295 / 555
和の国サクラギとミズキ姫
謎の美女との遭遇
しおりを挟む
翌朝、目が覚めて最初に見えたのは天井ではなく、透き通るように澄んだ青空だった。
まだ早朝のようで陽光は淡く、周囲にはうっすらと霧が浮かんでいる。
「……あっ、昨夜は野宿したんだった」
寝袋に包まれたまま視線を横にずらすと、幕の閉じた客車が見える。
アデルとミズキは車内で一夜を明かしたはずだ。
客車の近くでは水牛が横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
徐々に意識がはっきりしてきて、ゆっくりと身体を起こす。
焚き火の炎とハンクの姿が少し離れた位置にあるのが目に入った。
「おう、目が覚めたか」
「おはようございます。熟睡できたってことは何も起きなかったんですね」
俺は申し訳なさそうに言った。
ハンクが見張りを引き受けてくれて、異変があったら起こしてもらうという話になっていた。
「まあ、気にすんな。おれは昨日の移動中に寝てたし、野営する時のこういう空気が好きなんだ。町にいたらなかなか味わえないもんだから」
彼の声は自然体で、微塵も強がりを感じさせない響きだった。
Sランク冒険者だけあって、心の底から旅や冒険を楽しんでいるのだ。
「見張り続きで申し訳ないんですけど、ちょっと温泉に入ってきます」
「ヤバそうなモンスターもいなさそうだし、気兼ねなく入ってこいよ」
「ありがとうございます」
ハンクの温かい表情に心が和む感じがした。
俺は寝袋を畳んでから身体を拭くための布を手にして、近くの温泉へと移動した。
周辺に火山は見当たらないのだが、地下から温かい水が湧き出すのをサクラギの民が発見したらしい。
彼らが行き来する際に休養を取るため、自主的に整備を行っているようだ。
「露天風呂というか、野天風呂だよな」
道の先に浮かぶ湯気を見ながら、そんなことをひとりごちた。
温泉の周りを囲っているのは草木のみで、天然の衝立といったところか。
着替えをするための小屋が設置されており、そこが入り口の役目を果たしている。
俺は歩を進めて、小屋の近くに到着した。
扉などはなく、明るい時間は向こう側に温泉が見える。
女性陣との入れ違いは避けるべきだが、特に人影は見当たらない。
「……ふぅ、大丈夫そうか」
安堵のため息をついて、小屋の中に入る。
「――えっ」
足を踏み入れようとした瞬間、出てきた人物とぶつかりそうになった。
俺は慌てて立ち止まり、すんでのところで接触せずに済んだ。
「あれっ、ミズキ……?」
「あわわっ」
黒髪の美女がうろたえた様子で立っている。
最初はミズキかと思ったが、彼女よりも長い髪で体格は一回り大きい。
薄手の衣服の胸元はたゆんとしており、艶を感じさせる外見だ。
「……あの、どちらさまで」
「――拙者は失礼する」
俺が声をかけるが、彼女は質問には答えずに走り去る。
あっという間に姿を見失った。
「……あれは誰だったんだ?」
風貌からサクラギの人間だと思うが、一人で野営地に来ているとは考えにくい。
かといって、客車には人が潜めるような空間はないはずだ。
見ず知らずの人に失礼だが、豊かな胸元が印象に残っていた。
大きさ的にエスカといい勝負だろう。
我ながらしょうもないことを考えているなと思いつつ、朝霧と温泉の湯気に包まれた風呂で入浴を済ませた。
結局、謎の美女の正体は分からないままだった。
朝風呂でさっぱりしてハンクの元に戻ると、アデルとミズキが起きていた。
二人は焚き火を囲むかたちで座っている。
「おっはよーう、昨日は眠れた?」
「ハンクの見張りが安心できたみたいで、熟睡できました」
あまり胸を張って言えることではないため、照れ隠しに頭をかく。
「近くに温泉があって、快適な客車があるなら、野宿も悪くないわね」
「アデルさんや、外に出てくれた二人にお礼は言ったかい」
ミズキが冗談めいた口調で言った。
すると、アデルは恥ずかしそうにもじもじとなる。
あまり見たことのない彼女の動きだった。
「二人とも悪かったわね。復路では……外で寝るのは無理だわ」
「やらんのかーい!」
ミズキは少し大げさにずっこけるような動作を見せた。
「まあまあ、俺は気にしないので」
「二人にあんまり負担をかけるんじゃないよ」
ミズキに諭されると、アデルは苦笑いを浮かべた。
「そういえば、温泉のところで、黒い髪の女性を見たんですけど、ミズキさんではないですよね?」
話題を変えてミズキにたずねると、彼女は虚を突かれたような顔になった。
「あたしはここにいたし、サクラギの女の人が一人でこの辺りにいるとは考えにくいかな」
「そうですよね。少しだけ言葉を交わしたんですけど……寝起きだったし、夢でも見たのかもしれません」
半信半疑だが、突然の出来事で確信がない。
夢だっただろうと言われたら、明確に否定することは難しい。
「まあ、そんなこともあるよな。おれたち以外に人の気配感じないから、ホントに夢でも見たのかもしれねえな」
「ハンクがそう言うなら、間違いないですね」
「さあさあ、設営が撤去できたら出発するよ」
少し無理やりな感じもするが、ミズキが仕切り直すように言った。
それから全員の準備ができたところで、牛車に乗って出発した。
まだ早朝のようで陽光は淡く、周囲にはうっすらと霧が浮かんでいる。
「……あっ、昨夜は野宿したんだった」
寝袋に包まれたまま視線を横にずらすと、幕の閉じた客車が見える。
アデルとミズキは車内で一夜を明かしたはずだ。
客車の近くでは水牛が横たわり、気持ちよさそうに寝息を立てている。
徐々に意識がはっきりしてきて、ゆっくりと身体を起こす。
焚き火の炎とハンクの姿が少し離れた位置にあるのが目に入った。
「おう、目が覚めたか」
「おはようございます。熟睡できたってことは何も起きなかったんですね」
俺は申し訳なさそうに言った。
ハンクが見張りを引き受けてくれて、異変があったら起こしてもらうという話になっていた。
「まあ、気にすんな。おれは昨日の移動中に寝てたし、野営する時のこういう空気が好きなんだ。町にいたらなかなか味わえないもんだから」
彼の声は自然体で、微塵も強がりを感じさせない響きだった。
Sランク冒険者だけあって、心の底から旅や冒険を楽しんでいるのだ。
「見張り続きで申し訳ないんですけど、ちょっと温泉に入ってきます」
「ヤバそうなモンスターもいなさそうだし、気兼ねなく入ってこいよ」
「ありがとうございます」
ハンクの温かい表情に心が和む感じがした。
俺は寝袋を畳んでから身体を拭くための布を手にして、近くの温泉へと移動した。
周辺に火山は見当たらないのだが、地下から温かい水が湧き出すのをサクラギの民が発見したらしい。
彼らが行き来する際に休養を取るため、自主的に整備を行っているようだ。
「露天風呂というか、野天風呂だよな」
道の先に浮かぶ湯気を見ながら、そんなことをひとりごちた。
温泉の周りを囲っているのは草木のみで、天然の衝立といったところか。
着替えをするための小屋が設置されており、そこが入り口の役目を果たしている。
俺は歩を進めて、小屋の近くに到着した。
扉などはなく、明るい時間は向こう側に温泉が見える。
女性陣との入れ違いは避けるべきだが、特に人影は見当たらない。
「……ふぅ、大丈夫そうか」
安堵のため息をついて、小屋の中に入る。
「――えっ」
足を踏み入れようとした瞬間、出てきた人物とぶつかりそうになった。
俺は慌てて立ち止まり、すんでのところで接触せずに済んだ。
「あれっ、ミズキ……?」
「あわわっ」
黒髪の美女がうろたえた様子で立っている。
最初はミズキかと思ったが、彼女よりも長い髪で体格は一回り大きい。
薄手の衣服の胸元はたゆんとしており、艶を感じさせる外見だ。
「……あの、どちらさまで」
「――拙者は失礼する」
俺が声をかけるが、彼女は質問には答えずに走り去る。
あっという間に姿を見失った。
「……あれは誰だったんだ?」
風貌からサクラギの人間だと思うが、一人で野営地に来ているとは考えにくい。
かといって、客車には人が潜めるような空間はないはずだ。
見ず知らずの人に失礼だが、豊かな胸元が印象に残っていた。
大きさ的にエスカといい勝負だろう。
我ながらしょうもないことを考えているなと思いつつ、朝霧と温泉の湯気に包まれた風呂で入浴を済ませた。
結局、謎の美女の正体は分からないままだった。
朝風呂でさっぱりしてハンクの元に戻ると、アデルとミズキが起きていた。
二人は焚き火を囲むかたちで座っている。
「おっはよーう、昨日は眠れた?」
「ハンクの見張りが安心できたみたいで、熟睡できました」
あまり胸を張って言えることではないため、照れ隠しに頭をかく。
「近くに温泉があって、快適な客車があるなら、野宿も悪くないわね」
「アデルさんや、外に出てくれた二人にお礼は言ったかい」
ミズキが冗談めいた口調で言った。
すると、アデルは恥ずかしそうにもじもじとなる。
あまり見たことのない彼女の動きだった。
「二人とも悪かったわね。復路では……外で寝るのは無理だわ」
「やらんのかーい!」
ミズキは少し大げさにずっこけるような動作を見せた。
「まあまあ、俺は気にしないので」
「二人にあんまり負担をかけるんじゃないよ」
ミズキに諭されると、アデルは苦笑いを浮かべた。
「そういえば、温泉のところで、黒い髪の女性を見たんですけど、ミズキさんではないですよね?」
話題を変えてミズキにたずねると、彼女は虚を突かれたような顔になった。
「あたしはここにいたし、サクラギの女の人が一人でこの辺りにいるとは考えにくいかな」
「そうですよね。少しだけ言葉を交わしたんですけど……寝起きだったし、夢でも見たのかもしれません」
半信半疑だが、突然の出来事で確信がない。
夢だっただろうと言われたら、明確に否定することは難しい。
「まあ、そんなこともあるよな。おれたち以外に人の気配感じないから、ホントに夢でも見たのかもしれねえな」
「ハンクがそう言うなら、間違いないですね」
「さあさあ、設営が撤去できたら出発するよ」
少し無理やりな感じもするが、ミズキが仕切り直すように言った。
それから全員の準備ができたところで、牛車に乗って出発した。
25
あなたにおすすめの小説
土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~
にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。
「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。
主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。
過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました
黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。
これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。
転生したら神だった。どうすんの?
埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの?
人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。
勇者パーティを追放されてしまったおっさん冒険者37歳……実はパーティメンバーにヤバいほど慕われていた
秋月静流
ファンタジー
勇者パーティを追放されたおっさん冒険者ガリウス・ノーザン37歳。
しかし彼を追放した筈のメンバーは実はヤバいほど彼を慕っていて……
テンプレ的な展開を逆手に取ったコメディーファンタジーの連載版です。
『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合
鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。
国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。
でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。
これってもしかして【動物スキル?】
笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!
外れスキル【畑耕し】で辺境追放された俺、チート能力だったと判明し、スローライフを送っていたら、いつの間にか最強国家の食糧事情を掌握していた件
☆ほしい
ファンタジー
勇者パーティーで「役立たず」と蔑まれ、役立たずスキル【畑耕し】と共に辺境の地へ追放された農夫のアルス。
しかし、そのスキルは一度種をまけば無限に作物が収穫でき、しかも極上の品質になるという規格外のチート能力だった!
辺境でひっそりと自給自足のスローライフを始めたアルスだったが、彼の作る作物はあまりにも美味しく、栄養価も高いため、あっという間に噂が広まってしまう。
飢饉に苦しむ隣国、貴重な薬草を求める冒険者、そしてアルスを追放した勇者パーティーまでもが、彼の元を訪れるように。
「もう誰にも迷惑はかけない」と静かに暮らしたいアルスだったが、彼の作る作物は国家間のバランスをも揺るがし始め、いつしか世界情勢の中心に…!?
元・役立たず農夫の、無自覚な成り上がり譚、開幕!
【一秒クッキング】追放された転生人は最強スキルより食にしか興味がないようです~元婚約者と子犬と獣人族母娘との旅~
御峰。
ファンタジー
転生を果たした主人公ノアは剣士家系の子爵家三男として生まれる。
十歳に開花するはずの才能だが、ノアは生まれてすぐに才能【アプリ】を開花していた。
剣士家系の家に嫌気がさしていた主人公は、剣士系のアプリではなく【一秒クッキング】をインストールし、好きな食べ物を食べ歩くと決意する。
十歳に才能なしと判断され婚約破棄されたが、元婚約者セレナも才能【暴食】を開花させて、実家から煙たがれるようになった。
紆余曲折から二人は再び出会い、休息日を一緒に過ごすようになる。
十二歳になり成人となったノアは晴れて(?)実家から追放され家を出ることになった。
自由の身となったノアと家出元婚約者セレナと可愛らしい子犬は世界を歩き回りながら、美味しいご飯を食べまくる旅を始める。
その旅はやがて色んな国の色んな事件に巻き込まれるのだが、この物語はまだ始まったばかりだ。
※ファンタジーカップ用に書き下ろし作品となります。アルファポリス優先投稿となっております。
神様の人選ミスで死んじゃった!? 異世界で授けられた万能ボックスでいざスローライフ冒険!
さかき原枝都は
ファンタジー
光と影が交錯する世界で、希望と調和を求めて進む冒険者たちの物語
会社員として平凡な日々を送っていた七樹陽介は、神様のミスによって突然の死を迎える。そして異世界で新たな人生を送ることを提案された彼は、万能アイテムボックスという特別な力を手に冒険を始める。 平穏な村で新たな絆を築きながら、自分の居場所を見つける陽介。しかし、彼の前には隠された力や使命、そして未知なる冒険が待ち受ける! 「万能ボックス」の謎と仲間たちとの絆が交差するこの物語は、笑いあり、感動ありの異世界スローライフファンタジー。陽介が紡ぐ第二の人生、その行く先には何が待っているのか——?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる