婚約者は無神経な転生悪役令嬢に夢中のようです

宝月 蓮

文字の大きさ
1 / 11

1.乙女ゲームのモブに転生

しおりを挟む
 ブルーローズ王国のウィステリア公爵家長女マーヤは今年十歳になる。
 国内貴族のパワーバランスや政略的なことにより、エーデルワイス公爵家長男オスカーとの婚約が決まった。
 
 燃えるような真紅の髪に、少し吊り目がちで鮮やかな緑の目。ワイルドさがあるオスカーの顔立ちを見た瞬間既視感を抱き、マーヤの脳内に膨大な記憶が海の大波ように流れて来た。

(これは……!?)
 それは別の人物がたどった人生の記憶。
 立ちはだかる高層ビルや道路を行き交う車。電車や飛行機といった発達した交通手段。ドレスなどではなく動きやすそうな服を着た人々。
 それらは全てブルーローズ王国どころかこの世界にはないものだった。
(私は前世、日本の平凡なOLだった……!)
 マーヤの脳内に流れ込んだのはいわゆる前世の記憶というものだった。

 前世日本のOLだったマーヤは仕事を終えて家に帰る途中に横断歩道で車に撥ねられ、そこで記憶が途切れている。
 恐らく交通事故で亡くなったのだろう。

(私、死んでしまったのね……)
 平凡だったが自分なりに人生を慈しんでいた前世のマーヤ。それなりに前世に執着はある。いきなり死んで別の人生を送ることになり戸惑っていた。
(だけど、起こってしまったことは仕方ないわ。嘆いても現状が変わるわけではないのだもの)
 前世から何か起こった時に切り替えるのが早かったマーヤは、深呼吸をしてこの状況を受け入れることにした。

 混乱が少しだけ落ち着くと、マーヤは改めて目の前にいるオスカーをまじまじと見た。
(オスカー・エーデルワイス……)
 目の前にいるオスカーは、マーヤにとって見覚えのある顔だったのだ。
(この国はブルーローズ王国。目の前にいるのは公爵令息オスカー・エーデルワイス。間違いないわ……! ここは、前世で夢中になった乙女ゲーム『君に捧げる運命のティアラ』……通称『君ティア』の世界……! 攻略対象の一人が目の前にいる……!)
 マーヤは自身の水色の目を大きく見開いていた。

 マーヤが前世で夢中になっていた乙女ゲーム『君に捧げる運命のティアラ』は、平民だったヒロイン、ニコラが貴族となり学園で攻略対象と恋をするゲームだ。ニコラは母親を疫病で亡くし、父親である男爵に引き取られて男爵令嬢となる。そしてもちろんゲームには悪役令嬢も登場する。しかし悪役令嬢はマーヤではない。
(『君ティア』の悪役令嬢は、公爵令嬢アミーラ・ストレリチア一人だったわ。どの攻略対象を選んでも、攻略対象の婚約者としてニコラの前に立ちはだかり陰湿な嫌がらせをして、ハッピーエンドでは攻略対象から婚約破棄を告げられ修道院行き。そして修道院へ行く道中に事故で死ぬ運命にある)
 マーヤは頭の中で情報を整理していた。
 つい先程前世を思い出したばかりなので、少しだけ頭が混乱していたのだ。
(えっと、確か三ヶ月くらい前に王太子アレクシス殿下の婚約者がアミーラ・ストレリチアに決まったと国中に知らされたわ。だからきっとゲームの強制力があるのならば、ヒロインのニコラはアレクシス殿下のルートを選ぶはずよね)
 前世の記憶を思い出したマーヤだが、マーヤ・ウィステリアとして生きた記憶もしっかりある。
 三ヶ月前、両親や兄達から王太子アレクシス・ブルーローズの婚約者がアミーラに決まったことを聞かされたり、新聞でもその情報を読んだことがあったのだ。
(まあ、アレクシス殿下は『君ティア』のメインヒーローだものね。ゲームのパッケージにも一番目立つように描かれていたのだから)
 マーヤは一人納得していた。
(とりあえず、私はモブというわけね。悪役令嬢アミーラみたいに悲惨な結末は迎えないはず)
 そう結論付け、マーヤは改めて目の前にいるオスカーに目を向ける。
 マーヤと同い年のオスカー。まだ若干の幼さは残るが、成長したら『君に捧げる運命のティアラ』に描かれたような顔立ちになるのだろうとマーヤは思った。

「マーヤ・ウィステリアと申します。どうぞよろしくお願いします」
 当たり障りのない挨拶だ。
 特に失礼なところもない。
 しかし、何故なぜか目の前のオスカーはマーヤを見てムスッと不機嫌そうな表情である。
 そしてマーヤと二人きりになった瞬間、オスカーはこう言うのだ。
「お前みたいな地味女と婚約だなんて。可憐で美しくて心優しく才あるアミーラ嬢が良かった」
 マーヤはその言葉に水色の目を見開いて絶句した。
(はい……?)
 何を言われたのかマーヤは一瞬理解出来なかった。
 マーヤは栗毛色の真っ直ぐ伸びた髪に水色の目。少し地味かもしれないが、十分じゅうぶん美形な部類だ。
「アミーラ嬢と言うのは……アミーラ・ストレリチア様のことでしょうか……?」
 マーヤはおずおずと尋ねると、オスカーには「そうだ」と当たり前のように頷かれた。
(『君ティア』の悪役令嬢アミーラが……)
 マーヤの前世の記憶によると、『君に捧げる運命のティアラ』に登場する悪役令嬢アミーラ・ストレリチアは紫色の縦ロール髪に宝石のような真紅の目の、派手でケバケバしい見た目だ。おまけに身分を振りかざし、努力を嫌う傲慢な性格である。
 オスカーが言う、『可憐で美しい』、『心優しい』、『才ある』という言葉からは程遠い存在のはずだ。
 混乱するマーヤをよそに、オスカーはアミーラがいかに素晴らしいかを語り始める。
「よく聞け。アミーラ嬢はこの国の民達のことまで考える素晴らしいお方だ。どうやったらこのブルーローズ王国が良くなるのか考えている。更には心優しく、俺が荒れていた時助けてくれたんだ。おまけにその美しさはまるで天使のよう」
 マーヤはオスカーの言葉にポカンとしてしまう。
 ゲームの悪役令嬢アミーラとは全く別人なのだ。
「同じ公爵令嬢の癖にお前は地味だし民達のことを全く考えない。アミーラ嬢のような華やかさがない癖に一人前に着飾るとは。こんな奴が俺の婚約者だなんて」
 オスカーはまるで悲劇のヒーローのように嘆いている。
 マーヤはオスカーの言葉にモヤモヤし、嫌悪感を抱いた。
「私達は初対面です。それなのに何故そんな風に言われないといけないのです?」
 前世マーヤは大人と言われる年齢だった。しかし、十歳のオスカーに初対面でああ言われてムッとしてしまう。
「煩い! 本当にお前はアミーラ嬢と違って傲慢だな!」
 オスカーはそう怒鳴り散らした。
 マーヤは苛立ちを通り越して呆れ果ててしまう。
(一体何なの? それに、さっきからアミーラのことばかりね)
 マーヤは軽くため息をついた。
(それに、オスカーが語るアミーラは、『君ティア』の悪役令嬢アミーラと大きくかけ離れているわ。……もしかして、前世のライトノベルやWeb小説であったように、アミーラも転生者なのかしら?)
 マーヤの中で、そんな疑問が生じた。
 相変わらず目の前にいるオスカーは不機嫌を撒き散らしている。
(……まあ悪役令嬢が転生者でも転生者でなくても良いわ。それよりもオスカーね。『君ティア』の攻略対象とはいえまだ子供。それに、こちらから歩み寄って効果はあるのかしら?)
 マーヤはオスカーに対してときめきも何も感じず、幻滅していたのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は愛する人と結婚できなくなったのに、あなたが結婚できると思うの?

