166 / 241
その命あるかぎり…誓えますか?
6
しおりを挟む翌日。僕は一人朝食を終え、学校へ行く仕度をしていると、あることに気が付いた。
「おにいさんの靴がある……」
僕より先に家を出るおにいさんの靴が玄関近くに置いてあった。今日はお仕事がお休みなのかな? それとも、別の靴で出掛けていったとか?
はて、と僕は首を傾げながらもおにいさんが自室として使っているお部屋の前で気配を探した。いるっぽい? と、勝手に判断した僕はドアに向かって声をかける。
「おにいさーん! 僕、今から学校に行くからねー! 朝御飯、作ってあるから食べてねー!」
「コホッ……」
ん? こほ?
「おにいさん? 何か言ったー?」
「……」
こほ? とな。
こほっ、て聞こえたよね。こほ?
これは、えーと……
もしかして、もしかしなくとも……?
「おにいさん、ごめんね! 入るよ!」
僕はノックもせずにお部屋のドアノブを回した。幸い、鍵は掛かっておらず中へ入ることができた。
部屋の中はカーテンが掛けられたままで薄暗く、小さな本棚とシステムデスクにパソコンが一台、それからベッドが一台だけといったシンプルな内装だった。
そのベッドの上に、人がいた。明らかにぐったりとした様子の。
僕はそこへ駆けつけた。やっぱりというべきか、おにいさんが布団も被らず仕事着のままで倒れていた。仰向けに寝ているけれど、その額には右手を当てて辛そうに呼吸を繰り返している。
ごめんね、と一言掛けてから、おにいさんの頭に手を宛がった。
「あっつ……」
すごい発熱。体温が平均よりもとても高いとはっきり感じる身体だった。
「おにいさん、聞こえる? 保険証と掛かり付けの病院の診察券はどこにあるか、答えられる?」
意識があるならタクシーを呼んで病院に行こうと思った。しかし案の定というのか、おにいさんはうっすらと瞼を開けて僕を睨んできた。
「勝手に入るな……お前は学校でしょう。さっさと行きなさい……」
こんな時でも、おにいさんは相変わらずだった。でもね。僕は嫌われてても、具合の悪い相手を放ってまで学校へ行くほど、おにいさんのことは嫌いじゃない。嫌いじゃないよ。
嫌いじゃないけど。嫌いじゃない、けどっ!
「うるっさい!! つべこべ言わずに答えろ! このっ……馬鹿兄貴!!」
「……っ?」
病人相手に僕は怒鳴り散らかした。
「熱出して辛いんでしょ! いいから病院へ行く! 変な菌でも拾ってたら幾ら大人でも治らないよ。ほら、保険証と診察券は何処なの? 馬鹿な維持張ってないで、ちゃちゃっと仕度するよ!」
ポカンと僕を見るおにいさんを他所に、僕はてきぱきと動き出した。クローゼットは別にあるから着替えはそこから持ってくればいいし、タオルも何枚か持ってこよう。冷却シートが常備されているならそれも持ってってあとは……と。おにいさんが何を思っているのか、考えているのかは関係なく、とにかく動いた。
そして僕が準備をしている間に、おにいさんは携帯で誰かへと電話を掛けたみたい。病院へ行ってくると、僕が準備した荷物を持って家を出ていった。
僕もついていくと言ったけれど、学校へ行きなさいと言われた。
でも、その言葉掛けはさっきまでの冷たいものじゃなくて。
少しだけ優しさの乗った、穏やかな口調だった。
その日、僕は学校が終わると早々におにいさんがいるだろうお家へと戻った。蒼さんのお見舞いもしたかったけど、特に意味のない面会謝絶を喰らうので、行ったところでどのみち会えなかったけどね。
あれだけの高熱だったから、お仕事は流石に休んでいるだろうと思っていたんだけど、おにいさんは自宅でパソコンを開いてお仕事をしていた。ゴホゴホとマスクの中で咳をしながら、珍しくリビングで。
「おにいさんっ! 駄目だよ、そんな薄着じゃ!」
シャツにスラックス、その上にカーディガンを羽織っていたけれど、僕にはそれが薄着に見えた。せめてもう一枚、と思うところだったけれど、もう終わると言って僕の行動をやんわりと止めた。
心なしか、今朝より元気みたいだ。点滴でも打ったのかな。良かった。少しだけ安心した。
思い返せば、あれだよね。昨日、僕と同じように、おにいさんも夕立に遭ったんだ。それですぐに服を脱いで冷えた身体をお風呂に浸かって温めようとしていたに違いない。それを僕が横取りしちゃったから、冷えた身体のまま過ごしていたんだ。そりゃ、風邪も引くよ……。
でも、おにいさんの変な意地が原因とはいえ、同じくずぶ濡れた僕を優先してくれたのは確かに優しさだった。
ダイニングの方のテーブルを見ると、僕が今朝方おにいさんの為に用意した朝食のお皿が無くなっていた。移動してる? はて、と首を傾げると……
「あな…………柳」
と、名前を呼ばれた。
「何? おにいさん」
ナチュラルに呼ばれたから気付かなかったけど、おにいさん。今、初めてまともに僕の名前を呼んでくれたんじゃ?
