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揺れる異世界 ―戦乱のフォンス編―

シルデラの鍛冶屋 その1

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 シモンとヘレナという強力な戦力を手に入れることができた。
 そんな幸運を噛みしめながら、クルトは朝を迎えた。 

 彼はきたる戦いの前に剣を整えておこうと鍛冶屋へ向かうことにした。
 邸宅を出てレギナの街中を歩き、外れにある粗末な建物の前にやってきた。

 フォンスに専門的な鍛冶の歴史はなく、簡単な鋳造を行う業者はいるものの、切れ味や繊細なバランスを要求される剣を作れる者は限られている。
 兵士に支給される武具は前者が作る場合が大半で、容易に刃こぼれするなど欠陥品と呼んでもいいすぎではないような代物だった。

「シルデラのおじさん、剣を見てもらいたいんだが」
「おやっ、クルトかい。久しぶりだねえ」 

 中から白髪を生やした男性が出てきた。
 鍛冶仕事のすすで、ところどころ服が黒ずんでいる。

 シルデラはフォンスで数少ない質の高い剣を作れる鍛冶職人だ。

 彼の腕は優れているが、カルマンにルーツをもつ技術ということで、街のど真ん中で仕事をするのはむずかしいという事情がある。

「それじゃまあ、中に入っておいで」
「ああっ」

 部屋全体がコーティングされたかのように、灰色で満たされている。
 その空間の中に無骨な鍛冶用の道具があちらこちらに置かれていた。

 部屋の奥に見える窯の中には真っ赤な炎が燃えている。
 片隅にはシルデラが預かったと思しき剣が並ぶ。

「オルドがおらんようになってから、ずいぶん張り切っとるみたいだねえ」
 
 シルデラは腕利きの職人とは思えないような、のんびりした喋り方をする。

「フォンスを守ることが騎士の役目だからな」

 クルトは父オルドの武具を作っていたという縁で、シルデラに剣を作ってもらうようになった。

 彼はシルデラの技術を信頼しており、現在はシルデラ自身がフォンスの民ということもあって、鍛冶師がカルマン出身であることはさほど気にしていない。

 クルトは腕に抱えていた剣を鞘に収めたままシルデラに渡した。
 シルデラはそれを受け取ると、横にあった机に置いて鞘から剣を引き抜いた。

「……大事に使ってるみたいだねえ」
「優れた剣だからな」

 シルデラが剣身の具合を確かめるように角度を変えると、窯から漏れる炎の赤をなめらかに映した。鋭い切れ味を感じさせるような輝きだった。

 彼は一通り確認を終えてから、おもむろに口を開いた。

「なるべく、人を斬らんようにしとるなあ」
「……血を流さずに済むのならそれに越したことはない」
「優しいわな。けどそれでカルマンと戦うのは酷なもんだなあ」

 クルトはシルデラの言葉に耳を疑った。
 彼は真意を読み取ることができず、慌てるように問い返した。

「おじさん、どうしてそのことを!?」
「カルマンは皆が皆、悪人というわけじゃなくて、人知れず流れてくる者もおるんだわな。そういう者から聞かしてもらったわ」
「……そういうことか、なるほど」

 シルデラが伝えたようにカルマンからの移住者はフォンスに存在する。
 理由は定かではないが、住みやすさを求めてやってくるらしい。

 カルマン出身というのはフォンスでは差別や偏見にさらされるため、積極的に明かすものはほとんどいない。
 ほぼ皆無といっていいだろう。

「お前さんはオルドとは違うし、父親のような生き方は合わないけど、カルマンが攻めてくるとなったら戦わんわけにはいかんもんねえ。この剣はそんなに傷んでないから、ちょっと磨くだけで十分だわ」

 シルデラは自己完結するように口にすると、抜き身の剣を持って移動した。
 そして、大きな砥石のようなもので包丁を研ぐように剣を磨き始めた。

 ――自分は父親とは違う。

 シルデラの言葉はクルトに大きく響いた。

 過去の戦争ではフォンスは全力で防衛戦に挑み、攻め入ってきたカルマンを見事に撃退したという歴史がある。
 しかし、今の状況では全勢力をもって立ち向かうというのは夢のような話だった。

 クルトがぼんやりとしていると、鍛冶屋の入り口で人の気配がした。
 少しの時間をおいて、彼はその人影に反応した。

「――おっ、ラッキー、こんなところに鍛冶屋がある」
 
 クルトが視線を向けると、下卑た笑いを浮かべる男が立っていた。
 フォンスでは見慣れない服装をしている。

「おう、そこのじいさん、オレの剣も磨いてくれよ」

 男はそういって踏み入ってくると、抜き身の剣を乱暴に机の上においた。
 クルトは追い返すべきかと考えたが、シルデラの出方を待つことにした。
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