溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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光あれ

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 ドアの外で待機していた侍従が、ユリウスを案内しようとしたがそれを追い越して走る。

「で、殿下っ、そっちの奥の部屋です」

 背後から声が追ってくるが、それを聞かずともわかっていた。
 おのれのオメガの匂いが、ユリウスを導いている。
 この屋敷に入ったときから、それはユリウスの鼻腔を刺激し続けていた。

 早く顔が見たかった。夜中にひとりで外へ出たと聞いて、心配で心臓がつぶれそうだった。ここへ駆けつけた衝動のままにリヒトに会っていたなら、寝ているところを叩き起こして、強引にでもその目を開けさせていたかもしれない。
 だから先に医師の診察の結果や詳細を伝えさせてほしいというエミールの申し出はありがたかった。
 冷静さを取り戻すための時間稼ぎになるからだ。

 到着時よりはすこし頭が冷えただろうか。その実感は乏しかったが、ユリウスは扉の前で深呼吸をしてから、そっとノブを握った。

 しずかに押し開くと、室内は足元灯が燈され、仄かな灯りに満ちていた。寝台の上は陰になり、眠りを妨げぬようにという配慮がなされている。この部屋の手配をしたのはエミールだろう。彼のやさしさが反映された室内に、ユリウスは思わず笑みをこぼした。

 寝台へと歩み寄ると、左側を下にして、リヒトが横向きで眠っていた。
 ユリウスは椅子をベッドの際に寄せ、リヒトの顔が良く見える位置に陣取り、座った。

 頬にかかる銀の髪。伏せられた長い睫毛。小さな鼻と、愛らしい唇。

 リヒト。
 リヒトだ。
 ユリウスのオメガが眠っている。

 リヒトのたてるささやかな寝息に耳をそばだてながら、ユリウスは穴が空くほどの熱心さで、リヒトの寝顔を見つめた。

 可愛い。可愛くていとしくて仕方ない。
 早く声が聞きたい。
 でも起こすのは可哀想で、ユリウスはてのひらでそろりと丸みのある頬を撫でた。

 リヒトの体温が、皮膚にじわりと沁みる。その温度ですらいとおしくて、ユリウスは鼻先をリヒトの首筋へと近づけた。
 黒い革の首輪は、ユリウスが居ない間もきちんとその役目を果たしたようだ。

 くん、と匂いを嗅いで、その甘やかさとすこしの水の香に吐息する。
 寝ていてさえ、この子からはかなしみの匂いがするな、と思う。どんな夢を見ているのだろう。

 ちゃんと食べると約束をしたのに、それを早々に反故ほごにしたのは、なぜなのか。
 神様の声を聞きたいと、山に向かおうとしたリヒトは、なにを祈りたかったのか。
 ハーゼの記憶は、どこまでこの子を蝕んでいるのだろうか。

「きみのことは、わからないことだらけだなぁ。ねぇ、僕のオメガ」

 だからこんなにも、いつも、どんなときも、なにをしていても、リヒトのことが気になるのだろうか。
 それともこの子が、自分の運命のつがいだからか。

 どちらにせよ、出会わなかったときにはもう戻れない。これから先もユリウスの思考はきっと、リヒト一色で塗りつぶされてゆくに違いない。

「僕をこんなに虜にしてるってこと、わかってるのかなぁ」

 眉間に憂いを乗せて眠っているリヒトの髪を撫でながら、ユリウスは両目をやわらかく細めてリヒトを見つめ続けた。


 昂っていた神経が凪いでゆき、気づけばユリウスは上体をマットレスに突っ伏す形で眠ってしまっていた。遠征での疲れも溜まっていたのだろう。

 やわやわと頭を触られる感触でハッと覚醒し、飛び起きようとしたユリウスだったが、髪に触れているのがリヒトの手だと悟ると動くのが勿体なくて、そのままじっと体を固定する。

 リヒトの指が髪の間に潜り込み、頭皮をさするように撫でたり髪をくるりと指に絡めたりしてくるのが可愛い。
 どんな顔でユリウスの髪と戯れているのか知りたくなったけれど、いま動くとこの可愛い遊びが止まってしまう。顔が見たい。でも止めたくない。その葛藤の狭間で揺れ動いていると、突然、グイッと思わぬ力で髪が引っ張られた。
 ユリウスはこらえきれずに笑い声をあげて身を起こした。

「あっはは! 痛い痛い。僕がはげたらどうするの、リヒト」
「…………え?」

 リヒトがポカンと口を開けた。
 自分が突然動いたことよりも、ここにユリウスが居たということの方に驚きを感じているようだ。

「ゆぅりさまですか?」

 尋ねてくる声がつたなく、おぼつかない。
 そのあやふやな口調が可愛くて、もっと声が聞きたくなる。

 帰ってきたよ僕のオメガ、と言って手の甲にキスをしたら、リヒトが。

「ぼくのゆめに、きてくれて、ありがとうございます」

 なんて、可愛いことを恐ろしく可愛い顔で口にするものだから、ユリウスはその場で転がりたくなった。

 リヒトはこれが夢だと思ってるのかぁ、と微笑ましく思いつつ、夢じゃないよと教えてあげる。
 けれどリヒトは頑なだった。

「ゆめで、いいんです。げんじつのゆぅりさまは、もうかえってはこられないから」

 ふわふわとした話し方で、恐ろしいことを言う。
 いったいどんな思考回路が働いたら、ユリウスが帰って来ないなんて話になるのだろう。
 ユリウスの方はリヒトの元へ戻ることしか考えていなかったというのに!

 話を聞いてみるとリヒトは、騎士の最敬礼について多大なる誤解をしているようだった。
 そのこんがらがった思考をときほぐして、誤解を解消しようとしたユリウスだったが、リヒトの手や頬がぽっぽと熱を持っていることに気づき、いまは無理かと諦めた。

 熱は高いようだが、呼吸に濁りはないし、医師のシモンからも心配いらないと太鼓判をもらっている。死にかけのリヒトを看病し続けてきたこれまでの自分の経験からも、そこまで重篤な症状ではないと判断できたので、ユリウスはべそべそと泣き出したリヒトを慰めることに専念した。

「リヒト~。泣かないで。ほら、リヒト」

 上体を乗り出してぎゅっと抱きしめると、体温の上がりきった体でリヒトがすがりついてきた。
 月の色の瞳からはポロリ、ポロリと涙が落ちて、かわいそうなのに可愛かった。
 できることならこの腕の中に閉じ込めて、永久に、誰にも会わせることなくユリウスだけのものにしておきたい。そう願ったユリウスとは裏腹に、リヒトは。

「ぼ、ぼく、ちゃんと、ゆぅりさまと、さよならしますから」
 と、ユリウスの心臓が止まりそうなことを、無垢な口調で訴えてくる。

 なんなのこの子は、と思わずため息が漏れた。

 この子はどこまで僕を振り回すんだろう。
 でも仕方ない。ユリウスはリヒトのアルファだから、振り回されることすら喜びだ。

 ユリウスはリヒトの体を寝台の奥へと移動させ、空いたスペースに自分も寝ころんで、ひとつの毛布を分け合って横になった。
 ぎゅっとハグをして体を密着させていると、リヒトが身じろいだ拍子になんだかその胸元でカサカサ乾いた音がする。なにかと思ってそこを探ろうとしたら、リヒトが突然胸を押さえて。
「ぼくのたからもの、とらないでください」
 と、言った。

 宝物? なんだろう。首を傾げて問いかけてみると、
「ゆぅりさまからの、おてがみです」
 暴力的なまでに可愛い笑みを浮かべて、リヒトがそう教えてくれる。

 ちょっと待って、とユリウスは頭を抱えた。
 僕のオメガの可愛さが半端なく際限なく尋常じゃなくものすごいんだけど!!

「我慢だ。我慢しろ、ユーリ」

 これは試練だ。ユリウス・ドリッテ・ミュラー。間違っても欲望のままにリヒトのうなじを噛もうとするなよ。

 内なるおのれと闘いながらぶつぶつと呟いていると、リヒトが不思議そうにこちらを見ていることに気づき、なんでもないよと慌てて取り繕う。
 自分の送った手紙を宝物と呼ぶリヒトこそが、ユリウスにとっては宝物だ。 

「手紙は、エミール殿が読んでくれたの?」
「はい。……でも、このてがみは、にせものなのかもしれません」
「んん? どういう意味?」
「きのう、てがみが、なくなって……ふぁ……みつかりましたよって、ておばるどさんが」

 言葉の途中に可愛らしいあくびを挟んで、眠気に抗いながらリヒトが訴えてくる。
 目の悪いリヒトには、手紙の真贋がわからない。そのことがかなしくて、つらくて、情けなかったのだと全身で訴えてくる。

「リヒト。……視力を取り戻したいかい?」

 ユリウスはおのれのオメガの顔を見つめながら、それを尋ねた。
 リヒトの目が丸くなり、強い意志を湛えて、
「はい!」
 しっかりとした返事を、口にした。

 僕の目を治す薬はありますか、とかつてリヒトに問われたことがある。
 あのときは、ないと答えた。
 けれどいまは。
 いまなら、べつの答え方ができる。
 
 ユリウスはしずかな口調で、けれど万感の思いを込めて、リヒトへと告げた。
 
「僕はなにもあきらめないよ」

 リヒトの五感が戻るかどうか。それはまだわからない。
 ユリウスが持ち帰った治療法が、うまくいくかどうかもわからない。
 それでも。
 ユリウスはなにもあきらめない。
 リヒトの願いを叶えるのだという、おのれの誓いを、もう絶対にあきらめたくない。

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