1 / 1
事故つがいΩとうなじを噛み続けるαの話。
しおりを挟む恋人のマンションは防音がしっかりしているからこそ、室内の音が耳にくっきりと届く。大きなベッドのスプリングは成人男性二人分の重みに軋み、けれどもそれを上回る声が自分たちの口からこぼれていた。
「あ……っ、だい、き……!」
「雪弥……! 雪弥……! 好きだ!」
「ん、んん、ぼくも……もぅ……っ」
熱を孕んだ荒い呼吸が、肉体がぶつかり合う音が、繋がった場所から漏れ出るぬかるんだ音が、理性をぐちゃぐちゃに溶かしていく。それらは、身体の中で暴れ回りながら膨れ上がっていく快感を増幅させて、雪弥の全身を痺れさせる。
「……っあああ!!」
背中から自分に覆いかぶさるようにして腰を打ちつけてくる恋人に、今日もうなじを強く噛まれた。
痛いのに、その刺激がダメ押しとなって雪弥は身体を大きく震わせる。後孔は呑み込んでいる剛直を食い締め、恋人から情熱を搾りとろうとするかのように蠕動した。同時に、陰茎からはぴゅくぴゅくと蜜がこぼれる。胎の奥に熱い飛沫を感じた気がするが、恋人の熱茎は萎える気配を見せない。
「あ、いってる、から、まって」
「待てない、ごめん」
制止の声には苦い返事が返ってくる。強く腰を掴まれたまま、抽挿はむしろ激しさを増した。
「あ、あ、あああっ……!」
「雪弥……! 俺の……!」
気持ちいいところから下りてこられない頭で、恋人の熱っぽい声を聞く。
──大輝のものに、なれたらよかったのにな。
行為のたびにうなじを噛まれても、雪弥は彼のつがいになれる日はこない。Ωとして欠陥品なのだから。何度噛んでも意味がないと大輝もわかっているはずだ。
──意味がないのに、噛み続けてほしい、なんて……。
口に出したことはないけれど、それを望まずにいられない。
ちゃんとしたつがいになれないから、うなじを噛んで、彼が自分を欲しがってくれる姿に安心する。
「あ、大輝……っ、大輝は、きもちぃ……っ?」
「は……っ、かわい……今日もすごく、気持ちいいよ。雪弥もよさそう?」
「ん、ぅんっ、いい、いいから……っ! ああっ!」
──こんな欠陥品のΩから解放してあげなきゃいけないのに、ごめんね。
未来のある優秀なαとの時間と愛情を浪費させていることを申し訳なく思うのに、雪弥は大輝の体温を手放せない。ずっと、許されない夜を重ねている。
* * * * *
成人になれば自分よりも二回りほど厚みのある身体に成長する彼も、子供の頃は自分より小さかった。それもそのはず、自分たちは五つも年の差があったから。
近所に住む、母親同士が仲がいい家の年下の子供。幼稚園に入る前からちょくちょくと顔を合わせていたが、彼は小学生になって以降よく家に遊びに来るようになった。
『ゆきやはいつもいいにおいがする。おれ、すきだなぁ』
大輝はいつも、細い腕を首にそっと巻きつけてくる。首筋に頬擦りされるくすぐったさに雪弥はくすくす声をひそめて笑う。自分に甘えてくる年下の少年がかわいくて、雪弥は少年の頭をやわらかい手つきで撫でた。
『おれ、ゆきやとケッコンしたいな。ゆきや、いいでしょ?』
『結婚? うーん? αとΩなら男同士でも結婚できるけど、第二性はまだわからないからなぁ』
特別な好意を差し出してくれているとわかる言葉が嬉しくて口許が緩む。けれど、αもΩも人口における割合が低いことを、大輝よりも五つ年上の雪弥は知っていた。できない約束に頷く無責任さは持っていなかったから、淡く微笑むだけにとどめたが、小学生になったばかりの少年はおとなしく誤魔化されてはくれない。
『おれはゆきやのためのαになるよ! だから、ゆきや、Ωになって! やくそく!』
『なろうと思ってなれるものじゃないんだよ?』
『おれはぜったいなるから! やくそく! して!』
『えー……』
