それは確かに真実の愛

宝月 蓮

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前編

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 鏡の前でため息をつく少女がいた。
 ルーツィエ・ゼルマ・ツー・レルヒェンフェルト。今年十六歳になる、レルヒェンフェルト伯爵家の長女だ。
 彼女は自身の艶やかな黒褐色の髪を触り、ため息をついた。彼女のアンバーの目は、物憂げである。
「ルーツィエお嬢様。お嬢様の髪は素敵でございますよ」
 ルーツィエの侍女イェニーがそう彼女を元気付けようとする。イェニーはルーツィエの髪を上手く結い上げてアレンジしていた。
「ありがとう、イェニー。でも……きっとまた彼に言われてしまうわ。モジャモジャの髪だと」
 ルーツィエは再びため息をついた。
 彼女の髪は、硬い癖毛。ルーツィエにとってはそれがコンプレックスになっているのだ。
「またあのお方ですか……。いくら侯爵家の三男とはいえ、毎回毎回ルーツィエお嬢様にそのようなことを言うなんて」
「ありがとう。貴女がそう言ってくれるだけでも嬉しいわ」
 憤るイェニーを宥めるルーツィエ。
 その時、ルーツィエの部屋の扉がコンコンとノックされた。
「ルーツィエお嬢様、お迎えが来ております」
 レルヒェンフェルト伯爵家の執事にそう言われ、ルーツィエは再度ため息をつく。
「今行くわ」
 ルーツィエは重い足取りで、玄関に向かった。

 この日はルーツィエ達が住むリヒネットシュタイン公国の君主の家系であるリヒネットシュタイン公家こうけ主催の夜会があるのだ。

「おお、モジャモジャの髪もそんな風になるんだな」
 悪びれもせず笑うのは、ルーツィエの幼馴染である少年。
 ヤーコブ・ゴットリープ・ツー・ビューロウ。ルーツィエより一つ年上の、ビューロウ侯爵家三男である。
 赤毛にペリドットのような緑の目だ。
(せっかくイェニーが素敵に結い上げてくれたのに……)
 ルーツィエはヤーコブの言葉に表情が暗くなる。
「いつも申し上げておりますが、私の髪のことをそう言うのはやめてください」
 ルーツィエは少し不快な表情になる。
「そのくらい良いじゃないか。本当のことなんだし。ルーツィエは昔からモジャモジャだもんな」
 ハハっと笑うヤーコブ。
「ですから、やめてくださいと言っているではありませんか」
 ルーツィエは涙目でキッとヤーコブを睨んだ。
「おっと、冗談だよルーツィエ」
 また悪びれもせず笑うヤーコブ。
(冗談……私を傷付けておいて冗談で済ますだなんて……!)
 ルーツィエの表情が消えるのであった。





♚ ♕ ♛ ♔ ♚ ♕ ♛ ♔





 夜会にて。
 ルーツィエは暗い表情でヤーコブにエスコートされ会場入りした。
「辛気臭い顔するなってルーツィエ」
 フッと笑うヤーコブだが、ルーツィエは暗い表情のままである。
(誰のせいだと思っているのかしら?)
 そのまま不本意ながらヤーコブと一曲踊るルーツィエ。
 少し疲れたので壁の花になっていると、ヤーコブが複数人の友人と共にやって来た。
「ルーツィエ、もう一曲踊らないか?」
「疲れていますので、遠慮いたします」
 ルーツィエはヤーコブと目を合わさずに答えた。
「疲れてるって言うけど、次の曲は激し目だから髪がモジャモジャになるのが嫌だとか?」
 悪戯っぽく笑っているヤーコブ。
「ですから、髪のことをそう言うのはやめてくださいと何度も言っていますよね」
 ルーツィエはムッとし、ため息をついた。
「おいおいルーツィエ、で怒るなって」
 冗談っぽく笑うヤーコブ。
「そんなことって、軽く言わないでください」
 ルーツィエのアンバーの目は、キッとヤーコブを睨んでいる。
「ルーツィエ嬢、こいつも冗談で言ってるだけですよ」
「その通りでございますわ、ルーツィエ様。彼も悪気があるわけではないのですよ。そのように空気を悪くしないでいただきたいですわ」
 ヤーコブの友人である令息や令嬢も困ったように笑いながらそう言った。
(何よ。まるで私が悪者じゃない)
 それが更にルーツィエの神経を逆撫でした。
「疲れましたので風に当たって来ますわ」
 ルーツィエはその場を離れるのであった。

 夜空には、星々が煌めいている。
 バルコニーには心地良い風が吹いていた。
(昔から、やめてと言ってもやめてくれない。おまけに冗談で済ませたり私が悪いような空気を作って来る……。もうあんな人と一緒にいたくないわ)
 ルーツィエはため息をついていた。
「大丈夫かい?」
 不意に隣から声が聞こえた。
 ルーツィエは驚き、声の主を見る。
 ブロンドの髪にアズライトのような青い目の、ルーツィエより少し年上に見える青年だった。
(このお方は……!)
 ルーツィエは慌ててカーテシーで礼をる。
「楽にしてくれて構わないよ」
 優しく穏やかな声である。
 ルーツィエはゆっくりと体勢を戻した。
「ありがとうございます。レルヒェンフェルト伯爵家長女、ルーツィエ・ゼルマ・ツー・レルヒェンフェルトでございます。第三公子殿下にお声がけいただけて光栄でございます」
 ルーツィエに話しかけた青年はクラウス・エーリヒ・ツー・リヒネットシュタイン。この国の君主の家系であるリヒネットシュタイン公家こうけの者だった。
「そうか。レルヒェンフェルト伯爵家の令嬢だったのか。いや、とても素敵な髪型だったから気になってね」
 クラウスのアズライトの目は優しげにルーツィエを見ていた。
「本当でございますか……?」
 その言葉に、ルーツィエは嬉しくなり、アンバーの目を見開いた。
「ああ。レルヒェンフェルト嬢の美しい髪を際立たせているよ」
 クラウスの言葉に、ルーツィエのアンバーの目からは思わず涙が零れる。
「レルヒェンフェルト嬢、どうしたんだい? 何か気に障るようなことを言ってしまっただろうか?」
 クラウスは少し不安になりながら、ルーツィエに真新しいハンカチを渡した。
「いえ……お手数おかけして申し訳ございません。ただ……殿下のお言葉が嬉しくて……」
 ルーツィエはクラウスからハンカチを受け取り、涙を拭いた。
「ヤーコブ様にいつも言われているのです。モジャモジャの髪だと。そう言われるのが嫌だからやめて欲しいと言っても、ずっと聞いてもらえなくて……。侍女が懸命に髪を結ってくれているのに。……いつも冗談だと流されたり、私が悪者になるよう仕向けられたりしてしまい……とてもつらかったのです」
 ルーツィエは自分の気持ちを吐露した。
「ヤーコブ……ビューロウ侯爵家の三男か。それは確かに酷いね。さぞ辛かっただろう」
 クラウスはルーツィエの気持ちに共感してくれた。
「ええ。ですが、今こうして殿下にそう仰っていただけて、本当に嬉しかったのです。ありがとうございます」
 ルーツィエは晴れやかな笑みである。心底嬉しそうなのが伝わって来る。
「君が笑顔になったのなら、良かったよ」
 優しく微笑むクラウス。
 ルーツィエの心臓がトクンと鳴った。
「あの、ハンカチは洗ってお返しいたします」
 ルーツィエは頬をほんのり赤く染めた。
「分かった。ありがとう。僕はお昼頃ならほぼ毎日公宮の図書館にいるから、その時に返してくれたら良いよ」
「承知いたしました」
 ルーツィエはふふっと微笑んだ。
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