溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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女神の愛したうさぎ

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 ハーゼとして中央教会へ来てからすでに五年は経過していたのに、ハーゼの身長はほとんど伸びてはいなかった。栄養不良で手足は細く、数歩の距離を時間をかけてなんとか歩ける、という有り様であった。

 そんな状態のハーゼを、ゲルトは腕に抱いて山へと連れて行った。ハーゼは軽かった。ハーゼよりもむしろ、背負い籠の反物の方が、重量があった。
 ゲルトは途中でハーゼを降ろし、水と、ほんの数口のパンを与えた。
 パンはすぐになくなった。
 ハーゼはもっと欲しそうな素振りを見せた。

「だから私は言いました。もう少し先へ行くと山ぶどうの実がありますよ、と」

 食べられますか、とハーゼが問うた。
 食用の実です、ハーゼ様のお腹がいっぱいになるほどたくさんなってますよとゲルトは答えた。

 ハーゼは山道を歩きだした。すぐに木の根につまづいて膝をついた。ハーゼはそのまま四つん這いで移動した。
 傾斜の強い山道だ。
 危ないですよ、とゲルトが言った。
 しかしその忠告は遅かった。ハーゼの小さな体は、険しい山道を転がり落ちていった。

「私はすぐにハーゼ様を探しましたが、見つかりませんでした」

 ゲルトの告解は、そう締めくくられた。

 完全なる未必の故意だ。
 ユリウスは激しい怒りに、目眩を起こしそうになった。
 あまりの仕打ちにロンバードも声を失っている。

 ユリウスは男の背から足を退けた。

 もはや言葉もなかった。

「もういい。ロンバード。刑吏を呼べ」
「はっ」
「待ってくださいっ! 殿下! 約束したではないですか! 私が話せば、私の要望を聞き届けてくださると!」
「もういいと言っただろう。もういい。きみとはもう話したくない」

 ユリウスが男の発言を跳ねのける。その足元にゲルトが這いより、縋りつくようにユリウスを見上げてきた。
 左頬が腫れ、殴られた拍子に切れた唇からは血が流れていた。

「殿下っ! デァモントには他国からの介入が必要です! どうか、どうか信者たちを救ってはくれませんか! 私では無理なのです! 教皇様に背くことはできないのです!」

 男の懇願を、ユリウスは一蹴した。

「子どもは殺せて、教皇に盾突くことはできないのか。ご立派なことだな」
「私が殺したわけじゃないっ! それによしんば私の奸計かんけいでおいのちを落とされていたとしても、ハーゼ様は神の眷属! 幾度でもよみがえるではないですかっ!」

 ゲルトはユリウスの足を掴んで言い募った。それをロンバードが引きはがし、ブンと投げ飛ばした。
 床を転がった男はそれでもまたユリウスの足元へと這い戻り、必死の形相で手を伸ばしてきた。

「殿下! 取引はここからです! 私はまだすべてを話していない! ハーゼ様についてのすべてを!」
「きみとは話にならない。もういいと、僕に何度言わせるつもりだ」

 ユリウスは不快に眉を寄せた。
 信仰とはここまでひとを狂わせるものなのか、といううそ寒い気持ちと嫌悪感が、ユリウスの皮膚をぞわりと粟立てる。

 ロンバードが男の襟首を掴み、もう一度放り投げようとした。
 それに抗いながら、ゲルトが叫んだ。

「五感が弱いから殺そうとしたのか、とあなたは私へ言いましたね、殿下! あなたはなにもわかってない! ハーゼとは、!」

「…………なんだって?」

 意味を掴み損ねて、思わずユリウスは問いかけていた。
 ゲルトの目に力が宿った。

「ハーゼ様について、私はまだすべてを語っていないと申し上げました」
「……話せ」
「殿下。取引を」
「確約はしない。きみの話の内容次第だ」
「充分にございます」

 深々と頭を下げて、男は礼を述べた。
 勝算があるかのような口ぶりだ、とユリウスは思った。
 まるでユリウスが必ず、ゲルトの思い通りに動くと考えているかのような……。

 聞かないほうがいいか、という迷いが生まれる。
 しかしリヒトに関する情報だ。知りたい。どうしても知りたい。

 ユリウスはチラとロンバードを見た。
 ロンバードも眉をしかめ、苦い表情をしている。
 助言のしようがないのか、側近は顎をさすり、広い肩を竦めた。
 
 床に平伏したままのゲルトが、ユリウスの迷いが晴れぬ内に話し始めた。
    
「ハーゼ様は、デァモントの象徴です。清貧、勤勉、平等を体現する御方です」

 すでに幾度も耳にした言葉だった。

「殿下は、ハーゼ様の選定の儀をご存知ですか」

 不意に問われ、ユリウスは曖昧に頷いた。

 金の目と銀の髪を持つ子どもはハーゼの生まれ変わりとして、二歳で中央教会に迎えられる。
 そのとき、先代のハーゼが使っていた品々が関係のない物と一緒に並べられ、子どもはそこから先代の使用していたものを選ぶのだと、ヤンスからは聞いていた。
    
 ユリウスの答えに、ゲルトが頷いた。

「これまでのハーゼ様はどの御方も、ひとつも違えることなく先代の品物を選んだと伝わっております。もちろん、当代のあの方も」
 
 あの方、とゲルトが言うのはリヒトのことだ。
 ユリウスはその様子を少し想像してみた。
 たくさんの物が並ぶ中で、先代が愛用していた寝具や衣類を選ぶ、リヒトの姿を。

「……?」

 ユリウスは怪訝に眉を寄せた。いま、なにかが引っかかった。それを見失わないように手繰り寄せる。

「先代の品物を? で、選ぶのか?」

「さようでございます」

 ゲルトが頷いた。
 とすると……。

「当時、リヒトの目は見えていたということか」

 ユリウスはそう呟き、ロンバードと顔を合わせた。
 ユリウスの指摘に、ロンバードがぎょっとしたように目を丸くした。

 
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