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耀太、現る!
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陸郎とのデートを終えた俺は宗佑のマンションへと帰った。帰り道がてら、今夜の鍋の食材も買った。鍋はいい。別段、野菜が嫌いというわけではないのだろうが、元が狼の獣人だからかやや肉へと好みが寄ってしまう宗佑。鍋は彼の大好きな肉もふんだんに入れつつ、野菜もたくさん摂取ができる万能料理だ。しかも俺の作る鍋つゆは自家製でご飯も進む胡麻味噌ベース。寒い冬にはうってつけだ。
……と、本来なら気分もルンルンで帰るはずだった。しかし今の俺は、陸郎の切願が頭から離れず、浮かない顔をしていた。
心から愛した人、とは何だろう? それは「好き」では駄目なのだろうか。
考えてみれば、俺は自分が愛した人と添い遂げたことがない。どころか、両思いになったことすらないのだ。
一喜の父親である正臣、そして他の子供達の父親。いろんな人間と交わった経験はあるものの、その後の人生を共にすることは叶わなかった。
絶世の美人と実の息子に言われるほどの美貌を持った恵ですらそれだった。何の取り柄もない今の俺が、あの宗佑に見初められることの方が、まずあり得ない。
だからこそ、心配してくれるのだろう。俺は男手一つであの子達を育てたのだから。
恵は確かに幸せだった。でも、その幸せとはまた別の幸せを、陸郎は俺に望んでいるのかもしれない。
心から愛する人と言われてすぐに思いつくのは宗佑しかいない。愛する人がイコール好きな人であるなら、間違いなく彼だ。
……本当に?
今の彼は灰色の毛並みで、アンバーの瞳を持ち、頭には狼の耳がついている。しかしそれは、正臣の顔を模した彼だからじゃないのか?
本当の彼は狼だ。狼の顔を持つ彼を好きでなければ、心から愛した人とは言えないのではないか?
そう考えれば、宗佑の本当の姿をいまだ受け入れていない俺が彼に飽きられるのは当然のことか? 彼がセックスをしなくなったのも、本当の姿の彼を受け入れない俺に飽きてしまったからなのではないか? 飽きて、俺以外の他の誰かと……ああ、いかん! だんだんと悲観的になっている。らしくないぞ、俺!
宗佑を信じると、息子に断言したばかりじゃないか。大丈夫、まだまだこれからだ。
今の俺は宗佑が好きだ。そして宗佑も、俺をそう思ってくれている。番にもなった。まだまだこれからじゃないか。
あの人は大丈夫。きっと大丈夫。きっと……
「うん……大丈夫」
ペチペチと両頬を叩いて、俺は自分自身に言い聞かせた。考え込んでも仕方がない。今は頭を切り替えていこう。
そうこうしているうちに、マンションまで辿り着いた俺はエレベーターに乗り込むと、十二階にある宗佑の部屋へ向かった。ポケットに入れてある鍵によって扉は自動的に解錠された。
開くと、玄関すぐの「あるもの」が目に飛び込んだ。
「ん?」
そこには普段から履いている宗佑の革靴が一足と、見たこともない革靴が一足並んであった。後者については慌ただしく脱ぎ捨てたのか、不揃いに置いてある。
宗佑がすでに帰ってきている? 珍しい。最近は帰宅時間が遅いのに。
俺は荷物を持ったまま、靴を脱いでそれを端に揃えると、廊下からリビングに向かって声を張り上げた。
「ただいま戻りました~!」
これで宗佑には聞こえるはず。そう思いながら廊下を歩くと、バン! と、大きな何かが叩きつけられる音と、その後にバタバタとこちらへ駆けつける重たい足音が聞こえてきた。
宗佑? それにしてはなんだか荒々しい……
「……え?」
「グルルルゥ……」
怪訝に思う間もなく、反対側の廊下から現れたのは鋭いアンバーの瞳を持つ、「黒い」毛並みの狼だった。
狼はドスドスと大きな足音を立てながらこちらへ向かってきた。俺はポカンとそれを見つめて立ち尽くす。呆けているわけではない。身体が硬直して動けなかったのだ。
俺の目の前に、身の丈二メートルはあろう大きな獣人が立ちはだかった。ぎこちなくも首だけが上がり、喉からは「ひゅっ」と変な空気が漏れた。
「グルルル……」
駄目だ。動けない。こんなに大きな狼を間近で見たのはいつ振りだろう。俺を見下ろす目つきは鋭く、ピンク色の歯茎を剥き出し、大きな白い牙をこれでもかと見せつけている。
「あ……っ……ああぁ……」
グンと近づく獣の顔。それは俺を睨むようで凄まじい。対して歯牙にもかけない狼は、無遠慮にも俺の首元へと自身の鼻先を擦るように近づけた。そこには俺の、宗佑から貰ったダイヤのチョーカーがある。
動けない。駄目だ。逃げないと。逃げないと。逃げないと。逃げないとっ……!
頭が思考を停止する。指先には信じられないほどの力が入り、唇が震える。
怖い。恐ろしい。おぞましい……!
助けて、宗佑っ……!!
「耀太!!」
「……っ、……かふっ……!」
強く願った瞬間、愛しい人の怒号にも近い声が飛んできた。急に入る酸素が苦しく、ケホケホと噎せ込んでしまった。
すると目の前の狼はおもむろに身体を起こし上げ、背後を振り返るようにする。同時に怠そうな物言いで、しかし見た目よりもやや高めの声音を発した。
「んだよ、兄貴。ちょっとツラ、近づけただけだろーが」
「お前の顔は圭介にとって凶器も同然だ。今すぐ離れなさい」
兄、貴? 今、兄貴と言ったのか?
ドサリと、手に持っていた荷物をその場で落としてしまった。そしてちょうど、狼の隣に並ぶように人型の宗佑が現れた。
「宗、佑……」
名前を呼ぶと、慌てた様子の宗佑が俺の身体を優しく抱き締めた。
「大丈夫か、圭介。可哀想に、怖かっただろう」
「あ……う、うん……だい、じょうぶ……」
そう言いつつも、額にはすっかり汗が滲んでしまっている。そんな様子の俺を心配して、宗佑は背中に回した手であやすように撫でてくれた。
人の温もりを感じた俺は長い息を吐いた後、宗佑の背中に腕を回し抱きついた。
その時だった。
「ハンッ! 目の前でイチャついてんなよ、鬱陶しい!」
「えっ?」
明らかに不快そうな声をかけられた。俺は宗佑に抱きついたまま、おずおずと視線をやった。そう言えば、この獣人はいったい誰だ?
「こんなちんちくりんが兄貴のねぇ……ないわ」
思いきり失礼なことを言われている気がするのはさておき、先程から宗佑に向かって兄貴を連発しているところをみるとこの人は……
「弟、さん?」
「耀太と言う」
宗佑が端的に名前を教えてくれた。
宗佑と同じ狼の獣人。つまりはα。
耀太さんは横柄な態度で腕を組み、鼻息荒く俺を見下ろした。
……と、本来なら気分もルンルンで帰るはずだった。しかし今の俺は、陸郎の切願が頭から離れず、浮かない顔をしていた。
心から愛した人、とは何だろう? それは「好き」では駄目なのだろうか。
考えてみれば、俺は自分が愛した人と添い遂げたことがない。どころか、両思いになったことすらないのだ。
一喜の父親である正臣、そして他の子供達の父親。いろんな人間と交わった経験はあるものの、その後の人生を共にすることは叶わなかった。
絶世の美人と実の息子に言われるほどの美貌を持った恵ですらそれだった。何の取り柄もない今の俺が、あの宗佑に見初められることの方が、まずあり得ない。
だからこそ、心配してくれるのだろう。俺は男手一つであの子達を育てたのだから。
恵は確かに幸せだった。でも、その幸せとはまた別の幸せを、陸郎は俺に望んでいるのかもしれない。
心から愛する人と言われてすぐに思いつくのは宗佑しかいない。愛する人がイコール好きな人であるなら、間違いなく彼だ。
……本当に?
今の彼は灰色の毛並みで、アンバーの瞳を持ち、頭には狼の耳がついている。しかしそれは、正臣の顔を模した彼だからじゃないのか?
本当の彼は狼だ。狼の顔を持つ彼を好きでなければ、心から愛した人とは言えないのではないか?
そう考えれば、宗佑の本当の姿をいまだ受け入れていない俺が彼に飽きられるのは当然のことか? 彼がセックスをしなくなったのも、本当の姿の彼を受け入れない俺に飽きてしまったからなのではないか? 飽きて、俺以外の他の誰かと……ああ、いかん! だんだんと悲観的になっている。らしくないぞ、俺!
