溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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光あれ

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 全員の目が、自然とリヒトの方へと集まった。
 リヒトがまたごそりと寝返りをうった。彼が起きる前に話を終わらせておきたいユリウスは、小さな咳払いで皆の注意を引き戻す。

「シモン。僕の手紙には目を通しているか」

 メルドルフ医師団の、リゼルやリヒトの状態について記された所見を、ユリウスは早馬でシモンに宛てて送っていた。そこにおのれの考えも書き足しておいたのだが。

「もちろん、確認しております、殿下」

 シモンがおっとりと頷いた。

「どう思った」
「ユリウス殿下の、御意に」

 思うままにして良い、と医師より許可を得たユリウスは、
「テオ、エミール殿」
 今後もリヒトの傍で彼を支えてくれるであろう二人の名を呼んだ。
 テオバルドとエミールが顔を上げ、こちらを注視してくる。
 それぞれと視線を合わせて、ユリウスは宣言した。

「僕はリヒトの五感を取り戻す。僕は、僕のオメガに約束をした。なにひとつあきらめない、と」

 そう。
 ユリウスはリヒトをこの腕に抱き、おのれのオメガに告げたのだ。
 リヒトの願いを叶えることは、ユリウスの使命で。
 リヒトの願いすべてを叶える、というおのれの願いを、ユリウスはなにひとつあきらめない、と。

「あの子は視力を取り戻したいと言った。まともに聞こえるようになりたいと、言っていた。その願いは、僕がすべて叶える」
「オレも手伝います」

 エミールが迷いなく同意してくれた。
 テオバルドは忙しないまばたきをしながら「私も」と頭を下げ、それから言いにくそうにもごりと口を動かした。

「ですが……どうやって」

 どうすればリヒトの五感を元にもどすことができるのか、と侍従に問われ、ユリウスは迷いのない口調で答えた。

「催眠術を上書き・・・するんだ」
「上書き?」

 エミールたちは目を丸くして問い返してきたが、マリウスは興味深そうに顎をさすり、
「そんなことができるのか?」
 とシモンへ尋ねた。
 医師は小さな笑みをひらめかせ、首をすこし捻る。

「どうでしょうなぁ。ただ、ユリウス殿下のお考えは斬新で……とても、おやさしい。私は殿下を支持しております」
「ほぅ。ユーリ、詳しく話せ」
「はい、兄上。治るかどうかわからない、と最初に僕は言いました。リヒトの五感が戻るかどうかはわからない。ただ、催眠術の上書き、というのはできる。それは確かです」
「前例があるのか」
「はい。ハーゼスです・・・・・・

 デァモント教団から連れ出した、子ども。
 ユリウスたちは痩せっぽちで弱り切っていた少年に、食事を与え、できる限りの世話をし、彼の体調に合わせながら馬を進め、メルドルフへも連れて行った。
 ハーゼスはそこで、ユリウスの考えた治療法を受けた。
 ある意味人体実験だ。しかしおのれのオメガのため、ユリウスは罪悪感を抑え込み、ハーゼスを使った。

「治療の結果、ハーゼスの視力と触覚は戻りました」
「すごいじゃないですかっ!」

 テオバルドが椅子から飛びあがった。
 興奮気味に体を揺らし、侍従は意気込んで叫んだ。

「じゃあリヒト様の目も!」
「テオ、最後まで聞け」

 リヒトも治るのではないか、と言い募ろうとしたテオバルドを、隣に座るロンバードが厳しい口調で制止する。テオバルドは父の叱責を受け、ハッと口を噤んだ。

「申し訳ありません」

 頭を下げるテオバルドに、ユリウスは苦笑をひらめかせて手を振った。

「いい。おまえの言いたいこともわかる。ハーゼスが治ったのなら、リヒトも良くなるはずだ。僕もそう思いたい。ただ、あの二人には違いがある」  

 ユリウスの言葉を受けて、察しの良いマリウスが得心したように頷いた。

「そうか。催眠術にかかっていた期間だな」

 その通りだった。
 ハーゼスは十二歳程度。
 そして対するリヒトはもうすぐ二十歳になろうとしている。
 二歳で教団に連れて来られ、秘術を施されたのだとしたら、ハーゼスは五感を奪われて約十年。リヒトは実に十八年も経過しているのだ。

