溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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デァモント教

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 ユリウスは報告書をパラリとめくり、二度目の聴取についての記述を順に追っていった。

 ヤンスの最初の証言については、当日中に自国内や他国で保護している他の亡命者に繋ぎをとり、確認を行っていた。
 ハーゼ、という名を出すと亡命者たちは各々、激しい動揺を見せたと聞く。

 他になにか新しい情報を得た者は居ないか、ユリウスはこまかく連絡をとりあったが、ヤンス以上に口を開く者は出て来なかった。
 
 ユリウスが確認したいのは二点。

 ハーゼとは何者か。

 そして、リヒトとハーゼとの関係はなにか。
 

 ユリウスがなぜこれほど執拗に、デァモントの情報を得たいと思っているのか。兄やロンバードは不思議に思い、その理由を問われたことがある。
 リヒトが何者であったとしても、いまはユリウスの腕の中に居る。それでいいではないか、と。

 確かにそうだ。
 ユリウスはリヒトの正体がなんでも構わない。
 デァモント教の教皇ゆかりの者だと言われても、そうなんだ、と思うだけだ。

 信仰する神や使用する言語が違っても、リヒトがユリウスのオメガだということに変わりはない。

 しかし、ユリウスの脳裏にはいまも、山中で死にかけていたやせ細った子どもの姿がこびりついている。

 なぜリヒトがあんな場所にひとりで居たのか。
 あの当時で七歳に達していたのではないか、という医師団たちの結論が正しかったとするならば、平均の身長や体重を大幅に下回っていたリヒトは、いったいどんな扱いを受けていたというのか。

 リヒトはデァモント中枢の関係者ではないか、という長兄からの話を聞いたとき、ユリウスが真っ先に思ったのは、このままデァモントを放置してリヒトに危険はないのか、という危惧だった。

 続けて、こう思った。

 リヒトの両親はどうしているのだろう、と。

 リヒトが眠りっぱなしだった二年間、ユリウスは毎日彼の世話をした。
 服を着替えさせ、おしめを替えて、口から水分を摂らせ、清拭をしたり風呂に入れたりした。
 そして、リヒトの目が覚めてからもそれは続けられた。
 グレタに取り上げられるまで哺乳瓶も使ったし、トイレも食事も入浴もなにもかも、ユリウスが隣について世話をしてきた。

 その中でユリウスは、気づいたことがある。
 リヒトは、、と。

 リヒトを拾ったとき、彼が真実七歳に達していたのだと仮定すれば、自我の確立はとうにされている年齢だ。
 過去の記憶がなかったとしても、こうも世話を焼かれるとふつうはさすがに拒むだろう。

 しかしリヒトは、ユリウスをすべて受け入れた。

 当然のようにユリウスが世話を焼くから、という理由もあっただろうが、世話を焼かれるということに対し、リヒトはなんの疑問も抱いていないようだった。

 そう考えたとき、リヒトは世話をされるような立場にあったのだ、という仮定がユリウスの中で成立した。
 五感の弱いリヒトが、きちんと生きていけるよう、誰かが世話をしていた。

 その誰かとは、素直に考えると彼の両親だろう。
 とするとリヒトの両親は、こんなにも可愛い可愛いオメガが居なくなって、さぞ心配しているのではないか。

 リヒトを親元に返すという選択肢はどこにも存在しないが、彼らがリヒトの身を案じているならば探し出して、リヒトはユリウスの下でしあわせに暮らしていると伝えてあげたい。なんなら顔を見せてあげてもいい。

 ただ、ユリウスのその仮説にはどうしても無視できない矛盾があった。

 両親に大切に世話をされていたリヒトと。
 栄養不足で痩せ衰え、山中で死にかけていたリヒト。

 その二つは対極にあって、対立している。

 リヒトの生い立ちは謎に満ちていて、それを解くカギがデァモントにあるのだとすれば、ユリウスはそれが知りたかった。

 そしていまようやく、リヒトを拾ってから実に十二年を経てようやく、『ハーゼ』という名を掴んだのだ。
 

 待ちわびたヤンスとの二度目の会見には、やはりクラウスも同席した。
 ユリウスもロンバードを伴っていたから、初日の再現のように四人は対峙した。
 ユリウスの向かいにヤンスが座り、彼の隣にクラウスが腰を下ろしている。ロンバードはユリウスの斜め後ろに立ったまま控えた。