パタパタと僕はおにいさんの傍に駆け寄ると、突然……
「むにいっ!?」
ほっぺを抓られた。な、なにごとっ!?
おにいさんはといえば、飄々とした様子で、特に面白がるでもなく僕のほっぺを横へ横へと引っ張ってくる。そ、そんなに抓ったら伸びるっ……伸びる~!!
「前から、餅のようだと思っていましたが……本当に餅だな」
「いひゃっ、いひゃいっ!」
「ふうん」
面白くもないなら止めればいいじゃない! 何故に!? 何故にほっぺをそんなに引っ張るの!?
「よく伸びるな……」
「むにぃ~!!」
伸びるぅー!!
6
あなたにおすすめの小説
前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい
夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れています。ニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが……
◆いつもハート、エール、しおりをありがとうございます。冒頭暗いのに耐えて読んでくれてありがとうございました。いつもながら感謝です。
◆お友達の花々緒さんが、表紙絵描いて下さりました。可愛いニャリスと、悩ましげなラクロア様。
◆これもいつか続きを書きたいです、猫の日にちょっとだけ続きを書いたのだけど、また直して投稿します。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
救世の神子として異世界に召喚されたと思ったら呪い解除の回復アイテムだった上にイケメン竜騎士のツガイにされてしまいました。
篠崎笙
BL
剣崎勝利の家は古武道で名を馳せていた。ある日突然異世界に召喚される。勇者としてではなく、竜騎士たちの呪いを解く道具として。竜騎士ゲオルギオスは、勝利をツガイにして、その体液で呪いを解いた。勝利と竜騎士たちは悪神討伐の旅へ向かったが……。
生贄傷物令息は竜人の寵愛で甘く蕩ける
てんつぶ
BL
「僕を食べてもらっても構わない。だからどうか――」
庶子として育ったカラヒは母の死後、引き取られた伯爵家でメイドにすら嗤われる下働き以下の生活を強いられていた。その上義兄からは火傷を負わされるほどの異常な執着を示される。
そんなある日、義母である伯爵夫人はカラヒを神竜の生贄に捧げると言いだして――?
「カラヒ。おれの番いは嫌か」
助けてくれた神竜・エヴィルはカラヒを愛を囁くものの、カラヒは彼の秘密を知ってしまった。
どうして初対面のカラヒを愛する「フリ」をするのか。
どうして竜が言葉を話せるのか。
所詮偽りの番いだとカラヒは分かってしまった。それでも――。
世話好きな不死鳥に拾われました!
のは(山端のは)
BL
不死鳥の巣で目覚めた俺には、秘密がある。
病に倒れた恩人を救うため、卵を盗みに来た――そのつもりだった。
けれど互いの正体を知らぬまま、“ひな”として世話を焼かれることに。
不死鳥は時に巨大な鳥の姿で、時に美しい男の姿で俺を包み込む。
そして、恩人との再会をきっかけに、彼のまなざしが変わっていく。
不死鳥攻めの執着愛。天然×天然のちょっとズレた溺愛をどうぞ。
表紙は攻めです。描きたかったんです。
※ムーンライトノベルズにも掲載しております。ムーンの方が最新版となっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる