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リヒト⑩
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結局、僕の希望が通り、飾緒は作りなおすことになった。
あのきれいなお洋服に相応しいような、ちゃんとした飾緒を編みたい、と僕が言ったら、ドミニクさんが困ったように頭を掻いて、編み方にはいろいろな種類があって、僕が編んだのは一番簡単なものなのだと教えてくれた。
「最近の流行りはこちらになります」
わざわざ飾緒の見本を取りに一度お店まで戻ったドミニクさんが、僕の前で広げた箱の中からひとつを手に取って、編み込みがよく見えるように僕の目の前まで持って来てくれた。
こまかな網目がうつくしい、金色の飾緒だった。
「これは、難しいですか?」
僕が尋ねると、ドミニクさんがはいと頷いた。
「慣れればそれなりにできますが、手順がとても多くございます」
「手順を覚えたら、僕でもできますか?」
僕の質問に、ドミニクさんの目が泳ぎ、エミール様の方へと向けられた。
「リヒト」
エミール様が困惑の混じった声で僕を呼ぶ。でも僕の胸にはモヤモヤが居座っていて、なぜか素直にエミール様の顔を見ることができなかった。
「リヒト、もうすこし簡単な」
「僕、これを編みます。編んでみたいです」
失礼だと思いつつも僕はエミール様の声を遮って、そう言った。
「編み方を教えてくれるひとは、どなたか居るでしょうか?」
紐をほどきながら逆手順で覚える、というのは僕には難易度が高すぎて絶対に無理なので、最初はやはりどなたかに教えてもらわないといけない。
それを誰に聞けばいいのか……とドミニクさんを伺うと、彼はう~んと唸って眉をしかめた。
ドミニクさんのその反応から、もしかして飾緒の編み方を教えてもらうというのは、あまりないことなのかもしれない、と僕は思い至った。
エミール様が当たり前のように僕に教えてくれたから、誰かに聞けばそれを習えると思ったのだけれど。
職人でもない僕に編み方を教えてくれるひとなんて、居ないのかもしれなかった。
僕はまた恥ずかしくなって、うつむいた。
最近は本もすこし読めるようになったし、以前より知識が増えたような気になっていたけれど、やっぱり僕は世間知らずで、頭が悪いのだ。
「……無理を言って、ごめんなさい」
下を向いたままぼそぼそと謝ると、ドミニクさんが慌てたように僕へと話しかけてきた。
「いいえ、いいえ、私でよければお教えしたいところではありますが、編み方を覚えていただくにはそれなりに日数が必要になるかと存じます。私にも仕事がございますのでその合間にご訪問させていただく形でよろしければ、無論そのようにさせていただきたく……」
「いや、それはっ」
ドミニクさんの言葉の途中で、テオさんが割り込んできた。
エミール様も腕を組んで、そうですよねぇとつぶやいた。
三人ともが「う~ん」と思案し始める。
やっぱり僕があまりに無茶なことをお願いしてしまったのだ。
編みなおすのはやめにします、と言うべきだろうか。でも、そうしたらあのみっともない飾緒がユーリ様の手に渡ることになる。
でもあれはもう屑籠に捨ててしまった。一度捨てたものを拾って、ユーリ様に差し上げるなんて、そんな真似は絶対できないし誰もしないだろう。
となると、僕からユーリ様にプレゼントできるものはなにもなくなってしまう。
ユーリ様のお洋服を注文してくれたのはエミール様だし、実際に仕立ててくれたのはドミニクさんで。
僕は……僕がしたことといえば、使えもしないみすぼらしい飾緒を編んだことだけなのだ。
どうしよう、と僕は胸元をぎゅうっと握った。
また泣いてしまいそうだ。
「……ト。リヒト!」
不意に大きな声が聞こえて、僕は咄嗟に顔を上げてそちらを見た。
