溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
51 / 118
リヒト⑩

しおりを挟む
「名誉棄損です」
 とテオバルドさんが言った。

「胸に手を当てて考えてみなさい」
 エミール様がピシャリとそう答えた。

 二人のやりとりは僕にはすこし難しくて、喧嘩なのかそうじゃないのかよくわからなくてハラハラしてしまうけど、テオバルドさんをやりこめたエミール様が僕にやさしく笑いかけてくださったし、テオバルドさんも怒ったりはしなかったので、ただのじゃれあいなのかもしれなかった。

「リヒト」

 エミール様が僕の注意を引き戻して、
「見に行ってみますか?」
 とひそひそ声で誘ってくださった。

「え?」
「あなたの作った飾緒と、職人に仕立ててもらったユーリ様の新しい服を、一緒に見に行きませんか?」
「行きたいですっ」

 思わぬ提案に興奮して、僕はつい大きな声で返事してしまった。
 僕の勢いに驚いたエミール様が、飴色の瞳を丸くして、それからとてもやわらかく微笑まれた。

 テオバルドさんがゴホンと咳払いをして、
「どこへ行くか存じませんが、俺も同行しますからね」
 そう宣言したら、エミール様が眉をしかめて、鼻筋にしわを作ってまた僕の耳元で囁いた。

「テオバルドは意地悪ですねぇ。たまにはオレとリヒトの二人で出かけてもいいでしょうに」

 演技がかったエミール様のぼやきは、たぶん、わざと聞こえるように言われたもので。
 ばっちり聞き取ったテオバルドさんが、
「あのですねぇ」
 と口を開きかける。
 僕はそれを遮って、エミール様にお伝えした。

「エミール様、テオさんはとっても親切なのです。お出かけするときはいつも、荷物になるのに僕が休憩するための椅子を持って来てくださるんです。それから、飲み物とか、お菓子とか、僕のために色々準備をしてくださってるんです。テオさんのポケットにはいつもキャンディがたくさん入ってます。それを僕に分けてくださるんです。それからユーリ様がいらっしゃらないときはテオさんがいつも」
「リヒト! リヒト、わかりました。テオがあなたにいかに親切なのかは充分伝わりましたから、大丈夫ですよ」

 エミール様に苦笑いで遮られて、僕は両手で口を押えた。
 余計なことをしゃべりすぎたかしらと心配になって、チラとテオさんを見上げると、テオバルドさんが顔を覆って項垂れている。その耳が真っ赤になっていて、それを見てエミール様が軽やかな笑い声をあげられた。

「……僕、なにかおかしなことを言いましたか?」
「ふっ、あははっ! 大丈夫です。あなたがどれだけテオのことが好きなのかがよくわかりました。あと、テオがいつもキャンディをポケットに忍ばせているんだってことも」
「そうなんです! テオさんのポケットは魔法みたいなんです。色んな色のキャンディが次々に出てくるんです。僕、味はよくわからないんですが、テオさんのくれるキャンディはとってもきれいで、とっても可愛いんです。この間はユーリ様の目の色と同じ」
「わぁぁぁっ!」

 テオさんのくれるキャンディがいかにすごいかを語っていた僕の声は、突然のテオさんの奇声によってかき消された。

 びっくりする僕をよそに、エミール様がなぜかニヤニヤと笑いながら立ち上がり、テオさんの隣に並ぶと、
「テオバルド、自腹ですか?」
 と問いかけた。

「ユーリ様の指示じゃないのでしょう? リヒトのためにわざわざキャンディショップ巡りを?」
「なななななんのことでしょう」
「オレにもひとつ、いただけますか?」
「こ、こんな下々の庶民の食べる菓子を王族の方に差し上げるわけには」
「おや、リヒトが下々の庶民だとでも?」
「うぐぅ……」

 テオさんがおかしなうめき声を上げて、そろりと手を動かし、ポケットの中へと潜らせた。
 そこからきれいな包み紙にくるまれた飴を取り出し、エミール様のてのひらに乗せる。

「ありがとうございます。ああ、これは新しくできたという店の商品ですね。さすがテオバルド。リサーチがぬかりない。これほど凝った細工のキャンディなら、結構値が張るでしょうに」
「自分用に買った、ただのお裾分けです」
「なるほど」

 エミール様が不意に、テオさんの腰の辺りからお尻にかけてを撫でた。

「ひぇっ!」

 驚いて飛び退ったテオさんへと、エミール様が。
「ポケットをパンパンにするほどのお裾分けですか」
 可笑しくてたまらないと言うように、肩を揺すって笑った。

 僕はポカンとお二人の顔を見上げていたけれど、ハッとなって慌てて立ち上がった。

「僕、お金払ってません!」

 これまでテオさんに勧められるままに飴を貰っていた僕だけれど、いまの会話を聞く限り、これはテオさんがわざわざ買いに行ってくれたものなのだ。
 僕は自分でお買い物なんてしないし、お金が必要な場面というのがこれまで本当になかったから、つい失念してしまう。
 物を買うのには、お金が必要なのだった。

 どうしよう。僕はお金というものを持っていないし……以前に(あれはたしか行商人のひとがこのお屋敷に来たときだ)ユーリ様にお金のことを尋ねたら、僕は温室で働いているからそのお給金が溜まっているのだとユーリ様に教えてもらったけれど……でもそれだって結局はユーリ様のお金になるのじゃないかな。

 テオさんのキャンディの代金はどうすればいいんだろう、と途方に暮れた僕に、当のテオさんがすさまじい形相でブンブンと首を横に振ってものすごい早口で告げてきた。

「お金なんてとれるわけないでしょうが! 俺があげたくてあげただけなので気にしなくていいんですよ! っていうか主人から菓子代を取る侍従が居るわけないだろっ! あんたはただ笑って受け取ってくれたらいいだけなんですよ!」
「テオバルド。言葉遣い」
「うひぃっ! はい、すいませんっ!」

 エミール様に注意されて、テオさんがビュンっと頭を下げた。

 僕がポカンと口を開けると、エミール様が笑って、
「リヒトの笑顔があんまり可愛いから、ついキャンディをあげたくなるそうですよ」
 と、よくわからない通訳をしてくれる。

 ええ? そういう意味だったかな?

 首を傾げる僕の前に、エミール様がテオさんから受け取ったばかりの飴を差し出してきた。
 反射的にそれを受け取って、僕は手の上でそれをころりと転がす。
 中にピンクの小花の模様の入った、とても可愛い透明なキャンディだった。

 初めて見る細かな細工の施されたそれを、親指とひとさし指でつまんで光に翳してみると、陽光がキラキラと光ってきれいだった。

「わぁ……」

 歓声を上げながら、僕は、どんな味がするんだろう、と想像してみた。
 美味しいというのはどういうことなのか、僕にはあまりわからない。
 味覚はいつ治るのだろう。それと、嗅覚は。

 きれいなキャンディを見つめながら、その味に思いを馳せた僕が、ふと視線を感じてエミール様たちの方を向いたら、エミール様とテオさんがなぜだかニコニコしながらこっちを見つめていた。

 どうしたんだろう。エミール様たちもこのキャンディを食べたいのかな?

「あの……食べますか?」

 貰ったものを勧めるのもどうなんだろうと思いつつ、飴を差し出すと、二人は揃って首を振って、
「リヒト(様)がどうぞ」
 と、息ぴったりにそう言ったのだった。

しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される

水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」 宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。 しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。 処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!? 強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。 秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました

水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。 原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。 「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」 破滅フラグを回避するため、俺は決意した。 主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。 しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。 「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」 いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!? 全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ! 小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。