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ep13 眠りのあいまに (2)
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小瓶の中で、透明にきらめく水が揺れている。
光が消えたあとも、ヒナタの与えた温もりが確かにそこに残っているように感じた。
事実、浄化後の水には精神安定と、体力回復の効能がある事も分かった。
浄化は疲弊した土地へ向かうのだから、その付加価値は本当にありがたい。
「正直に申し上げますと――ヒナタ様がどのように考え、浄化に至ったかは、本人に伺うほかありません。」
王族の集まる一室で、小瓶を卓上に置いてそう述べた。
「ただ、資料を読んで祈られた。
この結果を考えるに、人々に対する敬愛の念や、慈悲の念が作用しているのかと推測しています。」
昨夜ようやく眠りについたヒナタは、まだ目を覚ましていない。
ただ、浄化に成功したことは、もう城内に知れ渡っていた。
希望の知らせは広まるのが早い。
たとえば、この部屋の誰か――第一王子あたりが、急ぎ広めたのかもしれない。
まだ不確かな段階で広めるのは、ヒナタの負担になる。
そう懸念する一方で、情勢の不安定さを思えば、止むを得ない面もあった。
不安は、ときに思わぬ諍いを生む。それを摘めるのであれば利用もしたくなるのだろう。
感情の不満と頭の理解は別だ。
だからこそ、今日の話はきっと一風違う。
「そうか。では、なお慎重に進めねばならぬな。」
「こたびはヒナタもかなり無理をされたと伺いました。記憶の件も――さぞ、お辛かったでしょう。」
王が重く頷いて、王妃も心配げに眉を寄せる。
「両陛下のおっしゃる通りです。私たちは彼に報いなければなりませんね。」
アスティルが泰然と頷いて、セリアスを見やる。
セリアスは何も言わずに、小瓶をただ見つめていた。
「陛下。」
しばらくして、セリアスがどこか緊張した声をあげた。
ルーエンには、なんとなくその先が読めていた。今回のことで彼が何も思わないとは思えなかったからだ。
「私は――ヒナタと、“誓約”を結びたいと思っています。」
その言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。
「……なに?」
沈黙を破ったのは、国王の声だった。
困惑したような声を、ルーエンはどこか人ごとのように聞いていた。
“誓約”は神子と王族の間でのみ交わすことのできる誓いだ。
結婚などよりも、さらに重い誓い。
一度誓えば離縁などが許されないそれは、詰まるところ、ずっと前の王族が神子を縛り付けるために作った習わしと思われた。
いったい、どこから引っ張ってきたのか。よほど文献を読み漁ったに違いない。
そんな時間はないはずなのに、彼の博覧のほどを思えば、それも不思議ではない。
「“誓約”は、古文献に記された聖なる定めです。
結んだ王族は王位継承権を失い、神子のために生きる。神子もまた、その王族だけのために生きる。
一度その誓いを立てれば、解くことは許されません。
そういった定めですが――使われたのは一度きりだったと記憶しております。」
しれっと補足すれば、王が眉を顰める。
「それは――容易に認めることはできない。」
硬い声は、当然の反応だった。
それに――おそらくは。セリアスが“誓約”を望むのは、ただの独占欲ゆえだ。
結婚だと離縁されてしまえば結びつきがなくなる。そう思ったのだろう。
優秀な教え子はどこまでも予想外な方向に伸びていた。
心の中で笑う。
この普段は穏やかな王子が隠している獰猛な部分を、時折垣間見ていたルーエンからすれば、驚くことでもなかった。
さて、なんと説得するのか――そう思っていたが。
「愛し合っております。」
あまりに有り体な言葉に、少々気が抜けた。
ぶは、とアスティルが笑う。
「いいじゃないか。お前が優秀なおかげで、神官に引っ込んでも第二王子派がうるさくてかなわん。それで完全にその意向を示すのも、やぶさかではない。」
「アスティル。」
完全に面白がっているアスティルの言葉に、咄嗟とばかり王が嗜める。
「――私も、いいと思っておりますよ、陛下。」
そう言えば、王と王妃は信じられないという顔を向けた。
意外だったのだろう。だが、それ以上に、理解できなかったのかもしれない。
「セリアス殿下の……普段のご様子をご存知ですか。
神官として、また王族として政務に追われる身でありながら、
神子の部屋に通い、共に眠り、食事は常に共に――教育の場にも政務を持ち込まれて見守っておられます。
そのご様子は、片時も離れたくないとばかりです。
お認めになられなければ、セリアス殿下がそのうちお倒れになられます。
そうなれば、セリアス殿下を愛されているヒナタ様にも差し障りがでて、浄化にも影響がありますでしょう。」
もはや王と王妃は呆気にとられた表情だ。セリアスの現状を知らなかったのだろう。
アスティルはもしかすると知っていて、予想もしていたのかもしれない。
第一王子というより、兄としての顔を見せているように思えた。
セリアスは、頑として譲らぬ顔をしている。――無言なのは、ルーエンの言葉の方が届くと踏んでいるのだろう。
黙して両陛下を見据える横顔は、どこか子供のようでもあった。
小さい頃から聡明だった彼が、こうして年相応の表情を見せるのを――実のところ、悪くないと思っている。
ヒナタも含めて、どこまでも可愛い教え子たちだ。
「……それに。」
小さく息を吸って、少しだけ笑う。
「……私も、愛し合う二人を見守るのは――やぶさかではないと思っておりますので。」
王の長い沈黙は、たった一日で終わりを告げた。
セリアスが、駄目押しとばかりに――信じられないほどの嘆願書を送りつけ、いよいよ折れたらしい。
毎日嘆願されるとたまったものではないと思ったのかもしれない。
もしかすると、神官にさせてくれと訴えた時のしぶとさが功を奏したのかもしれなかった。
“神子がそれを望むのであれば”という条件付きで、“誓約”は正式に認められた。
『王が認めるまで、“誓約”の言葉しか発さない道具のようになっていた』と、のちにアスティルが笑っていたので、恐らく想像通りなのだろう。
側妃や王弟の子らを含めれば、王位を継げる者は他にも多い。それがかねてよりのセリアスの主張だった。
王はセリアスの優秀さを手放したくないようだったが、以前神官になることを認めてしまっていた時点で勝敗は決まっているようなものだった。
王位の争いに興味がないという姿勢を貫いていたおかげで、混乱も少なく済むはずだ。
実のところ、王も最終的には親心で認めたのかもしれない。
なんせ、認められなければ、ヒナタを連れて出奔しかねない気配だった。
我が子の執着の強さに何を思ったのか、少しばかり同情する。
ルーエンからすれば実に愉快な話だ。
あの二人は一緒にいることが実に似合う。
セリアスの愛によってヒナタの幸せが支えられるのなら、それに越したことはない。
少しばかり重い愛も、ヒナタのような――多少鈍感で何をするか分からない人間には、ほどよいだろう。
その立場ゆえに、二人の未来は、決して容易ではないかもしれない。
けれど――彼らの光が、どうか、ずっと消えぬように。
そう、祈らずにはいられなかった。
光が消えたあとも、ヒナタの与えた温もりが確かにそこに残っているように感じた。
事実、浄化後の水には精神安定と、体力回復の効能がある事も分かった。
浄化は疲弊した土地へ向かうのだから、その付加価値は本当にありがたい。
「正直に申し上げますと――ヒナタ様がどのように考え、浄化に至ったかは、本人に伺うほかありません。」
王族の集まる一室で、小瓶を卓上に置いてそう述べた。
「ただ、資料を読んで祈られた。
この結果を考えるに、人々に対する敬愛の念や、慈悲の念が作用しているのかと推測しています。」
昨夜ようやく眠りについたヒナタは、まだ目を覚ましていない。
ただ、浄化に成功したことは、もう城内に知れ渡っていた。
希望の知らせは広まるのが早い。
たとえば、この部屋の誰か――第一王子あたりが、急ぎ広めたのかもしれない。
まだ不確かな段階で広めるのは、ヒナタの負担になる。
そう懸念する一方で、情勢の不安定さを思えば、止むを得ない面もあった。
不安は、ときに思わぬ諍いを生む。それを摘めるのであれば利用もしたくなるのだろう。
感情の不満と頭の理解は別だ。
だからこそ、今日の話はきっと一風違う。
「そうか。では、なお慎重に進めねばならぬな。」
「こたびはヒナタもかなり無理をされたと伺いました。記憶の件も――さぞ、お辛かったでしょう。」
王が重く頷いて、王妃も心配げに眉を寄せる。
「両陛下のおっしゃる通りです。私たちは彼に報いなければなりませんね。」
アスティルが泰然と頷いて、セリアスを見やる。
セリアスは何も言わずに、小瓶をただ見つめていた。
「陛下。」
しばらくして、セリアスがどこか緊張した声をあげた。
ルーエンには、なんとなくその先が読めていた。今回のことで彼が何も思わないとは思えなかったからだ。
「私は――ヒナタと、“誓約”を結びたいと思っています。」
その言葉が落ちた瞬間、空気が凍りついた。
「……なに?」
沈黙を破ったのは、国王の声だった。
困惑したような声を、ルーエンはどこか人ごとのように聞いていた。
“誓約”は神子と王族の間でのみ交わすことのできる誓いだ。
結婚などよりも、さらに重い誓い。