エミール様の飴色の瞳と視線が合って、なんだか気まずくて目を逸らそうとしたら、
「リヒト、聞いてましたか?」
と問われてなんのことかと首を傾げてしまう。
エミール様がきれいなお顔に苦笑を浮かべて、
「やっぱり聞いてなかった」
そう言って、僕の髪を撫でてきた。
「リヒトが編みたいと言ってる飾緒は、複雑で難しいようです。オレが前回のように編み方を覚えてあなたに教えてあげれたらいいのでしょうが、実はオレはとても不器用で」
「え?」
「本当です。ドミニクが証人です」
話を振られたドミニクさんが、恐縮したように頭を下げて口を開いた。
「畏れながら事実です。エミール殿下に編み方をお教えしたのは私めですが、これがなかなか……」
ぶふっ、と空気の漏れる音がした。
横を向いたら、テオさんが口を押えているのが見えた。
「テオバルド。いま笑ったことをオレは忘れませんからね」
「すっ、すみませんっ」
びゅんっ、とお辞儀をしたテオさんをひと睨みして、エミール様が唇をほころばせた。
「というわけでオレもリヒトと一緒で教わる側に回ることにしました」
「え?」
「ドミニクを長時間拘束するわけにもいきませんからね。この中で一番器用なひとを教師にすることにしましょう」
この中、とエミール様は仰るけれど、ドミニクさんを除いたらここには僕とエミール様とテオさんしか居ない。
そして僕たちの中で一番器用なひとといえば……。
「手先の器用さは折り紙つきですもんね? テオバルド」
にっこりと、エミール様が微笑んだ。
テオさんが片頬を引きつらせて、「御意」と頭を下げる。
まだ僕の触覚が治っていないかったとき、文字の練習ができるようにとペンを持つための補助具を作ってくれたテオさんは、確かにとても器用なのかもしれない。
でも僕の我が儘でテオさんの仕事が増えることになるのだ。
ひとりで編めます、と偉そうに言ったくせに、結局僕はみんなに迷惑をかけてしまう。
「あの……僕、やっぱり……」
飾緒づくりはもう辞めます、と。
そう告げようとした僕にテオさんが、
「リヒト様。俺が編み方を覚えてお教えしますんで、頑張りましょう!」
すこしも怒った素振りを見せずに、そんなふうにハキハキと言ってくれたから。
僕は申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが綯い交ぜになってしまって、もじもじとうつむくようにして頷いた。
「はい……ありがとうございます」
その後、テオさんは本当にドミニクさんの工房を訪れて、飾緒づくりを習ってきた。
そして僕のスケジュールには、勉強のための時間にこっそりと、飾緒をつくるための時間が付け加えられた。
飾緒をつくっているということはユーリ様に内緒にしたまま、僕はテオさんに教わりながら、頑張って手を動かした。
金の細い糸を、僕の目はちゃんと捉えることができる。
それを引っ張る感触もわかるし、編み目だって確認することができた。
けれど、編んでも編んでも、ユーリ様に相応しいものが完成しない。力加減が悪いのか、うつくしい模様にならないのだ。
情けない気分を抱えたまま、僕は飾緒を編み続けた。
これをうまく作ることができたら……僕の嗅覚は治る。きっと治る。そう願掛けをしながら、編み続けた。
朝はユーリ様と並んで食事をして、その後は温室でのひと仕事と、勉強部屋での勉強、そして飾緒づくり。合間に昼食やおやつの時間を挟んで、夜にお仕事から帰ってきたユーリ様と一緒に夕食を摂る。
お風呂はひとりで入る。ユーリ様はもう一緒に入ってくださらないから、ひとりで入って、ひとりで体を洗って、ひとりで湯船に浸かる。
お風呂からあがったら、ユーリ様と寝る前の時間を過ごす。このときだけ僕は、ユーリ様の膝に座ることをゆるされた。
