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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

フォンスの騎士クルト

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 猛る炎のように赤い短めの髪、意思の強さを感じさせる瞳。
 若さを感じさせる引き締まった身体とそれを包む革で作られた衣服。

 フォンスの騎士クルトは水の宮殿内の中を足早に進んでいた。
 
 白亜の壁がどこまでも続き、通路はずっと先の方まで見渡すことができる。
 さほど広くない通路の幅に対して、天井は高めに作られていた。
 
 彼は歩くたびに石作りの床がコツコツと音を立てるのを耳障りに感じた。

 普段なら気にも留めない些細なこと。
 しかし、そんな物音に苛立ちを覚えるほどに気が立っていた。

 クルトがカルマンに潜ませていた密偵から、危急を告げる知らせが届いていた。
 これ以上は予断を許さない状況だった。

 それだけの一大事を伝えに行く相手が宴の最中というのも、彼を苛立たせる原因の一つだった。
 暇を持て余した彼らの日常的な行動にすぎないわけだが、それを考慮するだけの余裕を今の彼は持ち合わせていなかった。 


 やがて、フォンスの大臣たちが集う広間の前に到着した。
 彼はためらうことなく、力強く扉を押し開けた。

「カルマンが戦いの準備を進めていることが耳に入りました! 今すぐにこちらも対応すべきです!」
 
 芯の通った真っ直ぐな声で、クルトは言い放った。
 しかし、その言葉に対して広間に集う人々は薄い反応を示した。

 この国を統べる者たちにとって一大事のはずだが、彼らは宴を続けようとした。
 いよいよ、クルトの我慢は限界に達しようとしていた。

「……このままではドワーフの作った武器を携えたカルマンの兵たちが攻め入ってきます。レギナに至るまで時間の問題です!」

 クルトは溢れ出しそうな感情を隠しきれず、強い口調になっていた。
 自国の危機を前にして、それは取るに足らないことだと彼は割り切っていた。
 
「クルトよ、お前の父オルドは勇猛な戦士であった。しかし、今は時代が違う。カルマンがその気ならば、こちらへ攻め入る隙などいくらでもあった。今さら何をぬかしておる」
「……し、しかし」
「もうよい。宴の邪魔じゃ、この場を立ち去るがいい」

 初老の大臣が煩わしそうにいった。
 諭すというよりも邪魔者を退けたい気持ちが前に出たような言葉だった。

 間近に迫る危機を理解できる者はこの国にいないのか。
 今のまま十分な準備ができなければ抵抗などできやしないのに。

 クルトは悔しさを噛みしめながら、その場を後にした。

「……せめて、集められる戦力だけでも集めて、戦いに備えなければ」

 己の無力さを痛感しながらも、彼はあきらめるつもりはなかった。
 ここへ来た時と同じぐらいの勢いで水の宮殿を出ていった。


 現在のフォンスでは指揮系統、部隊というものは形骸化しており、実情としてその役割を為すものはほとんどなかった。
 見回りという名目で城壁周辺に衛兵が配置されているものの、それもかたちだけのものであった。

 その中でクルトは父の功績により、上にも下にも制限のない立場にいた。
 
 これが幸いして、カルマンの動きを捕捉するに至ったが、動かせる部隊がない状況は彼にとって望ましいとはいえないものだった。

 平和な時間が何十年も続いたフォンスにおいて、彼のやろうとしていることは狼少年のように取られても不思議ではない。
 カルマンとの戦いを経験した者たちは信じたくない気持ちが先走って耳を貸さず、経験のない者たちは現実感に乏しく想像することができないのだ。

 ではなぜ、後者にあたるクルトがカルマンを警戒していたのかというと、父の遺言を守っているという単純な理由からだった。


 水の宮殿を出たクルトは、騎士仲間のところを何件か当たってみたが、思うような反応は得られなかった。
 ならばせめて、門前払いされたというドワーフを探そうと試みたものの、たいした情報は集まらずに空振りに終わった。

 彼は途方に暮れながらも、「どんな時でも飯はしっかり食え」という父の言葉の一つを思い出し、レギナの一角にある食堂に赴いた。

 昼食時はすでに過ぎているので、他に客の姿は見当たらない。

「クルト様、今日はお疲れのようですね」

 店主の娘アルマが声をかけてきた。
 素朴な雰囲気で人当たりのよい少女だ。

「そう見えるかい? 訓練をしすぎたかもしれない」
「あまり無理なさらないでくださいね」

 アルマは相手を和ませるような微笑みを浮かべて店の奥に行った。
 クルトは彼女を見ながら、フォンスを守らなければという意思を固くした。

 彼は手早く食事を終えて食堂を出た。

 日暮れまで時間は残されているが、今日中に仲間を見つけなければという焦りの色が浮かんでいる。

「……本来頼るべきところではないが、もはや背に腹は変えられないか」

 クルトは何かを決意したような表情で街中を進んだ。
 その足取りは淀みのないものだった。
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