熱心に言い募る少年に根負けするかたちで、結局雪弥は首を縦に振らされた。少年特有の全能感溢れる大輝の発言にはいっそ感心したものの、嫌々ではない。彼が向けてくれる思いは甘酸っぱくて、ふわふわと嬉しい気持ちになったから。
そんな未来がくれば素敵だね、と少しだけ可能性を考えてみたくなったのが、雪弥が小学校高学年の頃の話である。
* * *
のんびりとした空気が流れていた実家の風景から映像が切り替わる。
ああ、夢を見ているんだな、と理解したものの、自分の意思は作用させられない。
ゆっくりと瞼を開けた雪弥の視界には、見慣れない白い天井が映った。全身が重だるく、あちこちが痛くて──特に首と臀部の痛みがやたらとひどかったことを憶えている。
中学生の頃、病院に運ばれた。これは、最悪のかたちで第二性を発覚させた時の記憶だろう。
『目が覚めたのね! よかった、雪弥……』
ベッドサイドの椅子から立ち上がり、母が泣いている。その隣に、母を支えるようにして父も付き添っていた。両親はとても憔悴した様子で、心配をかけてしまったことが申し訳なく、胸がじわりと重くなる。
『どうしてΩに……ヒート事故だなんて、どうして……』
ゆっくりと瞬きながら、雪弥は両親の嘆きを聞くしかできなかった。
第一性である男女の他、人類がα、β、Ωの第二性をもっていることが判明して以来かれこれの月日が経つ。
αとΩには第一性を覆すほど顕著な性質が現れる者も多く、αは他者を率いるカリスマ性や優秀な遺伝子をもち、女性とΩを孕ませることができる。そしてΩは発情期をもち、男性とαの子を孕むことができる。
人口の大半を占めるβは第二性として特筆する特徴をもたないが、αとΩは希少な存在で人口の一割もいない。
これら第二性は生まれてすぐの時点ではわからない。第二次性徴の前後でわかることが多いため、中学でバース検査が実施されるようになっている。──このバース検査を待たずして雪弥は発情期になってしまったのだ。
孕む性であるΩの発情期は、孕ませる性αの発情期を誘発させる。Ωの発情期をきっかけとした、互いに望まぬ交合をヒート事故という。
雪弥も同級生のαを発情期に駆り立てた。そうして──何の備えもなかった二人は本能に衝き動かされ、未熟な身体を重ねてヒート事故に至ったらしい。
──ヒート事故なら、悪いのはぼくじゃないか。
自分の意思ではどうにもできないことだったとはいえ、雪弥自身の第二性の発現が直接の原因なことは明白だった。だから雪弥は、同級生を責める言葉を吐く気にはならない。
そもそも理性が飛んでいたので、同級生と身体を繋げていた間のことも、首筋を噛まれた瞬間のことも、最中の様子は一切記憶に残っていないのだ。
──自分のことなのに、全然現実味がないや。
自分以外は悲しんだり、気の毒そうにしているのに、雪弥だけが取り残されている。
だが、初めて雄を受け入れた後蕾は勢いばかりの交合に傷ついて痛みを訴えていたし、噛まれたうなじからはなかなか血が止まらず長く包帯の世話になったという事実が、ヒート事故が実際に我が身に起きたことなのだと思い知らせてきた。
第二性が未成熟な段階でのことは、よかったのか悪かったのか──未熟さゆえに本能による性衝動に敗北したが、未熟さゆえにつがいが成立しなかったことが後々分かった。
αとΩは正式につがい関係となれば、互いのフェロモン以外はほぼ反応しなくなる。いくつかの検査をして、相手以外のフェロモンにも反応できることは確認できた。巻き込んでしまった同級生のαは何の問題もなく過ごせそうとのことだった。その点は安心したものの──この時のヒート事故が原因で、雪弥はフェロモンを出せなくなった。
* * * * *
瞼を開ければ、見慣れた天井が視界に映る。すぐ傍で眠る大輝の寝息が聞こえてくること、抱き込まれている大きな身体から伝わってくる体温、落ち着く香り、それらによって夢ではないと思えてほっと息を吐く。