あんど もあ
ファンタジー
妹の画策で、第一王子との婚約を解消することになったレイア。 理由は姉への嫌がらせだとしても、妹は王子の結婚を妨害したのだ。 レイアは妹への処罰を伝える。 「あなたも婚約解消しなさい」

今さら救いの手とかいらないのですが……

カレイ
恋愛
 侯爵令嬢オデットは学園の嫌われ者である。  それもこれも、子爵令嬢シェリーシアに罪をなすりつけられ、公衆の面前で婚約破棄を突きつけられたせい。  オデットは信じてくれる友人のお陰で、揶揄されながらもそれなりに楽しい生活を送っていたが…… 「そろそろ許してあげても良いですっ」 「あ、結構です」  伸ばされた手をオデットは払い除ける。  許さなくて良いので金輪際関わってこないで下さいと付け加えて。  ※全19話の短編です。

「お幸せに」と微笑んだ悪役令嬢は、二度と戻らなかった。

パリパリかぷちーの
恋愛
王太子から婚約破棄を告げられたその日、 クラリーチェ=ヴァレンティナは微笑んでこう言った。 「どうか、お幸せに」──そして姿を消した。 完璧すぎる令嬢。誰にも本心を明かさなかった彼女が、 “何も持たずに”去ったその先にあったものとは。 これは誰かのために生きることをやめ、 「私自身の幸せ」を選びなおした、 ひとりの元・悪役令嬢の再生と静かな愛の物語。

婚約者の態度が悪いので婚約破棄を申し出たら、えらいことになりました

神村 月子
恋愛
 貴族令嬢アリスの婚約者は、毒舌家のラウル。  彼と会うたびに、冷たい言葉を投げつけられるし、自分よりも妹のソフィといるほうが楽しそうな様子を見て、アリスはとうとう心が折れてしまう。  「それならば、自分と妹が婚約者を変わればいいのよ」と思い付いたところから、えらいことになってしまうお話です。  登場人物たちの不可解な言動の裏に何があるのか、謎解き感覚でお付き合いください。   ※当作品は、「小説家になろう」、「カクヨム」にも掲載しています

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

余命3ヶ月と言われたので静かに余生を送ろうと思ったのですが…大好きな殿下に溺愛されました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のセイラは、ずっと孤独の中生きてきた。自分に興味のない父や婚約者で王太子のロイド。 特に王宮での居場所はなく、教育係には嫌味を言われ、王宮使用人たちからは、心無い噂を流される始末。さらに婚約者のロイドの傍には、美しくて人当たりの良い侯爵令嬢のミーアがいた。 ロイドを愛していたセイラは、辛くて苦しくて、胸が張り裂けそうになるのを必死に耐えていたのだ。 毎日息苦しい生活を強いられているせいか、最近ずっと調子が悪い。でもそれはきっと、気のせいだろう、そう思っていたセイラだが、ある日吐血してしまう。 診察の結果、母と同じ不治の病に掛かっており、余命3ヶ月と宣言されてしまったのだ。 もう残りわずかしか生きられないのなら、愛するロイドを解放してあげよう。そして自分は、屋敷でひっそりと最期を迎えよう。そう考えていたセイラ。 一方セイラが余命宣告を受けた事を知ったロイドは… ※両想いなのにすれ違っていた2人が、幸せになるまでのお話しです。 よろしくお願いいたします。 他サイトでも同時投稿中です。

【完結】わたしの欲しい言葉

彩華(あやはな)
恋愛
わたしはいらない子。 双子の妹は聖女。生まれた時から、両親は妹を可愛がった。 はじめての旅行でわたしは置いて行かれた。 わたしは・・・。 数年後、王太子と結婚した聖女たちの前に現れた帝国の使者。彼女は一足の靴を彼らの前にさしだしたー。 *ドロッとしています。 念のためティッシュをご用意ください。

愛のない貴方からの婚約破棄は受け入れますが、その不貞の代償は大きいですよ?

日々埋没。
恋愛
 公爵令嬢アズールサは隣国の男爵令嬢による嘘のイジメ被害告発のせいで、婚約者の王太子から婚約破棄を告げられる。 「どうぞご自由に。私なら傲慢な殿下にも王太子妃の地位にも未練はございませんので」  しかし愛のない政略結婚でこれまで冷遇されてきたアズールサは二つ返事で了承し、晴れて邪魔な婚約者を男爵令嬢に押し付けることに成功する。 「――ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は〇〇ですよ? まあ独り言ですが」  嘘つき男爵令嬢に騙された王太子は取り返しのつかない最期を迎えることになり……。    ※この作品は過去に公開したことのある作品に修正を加えたものです。  またこの作品とは別に、他サイトでも本作を元にしたリメイク作を別のペンネー厶で公開していますがそのことをあらかじめご了承ください。

処理中です...