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ep2 知らないきもち
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意識を失った黒髪の少年は顔色が悪く、その細い身体はどこか頼りなげだった。
エアリア王国第二王子、セリアス=エアリアは、少年を抱き上げたとき、その軽さに驚いた。
線が細く、儚げなその体躯は、エアリアの民のものとはまるで違っていた。
――私たちは、なんということをしてしまったのだ。
用意していた居室のベッドに彼を横たえた瞬間、さらに罪悪感が胸を刺した。
幼い表情で眠る彼を、まったく知らない世界へ呼び寄せたのは、自分たち王族だ。
『では、何歳ならよかったのか』と問われれば、言葉に詰まるだろう。
たとえ老齢な者であったとしても、こちらの都合で呼び寄せるべきではない、というのが正しい。それはじわじわとセリアスの心を苛んだ。
「……すまない。」
白いシーツに映えるビロードのような少年の髪を、そっと指でなぞる。
桃色がかった白い肌と、幼さの残る整った輪郭は、ひと息吹けば消えてしまいそうなほど繊細に見えた。
無条件に守らねばと思うのは、彼が伝説とされる神子だからなのか――それとも、罪悪感ゆえなのか。
分からないながら、頬に落ちる漆黒のまつ毛に縁どられた瞳を、見てみたいと思った。
きっとその瞳も光を弾く黒髪と同じく、宝石のように輝くのだろう。
髪と瞳の色は魔力の濃さを映す鏡だ。
灰から青緑、紫、紺へと濃くなり――“黒”はこの世界に存在しない。
セリアスは、紅桔梗に紺の階調を帯びた長い髪と、灰紫の瞳を持つ。王族としては第一王子のアスティルに次ぐ魔力量だ。
清廉な顔立ちと神官としての立場が相まって、民から神聖視されることも少なくない。
王権争いに担ごうとする周囲へ嫌気がさし、引っ込むために両陛下を説得して選んだ神官の立場だったが、意外と性に合っていた。
それが――まさかこんなことになるとは、思ってもいなかった。
始まりは、“水の穢れ”が徐々に世界を蝕んでいったことだ。
穢れは、状況が深刻になると祈りでも浄化できない。
他国にも穢れの兆しはあったが、もっとも深刻なのがこのエアリアだった。
女神ナイアが初めに降り立ったとされるエアリアに“女神の沈黙”が現れたことは、他国からも注目された。
神官長は民衆の信仰が足りないせいだと喚き、威厳を保つために各地へ神官を派遣して宗教活動や祈りを捧げることに躍起になった。
だが、事態に収拾がつかず、このままでは国の、世界の存続が危ぶまれる――そんな状況に追い込まれて、伝説とされる神子召喚の儀をおこなったのだ。
儀式の条件のひとつに、“王族の血を引く神官がいること”という決まりがあった。
王族で神官を務める者など、本来ありえない。
条件を満たすには長い年月を要するはずだったが――今代には、奇跡的にセリアスという“変わり者”がいた。
すぐに条件が整い、召喚の儀は急遽行われることとなった。
世界のために不要なことだったとは、決して思わない。
だが、真の原因は民の信仰ではなく、教会の腐敗にある――と、セリアスは感じていた。それは年月とともに根を張り、政治的意図も絡んで、容易には正せぬものとなっていた。
それだけに、異なる世界から呼び寄せられ、理不尽な重圧を背負わされる少年を思うと、鈍く心が痛んだ。
恨まれ、責めを受けるとしても。
どんな態度を取られようと、必ずこの少年を守ると心に誓った。
神官長からも、たとえ王族からも――それは彼をここに呼んだ自分の責務だった。
エアリア王国第二王子、セリアス=エアリアは、少年を抱き上げたとき、その軽さに驚いた。
線が細く、儚げなその体躯は、エアリアの民のものとはまるで違っていた。
――私たちは、なんということをしてしまったのだ。
用意していた居室のベッドに彼を横たえた瞬間、さらに罪悪感が胸を刺した。
幼い表情で眠る彼を、まったく知らない世界へ呼び寄せたのは、自分たち王族だ。
『では、何歳ならよかったのか』と問われれば、言葉に詰まるだろう。
たとえ老齢な者であったとしても、こちらの都合で呼び寄せるべきではない、というのが正しい。それはじわじわとセリアスの心を苛んだ。
「……すまない。」
白いシーツに映えるビロードのような少年の髪を、そっと指でなぞる。
桃色がかった白い肌と、幼さの残る整った輪郭は、ひと息吹けば消えてしまいそうなほど繊細に見えた。
無条件に守らねばと思うのは、彼が伝説とされる神子だからなのか――それとも、罪悪感ゆえなのか。
分からないながら、頬に落ちる漆黒のまつ毛に縁どられた瞳を、見てみたいと思った。
きっとその瞳も光を弾く黒髪と同じく、宝石のように輝くのだろう。
髪と瞳の色は魔力の濃さを映す鏡だ。
灰から青緑、紫、紺へと濃くなり――“黒”はこの世界に存在しない。
セリアスは、紅桔梗に紺の階調を帯びた長い髪と、灰紫の瞳を持つ。王族としては第一王子のアスティルに次ぐ魔力量だ。
清廉な顔立ちと神官としての立場が相まって、民から神聖視されることも少なくない。
王権争いに担ごうとする周囲へ嫌気がさし、引っ込むために両陛下を説得して選んだ神官の立場だったが、意外と性に合っていた。
それが――まさかこんなことになるとは、思ってもいなかった。
始まりは、“水の穢れ”が徐々に世界を蝕んでいったことだ。
穢れは、状況が深刻になると祈りでも浄化できない。
他国にも穢れの兆しはあったが、もっとも深刻なのがこのエアリアだった。
女神ナイアが初めに降り立ったとされるエアリアに“女神の沈黙”が現れたことは、他国からも注目された。
神官長は民衆の信仰が足りないせいだと喚き、威厳を保つために各地へ神官を派遣して宗教活動や祈りを捧げることに躍起になった。
だが、事態に収拾がつかず、このままでは国の、世界の存続が危ぶまれる――そんな状況に追い込まれて、伝説とされる神子召喚の儀をおこなったのだ。
儀式の条件のひとつに、“王族の血を引く神官がいること”という決まりがあった。
王族で神官を務める者など、本来ありえない。
条件を満たすには長い年月を要するはずだったが――今代には、奇跡的にセリアスという“変わり者”がいた。
すぐに条件が整い、召喚の儀は急遽行われることとなった。
世界のために不要なことだったとは、決して思わない。
だが、真の原因は民の信仰ではなく、教会の腐敗にある――と、セリアスは感じていた。それは年月とともに根を張り、政治的意図も絡んで、容易には正せぬものとなっていた。
それだけに、異なる世界から呼び寄せられ、理不尽な重圧を背負わされる少年を思うと、鈍く心が痛んだ。
恨まれ、責めを受けるとしても。
どんな態度を取られようと、必ずこの少年を守ると心に誓った。
神官長からも、たとえ王族からも――それは彼をここに呼んだ自分の責務だった。
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