「……嫌な夢見ちゃったな」
普段は極力思い出さないように努めているけれど、ヒート事故は雪弥の人生において大きな転機となった出来事だからか、頻繁に夢に見る。
人口の中でαやΩの割合は低いが、その分母を考えれば、ヒート事故は珍しいものではないといえる。被害の程度は様々で、なんとか未遂で済むこともあれば、複数のαの発情期を誘発しΩがボロボロになるケースもある。雪弥の場合はつがいが成立しなかっただけまだマシで、フェロモンが出せなくなったことによりその後はαを惑わせることもなく、比較的平和に過ごせているといっていい。
発情期が来なくなったことも、ヒートに悩まされるΩからすれば羨ましい体質だと言えるのかもしれない。
──でも、ぼくは……大輝のためのΩになれなかったのが、悲しかった。
ヒート事故を引き起こしたΩに対して世間の目は厳しい。『可哀想なΩ』と言われるのはまだいい方で、『発情期を制御できない、だらしないΩ』と白い目を向けられることが多い。初めてのヒートなんて制御できるわけもないのに、そんな事情はお構いなしなのだ。最悪なのは『ヒート事故を狙って起こした、玉の輿目当ての恥知らず』と嘲られることもある。優秀な遺伝子を持つαは家柄も立派な者が多いからだろう。
雪弥も例に漏れず心ない噂に晒されて、引っ越しを余儀なくされた。
母親同士が仲がいいため互いの近況は知れたけれど、生活圏が遠く離れてしまった自分たちは、大人になるまで会うことは叶わなかった。
αやβのような男らしさを得ることもできず、Ωとしてもほぼ機能しない自分に自信を持てるわけもなく、雪弥は周りに心を開ききれないまま成人し、社会人になった。
容姿と、内面の自信のなさから、頼りないと侮られ続けて、心を半ば麻痺させながら仕事をすること数年──互いの母親を経由してしか近況を知れなかった大輝が「就職が決まったから!」と雪弥のもとへ会いに来た。
十年以上ぶりに直接顔を合わせた大輝はすっかり立派な大人になっていた。けれど、「雪弥」とやわらかい声で名を呼び、笑いかけてくれる顔には昔の面影もあって、無性に泣きたい心地になったことを覚えている。
身長は見上げるほどに高くなっていて、体格なんて二回り以上の厚みがある。そんな風にすっかり大きくなったのに、昔のように腕を回して甘えるようにひっついてくる姿に、『好きだ』『可愛い』と何度も口にされる熱っぽい言葉に、雪弥は参ってしまった。
直接連絡が取れるようにしよう、家を近くに借りたからごはんを一緒に食べよう、休みの日に出かけよう──色褪せていた毎日に、大輝の存在が鮮やかに侵食してくるのはあっという間で。『雪弥のためのαになったんだ』と眩しいくらいの笑顔を浮かべた彼に、熱心に口説かれた。
フェロモンを出せないできそこないのΩだと自覚していても、雪弥は大輝のまっすぐな言葉を嬉しく感じずにいられなかった。
──大輝のためのΩになれないのに。ちゃんとしたΩじゃないのに。
低く心地よい響きになった声で『つがいになって』『結婚して』とねだられるたび、頷きたくてたまらなかった。けれど、何も知らない彼に黙ったままでもいられなくて。
葛藤した末、雪弥は身に起こったことをすべて話すことにした。
成熟する前にヒート事故で首筋を噛まれたこと。フェロモンを出せず、発情期もなく、Ωとしては欠陥できっと子どもを望めないこと。
──ちゃんとつがいになれないΩなんて、嫌に決まってる……。
将来のことも考えられるまともなαであれば、自分を選ぶはずがない。きっと大輝は自分から離れてしまう、自分ではない誰かのところへ──女性やΩと結婚もできるし、つがいにもなれる。胸が引き絞られるように痛くても、大輝のしあわせな未来を願わなくては、と雪弥は自分の感情をぐっと抑えつけながら過去を語り、大輝の進むべき道を諭した。