 育った環境も、二人はまったく違う。

 ハーゼスは中央教会の白い部屋で、毎日祈ることしかしていなったという。決められた時間に起こされ、決められた時間を祈り、間に食事をして、眠る。そんな単調な日々の繰り返しだった。

 単調、という意味ではリヒトもそれほど大差はなかっただろう。
 五感に乏しいがゆえに外に出ることもできず、ほとんど城内のユリウスの部屋でユリウス以外と関わることなく過ごしていたリヒト。しかし、彼の暮らしは喜怒哀楽に満ちたものだったはずだ。
 ユーリ様、大好きです。そう言って抱きついてくる愛らしい顔にはいつも笑顔が浮かんでいたし、別宮に居を移してからは温室で草花に触れ、一生懸命世話をしていた。
 最近ではエミールとも仲良くなり、教団では味わうことのなかった刺激が、色々とあったはずである。

 他者からの刺激がほとんどない教団で育ったハーゼスと。
 ユリウスの愛情を一身に浴びて育ったリヒト。

 脳への負担を考えたとき……おのれの五感が働いていないと錯覚している彼らの脳にとって、どちらの環境がより負担が大きいかを考えたとき……それは図らずも、リヒトの方であろうと思えた。
 ユリウスは知らず知らずのうちに、リヒトの脳に負荷を掛け続けていたのだ。

「それは……ユーリ様、それは違います。リヒトはユーリ様が大好きなのですから、ご自分の愛をダメなもののように言わないでください!」  

 ユリウスの話を聞いていたエミールが、ぴしゃりと叱りつける強さで声を発した。

「あなたが居ない間、リヒトはユーリ様のことばかりを気にしていました。なんて純粋な子だろうと、オレは感動すらしました。リヒトは本当に真っ直ぐに、あなたを愛しています。そしてその愛を教えたのは、ユーリ様、あなたです。リヒトの愛し方は、あなたの愛し方なんですね」

 山の中で見つけた、ユリウスのオメガ。
 餓死寸前で、頭髪には虫もわいていて、指一本動かすこともできなかったリヒト。
 その彼を連れ帰り、大事に大事に育てた。
 二年間眠りっぱなしで、初めてリヒトが目を開いたときの喜びは、いまもユリウスの胸の、深い場所に残っている。
 覚醒してからも体調は安定しなかった。熱を出すたび、咳をするたび、つきっきりで看病した。

 誰よりもなによりも大切な、ユリウスのオメガ。
 リヒト。彼に注いだ愛は、たしかにリヒトの中にあるのだ、とエミールに教えられ、ユリウスは目の奥が熱くなるのを感じた。

 そうか、リヒトの愛は僕の愛なのか。

 不覚にも泣いてしまいそうで、ユリウスはしずかに深呼吸をする。

「ありがとうございます、エミール殿」

 次兄のつがいへお礼を言って、一礼をしてからユリウスはもう一度息を吸い、話の続きに戻った。

「リヒトとハーゼスには違いがある。だから、ハーゼスが治ったからリヒトも、とは一概には言えない。でも、僕はなにひとつあきらめません。僕のオメガの五感を、必ず取り戻す。ですからエミール殿とテオには……」
「全力で協力させてもらいます!」
「俺もなんでもしますっ!」

 勢いよく名乗りを上げた二人に、ユリウスは首を横へと振った。

「いいえ。二人には、僕と反対の立場に立ってほしいのです」
「……え?」

 エミールとテオバルドが顔を見合わせた。
 なにを言われたかわからない、と言わんばかりの二人に、ユリウスは苦笑をよぎらせて口を開いた。

「治すのは、僕がします。二人には、治らなくてもいい、と思っていてほしい」 
  
  




 
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