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アルファは神を殺す
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捕縛した教皇ヨハネスを連れ、ユリウスたち一行はクラウス率いる本隊に合流した。
厳密には、見張りのため厩舎に残っていたエーリッヒとジオにヨハネスを預け、ユリウスとロンバードは遅れて駆けつける形となった。
というのも、厩舎にはヨハネスの馬が見当たらなかったからである。
ならば彼は、どのようにしてデァモントからこの村まで移動したのか。
いくらシャムール国が森を挟んでデァモントに隣接しているといっても、その森からこの寒村まで徒歩で移動できる距離ではない。ヨハネス自身が馬を使ったのではないとするなら、彼をここへ連れてきた者が居るはずだった。
ユリウスはロンバードを伴って、集落を一通り調べて回った。そのためクラウスと合流したのは、エーリッヒたちから遅れること三時間であった。
夜はすでに更けており、辺りは暗闇に包まれている。
新月の日を過ぎて、これから満ちてゆくだろう月はまだ細く、まさに生まれたてという頼りなさで上空にあった。月よりも輝いているのは星だ。リヒトの髪と同じ、仄かな青を纏った銀色が、冬空に震えるように瞬いている。
「ご苦労だったな、ユーリ」
山の中腹にあるデァモントへ入るための門からほど近い場所に天幕を張り、ユリウスの到着を待っていたクラウスは、まずはハグとともに労いの言葉をくれた。
「兄上も、道中お疲れ様でした」
次兄の背を抱き返してそう答えたユリウスは、二言《ふたこと》目に、
「それで、どうなっていますか」
と首尾を尋ねた。
クラウスが肩を竦め、松明を掲げた一帯へと視線を流した。
木々の合間に開けた場所があり、炎に赤々と照らされているその地面の色は、周囲よりも暗かった。掘り起こして穴をつくり、さらにそれを埋めた跡だ。
「十五人」
クラウスが低く呟いた。
「そこに埋葬した数だ。自分たちで弔いきれずに、門の外に遺体が放置されていた。中はもっとひどいことになっているだろうな」
十二年前、ユリウスも新人騎士として同行したデァモントへの遠征。その際に山中で遺体をたくさん見つけ、クラウスの指示で手厚く埋葬をしていった。
その経験があったから、今回クラウスの本隊には先行してもらったのだ。
仮に騎士団が、ユリウスの各国要人との面会に付き合いつつ進んでいたなら、埋葬にも手を取られ、余計な時間を食ってしまったに違いない。
遺体がなければないで、デァモントの敷地周辺の探索を行なうことができるため、どちらにしろ先遣隊は無駄にはならない。
しかし、やはり死者の姿などないほうが良かった。
ユリウスは苦い気持ちで、墓標代わりに置いた石の前で跪き、両手を組み合わせて一心に祈っているゲルトの後ろ姿を見つめた。
「兄上。エーリッヒたちから報告は」
「受けた。あの者が本当に教皇なのか?」
クラウスがユリウスの背後、木の陰に隠れるようにして設置された天幕へと視線を流し、問いかけてきた。ユリウスは兄へと頷いてみせる。
「まず間違いないでしょうね」
「おまえが偶然立ち寄った場所に、たまたま潜んでいた男が教皇だった、なんて都合が良すぎないか。あの男は教皇の替え玉で、ゲルトにまんまと騙された可能性は」
「皆無です」
ユリウスは短く断言した。
たしかに兄の猜疑も理解できる。
デァモントに乗り込む前に教皇の身柄を押さえることができたのは、ユリウスにとって僥倖だったが、都合が良すぎると言われるとその通りだ。
だが、この期に及んでゲルトが裏切ることは考えにくい。ユリウスを妨害して彼に利があるわけではない。ゲルトこそが、誰よりも他国の干渉を望んでいるのだから。
「商品の保管場所を教えてきたのは確かにゲルトですが、僕を騙したところでゲルトの本懐は果たされない。あの場で僕がヨハネスと出くわしたことは……そうですね、デァモント風に表現するとしたら、女神の采配、というものでしょう」
ユリウスは唇をほころばせ、うっすらと笑った。
「う~わ、団長、あんたの弟がものすごい悪役顔で笑ってますけど」
「ユーリは本気で怒ると笑うんだ。触らぬ神に祟りなしだぞ、ロン」
ひそひそと囁き合っている次兄と侍従をひと睨みして、ユリウスはひそめた声で問いかけた。
「兄上、ゲルトはヨハネスと既に対面しましたか」
「いや。まだだ。私たちに合流した後彼は埋葬作業に加わっていたからな」
「そうですか……。本来であれば教皇はいま、教会の地下で断食の儀式を行っている最中のはずです。その彼がふらふらと隣国の集落まで出向いていた。中央教会から奥の森に抜ける隠し通路がある証拠です。ヨハネスに案内させ、そこから内部に入りましょう。土地勘のあるゲルトも同行させたい」
「ユーリ。内部へ侵入する必要が?」
クラウスが訝しげに問うてきた。
ユリウスの目的は二つ。
ひとつは、リヒトの安全の確約。
そしてもうひとつは、リヒトの五感を奪った秘術とやらの開示。
教皇ヨハネスの身柄を押さえたいま、危険を冒して教団内部へ侵入する必要はないのではないか、と兄は言いたいのだ。
ユリウスは次兄をひたと見つめ、軽く頷いた。
「リヒトがどのような場所で、どのように扱われてきたのか。僕はそれを知らねばなりません。それに、秘術は代々教皇のみに伝わると聞いています。教皇だけが使える場所にこそ、なにか隠されていると考えるのが自然です」
ユリウスの説明にクラウスが顎をさすり、沈思した。
「……確かに、おまえの言う通りだ。だがユーリ、おまえの口ぶりでは少数精鋭で乗り込む気だろう。騎士団はどうする。遊ばせておくのか」
当初の想定では、騎士団ごとデァモント教団へ乗り込んで、教皇ヨハネスの身柄を確保することとなっていた。
しかし期せずしてヨハネスを捕らえることができた。
ユリウスは隠し通路を使い中央教会の内部へ侵入を果たそうとしている。
となると騎士団は大々的に動く必要がない。
元々今回は争いのために団員を派遣したわけではなかった。名目は外交長官ユリウスの護衛だ。だから第一騎士団の編成も、ふだんよりも少ない、六十名ほどとなっている。
もちろん、有事に備えて後続部隊も居る。彼等は山のふもとで待機中だ。
「騎士団の面々にはもちろん、仕事をしてもらいます。日の出とともにあの門を壊し、敷地内の遺体を埋葬しましょう」
ユリウスは見張りの姿もない、寂れた木の門を指さし、そう言った。
「デァモントの信者たちも、仲間は弔いたいはずです。昨日今日と兄上たちが懸命に、丁重に遺体を埋葬していた姿は、恐らく中からも見えていたことでしょう。埋葬をしながら、保護を求める者を募ってください。他国の人間が自分たちを手厚く扱ってくれている、という噂はすぐに広まるはずです。信者たちの注目を教会の外に集めてくだされば、内部の僕たちはより動きやすくなる」
ユリウスの話を吟味してから、クラウスは傍に控えていた副団長を指先で招いた。
「ハルク、聞いていたか」
「はい」
「日の出とともになるべく目立つように団を動かせ。采配は任せる」
「はい」
「私は外交長官に同行する」
「兄上っ!」
ユリウスは思わず口を挟んでいた。
「兄上は外で、」
「弟が無茶をしないように見張ってろ、というのが国王の命令だ」
ユリウスの言葉を遮って、クラウスが声を被せてきた。
ユリウスは渋面をつくり、鼻筋にしわを寄せた。
「ただの兄バカじゃないですか」
「それは直接マリウス兄上に言ってくれ。私も行く。いいな」
騎士団長に真顔で詰め寄られ、ユリウスはじり……と後ずさり、諦めの溜め息を吐いた。
言い出したら聞かないのは三兄弟に共通する性格だ。間違いなく父親からの遺伝だろう。
「わかりました。では兄上とロンバード、それから僕と共に動いた別動隊の五名、それにゲルトを加えた九名で中央教会へ侵入します」
話しながらユリウスは、少し人数が多いか、と思ったが、いくら非武装の信者たちしか居ないといっても中央教会はデァモントの本拠地だ。多いぐらいでちょうどいいのかもしれないと思いなおした。
黒々と枝を広げる木々が、冷えた風に揺らぐ。
松明の火も大きく舞った。
それが合図かのように、祈り続けていたゲルトが立ち上がり、こちらを振り向いた。
ユリウスは片手を挙げ、彼を招いた。
まずはこの男に、ヨハネスの顔を見せなければならない。
ユリウスは、捕らえたヨハネスが教皇であるという確信を抱いているため首実験は必要なかったが、教皇と会うことでゲルトの決心が崩れてしまうのであれば、彼は同行させることができない。
さて、どうなるか……。
ユリウスは厳しい眼差しを、奥の天幕へと向けた。
厳密には、見張りのため厩舎に残っていたエーリッヒとジオにヨハネスを預け、ユリウスとロンバードは遅れて駆けつける形となった。
というのも、厩舎にはヨハネスの馬が見当たらなかったからである。
ならば彼は、どのようにしてデァモントからこの村まで移動したのか。
いくらシャムール国が森を挟んでデァモントに隣接しているといっても、その森からこの寒村まで徒歩で移動できる距離ではない。ヨハネス自身が馬を使ったのではないとするなら、彼をここへ連れてきた者が居るはずだった。
ユリウスはロンバードを伴って、集落を一通り調べて回った。そのためクラウスと合流したのは、エーリッヒたちから遅れること三時間であった。
夜はすでに更けており、辺りは暗闇に包まれている。
新月の日を過ぎて、これから満ちてゆくだろう月はまだ細く、まさに生まれたてという頼りなさで上空にあった。月よりも輝いているのは星だ。リヒトの髪と同じ、仄かな青を纏った銀色が、冬空に震えるように瞬いている。
「ご苦労だったな、ユーリ」
山の中腹にあるデァモントへ入るための門からほど近い場所に天幕を張り、ユリウスの到着を待っていたクラウスは、まずはハグとともに労いの言葉をくれた。
「兄上も、道中お疲れ様でした」
次兄の背を抱き返してそう答えたユリウスは、二言《ふたこと》目に、
「それで、どうなっていますか」
と首尾を尋ねた。
クラウスが肩を竦め、松明を掲げた一帯へと視線を流した。
木々の合間に開けた場所があり、炎に赤々と照らされているその地面の色は、周囲よりも暗かった。掘り起こして穴をつくり、さらにそれを埋めた跡だ。
「十五人」
クラウスが低く呟いた。
「そこに埋葬した数だ。自分たちで弔いきれずに、門の外に遺体が放置されていた。中はもっとひどいことになっているだろうな」
十二年前、ユリウスも新人騎士として同行したデァモントへの遠征。その際に山中で遺体をたくさん見つけ、クラウスの指示で手厚く埋葬をしていった。
その経験があったから、今回クラウスの本隊には先行してもらったのだ。
仮に騎士団が、ユリウスの各国要人との面会に付き合いつつ進んでいたなら、埋葬にも手を取られ、余計な時間を食ってしまったに違いない。
遺体がなければないで、デァモントの敷地周辺の探索を行なうことができるため、どちらにしろ先遣隊は無駄にはならない。
しかし、やはり死者の姿などないほうが良かった。
ユリウスは苦い気持ちで、墓標代わりに置いた石の前で跪き、両手を組み合わせて一心に祈っているゲルトの後ろ姿を見つめた。
「兄上。エーリッヒたちから報告は」
「受けた。あの者が本当に教皇なのか?」
クラウスがユリウスの背後、木の陰に隠れるようにして設置された天幕へと視線を流し、問いかけてきた。ユリウスは兄へと頷いてみせる。
「まず間違いないでしょうね」
「おまえが偶然立ち寄った場所に、たまたま潜んでいた男が教皇だった、なんて都合が良すぎないか。あの男は教皇の替え玉で、ゲルトにまんまと騙された可能性は」
「皆無です」
ユリウスは短く断言した。
たしかに兄の猜疑も理解できる。
デァモントに乗り込む前に教皇の身柄を押さえることができたのは、ユリウスにとって僥倖だったが、都合が良すぎると言われるとその通りだ。
だが、この期に及んでゲルトが裏切ることは考えにくい。ユリウスを妨害して彼に利があるわけではない。ゲルトこそが、誰よりも他国の干渉を望んでいるのだから。
「商品の保管場所を教えてきたのは確かにゲルトですが、僕を騙したところでゲルトの本懐は果たされない。あの場で僕がヨハネスと出くわしたことは……そうですね、デァモント風に表現するとしたら、女神の采配、というものでしょう」
ユリウスは唇をほころばせ、うっすらと笑った。
「う~わ、団長、あんたの弟がものすごい悪役顔で笑ってますけど」
「ユーリは本気で怒ると笑うんだ。触らぬ神に祟りなしだぞ、ロン」
ひそひそと囁き合っている次兄と侍従をひと睨みして、ユリウスはひそめた声で問いかけた。
「兄上、ゲルトはヨハネスと既に対面しましたか」
「いや。まだだ。私たちに合流した後彼は埋葬作業に加わっていたからな」
「そうですか……。本来であれば教皇はいま、教会の地下で断食の儀式を行っている最中のはずです。その彼がふらふらと隣国の集落まで出向いていた。中央教会から奥の森に抜ける隠し通路がある証拠です。ヨハネスに案内させ、そこから内部に入りましょう。土地勘のあるゲルトも同行させたい」
「ユーリ。内部へ侵入する必要が?」
クラウスが訝しげに問うてきた。
ユリウスの目的は二つ。
ひとつは、リヒトの安全の確約。
そしてもうひとつは、リヒトの五感を奪った秘術とやらの開示。
教皇ヨハネスの身柄を押さえたいま、危険を冒して教団内部へ侵入する必要はないのではないか、と兄は言いたいのだ。
ユリウスは次兄をひたと見つめ、軽く頷いた。
「リヒトがどのような場所で、どのように扱われてきたのか。僕はそれを知らねばなりません。それに、秘術は代々教皇のみに伝わると聞いています。教皇だけが使える場所にこそ、なにか隠されていると考えるのが自然です」
ユリウスの説明にクラウスが顎をさすり、沈思した。
「……確かに、おまえの言う通りだ。だがユーリ、おまえの口ぶりでは少数精鋭で乗り込む気だろう。騎士団はどうする。遊ばせておくのか」
当初の想定では、騎士団ごとデァモント教団へ乗り込んで、教皇ヨハネスの身柄を確保することとなっていた。
しかし期せずしてヨハネスを捕らえることができた。
ユリウスは隠し通路を使い中央教会の内部へ侵入を果たそうとしている。
となると騎士団は大々的に動く必要がない。
元々今回は争いのために団員を派遣したわけではなかった。名目は外交長官ユリウスの護衛だ。だから第一騎士団の編成も、ふだんよりも少ない、六十名ほどとなっている。
もちろん、有事に備えて後続部隊も居る。彼等は山のふもとで待機中だ。
「騎士団の面々にはもちろん、仕事をしてもらいます。日の出とともにあの門を壊し、敷地内の遺体を埋葬しましょう」
ユリウスは見張りの姿もない、寂れた木の門を指さし、そう言った。
「デァモントの信者たちも、仲間は弔いたいはずです。昨日今日と兄上たちが懸命に、丁重に遺体を埋葬していた姿は、恐らく中からも見えていたことでしょう。埋葬をしながら、保護を求める者を募ってください。他国の人間が自分たちを手厚く扱ってくれている、という噂はすぐに広まるはずです。信者たちの注目を教会の外に集めてくだされば、内部の僕たちはより動きやすくなる」
ユリウスの話を吟味してから、クラウスは傍に控えていた副団長を指先で招いた。
「ハルク、聞いていたか」
「はい」
「日の出とともになるべく目立つように団を動かせ。采配は任せる」
「はい」
「私は外交長官に同行する」
「兄上っ!」
ユリウスは思わず口を挟んでいた。
「兄上は外で、」
「弟が無茶をしないように見張ってろ、というのが国王の命令だ」
ユリウスの言葉を遮って、クラウスが声を被せてきた。
ユリウスは渋面をつくり、鼻筋にしわを寄せた。
「ただの兄バカじゃないですか」
「それは直接マリウス兄上に言ってくれ。私も行く。いいな」
騎士団長に真顔で詰め寄られ、ユリウスはじり……と後ずさり、諦めの溜め息を吐いた。
言い出したら聞かないのは三兄弟に共通する性格だ。間違いなく父親からの遺伝だろう。
「わかりました。では兄上とロンバード、それから僕と共に動いた別動隊の五名、それにゲルトを加えた九名で中央教会へ侵入します」
話しながらユリウスは、少し人数が多いか、と思ったが、いくら非武装の信者たちしか居ないといっても中央教会はデァモントの本拠地だ。多いぐらいでちょうどいいのかもしれないと思いなおした。
黒々と枝を広げる木々が、冷えた風に揺らぐ。
松明の火も大きく舞った。
それが合図かのように、祈り続けていたゲルトが立ち上がり、こちらを振り向いた。
ユリウスは片手を挙げ、彼を招いた。
まずはこの男に、ヨハネスの顔を見せなければならない。
ユリウスは、捕らえたヨハネスが教皇であるという確信を抱いているため首実験は必要なかったが、教皇と会うことでゲルトの決心が崩れてしまうのであれば、彼は同行させることができない。
さて、どうなるか……。
ユリウスは厳しい眼差しを、奥の天幕へと向けた。
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