すべて知っても、大輝は『雪弥が好きだよ』と話を聞く前と変わらぬ熱量で口にした。その響きに胸が痺れて、愚かにも雪弥は何も考えられなくなってしまったのだ。
『雪弥が俺を嫌いじゃないなら、雪弥が雪弥のままなら、俺はずっと雪弥を好きだよ』
広げられた腕の中に引き寄せられるように飛び込んで、以来雪弥は大輝の腕の中から飛び出せずにいる。
「どんどん好きになるから、苦しい……」
大輝の腕の中から抜け出せないまま、雪弥はそろりと背中を丸める。抱きしめられて眠ることに慣れたくないのに、大輝はいつも行為の後、雪弥を腕の中に閉じこめてしまう。帰したくない、と抱きつかれてベッドになだれ込むのが日常化しており、雪弥は一人暮らしのアパートにほぼ帰れないまま半同棲の日々を送っている。もういっそ雪弥のアパートは解約すればいいよ、と大輝は言うけれど、そこまで踏ん切れない。
だって、大輝と別れてしまう日がきた時、帰る家がなかったら困る。
「どんだけでもすきになったらいーじゃん……すきならけっこんしよ」
寝ぼけているのだろう、普段よりもとろりとした響きが背中から聞こえる。抱き込まれて一緒に眠るようになって知ったことだが、大輝は時々こんな風に会話が成り立つか否か微妙なラインの寝言を口にすることがある。
「……結婚はできないよ」
寝ぼけている相手に何を言っても無駄と頭ではわかっていても、適当に頷くことなどできはしない。雪弥は絞り出すような声をこぼした。
大輝と雪弥はαとΩだから、結婚するだけならば簡単にできる。けれど、Ωとして不完全な雪弥は、大輝とつがいになることができない。発情期の行為中にΩがうなじを噛まれることでつがいとなれるが、雪弥にはヒート事故のただ一度きり以降発情期が来ていないため、平常時にいくらうなじを噛まれても、自分たちはαとΩの特別な結びつきになることができないのだ。
つがいになれないということは、大輝のためのΩになれないということだから──小学生の頃に交わした約束を守れない自分は、結婚できない──という考えに雪弥は囚われていた。
それを咎めるかのように──身体に巻きついている恋人の腕の力が、急に強さを増した。
「だい──」
「雪弥、俺の何が足りない? 聞かせてよ」
先ほどまでとはうってかわって明瞭な声に問いかけられ、雪弥は静かに息を呑む。
起きていたのか、と寝ぼけた振りをされたことを少しだけ責めたくなったものの、油断して勝手に口を滑らせたのは自分だ。ぐっと奥歯を噛んでから、雪弥は苦い顔で首を振る。
「何も……大輝に足りないところなんてないよ」
「嘘だね。俺、やっぱり頼りないんだろ。年の差が埋まるくらいしっかりしなきゃってがんばってたつもりだけど……社会人としてはまだまだヒヨッコだもんな」
恋人の重たい溜め息に、先ほどよりも強く首を振った。そんなわけない。年上の自分を情けなく感じてしまうくらいに、大輝は立派な大人の男になっている。
「でも、雪弥を支えたいって気持ちは誰にも負けないつもりだよ」
揺るぎない声で放たれた宣言にじわりと胸が熱くなったけれど、同時に、そんな想いを向けてもらうばかりでいいのかと、雪弥は揺らぐ。
「大輝はちゃんと、頼もしいよ。……問題があるのは、ぜんぶぼくばっかり」
揺らぐ心は、声に滲んだ。こぼすつもりのなかったところまで舌先が言葉を紡いでいて、気づいた時にはもう取り返しがつかない。
「言って」
恋人が硬質な声で、その先を要求してくる。
「……言えない」
言えるわけがない。自分は年上なのに、大輝を支えるどころか、何も満足に返せていないのに。これ以上欲張ってしまうなんてきっと許されない。だから雪弥は口を噤む。
その頑なな気配を理解しているのだろう、年下の恋人が鷹揚に頷く気配がした。
「じゃあ身体に聞く」
「え……?」
彼の発言に動揺している間に、逞しい腕は雪弥の身体を撫でながら下りていく。
「う、あ、大輝、ちょっと……!」
