大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ

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8 突然の勉強会

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 園芸員になって一週間が経ち、メリベルは仕事の多さに心が折れかけていた。

 いざ学園内で花壇を探してみると、実は沢山あったという事に驚いてしまう。普段何気なく見ていた花々も実はそうで、基本的には花壇は魔術科に集中していたが、剣術科でもよく使用する血止めの作用がある薬草や、解熱効果のある薬草、消毒効果のある薬草に麻酔効果のある薬草などは剣術科の校舎にも植えられているらしく、先生は手入れの為にどちらの科も行き来していたがメリベルを剣術科へは連れて行く事はなかった。
 そして何より驚いたのは、魔術科の校舎裏にある巨大な温室だった。
 大きさで言えば校舎の半分程で、巨木が収まっていてもおかしくない程の高さまである。しかし中を見ようにも、温室全体と入り口には魔術が掛けられており、入る事はおろか見る事も叶わない造りになっている。毎年新入生が興味本位で温室への侵入を試みるのが恒例となっているらしかった。  

 そして今まさに、温室への度胸試しに破れて返り討ちに遭ってきた男子生徒が教室に入って来た所だった。女子生徒からは冷ややかな眼差しが送られ、男子生徒達はお腹を抱えて笑っている。その中にはマイロの姿もあった。
 シアからマイロにはファンクラブまであるという噂を聞いて以来、妙な事に巻き込まれては面倒だと思いマイロとは距離を取ろうとしたが、こうやって見ていてもマイロが女子生徒に囲まれる事はない。いつも友人と騒がしくふざけ合っているせいで近づけないと言った方が正解かもしれないが……。

「男子って馬鹿な生き物ね」

 シアは呆れたように泥まみれの男子生徒が泥を落としているのを見て呟いた。泥は水魔術を使っても落ちていない。その粘着度合いを見る限り先生の怒りが垣間見れた。その時マイロと目が合ってしまい、嬉しそうにこちらに近づいてきた。

「アップルパイちゃんは園芸員でしょ、あの温室への入り方知らないの?」
「絶対に入れないから止めなさいよ。あなたもあんな風に情けない姿になりたいの?」

 泥まみれの男子生徒の制服はきっともう綺麗になる事はないだろう。確か商家の息子だっただろうか、制服を購入する事自体は問題ないと思うが、あの格好で帰り、幼稚な理由を話せばきっと家の者達は激怒するに違いない。その方が居た堪れない気がした。

「でもさ、あの温室の中って気になるだろ? 特に魔術科に通う俺達としてはやっぱり珍しい薬草なんかを見てみたい訳よ」
「それよりも先生を怒らせた時の方が怖いと思うわ」
「先生ってまさかあの用務員さんの事? アップルパイちゃんってば先生って呼んでるの!?」

 その瞬間、近くの女生徒から失笑の声が聞こえた。きっとマイロとの話に聞き耳を立てていたのだろう。メリベルが見るとさっと視線を逸したが、気分の良いものではなかった。それに笑われるような事は何もない。この短期間で先生呼びにすっかり慣れたメリベルは、先生と呼び名を付けた事は正解だと思っていた。


「イタッ」
「馬っ鹿! その葉に触れる時は厚い手袋をしろと言ったろ。この馬鹿ッ!」

 授業が終わり、日課となりつつある園芸員の仕事をしていると、不意に触れてしまった見た目は丸い葉から手を離した。見た目はとても可愛らしいが、良く見ると葉全体に小さなトゲトゲが生えている。葉っぱに触れた時にはもう遅く、指先に燃えるような痛みが起こり始めていた。

「あれだけ沢山の事を一気に言われても困ります。というかこの葉については何も言われませんでした!」

 痛みのせいでイライラが募っていく。先生は自分の手袋を脱ぎ捨てると、痛みのある指先をギュッと掴んできた。

「何する気ですか! 離して下さい!」

 握られた手に向けて先生が何事かを呟くと、指先が一気に燃えた。

「キャーー! 燃えた! 指が燃えた!」
「うるさいから騒ぐな。もう終わった」

 ブンッと乱暴に投げ捨てられた手を労るように引き寄せると指は燃えておらず、何故かチクチクとした痛みも消えていた。

「何をしたんです?」
「皮膚が燃える前に棘を燃やしただけさ。僕にかかればこれくらい朝飯前だな」 

 先生は反撃を待っていたのかちらりとこちらを見てきたが、メリベルはたった今燃やされた指先を握り締めながら感動していた。

「凄いです。本当に凄いですね!」
「あ? ああ」

 褒められて興味を無くしたのか、先生は花壇に向き直ると再び手袋をして作業を始めてしまう。その日から、メリベルは先生の話を真剣に聞くようになっていった。
 植物の成り立ちから学べば、どの部分にどんな効能があり、いつ摘めばその効果が最大限に発揮出来るかなどがすんなり頭に入っていくようになり、今までとは違う視点で勉強する事が出来た。

 園芸員の仕事は週に四日。主に学園中にある花壇の草むしりと、草花の状態の確認。しかしまだ雑草と薬草とも見分けがつかずに、薬草を抜いてしまった日には先生から軽蔑の視線を受けた。それに比べて花の名はスルスルと頭の中に入っていく。花で咲いている時と薬になった時の呼び名が変わるというややこしい物もあるが、花の名前を覚えていく事はとても楽しい時間だった。

「私もしかしたら魔術の中でも薬学科が向いているのかもしれないわ」

 二年生になればより細分化された授業を受ける事になる。魔術科とはいえ選んだ授業内容によっては草花にほとんど関わらない科もある。メリベルは草花を扱う薬学科に進みたいという想いが芽生え始めていた。
 帰える前に図書室に寄り、興味の出た薬学について学ぼうと参考書を探していた時だった。図書室の中で一箇所どうしても目を逸らす事の出来ない空間がある。図書室は魔術科と剣術科が共同で使う場所の一つで、もちろん居てもおかしくはない。おかしくはないのだが……。

 メリベルがそっと踵を返そうとした時だった。

「あら? メリベルさん?」

 声を掛けられれば振り向くしかない。小さく深呼吸をして振り向くと、そこには生徒会の皆が揃っていた。

「奇遇ですねクレイシーさん。ジャスパー様もこんにちは」

 そしてもう一人、集まっている中に見覚えのある顔があった。

ーー確かノア・ワードだったかしら。ジャスパー様の従騎士よね。

 ノアは子供の頃からジャスパーの側近だった為、メリベルも何度か会った頃がある。しかしジャスパーと会っている時はいつも少し離れており、話をする機会はそうそうなかった。
 一瞬声を掛けそうになり口を噤む。ジャスパーの側近であるノアと知り合いだと思われたら、またいらぬ憶測を生む事になりかねない。

「こちらはノア・ワード、二年だ。アイザックはもう何度か会っているな。スチュアート侯爵家の子息だ」
「改めまして、メリベル・アークトゥラスと申します」

 お辞儀を返してくれたノアとは対象的に、アイザックは最初の威嚇するような態度はどこへやら、ニカッと笑って椅子を引いてくれた。

「メリベル様もご一緒にどうです? 今ノアに勉強を教えて貰っていた所なんです。とは言ってもこのお二人には不要だったみたいですが、それでも試験対策は必要じゃないですか」
「試験対策?」
「入学して初めての試験ですよ! もう一ヶ月切ってるのに余裕ですね? これで席順が入れ替わるっていうのに」
「つまり席順がそのまま能力の順って訳ですよね」

 憐れむような視線にメリベルは勢いよく首を振った。

「覚えていますよもちろん!」

 四人から一斉に視線が突き刺さってくる。ジャスパーは小さく息を吐くと座るように促してきた。

「お前もここでノアに教わっていくといい。ノアは剣術だけでなく勉強も出来るからな」
「私などまだまだです。アークトゥラス侯爵家のお嬢様にお教えする事など何もございません」
「謙遜するな。お前が優秀な事は俺が保証する」