宗佑を信じると、息子に断言したばかりじゃないか。大丈夫、まだまだこれからだ。
今の俺は宗佑が好きだ。そして宗佑も、俺をそう思ってくれている。番にもなった。まだまだこれからじゃないか。
あの人は大丈夫。きっと大丈夫。きっと……
「うん……大丈夫」
ペチペチと両頬を叩いて、俺は自分自身に言い聞かせた。考え込んでも仕方がない。今は頭を切り替えていこう。
そうこうしているうちに、マンションまで辿り着いた俺はエレベーターに乗り込むと、十二階にある宗佑の部屋へ向かった。ポケットに入れてある鍵によって扉は自動的に解錠された。
開くと、玄関すぐの「あるもの」が目に飛び込んだ。
「ん?」
そこには普段から履いている宗佑の革靴が一足と、見たこともない革靴が一足並んであった。後者については慌ただしく脱ぎ捨てたのか、不揃いに置いてある。
宗佑がすでに帰ってきている? 珍しい。最近は帰宅時間が遅いのに。
俺は荷物を持ったまま、靴を脱いでそれを端に揃えると、廊下からリビングに向かって声を張り上げた。
「ただいま戻りました~!」
これで宗佑には聞こえるはず。そう思いながら廊下を歩くと、バン! と、大きな何かが叩きつけられる音と、その後にバタバタとこちらへ駆けつける重たい足音が聞こえてきた。
宗佑? それにしてはなんだか荒々しい……
「……え?」
「グルルルゥ……」
怪訝に思う間もなく、反対側の廊下から現れたのは鋭いアンバーの瞳を持つ、「黒い」毛並みの狼だった。
狼はドスドスと大きな足音を立てながらこちらへ向かってきた。俺はポカンとそれを見つめて立ち尽くす。呆けているわけではない。身体が硬直して動けなかったのだ。
俺の目の前に、身の丈二メートルはあろう大きな獣人が立ちはだかった。ぎこちなくも首だけが上がり、喉からは「ひゅっ」と変な空気が漏れた。
「グルルル……」
駄目だ。動けない。こんなに大きな狼を間近で見たのはいつ振りだろう。俺を見下ろす目つきは鋭く、ピンク色の歯茎を剥き出し、大きな白い牙をこれでもかと見せつけている。
「あ……っ……ああぁ……」
グンと近づく獣の顔。それは俺を睨むようで凄まじい。対して歯牙にもかけない狼は、無遠慮にも俺の首元へと自身の鼻先を擦るように近づけた。そこには俺の、宗佑から貰ったダイヤのチョーカーがある。
動けない。駄目だ。逃げないと。逃げないと。逃げないと。逃げないとっ……!
頭が思考を停止する。指先には信じられないほどの力が入り、唇が震える。
怖い。恐ろしい。おぞましい……!
助けて、宗佑っ……!!
「耀太!!」
「……っ、……かふっ……!」
強く願った瞬間、愛しい人の怒号にも近い声が飛んできた。急に入る酸素が苦しく、ケホケホと噎せ込んでしまった。
すると目の前の狼はおもむろに身体を起こし上げ、背後を振り返るようにする。同時に怠そうな物言いで、しかし見た目よりもやや高めの声音を発した。
「んだよ、兄貴。ちょっとツラ、近づけただけだろーが」
「お前の顔は圭介にとって凶器も同然だ。今すぐ離れなさい」
兄、貴? 今、兄貴と言ったのか?
ドサリと、手に持っていた荷物をその場で落としてしまった。そしてちょうど、狼の隣に並ぶように人型の宗佑が現れた。
「宗、佑……」
名前を呼ぶと、慌てた様子の宗佑が俺の身体を優しく抱き締めた。
「大丈夫か、圭介。可哀想に、怖かっただろう」
「あ……う、うん……だい、じょうぶ……」
そう言いつつも、額にはすっかり汗が滲んでしまっている。そんな様子の俺を心配して、宗佑は背中に回した手であやすように撫でてくれた。
人の温もりを感じた俺は長い息を吐いた後、宗佑の背中に腕を回し抱きついた。
その時だった。
「ハンッ! 目の前でイチャついてんなよ、鬱陶しい!」
「えっ?」
明らかに不快そうな声をかけられた。俺は宗佑に抱きついたまま、おずおずと視線をやった。そう言えば、この獣人はいったい誰だ?
「こんなちんちくりんが兄貴のねぇ……ないわ」
思いきり失礼なことを言われている気がするのはさておき、先程から宗佑に向かって兄貴を連発しているところをみるとこの人は……
「弟、さん?」
「耀太と言う」
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