眠りに落ちる前にたっぷりと情熱を注がれた身体は少しの刺激で簡単に火がついてしまう。恋人の愛撫が的確だからか、自身の身体が快楽に弱いのか、はたまた別の原因があるのか。いずれにしろ、易々と下着を剥かれ、陰茎と後孔どちらもを触れられれば、雪弥はぐずぐずに溶かされるほかなかった。
「い……っ、あ、や」
肉茎を育てるように揉み込まれれば、そこは素直にむくむくと芯をもつ。
「可愛い、雪弥」
「ひぁ……っ」
耳に吹き込まれる甘い声にきゅぅと胸が痛くなり、感覚が鋭敏になる。いつもそうだ。大輝に甘く囁かれながら触れられると、ぞくぞくとした痺れが身体の中を駆け回り、どんどんわけがわからなくなって溺れてしまいそうになる。
陰茎への刺激とともに、数時間前には恋人の情熱を呑み込んでいた窄まりの縁も太い指でなぞられている。眠る前にきれいにしたそこは、Ωとして正しく機能しないため潤いが足りない。優しい大輝は乾いた指を無理やり挿入するような無体はしないだろう。だが、触れられれば意識せずにはいられなくて、与えられないとわかっているからこそもどかしくなる。
「い、ぁ……い、いぃ……ぅぅっ」
──挿れてほしい。
貪欲な身体は正直に大輝の指を、猛る情熱を求めている。けれど、雪弥はそれを素直に口にできない。
「雪弥の気持ちも、欲しいものも、俺は教えてほしいよ」
「そん、なの……っ」
言っていいのか。充分よくしてもらってるのに、欲張るなんてとんでもないんじゃないか。大輝にどこまでも甘えてしまいそうな自分の情けなさを、首を振って散らす。
「強がるとこも可愛いけど。もっと甘えてほしいよ?」
「あ……っ」
大輝の小さな呟きはいっぱいいっぱいの雪弥の耳には届かない。もし聞こえていたならば、その悔しそうな響きで、己の強情っぷりを改めるきっかけになったかもしれないが。
雪弥は快感に理性が溶けきらないように必死で──意識を後孔から逸らそうとすればするほど、同時に刺激されているもう一方へと感覚が集中した。硬さを増したそれは透明な蜜を滲ませるほどになっている。
──先走りを掬って、潤滑剤の代わりにすれば……。
言えないなら、自分ですればいい、と己の陰茎に手を伸ばす。けれど、雪弥の行動を見越したように大輝の大きな手ががっちりと阻んできた。後孔をくすぐっていた手も前へ移動し、蜜をこぼすのを堰き止めるためだろうか、根本をぎゅっと握られる。その強さにチカチカと視界が明滅するような快感を覚えて眩暈がしそうだった。
このままいけば弾けそうなのに、すんでのところで届かない。もうちょっとなのに、決定的な頂きに至れない快感はもどかしく、炙られているように苦しい。
放埒を求めて雪弥は我慢できずに腰を揺らめかすけれど、大輝の大きな手はしっかりと陰茎の根本を押さえ、解放を許してくれなかった。
「はなし、て、だいき、いきたい、いかせて……っ」
「だめだよ。雪弥が不安を教えてくれないと、このまま」
いつものようにただ優しく可愛がるだけではないのだと、大輝はきっぱりと非情にも聞こえる声を返した。
──いきたいのに。出したくて頭がおかしくなりそうなのに。
──後ろだって疼くのに。硬くて熱いものを、大輝の分身を呑み込ませてくれないと治らないのに。
年下の恋人に甘く優しく愛されるばかりで焦らされることを知らぬままできた雪弥は、もどかしく苦しい責めにじわりと涙を滲ませた。
「ひど……、なん、でぇ……?」
「雪弥はひどくないの? ずっと心配してる俺に何も言ってくれなくて、どんどん暗い顔になって……頼ってほしいって、しんどいなら支えさせてほしいって思う俺がおかしいの?」
理性の溶けた声でぐずる雪弥に、大輝は静かに訴え返す。冷たくはないが、積もりに積もらせた不満をぶつけられた雪弥は咄嗟に言葉を返せない。
「昔からずっと、俺ばっかりが好きなんじゃん」
「ちがう……!」
