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はじめての異世界 ―ウィリデ探訪編―

モンスターの再来と異変の原因 その1

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 俺は焚き火の近くに腰を下ろして見張りをしていた。
 夕方頃までは街道の方に人影を見かけたが、日が沈んでからは皆無だった。

 大森林からはそう離れていないので、用がない限りは近づかないのだろう。
 俺も一人だったら、暗い時間にいたい場所ではない。

 今のところは周囲に変化は見られず、さほど警戒するような状況になかった。
 森の中に比べて遮る物はなく、不意打ちを食らう可能性は低いと見込んでいた。
 
 時間がどれぐらい経ったのか気にかかり、おもむろに腕時計に目を向けた。
 炎の明るさで文字盤が確認できた。まだ一時間ほどしか経っていない。

 こちらの世界では時間をこまめに気にすることは少ない。
 それには忙しさに追われることがほとんどなかったのが大きかった。

 今は時間の感覚が分からなくなるのが不安で、何となく気にかけてしまう。
 
 虫の音のようなものは耳に入らず、焚き木の燃える音が大きく聞こえた。
 ふと、一人で見張りをしていると感覚が鋭敏になってしまうことに気づいた。
 
 フォンスへ行く時の野営ではエルネスが一緒だった。
 しかし、今回は自分ひとりだ。

 まだ数時間は残っているので、退屈を持て余す可能性が高い。
 この場で暇つぶしになるようなことは思いつかず、見張りの役目に集中しようと決めた。

 身体をほぐしたり焚き木を追加したりするうちに、さらに二時間が経過した。
 さすがに暇すぎて警戒をおこたりそうになっている。

 これはいかんと気を取り直して、物音や視覚的な変化に注意を向けた。
 相変わらず見える範囲は狭く、焚き火と馬車の周り以外は視界がないに等しい。
 
 そこでふいに、馬が鳴き声を上げたような気がした。
 聞き違いかと思いながら、立ち上がって足を運んだ。

 何かを警戒するような、あるいは攻撃を受けたような響きだった。
 ――そうか、勘違いではなかった。

 背筋に緊張が走り、早足で歩み寄る。
 馬の首筋辺りから一筋の血の跡がにじんでいた。

「……何だ、これ」
「おい、馬が鳴かなかったか?」

 馬車の荷台で休んでいたトマスが顔を出した。
 今まで仮眠を取っていたのか少しぼんやりした表情だった。

「トマス、これが何だか分かりますか?」
「……んっ、まずいな。あんたはそのままここにいてくれ」

 そういって素早い動作でトマスがテントに向かった。
 俺はこの状況に危険を感じ、魔術発動の準備を始めた。

 ――全身を流れるマナに意識を向ける。

 焚き火とランプ任せだった照明に、火の魔術で明るさを追加する。
 準備が整ってすぐに右手をかかげて炎を発現した。

 消耗のリスクを避けるため、極端に大きなものは出せないが、松明代わりになる程度の明るさは確保できた。
 発動した魔術が馬に燃え移らないように注意しながら、血の跡を確認する。

 出血はたてがみの横から垂れていた。
 細かく傷口を確認するのは難しいが、何かが刺さったような痕跡が見える。

 ――これはもしかして。

 直感的に洞窟であったオオコウモリのことが浮かんだ。
 エルネスの話では吸血コウモリ。おそらく夜行性。

 馬に一噛みして離れていったと考えてよいのか。
 まだ付近を飛んでいるなら、もし群れで行動していたら。

 すぐに判断ができず、トマスが戻るまで馬を守ることにした。
 それから少しして、慌てた様子のトマスやエルネスがきた。

「話は聞きました。おそらく、オオコウモリの仕業ですね」
「カナタ、暗くて見えなかったか?」
「申し訳ない。馬に注意が払いきれてなかった」

 トマスは責めているようには見えないが、大事な馬が傷つく状況に対して心苦しく思った。 
 俺が異変に気づいた時には、噛まれた後だったのだろう。

「わかった。おれも森に入る前で少し油断していた」
「群れで動くことが多いので気をつけてください」

 エルネスは注意喚起をしながら上空に視線を向けていた。
 トマスはどこからか取り出した松明をかかげている。

「エルネス、洞窟と同じで人にも襲いかかるんですか?」
「大きさにもよりますが、可能性は十分にあります」

 エルネスの声は落ち着いていたが、少し緊張の色も感じた。
 俺たちはオオコウモリの様子に注意を向け続けた。

「……まずいな。おれも吸血コウモリのことは知ってるつもりだが、馬の血を吸って獲物がいることを知らせに行ったとしたら、ここに戻ってくる可能性が高い」

 トマスも冷静ではあるが、声からこわばる様子が伝わってくる。
 彼はおもむろに鞘に入った剣を抜き身にした。
  
 短剣と長剣の中間の長さがあり、両刃の西洋剣を思わせる武器だった。
 これでオオコウモリを撃退するつもりなのだろう。

「この剣が珍しいか? 行商人なら誰でも持ってる護身用の剣だ」
「俺は武器が使えないから、何かあれば魔術で援護します」
「そうか、頼もしいな」

 俺たちが話し終えた後、周囲が何割か増しに明るくなった。
 明るさのもとの探すと、エルネスが大きな火の玉を発現したところだった。

「これで視界が広がります」
「助かるぜ、エルネス」
 
 トマスがありがたそうにいった。

 俺は松明代わりにしている火の魔術を解除した。
 その次にオオコウモリを迎え撃つべく構えた。

 洞窟で起きたことと同じなら、炎で怯ませることは可能だ。
 そこまで大きくなければ撃退することもできる。

 この場の誰もがオオコウモリの危険性を理解しているのだろう。
 全員の息を呑む音が聞こえそうなほど、皆が少しの間静かになった。
 
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