僕のオメガ、と僕を呼んで、ユーリ様はキスをくれる。
それが嬉しくて、今日あったことを話しながら僕はユーリ様の胸にもたれ、首筋に鼻先を埋める。
匂いはわからない。
嗅覚はまだ治っていない。
だから翌日も飾緒を編む。
早く嗅覚が治りますようにと祈りながら編む。
毎日がその繰り返しだ。
そして、夜中にベッドを抜け出してべつのオメガのところへ行くユーリ様を、寝たふりをしたまま見送ることもまた、日課のひとつに組み込まれていた。
以前はまだ間遠だったのに、最近はほぼ毎晩、ユーリ様はベッドから出ていかれる。僕を起こさないように、そうっと動いているのがわかる動作で、こっそりと。
僕には知られたくないのだ、と鈍感な僕でも悟ることができた。
どこにも行ってほしくなくて、べつのオメガのところになど行かないでほしくて、僕は寝る前の時間はユーリ様にべったりとくっついてしまう。縋りつくような強さで、抱きついてしまう。
けれど僕がユーリ様にくっつけばくっつくほど、ユーリ様は離れてゆく。
それがわかるのに、抱きつくことをやめることができない。
ユーリ様の膝の上で、ユーリ様をぎゅうぎゅうに抱きしめる僕に、ユーリ様は、
「随分と甘えん坊さんだね、僕のオメガは」
と嬉しそうに笑って、ちゅっとキスをしてくれる。
嘘をついているようには見えない。僕のことを邪魔に思っているような気配はない。
いつものように蕩けそうな声で、僕のオメガ、と呼んでくれる。
それなのに夜中にはべつのオメガのところへ行ってしまうこのひとを、僕はどう引き留めればいいかわからない。
だから早く嗅覚を治したかった。
ユーリ様の匂いがわかるようになれば、僕だって。
エミール様のような完璧なオメガに近づけるかもしれない。
それがいまの僕の、唯一の希望だ。
だから僕は飾緒をちゃんと完成させたい。
この願掛けを、成就させたかった……。
でも、僕の焦燥を嘲笑うように、嗅覚は戻らないままで。
気づけば季節は冬を迎えていた。
五感を治す薬を飲み始めて、丸二年が経過した。
あのきれいなお洋服に相応しいような、ちゃんとした飾緒を編みたい、と僕が言ったら、ドミニクさんが困ったように頭を掻いて、編み方にはいろいろな種類があって、僕が編んだのは一番簡単なものなのだと教えてくれた。
「最近の流行りはこちらになります」
わざわざ飾緒の見本を取りに一度お店まで戻ったドミニクさんが、僕の前で広げた箱の中からひとつを手に取って、編み込みがよく見えるように僕の目の前まで持って来てくれた。
こまかな網目がうつくしい、金色の飾緒だった。
「これは、難しいですか?」
僕が尋ねると、ドミニクさんがはいと頷いた。
「慣れればそれなりにできますが、手順がとても多くございます」
「手順を覚えたら、僕でもできますか?」
僕の質問に、ドミニクさんの目が泳ぎ、エミール様の方へと向けられた。
「リヒト」
エミール様が困惑の混じった声で僕を呼ぶ。でも僕の胸にはモヤモヤが居座っていて、なぜか素直にエミール様の顔を見ることができなかった。
「リヒト、もうすこし簡単な」
「僕、これを編みます。編んでみたいです」
失礼だと思いつつも僕はエミール様の声を遮って、そう言った。
「編み方を教えてくれるひとは、どなたか居るでしょうか?」
紐をほどきながら逆手順で覚える、というのは僕には難易度が高すぎて絶対に無理なので、最初はやはりどなたかに教えてもらわないといけない。
それを誰に聞けばいいのか……とドミニクさんを伺うと、彼はう~んと唸って眉をしかめた。
ドミニクさんのその反応から、もしかして飾緒の編み方を教えてもらうというのは、あまりないことなのかもしれない、と僕は思い至った。
エミール様が当たり前のように僕に教えてくれたから、誰かに聞けばそれを習えると思ったのだけれど。
職人でもない僕に編み方を教えてくれるひとなんて、居ないのかもしれなかった。
僕はまた恥ずかしくなって、うつむいた。
最近は本もすこし読めるようになったし、以前より知識が増えたような気になっていたけれど、やっぱり僕は世間知らずで、頭が悪いのだ。
「……無理を言って、ごめんなさい」
下を向いたままぼそぼそと謝ると、ドミニクさんが慌てたように僕へと話しかけてきた。
「いいえ、いいえ、私でよければお教えしたいところではありますが、編み方を覚えていただくにはそれなりに日数が必要になるかと存じます。私にも仕事がございますのでその合間にご訪問させていただく形でよろしければ、無論そのようにさせていただきたく……」
「いや、それはっ」
ドミニクさんの言葉の途中で、テオさんが割り込んできた。
エミール様も腕を組んで、そうですよねぇとつぶやいた。
三人ともが「う~ん」と思案し始める。
やっぱり僕があまりに無茶なことをお願いしてしまったのだ。
編みなおすのはやめにします、と言うべきだろうか。でも、そうしたらあのみっともない飾緒がユーリ様の手に渡ることになる。
でもあれはもう屑籠に捨ててしまった。一度捨てたものを拾って、ユーリ様に差し上げるなんて、そんな真似は絶対できないし誰もしないだろう。
となると、僕からユーリ様にプレゼントできるものはなにもなくなってしまう。
ユーリ様のお洋服を注文してくれたのはエミール様だし、実際に仕立ててくれたのはドミニクさんで。
僕は……僕がしたことといえば、使えもしないみすぼらしい飾緒を編んだことだけなのだ。
どうしよう、と僕は胸元をぎゅうっと握った。
また泣いてしまいそうだ。
「……ト。リヒト!」
不意に大きな声が聞こえて、僕は咄嗟に顔を上げてそちらを見た。
エミール様の飴色の瞳と視線が合って、なんだか気まずくて目を逸らそうとしたら、
「リヒト、聞いてましたか?」
と問われてなんのことかと首を傾げてしまう。
エミール様がきれいなお顔に苦笑を浮かべて、
「やっぱり聞いてなかった」
そう言って、僕の髪を撫でてきた。
「リヒトが編みたいと言ってる飾緒は、複雑で難しいようです。オレが前回のように編み方を覚えてあなたに教えてあげれたらいいのでしょうが、実はオレはとても不器用で」
「え?」
「本当です。ドミニクが証人です」
話を振られたドミニクさんが、恐縮したように頭を下げて口を開いた。
「畏れながら事実です。エミール殿下に編み方をお教えしたのは私めですが、これがなかなか……」
ぶふっ、と空気の漏れる音がした。
横を向いたら、テオさんが口を押えているのが見えた。
「テオバルド。いま笑ったことをオレは忘れませんからね」
「すっ、すみませんっ」
びゅんっ、とお辞儀をしたテオさんをひと睨みして、エミール様が唇をほころばせた。
「というわけでオレもリヒトと一緒で教わる側に回ることにしました」
「え?」
「ドミニクを長時間拘束するわけにもいきませんからね。この中で一番器用なひとを教師にすることにしましょう」
この中、とエミール様は仰るけれど、ドミニクさんを除いたらここには僕とエミール様とテオさんしか居ない。
そして僕たちの中で一番器用なひとといえば……。
「手先の器用さは折り紙つきですもんね? テオバルド」
にっこりと、エミール様が微笑んだ。
テオさんが片頬を引きつらせて、「御意」と頭を下げる。
まだ僕の触覚が治っていないかったとき、文字の練習ができるようにとペンを持つための補助具を作ってくれたテオさんは、確かにとても器用なのかもしれない。
でも僕の我が儘でテオさんの仕事が増えることになるのだ。
ひとりで編めます、と偉そうに言ったくせに、結局僕はみんなに迷惑をかけてしまう。
「あの……僕、やっぱり……」
飾緒づくりはもう辞めます、と。
そう告げようとした僕にテオさんが、
「リヒト様。俺が編み方を覚えてお教えしますんで、頑張りましょう!」