拗ねたようなその一言だけは、反射といってもいい速さで否定した。それだけは違う。けれど大輝は、雪弥の必死の返事に納得した様子はない。
「雪弥は好きって言ってくれないじゃないか」
想いを言葉にするのは自分ばかりだと、年下の恋人は静かな、けれどどこか悲痛を感じる声音でこぼした。
「だって、負担に、なりたくない……っ」
理性がぐちゃぐちゃで、自分の想いが恋人に正しく届いていないと思い知らされたショックも重なり、雪弥の中で何かが弾けたのかもしれない。
ずっと溜め込む一方だった胸の内を、雪弥はついに言葉にしていた。
「ヒート事故なんか、なって……憶えてないのに、情けなくて、大輝に申し訳なくて……ちゃんと、大輝のΩに、なりたかったのに……っ」
幼い頃の約束は、一方的なものではなかった。
五つ年下の少年のことを、雪弥だって大事に思っていたのだ。そんな彼から特別な想いを向けられて嬉しくて、意識せずにはいられなくて、彼を少しずつ特別に想うようになっていった。
「フェロモン出せないし……っ、発情期もなくて……っ、Ωなのに……! ぼくより似合う子が、いつか現れるんじゃって……」
現実味のない身体の痛み、周りの視線や心ない言葉、引っ越しや進学、就職による環境の変化。そして何より、できそこないの己の体質。
それらに心すり減っても、大輝が心配して気遣ってくれていることを感じられたから、いつだって踏ん張れた。大輝が、雪弥にとっては心の支えとなってくれたから。
人生の大半に大きく影響していると言っていいほど大切な──誰とも比べることもできない存在なのに、だからこそ自分がふさわしいと思えなくて苦しいのだと、雪弥は涙とともに上手くまとまらない言葉をこぼす。
「でも、他の人に、渡したくないから、しんどいんだ……っ」
「渡したく、ない?」
「あたりまえ……っ!」
静かに雪弥の心情に耳を傾けていた大輝が、思わずといった様子で問い返してきた。噛みつくような勢いで頷けば、恋人が息を呑む気配が背中に伝わってくる。
「雪弥も、俺が欲しいの?」
「欲しいよ!」
もうどうにでもなれ、という勢いで、なりふり構わずに頷いてしまう。年上なのに情けなくて格好悪いし、重たくて申し訳ないとも思うけれど、大輝への想いは増す一方で、どうにもできないのだ。
「大輝の、大輝だけのΩに、なりたいよ」
こんな、どうにもならない望みを口にしてしまうぐらい、雪弥はずっと、昔交わした約束に焦がれている。
「俺のこと、好き?」
「好きだよ! 好きだから、できそこないの自分が大輝にふさわしくなくて嫌になって、しんどいんだ」
少しだけ上擦った声で問いかけられる。それが緊張しているようだと気づく観察力はなりをひそめて、必死といってもいい勢いで雪弥ははっきりと頷いた。途端に、ぎゅっと強く抱きしめられる。
「雪弥がΩでも、Ωじゃなくても、関係ないんだよ。ただずっと一緒にいられるなら、それでいいんだ。結婚は一緒にいるためのかたちでしかないんだから」
雪弥が好きでいてくれるなら、それがすべてだと、背中に大輝の熱い吐息がかかる。
今の自分を許されて、望まれているのだと、その切実な声が胸にじわりと落ちてきた。その声の持つ熱が、雪弥の胸に巣食っていた諦めや否定を溶かしていく。
「でも、αとΩにとってつがいは特別じゃないか……ぼくは、つがいになれないのに──」
「特別だよ。発情期やフェロモンが上手く機能しなくても、雪弥だけ、特別に好きだ。それじゃだめ? 確かな関係がないと雪弥はずっと不安?」
大輝の尋ねる声に否定の言葉を返せないのが答えだった。それを恋人はわかっていたようで、小さく笑った気配がする。
「他の誰かなんていらないから、その気持ちを証明するためにずっと噛むよ」
やわらかい響きとともに、うなじを噛まれた。いつもより少しだけ強く。
自分を欲しがってくれていると示されるいつもの行為を、小さな痛みと大きな悦びとともに受け入れれば──
