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光あれ
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「大地の神の罪を、ノルメル村の女たちは古来より語り継いできたのでしょう。それが皮肉にもデァモント教団に利用された。ハーゼは神の眷属、教団の象徴として扱われるようになった」
ユリウスは絵本の中の白うさぎに視線を落とした。
ふむ、とマリウスが顎をさすって頷く。
「こじつけていけばどんな推測でも成り立つが、おまえの考察もあながち間違いではないのだろうな。なぜハーゼがうさぎとして語られたのかも説明がつく」
長兄の言葉を受けて、ユリウスは首肯した。
「ノルメル村の女たちが、神話に出てくる月神の子孫であるとしたら、月神デァモントも彼女たちと同じ外見をしていたと思われます」
すなわち女神は、銀の髪に金の瞳を持っていたということになる。
玉を探し歩いていた女は、ある日森の中でハーゼと……自分と同じ特徴を持つ子どもと出会ったのだ。
大地の神に捨てられたおのれの子どもだと、一目で気づいたことだろう。
「一般的にうさぎと言えば、白をイメージします。デァモントの信者たちもうさぎを教団の象徴として置物を飾っているとゲルトやヤンスは言っていました。中央教会も、白かった。白というのはデァモントでは特別な色なのです」
それはなぜか。
ユリウスは眠っているおのれのオメガを振り向いた。
枕代わりのクッションに広がる、銀糸の髪。それを見つめながら、口を開く。
「白に近いものといえば、リヒトの髪です。ハーゼの色です。女神の玉をいのちと引き換えに取り戻したハーゼは、白かった。だから神話の中ではうさぎとして描かれたのだと、思います」
デァモント教は、偶像崇拝を禁止している。
女神の外見はどこにも描かれていない。
記されてしまえば、わかってしまう。
女神とハーゼが、同じ銀髪だったということが。
教団の前身は恐らく、大地の神とされる男が治めていた部族だ。彼等は女を捕らえ、その子どもを殺し、男の子を強制的に孕ませたその罪を隠すため、女神の外見に関する記述をすべて削除した。
そして偶像崇拝の禁止など神の訓えを尤もらしく整え、神話という形に落とし込んだ。
「その……ノルメル村の女性たちは、なぜ逃げなかったのでしょう?」
エミールが痛ましげに眉を顰めながら、呟いた。
神話の昔はともかく、ノルメル村の屋敷には見張りなどもおらず、逃げようと思えばいつでも逃げれる状態であった。
大地の神の罪をゆるすことができないというのであれば、さっさとあの土地を離れれば良かったのだ。
ユリウスは唇の端を持ち上げ、テオバルドの手元の絵本の、一番最後のページをめくった。
裏表紙との間に、押し花のしおりが挟まっていた。黄色く丸い花だ。
「これが、リゼルの花です。女の屋敷にはこれがたくさんありました。僕は、彼女たちがあの場所を離れられない理由はこの花にあると思っています。そして、神話の女神が月という遠い場所からわざわざ下界に降りてきた理由も」
「……下界に降りてきた理由、ですか?」
エミールが小首を傾げた。
絵本の中ではそれを、地上の民の暮らしを見まもるため、とされていた。
しかし女神が実在したひとりの女であるならば、わざわざ遠い土地まで出向くだけの理由があったはずだ。
女は度々同じ地を訪れていた。そのため、大地の神とされる男に見初められ、自国へ帰れなくなったのだ。
では女神が訪れた地にはなにがあったのか。
ユリウスの結論では、それはリゼルだった。
教皇の手記にも書かれていた。リゼルは自生しない、と。
つまり、大地の神が治める土地で、独自に作られていた植物なのだ。
女はそれが欲しかった。遠方から出向くほどの魅力が、リゼルにはあったということだ。
ではこのリゼルという植物はなんなのか。
「僕たちはこの植物を調べるため、メルドルフに寄りました。メルドルフは医学の研究が進んでいる国で、わが国の医術を発展させてくれたベルンハルトが、若い頃にそれを学んだという場所です」
ユリウスはしおりを抜き出して、閉じた絵本の表紙の上に置いた。
「結論から言うとこの植物は、毒草でした。根、茎、葉、花、どこをとっても人体に害のある成分が含まれているそうです」
ユリウスの告げた言葉に、テオバルドがひえっと叫んで一歩後退った。
テオバルドの素直な反応を、マリウスが笑い飛ばす。
「毒草と言っても色々あるぞ。俺たちがふだん口にしているものも、食べ方を間違えれば毒となる」
「その通りです。毒と薬は表裏一体。要は使い方と使う量です」
「お茶ならばいいということですか?」
マリウスとユリウスの会話に、エミールが疑問を挟んできた。
ノルメル村の女たちが飲んでいた花茶にリゼルが使われていたからだ。
ユリウスはしずかな仕草で首を横へ振る。
「いいえ。花を乾燥させたところで毒性は抜けない。この植物は毒草です。ですが、量を過ごさない限り死に至ることはありません。そして、ここからが本題ですが」
一度言葉を切ったユリウスは、右手に握ったこぶしを、絵本へと叩きつけた。
「リヒトの五感を奪ったとされるデァモントの秘術には、このリゼルが使われていました」
事の詳細をいま初めて耳にしたエミールとテオバルドは、唖然と口を開けた。
「リヒトの五感が……秘術で奪われた? どういうことですか? リヒトは生まれつき五感が弱かったわけではないということですか?」
早口に、エミールが言い募る。その背をクラウスがそっと撫でて、ゆっくりとした口調で告げた。
「リヒトはハーゼとなったとき、教皇ヨハネスの施した秘術で五感を奪われたのだと、私たちは聞いていた。だからユーリはリヒトを治す方法を探るため、デァモントへ乗り込んだんだ」
ひどい、と声にならぬ声をエミールが発した。
「でも、じゃあ、治す方法がわかったんですよね?」
ユリウスの表情を注意深く観察しながら、恐る恐る、というようにテオバルドが発言した。
ユリウスは侍従の茶色い瞳を真っ直ぐに見つめ、それから室内の面々へと順に視線をやった。
エミールが両手を組み合わせ、固唾を呑んでユリウスの返事を待っている。
背後で小さく、
「ん…………」
という声が漏れた。
振り向いてみれば、リヒトが寝返りをうつところであった。
そろそろ目覚めが近いのかもしれない。
リヒトが起きる前に、ひと通りの説明は終えておきたかった。
ユリウスはひとつ吐息して、くっきりとした声音で答えた。
「わからない」
「……え?」
「正確には、リゼルをメルドルフで色々調べたところ、わからないということがわかった」
「それは……どういう意味でしょうか」
エミールが戸惑ったようにまばたきを繰り返した。
ユリウスがロンバードへ目配せをすると、心得た側近は音もなく立ち上がり部屋を出ていった。
ほどなくノックの音が響き、戻ってきた男は医師のシモンを伴っていた。
シモンは事前にユリウスが彼宛に送っていた書類の束を抱え、軽く頭を下げた。
「ここからはシモンにも聞いてもらう。僕のオメガに関する話だ。エミール殿、テオ。二人には特に、聞いてほしい」
改めて告げたユリウスへと、姿勢と表情を改めた二人が同時に頷いた。
ユリウスは絵本の中の白うさぎに視線を落とした。
ふむ、とマリウスが顎をさすって頷く。
「こじつけていけばどんな推測でも成り立つが、おまえの考察もあながち間違いではないのだろうな。なぜハーゼがうさぎとして語られたのかも説明がつく」
長兄の言葉を受けて、ユリウスは首肯した。
「ノルメル村の女たちが、神話に出てくる月神の子孫であるとしたら、月神デァモントも彼女たちと同じ外見をしていたと思われます」
すなわち女神は、銀の髪に金の瞳を持っていたということになる。
玉を探し歩いていた女は、ある日森の中でハーゼと……自分と同じ特徴を持つ子どもと出会ったのだ。
大地の神に捨てられたおのれの子どもだと、一目で気づいたことだろう。
「一般的にうさぎと言えば、白をイメージします。デァモントの信者たちもうさぎを教団の象徴として置物を飾っているとゲルトやヤンスは言っていました。中央教会も、白かった。白というのはデァモントでは特別な色なのです」
それはなぜか。
ユリウスは眠っているおのれのオメガを振り向いた。
枕代わりのクッションに広がる、銀糸の髪。それを見つめながら、口を開く。
「白に近いものといえば、リヒトの髪です。ハーゼの色です。女神の玉をいのちと引き換えに取り戻したハーゼは、白かった。だから神話の中ではうさぎとして描かれたのだと、思います」
デァモント教は、偶像崇拝を禁止している。
女神の外見はどこにも描かれていない。
記されてしまえば、わかってしまう。
女神とハーゼが、同じ銀髪だったということが。
教団の前身は恐らく、大地の神とされる男が治めていた部族だ。彼等は女を捕らえ、その子どもを殺し、男の子を強制的に孕ませたその罪を隠すため、女神の外見に関する記述をすべて削除した。
そして偶像崇拝の禁止など神の訓えを尤もらしく整え、神話という形に落とし込んだ。
「その……ノルメル村の女性たちは、なぜ逃げなかったのでしょう?」
エミールが痛ましげに眉を顰めながら、呟いた。
神話の昔はともかく、ノルメル村の屋敷には見張りなどもおらず、逃げようと思えばいつでも逃げれる状態であった。
大地の神の罪をゆるすことができないというのであれば、さっさとあの土地を離れれば良かったのだ。