すこしも怒った素振りを見せずに、そんなふうにハキハキと言ってくれたから。
僕は申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが綯い交ぜになってしまって、もじもじとうつむくようにして頷いた。
「はい……ありがとうございます」
その後、テオさんは本当にドミニクさんの工房を訪れて、飾緒づくりを習ってきた。
そして僕のスケジュールには、勉強のための時間にこっそりと、飾緒をつくるための時間が付け加えられた。
飾緒をつくっているということはユーリ様に内緒にしたまま、僕はテオさんに教わりながら、頑張って手を動かした。
金の細い糸を、僕の目はちゃんと捉えることができる。
それを引っ張る感触もわかるし、編み目だって確認することができた。
けれど、編んでも編んでも、ユーリ様に相応しいものが完成しない。力加減が悪いのか、うつくしい模様にならないのだ。
情けない気分を抱えたまま、僕は飾緒を編み続けた。
これをうまく作ることができたら……僕の嗅覚は治る。きっと治る。そう願掛けをしながら、編み続けた。
朝はユーリ様と並んで食事をして、その後は温室でのひと仕事と、勉強部屋での勉強、そして飾緒づくり。合間に昼食やおやつの時間を挟んで、夜にお仕事から帰ってきたユーリ様と一緒に夕食を摂る。
お風呂はひとりで入る。ユーリ様はもう一緒に入ってくださらないから、ひとりで入って、ひとりで体を洗って、ひとりで湯船に浸かる。
お風呂からあがったら、ユーリ様と寝る前の時間を過ごす。このときだけ僕は、ユーリ様の膝に座ることをゆるされた。
僕のオメガ、と僕を呼んで、ユーリ様はキスをくれる。
それが嬉しくて、今日あったことを話しながら僕はユーリ様の胸にもたれ、首筋に鼻先を埋める。
匂いはわからない。
嗅覚はまだ治っていない。
だから翌日も飾緒を編む。
早く嗅覚が治りますようにと祈りながら編む。
毎日がその繰り返しだ。
そして、夜中にベッドを抜け出してべつのオメガのところへ行くユーリ様を、寝たふりをしたまま見送ることもまた、日課のひとつに組み込まれていた。
以前はまだ間遠だったのに、最近はほぼ毎晩、ユーリ様はベッドから出ていかれる。僕を起こさないように、そうっと動いているのがわかる動作で、こっそりと。
僕には知られたくないのだ、と鈍感な僕でも悟ることができた。
どこにも行ってほしくなくて、べつのオメガのところになど行かないでほしくて、僕は寝る前の時間はユーリ様にべったりとくっついてしまう。縋りつくような強さで、抱きついてしまう。
けれど僕がユーリ様にくっつけばくっつくほど、ユーリ様は離れてゆく。
それがわかるのに、抱きつくことをやめることができない。
ユーリ様の膝の上で、ユーリ様をぎゅうぎゅうに抱きしめる僕に、ユーリ様は、
「随分と甘えん坊さんだね、僕のオメガは」
と嬉しそうに笑って、ちゅっとキスをしてくれる。
嘘をついているようには見えない。僕のことを邪魔に思っているような気配はない。
いつものように蕩けそうな声で、僕のオメガ、と呼んでくれる。
それなのに夜中にはべつのオメガのところへ行ってしまうこのひとを、僕はどう引き留めればいいかわからない。
だから早く嗅覚を治したかった。
ユーリ様の匂いがわかるようになれば、僕だって。
エミール様のような完璧なオメガに近づけるかもしれない。
それがいまの僕の、唯一の希望だ。
だから僕は飾緒をちゃんと完成させたい。
この願掛けを、成就させたかった……。
でも、僕の焦燥を嘲笑うように、嗅覚は戻らないままで。
気づけば季節は冬を迎えていた。
五感を治す薬を飲み始めて、丸二年が経過した。
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