「な、なに、これ」
後孔にひどい違和感を感じた。
「雪弥?」
粗相をしたか、はたまた自分の身体がどこかおかしくなったのかと混乱するほど、そこはドロリと濡れている。
「大輝、大輝、身体、変……たすけて……」
身体の内側が燃えるように熱を持っている。腹の奥が切なくて、大きく硬いものを埋めてほしくて仕方ない。その飢餓感は、本音を引き出すために先ほど恋人から焦らされた時の比じゃない。
抱きしめてくれていた腕がほどかれ、熱を訴える下腹部に触れられた。
「雪弥のここがこんなに濡れたこと、今までないのに……」
後蕾の様子を確かめるためだろう、大輝の指がそろりと挿し入れられ、その様子に恋人は混乱の声を上げる。咥えるものを求めて切なく疼いていた後孔は、やっと呑み込めた指を嬉しげに食む。けれど足りない。もっと太くて熱いものが欲しいと、そこは欲求不満を募らせた。
「指じゃやだ、大輝の……っ、大輝のが、ほしい」
「……っ!」
言葉だけでなく、背中側へ手探りに手を動かして欲しいものをねだる。ごつごつとした男らしい身体の中心は、直接刺激されたわけではないはずなのにかなりの硬さまで育っていた。
「はや、くぅ……っ」
「ああ、もう!」
息を荒げて恋人を急かせば、余裕なくした様子の大輝が後孔から指を引き抜き、そこに猛る分身を押し当てた。
「あ……」
期待にぶるりと身体が震えたのと、腰を掴まれ、ぬかるむ後蕾に欲しいものが与えられたのは同時だった。
「は、あ、あ、あ、ああ……!」
「あつ……」
屹立が、胎内を押し広げるようにして入ってくる。その質量に、内壁を擦り上げられる気持ちよさに、挿れられるだけで甘い声が漏れる。
「今日、いつもよりすごいね」
大きさに馴染むまで大人しくしてくれている剛直に、しゃぶりつくように媚肉がうねっているのを感じる。大輝の指摘通り、この時点までの自分の反応は今までと違う自覚があった。今までだってもちろん毎回気持ちよかったが、今は興奮も強いせいか快感も深い。
「変……? 嫌いになる……っ?」
「まさか。今日の雪弥も最高に可愛い」
噛み跡に音を立てて口づけて、大輝は緩やかに抽挿を開始した。
「いつもいいにおいだけど、今は特別いいにおいだね。好きだよ、雪弥。可愛い、俺のつがい。愛しいひと」
「あ、あ、だいき……っ」
甘い言葉と深い快感に瞼の裏が白くスパークする。
「すき……っ、だいき、すき……っ」
「……っ雪弥!」
「ああっ!」
好き、と言葉にしたそれだけで、胸は甘酸っぱいしあわせで満ち、大輝の熱杭はより情熱的に膨らみ、遠慮がちだった律動は激しいものへと変わった。
早々に理性が溶けてダメになりそうで不安なのに、すべて委ねて気持ちよさに流されるのもいいかもしれないと、半ば溶けかけた頭で雪弥は思う。
「うれし……っ、だいき……っ!」
たくさん、もっと、と望む言葉を、そして──すきと、今までこぼさないように抑えつけていた想いを、雪弥は幾度も口にした。熱に浮かされたまま大輝と何度も上り詰めた夜は甘いしあわせに満ちていた。
* * *
思い悩んでいたことを暴露し、いつも以上に熱くなった身体で愛を確かめ合った夜──から数ヶ月経ったある日。雪弥は大輝に付き添われて第二性専門の病院を受診した。今はその帰り道である。
「まさか、発情期だったなんて……」
身体を繋げるたびに大輝がずっと噛んでいたからか、あの夜に少し強く噛まれたからか、原因は定かではないけれど──周期的に、あの夜から発情期がくるようになったようだと病院で診断された。
「俺の愛が届いたんだな!」
大輝が嬉しそうに笑う。いくつかの検査を経て、雪弥のΩ体質は正常な動きになりつつあるという結論をもらった今日、雪弥自身よりも大輝の方が喜んでいるのである。
「俺たちはもうとっくにつがいだし」