 ヤンスは懐から三つ折りにした数枚の用紙を取り出し、ユリウスへと差し出してきた。
 おのれの口で話すのは難しいので、デァモント教について書面にしたためてきた、と彼は言った。
 ユリウスはクラウスにも見えるよう、椅子の位置を変え、膝の上にそれを広げた。

 文書の始めは、一昨日に聞き取った内容と同じく、デァモントの信者の生活について記してあった。

 清貧・勤勉・平等。
 月神デァモントのおしえに従い、互いに支え合い、自然と寄り沿いながら素朴な生活を送る民たち。
 彼らは毎日祈りを捧げる。朝に、夕に、月神に感謝を捧げる。
 そして七日に一度教会を訪れ、宣教師の教えを賜る。

 宣教師は中央教会におわす教皇の言葉を、民に伝える。
 教皇の言葉は、月神デァモントからの言葉だ。

 教皇はこれを、『ハーゼ』を介して得ている。


「ハーゼ……」

 その名をユリウスが呟くと、ヤンスが背筋をぶるりと震わせた。

 彼はいま、戦っている。おのれの中の信仰心と。それによって生じる恐怖と勇敢に向き合い、戦っている。
 紙に書かれた文字が時折大きく崩れているのが、ヤンスの葛藤を如実に表していた。

「ハーゼ様のその御名みなは、月神デァモントの神話に由来します」

 肩で大きく息をしながら、ヤンスが言った。
 ユリウスは書面から男へと視線を移し、彼の話に耳を傾けた。
 

 月神デァモントはその名の通り、月に住まう女神である。

 女神はときおり、雲に乗って下界へと降り立ち、地上でのひとびとの営みを見まもってきた。 

 ある日、女神がいつものように地上を回り、月へ帰るべく雲を呼ぼうとしたそのとき、突風が吹き抜けた。
 うつくしい女神に一目ぼれし、地上に縛り付けようとした大地の神の仕業であった。

 大地の神が女神を月に逃がすまいと、雲を吹き飛ばしたのだ。

 女神は即座に新たな雲を呼ぼうとしたが、そこでおのれの『ぎょく』がないことに気づく。
 『玉』は月の住人のしるしであり、『玉』がなければ女神は雲に乗ることができない。

 先ほどの突風で飛ばされたのだと思い至り、女神は大地の神から辛くも逃れ、『玉』を探し歩いた。

 女神が山道を歩いていると、どこからか一羽のうさぎがやってきて、『玉』を探すのを手伝ってくれた。


「神話の結末は、いくつかにわかれています。もっとも有名なものが、女神の『玉』を熊が食べてしまい、それを取り戻すためにうさぎは自ら熊に食われ、『玉』を熊の腹から吐き出させた、というものです。熊が他の獣になっている場合もあります。その他にも、旅の途中で女神が飢餓に苦しんだ際に、うさぎが焚火に飛び込んで自らの肉を女神に食べさせた、という説もあります。いずれにせようさぎは、犠牲と奉仕の象徴として語られています」

 神話やおとぎ話というものは、その土地によって伝わり方が少しずつ違ってくる。
 サーリーク王国にもそのような例はいくつもあって、ユリウスは興味深くヤンスの話を聞いた。

「女神デァモントは、そのうさぎを『ハーゼ』と名付け、魂を月へと連れ帰り、もっとも忠実なるしもべとして神の眷属に取り立てた、と言われています」
「なるほど。その『ハーゼ』が教団に居る、と」

 ユリウスが頷くと、ヤンスが手元を指さして、
「ハーゼ様については、そこに……」
 とおのれが書いた文書を示した。

 ユリウスはヤンスから聞いた神話を頭の中に入れたまま、文字の続きを追った。


 
 


 
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