
彼女の言葉に、僕も心から頷いた。
「僕もだよ」
失ったものは大きかった。
でも、僕がこの場所で得たものは、それ以上に大きく、そして温かい。
僕の新しい人生は、まだ始まったばかりだ。
この大切な仲間と、僕を信じてくれる村人たちのために、僕はこの神の力を使おう。この忘れられた村を、世界で一番の楽園にするために。
僕の決意を肯定するかのように、夜空には、満月が優しく輝いていた。
-つづく-
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僕にとって大切な人たち。そして、みんなが居心地のいい場所を目指して。
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