 感激しているのか目を潤ませたノアを自分の事のように嬉しく思って見ていると、クレイシーが見上げてきた。

「早く座って下さる? ずっと横で立たれていると気になるわ」
「ご、ごめんなさい! それじゃあ皆さん、宜しくお願い致します」

 こうして謎のメンバーによる勉強会は唐突に始まってしまった。


「なるほど! ノア先輩さすがです! むしろ授業より分かりやすいかも」

 先程までの緊張はどこへやら。最初は質問する事が憚られていたが、どこが分からないのか質問され、ポツポツと答えていると、ノアは飄々とその答えや時に導くような質問をしてくれる。そのお陰でいつの間にか飄々としたノアの雰囲気に飲まれ、緊張感は消え去ってしまっていた。

「こうしてみるとメリベル様っていつも一生懸命だよなぁ」

 ジャスパーはぽつりと呟いたアイザックの言葉には返事をせず、ちらりとメリベルを見た。メリベルは勉強に夢中になっているのかノアに必死に質問している。その姿を盗み見たジャスパーは再びペンを動かした。

「え? もしかして笑ってる? ジャスパー様?」

 覗き込んできたアイザックを避けるように顔を手で押すと、アイザックはおもしろがるように更にその手を退けて顔を覗き込んできた。

「ひつこいぞアイザック!」
「でもジャスパー様が笑うなんて珍しくて……」
「と、図書室ではお静かに願いますッ」

 回ってきた図書委員が緊張気味にそう言うと足早に離れていく。ジャスパーはアイザックの手を振り払った。

「ちゃんと勉強しないならもう帰れ」
「はーい、ちゃんとやりまーす」

 メリベルは珍しい光景に目が釘付けになっていた。

「ジャスパー様がこんな風にご友人と戯れるなんて、今日は本当に良い物が見れました」
「メリベル様は大げさですって」
「あのアイザック様、先程から敬語を使って下さっていますが、宜しければ互いに止めませんか? 同じ一年生ですし」
「いやでもほら、なんと言うか、なかなか難しいじゃないですか」

 ちらりとジャスパーに視線を送るあたり、やはりアイザックは知っているのだと思った。当のジャスパーといえば気にしていない様子で黙々とペンを動かしている。

「ですが互いに同じ侯爵家ですし、そもそも学園に家門を持ち出しする事は禁止されているんですからお願いします! クレイシーさんともそうしていますし!」
「それはあなたが勝手にッ」
「そこまで仰るならそうしましょうか! それじゃあ改めて宜しくな、メリベル」

 何故かポロリとペンを落としたジャスパーに再びアイザックが絡み始めた瞬間、クレイシーがそっとメリベルの手の甲にひんやりと冷たい指先を置いてきた。

「あらメリベルさん。その爪……」

 その瞬間、全員の視線が向く。とっさに隠そうとしたが、クレイシーは半ば強引にその指先を掴んできた。

「爪のお色が変だわ。爪の間に土?かしら」

 バッと勢いよく手を引き抜くと、急いで広げていた教科書を抱えた。

「すみません、私用事を思い出してしまったのでこれで失礼します! 貴重な体験をありがとうございました!」

 勢いよく頭を下げると図書室を小走りで飛び出した。

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいッ)

 よりにもよって、ジャスパーのいる時に爪の間に土が入っているなんて最悪だった。土いじりをしていればどうしても土が爪の間に入る事もある。いつもは丁寧に汚れを落とし、爪の隙間も手入れしていたが、今日に限って残っていたらしい。メリベルは教科書を抱えたまま手洗い場に急いだ。


「爪に土だなんて、本当に珍しいご令嬢だよな」

 メリベルがいなくなった図書室で、アイザックは楽しそうに話し出した。

「メリベルさんは少し前に園芸員になられたんです。確か園芸をご担当の方からの直々のご指名だったと聞いております」
「直々に?」
「はい、黒板に園芸員に任命すると書いてあったそうです。大胆な事をされますよね。でもメリベルさんも楽しんでいるみたいですし、あのご様子ですと園芸を気に入られているみたいですね」
「与えられた事を一生懸命にしているだけだろう」