雪弥の検査とともにパートナーの大輝も検査するように言われ、結果自分たちは既につがいであるという結果も突きつけられたため、大輝の浮かれっぷりも仕方ないのかもしれない。言葉に出していないだけで、雪弥とてかなり浮かれているのだから。
「もう躊躇う理由ないよね、雪弥?」
上機嫌の恋人の目が、何かを期待するようにキラキラしている。格好いい立派な大人のαになったのに、少年の頃と変わらないかわいげも持ったままなんてなんだかずるいな、と雪弥は苦く微笑んで──年下の恋人が口にする言葉を先回りした。
「結婚しよう、大輝」
俺が言おうと思ったのに、と少しだけ拗ね混じりの、けれど嬉しそうな声を漏らした唇に、雪弥は自分のそれを重ねた。ずっと一途に自分を好きでいてくれた彼となら、どんな未来も乗り越えてしあわせになっていけると信じながら。
マンションに帰れば、やられっぱなしに膨れた恋人から倍以上のお返しをされそうだな、なんてちょっぴり期待して、雪弥は大輝の腕を引っ張りながら帰路を急いだ。
228
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
使用人の俺を坊ちゃんが構う理由
真魚
BL
【貴族令息×力を失った魔術師】
かつて類い稀な魔術の才能を持っていたセシルは、魔物との戦いに負け、魔力と片足の自由を失ってしまった。伯爵家の下働きとして置いてもらいながら雑用すらまともにできず、日々飢え、昔の面影も無いほど惨めな姿となっていたセシルの唯一の癒しは、むかし弟のように可愛がっていた伯爵家次男のジェフリーの成長していく姿を時折目にすることだった。
こんなみすぼらしい自分のことなど、完全に忘れてしまっているだろうと思っていたのに、ある夜、ジェフリーからその世話係に仕事を変えさせられ……
※ムーンライトノベルズにも掲載しています
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
昨日まで塩対応だった侯爵令息様が泣きながら求婚してくる
遠間千早
BL
憧れていたけど塩対応だった侯爵令息様が、ある日突然屋敷の玄関を破壊して押し入ってきた。
「愛してる。許してくれ」と言われて呆気にとられるものの、話を聞くと彼は最悪な未来から時を巻き戻ってきたと言う。
未来で受を失ってしまった侯爵令息様(アルファ)×ずっと塩対応されていたのに突然求婚されてぽかんとする貧乏子爵の令息(オメガ)
自分のメンタルを救済するために書いた、短い話です。
ムーンライトで突発的に出した話ですが、こちらまだだったので上げておきます。
少し長いので、分割して更新します。受け視点→攻め視点になります。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
かわいい王子の残像
芽吹鹿
BL
王子の家庭教師を務めるアリア・マキュベリー男爵の思い出語り。天使のようにかわいい幼い王子が成長するにつれて立派な男になっていく。その育成に10年間を尽くして貢献した家庭教師が、最終的に主に押し倒されちゃう話。
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
アルファの双子王子に溺愛されて、蕩けるオメガの僕
めがねあざらし
BL
王太子アルセインの婚約者であるΩ・セイルは、
その弟であるシリオンとも関係を持っている──自称“ビッチ”だ。
「どちらも選べない」そう思っている彼は、まだ知らない。
最初から、選ばされてなどいなかったことを。
αの本能で、一人のΩを愛し、支配し、共有しながら、
彼を、甘く蕩けさせる双子の王子たち。
「愛してるよ」
「君は、僕たちのもの」
※書きたいところを書いただけの短編です(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる