異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

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炭鉱の街アスタリア

異変の終結

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 リリアの指先が淡く光を帯び、最後の結界の糸を結んだ。
 微かな震動が足元に伝わり、異界の門の縁が一瞬だけ淡く明滅する。
 直後、奥から吹き出していた瘴気の流れが消えた。
 それと同時に坑道に充満した形容しがたい空気も薄れていく。

「……これで閉じたのかい?」

 クリストフが息を詰めて問う。
 
「これ以上こちらに干渉してこれないわ」
 
 リリアが額の汗を拭いながら頷いた。
 だがしかし、その表情は晴れやかではない。

「でもこれは、完全に閉じたわけじゃない。仮封印ってところ」

「長くは持たないってことだね」

「そう。崩落で壊れた部分を補っただけ。根本的に塞いだわけじゃない」

 リリアの言葉に俺もうなずいた。

 門の奥から感じる気配はかすかに残っている。
 完全に消し去れたわけではないが、これ以上拡がらないように押さえこんだ。
 今できるのはここまでだろう。

「……さあ、撤収しましょう。体力も限界だし、この場に長居はできない」

 俺の言葉に二人もうなずいた。
 
 もう少し様子を見たい気持ちもあるが、ここに留まれば逆に危険を増やすことになる。
 すでに三人とも限界に近い状態だった。

 俺たちは互いに肩を貸し合いながら坑道を引き返す。
 崩落で道が狭まった箇所を乗り越えるたびに、足に重さがのしかかった。
 だが地上に近づくにつれ、空気が少しずつ軽くなり、肺に入る酸素が増えていく。

 ようやく坑道の出口に辿り着いた時、外の冷たい風が頬を撫でた。
 その清涼感に安堵を覚えて、心地よさに包まれるような感覚になった。

「……よかった。戻ってこられた」

 リリアが小さくつぶやく。
 ホッとしたような吐息が彼女の肩を震わせた。

 坑道を出てからアスタリアの街までの道のりは長く感じた。
 鉱山地帯の静けさが異界の門の存在を夢だったかのように錯覚させる。
 しかし、胸の奥には確かな疲労と緊張の残滓があった。

 やがて街の門が見えた時、ようやく肩の力が抜けた。

 昼下がりのアスタリアは、普段と変わらぬ賑わいを見せていた。
 市場の喧騒、荷車の往来、子どもたちの笑い声。人々は異界の門の存在など知る由もないだろう。

「……この平和を守れたって思っていいのでしょうか」
 
 リリアがぽつりと言った。

「とりあえず、今のところは」

 俺が応じるとクリストフが苦笑した。

「ははっ、その言い方だと全然安心できないよ」

 それから宿に戻り、一室を借りて荷を解いた。
 椅子に腰を下ろした途端に全身の重みが増す。
 剣を壁に立て掛け、背もたれに背中を預ける。

「まずは状況の整理からだね」

 クリストフが持ってきた紙とペンをテーブルに置き、地図を広げた。

「結界の補修箇所、崩落の位置、門の状況……残せる情報は全部記録しておこう」

 リリアもすぐに席につき、淡々と項目を挙げていく。

「魔鉱体の出現も含めて書かないと。結界が壊れた原因の一部かもしれないし」

「それと、門の気配の変化。仮封印の影響が出てるかもだ」

 俺は記録に必要な内容を補いながら、二人のやり取りを見ていた。
 リリアたちの落ち着いた口調に少しだけ救われる。

 報告については、すぐに方針が決まった。

「マルクさんはカルンに戻りますよね?」
 
 リリアが俺に視線を向ける。

「アンソワーレのこともあるので、そろそろ戻りたいですね」

「私たちはもう少し調査をして、それからエスタンブルクの中心部に戻ります」

 リリアが淡々と告げた。
 こちらに話しかけながら、時折地図の方に目を向けている。

「向こうの関係者に直接報告して、アスタリアでの異変について知ってもらいます」

 クリストフもうなずいた。

「僕らの立場なら、軍や調査部門に繋がりがある。再び門が開きかけた時は、速やかに動けるようにしておきたい」

 俺は少し迷ったが、二人の判断が正しいことはわかっていた。

「それでは、頼まれた役割は終えたと思うので、カルンに戻ります。アンソワーレで店を手伝いながら、今回の進捗を待ちたいと思います」

「マルクさんが焼肉屋ではなく、ハーブの店で働くのは不思議な感じがします」

 リリアが小さく笑った。
 彼女の意見にはうなずけるところもある。

「何か進展があったら、アンソワーレに行きます」

 その言葉に俺も笑みを返した。

 それから、リリアたちの手伝いをするうちに夜になり、三人で遅めの夕食を取って、アスタリアで確保している宿に向かった。


 翌朝、宿の前で俺たちは別れることにした。

 リリアが微笑みながら一歩前に出る。

「ご協力ありがとうございました。やっぱり、マルクさんがいると心強いです」

「それはどうも。役に立てたようで光栄です」
 
「マルクくん、カルンに戻る道中も気をつけて」
 
 クリストフは涼しげに言って、片手を挙げた。

 最後に二人と握手を交わした。
 この短い時間で積み重ねた信頼が、手の温もりに現れていた。

 リリアとクリストフはもう少しアスタリアに残る。
 俺はカルンへ戻るために、エスタンブルクの方角に向かって歩き出す。
 別れ際、背後からリリアの声が聞こえた。

「また会いましょう!」

 俺は振り返って笑みを返す。

「はい、必ず!」

 カルンへ戻る道は、アスタリアに向かったときよりも心持ちが軽かった。
 三人で力を合わせた結果、異界の門を閉じることができた。
 再び開く可能性はあるが、俺たちは未然に防ぐことに成功したのだ。
 それでも、心の奥には確かな影が残っている。
 
 ――あの門の奥にあった気配。
 こちらを見ていた、ゾッとするような気配を纏った存在。

 俺は剣の柄にそっと手を置いた。
 アンソワーレに戻れば、仲間たちが待っている。
 彼らのことを考えると、今回の奮戦に意味があったと思えてくるのだった。 

 カルンの青空を思い浮かべながら、俺は一歩ずつ歩みを進めた。


 あとがき
 これにてアスタリア編は完結です。
 次話から新章が始まります。
 いいね、エールなどありがとうございます。
 いつも励みになっています。
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