溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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サーリーク王国のアルファたる者

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 次兄の言葉を受けてユリウスは、遅ればせながらこの部屋にエミールも居たことに気づいた。
 目がリヒトに釘付けになっていて、室内に誰が居るのか確認することすら忘れていた。

 クラウスの私室には、リヒトとエミール、それからエミール付きの近侍と、リヒト付きのテオバルドの姿があった。

 ユリウスがエミールに礼を言おうとしたとき、エミールはちょうどクラウスに駆け寄ったところであった。

 クラウスは飛びついてきたつがいをしっかりと両腕で受け止めて、熱い抱擁を交わし始める。
 ユリウスはそれを邪魔しないようエミールへ一礼だけをして、兄のラブシーンから目を逸らし、どうやら夢でも幻でもない本物のリヒトへと両手を広げた。

「リヒト。来てくれたんだ」
「ユーリ様」

 おずおずとリヒトが指先を伸ばしてくる。
 それをこちらから握りに行って、華奢な肩を抱き寄せた。

 甘いリヒトの香りが、鼻先にふわりと立ち上った。

 そうか、とユリウスは先ほどのクラウスの指摘を思い出す。

 強い抑制剤を飲んでいるんだな、と兄が言ったのは、ユリウスがリヒトの香りに気づかなかったからか。ドア一枚隔てたぐらいでおのれのオメガの匂いに気づかないなんて、アルファとしては失格だ。
 現にクラウスは扉を開ける前からエミールが中に居ると確信していた。

 リヒトの手が、ユリウスの服の胸元をぎゅっと握り締めてくる。そのこぶしに、ユリウスは自分のてのひらを重ねた。

「リヒト」

 名を呼ぶと、金色の瞳がユリウスの顔を映して瞬いた。
 その目に不安の色を見つけて、ユリウスは彼の白い頬を撫でた。

 いくらエミールに誘われたからといっても、慣れない外出はリヒトの神経をすり減らしたことだろう。
 それでも頑張って王城まで来てくれたリヒトに、いとしさが募った。

「リヒト。来てくれて嬉しいよ。きみに会いたかった」

 今朝別れたばかりなのに、これからしばらく顔が見れないかと思うとものすごくさびしくなって、胸が締め付けられる。

 任務をべつの誰かに任せて、ずっとリヒトの傍に居たい。
 そんな衝動が体の中で暴れ回っている。

 しかしこの任務は、誰にも任せられない。
 必ず自分が、他の誰でもなくユリウス自身が行わなければならない。

 サーリーク王国のアルファたる者、おのれのオメガをおのれの手でまもることが、生きる理由そのものなのだから。

「リヒト。エミール殿から、話は聞いてる?」
「……はい」
「僕は仕事で、これから数日家に帰ることができなくなった」
「はい」
「僕が戻るまでリヒトは、ご飯をしっかり食べて、夜はしっかり眠って、元気に過ごすんだよ」
「…………」

 リヒトの唇が震えた。
 かわいそうに、彼の顔は蒼白だった。

 リヒトの不安が、触れ合っている場所から流れ込んでくるかのようだ。

 リヒトを拾ってから十二年。一日も顔を見なかった日などない。

「ゆぅり様」

 昔のように、すこし覚束ない口調でリヒトがユリウスを呼んだ。

「遠くに、行かれるのですか?」

 頼りない声で問われ、ユリウスは咄嗟にどこにも行かないよと答えそうになった。
 それをなんとか飲み込み、
「少し遠いかな」
 と曖昧に答える。

 本当のことは言えない。デァモントの名は、リヒトには聞かせたくない。

「危ないですか?」

 重ねて問われた。
 よく見えない目を凝らしてユリウスを見つめてくる、リヒトの大きな瞳。それが可愛くてかわいそうで、ユリウスは持てる限りのやさしさを込めて、いとしい名を口にした。 

「リヒト、リヒト。大丈夫。なにも危険などないよ」
「……本当ですか?」
「うん。ちゃんと元気に帰ってくる。約束するよ」
「いつ……。いいえ。僕、待ってます」

 リヒトが無理やりに頬をゆるめて、笑顔を作った。
 ユリウスには、彼が言わなかった言葉の続きが聞こえた気がした。

 いつ戻ってきますか。
 いつ帰ってきますか。

 リヒトはそれが、聞きたかったのだろう。

 今回の遠征が、いつ終わるのか、ユリウスにもわからない。だから答えられない。たとえば十日後と告げたとして、そのときまでに戻ってこられなければ、この子をさらにさびしくさせてしまうだろうことがわかっているから、適当な約束はできなかった。 

 ユリウスはリヒトをかき抱いた。後頭部に潜り込ませた手の小指が、彼の装着している首輪に触れる。

 その下にある、やわらかなうなじ。
 そこからオメガの匂いが漏れている。

 抑制剤は、昨夜飲んだのが最後だ。今朝は口にしていない。

 だからだろうか。もう効果が薄れてしまったのか。
 それとも、しばらく会えないかもしれないというこの状況で、アルファの本能が頭をもたげたのか。

 いますぐつがいにしてしまいたい、という欲求が、抗いがたいほど強烈にユリウスの体の中心から噴出しそうになっていた。

 まずい、ヤバい、これはダメだ。

 理性はまだ仕事をしてくれている。
 頑張れ、僕の理性! 

 ユリウスはおのれを鼓舞して、離れがたいと訴える体を無理やりに動かした。

 リヒトの両肩に手を置いて、そっと、距離をとる。
 リヒトがこちらを見上げていた。それに微笑みを返して、銀糸の髪を撫でる。

 抱きしめたい。力いっぱい抱きしめて、うなじを噛んでしまいたい。

 リヒトの可愛い顔を見ていたら我慢できる自信がなくなって、ユリウスはさりげなく視線を横に流した。
 そうしたら、思いきり抱擁し合いながらキスを交わしている次兄ふうふが目に入った。

 クソっ。僕の気も知らずに! 羨ましいじゃないかっ!

 こころの中でクラウスとエミールを罵って、ユリウスは大きく息をついた。
 空気を吸い込むとリヒトの匂いが鼻腔にこびりついて我慢ができなくなるので、吸うのは控えめに。そして、煩悩と一緒に腹の奥の熱を勢いよく吐き出す。

 それを二回繰り返して、ユリウスはリヒトの手を握った。

「リヒト。出発までこうしていよう。僕はいまから着替えたり準備をしたりしないといけないけど、それ以外はずっときみと手を繋いでたい」

 ユリウスの要望に、リヒトがこくりと頷くことで同意してくれた。 
 ユリウスは自分より二回りは小さなオメガの手に指を絡めて、しっかりと握りしめた。
 

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