 ジャスパーは教科書を閉じると席を立った。

「ジャスパー様? どちらに?」
「用事が出来た。お前達も適当に切り上げて帰るように」
「それでは私も失礼します」

 ノアがその後に続くと、アイザックも欠伸をしながらつまらなそうに席を立った。


「今日は係の日じゃないぞぉ」

 後ろを振り向かずにそう言った先生は、返事のないメリベルを不審に思い振り返った。
 メリベルは気が付いたらここに来ていた。あのまま帰ってもよかったが、なんとなくこのまま家に帰ってもモヤモヤとするだけだった。爪を見たら土は入っていなかった。きっとクレイシーが見間違えたのだろう。先生は難しそうな顔をするとスコップを渡してきた。

「なんですか? これ」
「見たら分かるだろ。丁度今からこの球根を植えようとしていた所だ。お前は運がいいな、手伝わせてやる」

 メリベルは溜息を吐くと、先生の隣りにしゃがみ込んだ。

「なんだ? 今日はやけに大人しくて気持ち悪いな。さてはようやくこいつらの愛らしさが分かったな? 尽くしたい気持ちになったんだろ」
「その言い回しは如何なものかと思いますが、偉大さは心得ているつもりです」
「いいやまだまだだな。これくらいで分かられてたまるかよ」
「どっちなんですか、分かって欲しいのか欲しくないのか」

 先生は話ながら物凄い勢いで球根を植えていく。花壇と言ってもここの花壇はもはや畑のようで、ここに来た事をすでに後悔していた。
 日が落ち始め、後少しで終わりという所で不意に先生がスコップを取り上げてきた。

「お前もう帰れ」
「え、でもあと少しですよ?」
「今日は元々当番の日じゃないし、そんな日に生徒をこき使っているなんて学園長に知られたら僕の方がヤバいんだった。察しろ、そしてすぐに帰れ」
「それならここまで手伝ったんですから、明日から一ヶ月間はお休みにして下さいね! 私試験なんですよ!」
「分かったからさっさと帰れ! 気を付けてな!」

 冷たいのか優しいのか分からないが、自分勝手な事は確定な先生に呆れながらその場を後にした。


「こんな所まで足を運ばれるとは一体どいういう風の吹き回しです? 学科が違うでしょうに」

 建物の影から出てきたのはジャスパーだった。その後ろにはノアも控えている。ノアは腰の剣に手を当てていた。

「なぜあなたがメリベルに興味を持たれているんです?」
「興味だなんて大げさな。ただ花達の世話を頼んだだけですよ。この学園は花壇が多いもんで一人で世話をするのがそりゃもう大変なんですから」

 王子相手にも表情を変えずむしろ面倒くさそうに話す姿に、ジャスパーは憤っているようだった。ノアが動くか動かないかでジャスパーが制すると、イーライはそれを長い前髪の隙間から見て小さく笑った。

「そもそもなぜ殿下がそんな事を気になさるんです? たかが学園内の園芸員になったくらいで」
「他に幾らでも希望者はいるはずです」
「得体の知れない者は嫌ですって。殿下も同じでしょう?」
「メリベルなら知っていると?」
「可笑しな事を仰る。アークトゥラス侯爵家のご令嬢なんですから知らない者はいないですよ」

 ジャスパーはぐっと奥歯を噛み締めた。

「もし必要であれば園芸員希望者をこちらで見繕います」
「あぁ大丈夫です。今の所メリベルで間に合っていますから」

 ぎゅっと握られた拳を後ろに隠したジャスパーは、吐き捨てるように言った。

「とにかくメリベル・アークトゥラスにはこれ以上関わらないで下さい」
「……全く本当に、王族っていう生き物は勝手だよなぁ」

 遠ざかっていくジャスパーの後ろ姿を見送る事もせず、イーライは再び残りの球根を植えていった。
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