ユリウスは唇の端を持ち上げ、テオバルドの手元の絵本の、一番最後のページをめくった。
裏表紙との間に、押し花のしおりが挟まっていた。黄色く丸い花だ。
「これが、リゼルの花です。女の屋敷にはこれがたくさんありました。僕は、彼女たちがあの場所を離れられない理由はこの花にあると思っています。そして、神話の女神が月という遠い場所からわざわざ下界に降りてきた理由も」
「……下界に降りてきた理由、ですか?」
エミールが小首を傾げた。
絵本の中ではそれを、地上の民の暮らしを見まもるため、とされていた。
しかし女神が実在したひとりの女であるならば、わざわざ遠い土地まで出向くだけの理由があったはずだ。
女は度々同じ地を訪れていた。そのため、大地の神とされる男に見初められ、自国へ帰れなくなったのだ。
では女神が訪れた地にはなにがあったのか。
ユリウスの結論では、それはリゼルだった。
教皇の手記にも書かれていた。リゼルは自生しない、と。
つまり、大地の神が治める土地で、独自に作られていた植物なのだ。
女はそれが欲しかった。遠方から出向くほどの魅力が、リゼルにはあったということだ。
ではこのリゼルという植物はなんなのか。
「僕たちはこの植物を調べるため、メルドルフに寄りました。メルドルフは医学の研究が進んでいる国で、わが国の医術を発展させてくれたベルンハルトが、若い頃にそれを学んだという場所です」
ユリウスはしおりを抜き出して、閉じた絵本の表紙の上に置いた。
「結論から言うとこの植物は、毒草でした。根、茎、葉、花、どこをとっても人体に害のある成分が含まれているそうです」
ユリウスの告げた言葉に、テオバルドがひえっと叫んで一歩後退った。
テオバルドの素直な反応を、マリウスが笑い飛ばす。
「毒草と言っても色々あるぞ。俺たちがふだん口にしているものも、食べ方を間違えれば毒となる」
「その通りです。毒と薬は表裏一体。要は使い方と使う量です」
「お茶ならばいいということですか?」
マリウスとユリウスの会話に、エミールが疑問を挟んできた。
ノルメル村の女たちが飲んでいた花茶にリゼルが使われていたからだ。
ユリウスはしずかな仕草で首を横へ振る。
「いいえ。花を乾燥させたところで毒性は抜けない。この植物は毒草です。ですが、量を過ごさない限り死に至ることはありません。そして、ここからが本題ですが」
一度言葉を切ったユリウスは、右手に握ったこぶしを、絵本へと叩きつけた。
「リヒトの五感を奪ったとされるデァモントの秘術には、このリゼルが使われていました」
事の詳細をいま初めて耳にしたエミールとテオバルドは、唖然と口を開けた。
「リヒトの五感が……秘術で奪われた? どういうことですか? リヒトは生まれつき五感が弱かったわけではないということですか?」
早口に、エミールが言い募る。その背をクラウスがそっと撫でて、ゆっくりとした口調で告げた。
「リヒトはハーゼとなったとき、教皇ヨハネスの施した秘術で五感を奪われたのだと、私たちは聞いていた。だからユーリはリヒトを治す方法を探るため、デァモントへ乗り込んだんだ」
ひどい、と声にならぬ声をエミールが発した。
「でも、じゃあ、治す方法がわかったんですよね?」
ユリウスの表情を注意深く観察しながら、恐る恐る、というようにテオバルドが発言した。
ユリウスは侍従の茶色い瞳を真っ直ぐに見つめ、それから室内の面々へと順に視線をやった。
エミールが両手を組み合わせ、固唾を呑んでユリウスの返事を待っている。
背後で小さく、
「ん…………」
という声が漏れた。
振り向いてみれば、リヒトが寝返りをうつところであった。
そろそろ目覚めが近いのかもしれない。
リヒトが起きる前に、ひと通りの説明は終えておきたかった。
ユリウスはひとつ吐息して、くっきりとした声音で答えた。
「わからない」
「……え?」
「正確には、リゼルをメルドルフで色々調べたところ、わからないということがわかった」
「それは……どういう意味でしょうか」
エミールが戸惑ったようにまばたきを繰り返した。
ユリウスがロンバードへ目配せをすると、心得た側近は音もなく立ち上がり部屋を出ていった。
ほどなくノックの音が響き、戻ってきた男は医師のシモンを伴っていた。
シモンは事前にユリウスが彼宛に送っていた書類の束を抱え、軽く頭を下げた。
「ここからはシモンにも聞いてもらう。僕のオメガに関する話だ。エミール殿、テオ。二人には特に、聞いてほしい」
改めて告げたユリウスへと、姿勢と表情を改めた二人が同時に頷いた。
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