一度誓えば離縁などが許されないそれは、詰まるところ、ずっと前の王族が神子を縛り付けるために作った習わしと思われた。
いったい、どこから引っ張ってきたのか。よほど文献を読み漁ったに違いない。
そんな時間はないはずなのに、彼の博覧のほどを思えば、それも不思議ではない。
「“誓約”は、古文献に記された聖なる定めです。
結んだ王族は王位継承権を失い、神子のために生きる。神子もまた、その王族だけのために生きる。
一度その誓いを立てれば、解くことは許されません。
そういった定めですが――使われたのは一度きりだったと記憶しております。」
しれっと補足すれば、王が眉を顰める。
「それは――容易に認めることはできない。」
硬い声は、当然の反応だった。
それに――おそらくは。セリアスが“誓約”を望むのは、ただの独占欲ゆえだ。
結婚だと離縁されてしまえば結びつきがなくなる。そう思ったのだろう。
優秀な教え子はどこまでも予想外な方向に伸びていた。
心の中で笑う。
この普段は穏やかな王子が隠している獰猛な部分を、時折垣間見ていたルーエンからすれば、驚くことでもなかった。
さて、なんと説得するのか――そう思っていたが。
「愛し合っております。」
あまりに有り体な言葉に、少々気が抜けた。
ぶは、とアスティルが笑う。
「いいじゃないか。お前が優秀なおかげで、神官に引っ込んでも第二王子派がうるさくてかなわん。それで完全にその意向を示すのも、やぶさかではない。」
「アスティル。」
完全に面白がっているアスティルの言葉に、咄嗟とばかり王が嗜める。
「――私も、いいと思っておりますよ、陛下。」
そう言えば、王と王妃は信じられないという顔を向けた。
意外だったのだろう。だが、それ以上に、理解できなかったのかもしれない。
「セリアス殿下の……普段のご様子をご存知ですか。
神官として、また王族として政務に追われる身でありながら、
神子の部屋に通い、共に眠り、食事は常に共に――教育の場にも政務を持ち込まれて見守っておられます。
そのご様子は、片時も離れたくないとばかりです。
お認めになられなければ、セリアス殿下がそのうちお倒れになられます。
そうなれば、セリアス殿下を愛されているヒナタ様にも差し障りがでて、浄化にも影響がありますでしょう。」
もはや王と王妃は呆気にとられた表情だ。セリアスの現状を知らなかったのだろう。
アスティルはもしかすると知っていて、予想もしていたのかもしれない。
第一王子というより、兄としての顔を見せているように思えた。
セリアスは、頑として譲らぬ顔をしている。――無言なのは、ルーエンの言葉の方が届くと踏んでいるのだろう。
黙して両陛下を見据える横顔は、どこか子供のようでもあった。
小さい頃から聡明だった彼が、こうして年相応の表情を見せるのを――実のところ、悪くないと思っている。
ヒナタも含めて、どこまでも可愛い教え子たちだ。
「……それに。」
小さく息を吸って、少しだけ笑う。
「……私も、愛し合う二人を見守るのは――やぶさかではないと思っておりますので。」
王の長い沈黙は、たった一日で終わりを告げた。
セリアスが、駄目押しとばかりに――信じられないほどの嘆願書を送りつけ、いよいよ折れたらしい。
毎日嘆願されるとたまったものではないと思ったのかもしれない。
もしかすると、神官にさせてくれと訴えた時のしぶとさが功を奏したのかもしれなかった。
“神子がそれを望むのであれば”という条件付きで、“誓約”は正式に認められた。
『王が認めるまで、“誓約”の言葉しか発さない道具のようになっていた』と、のちにアスティルが笑っていたので、恐らく想像通りなのだろう。
側妃や王弟の子らを含めれば、王位を継げる者は他にも多い。それがかねてよりのセリアスの主張だった。
王はセリアスの優秀さを手放したくないようだったが、以前神官になることを認めてしまっていた時点で勝敗は決まっているようなものだった。
王位の争いに興味がないという姿勢を貫いていたおかげで、混乱も少なく済むはずだ。
実のところ、王も最終的には親心で認めたのかもしれない。
なんせ、認められなければ、ヒナタを連れて出奔しかねない気配だった。
我が子の執着の強さに何を思ったのか、少しばかり同情する。
ルーエンからすれば実に愉快な話だ。
あの二人は一緒にいることが実に似合う。
セリアスの愛によってヒナタの幸せが支えられるのなら、それに越したことはない。
少しばかり重い愛も、ヒナタのような――多少鈍感で何をするか分からない人間には、ほどよいだろう。
その立場ゆえに、二人の未来は、決して容易ではないかもしれない。
けれど――彼らの光が、どうか、ずっと消えぬように。
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