溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

文字の大きさ
133 / 184
リヒト⑬

しおりを挟む
 結局僕はその日から、五日も寝込んでしまった。

 熱があったのは最初の三日で、それもそんなに高熱じゃなくて、心配いりませんよとシモンさんに言われていたのだけれど、なんだか妙に体がふわふわとしていて、そのせいで一度ベッドから下りたときに転んでしまったものだからユーリ様に、
「僕がいいと言うまで寝てなさい」
 と言われて、ひとりで動くことを禁止されてしまったのだった。

 僕は、まるで五感が弱かった頃に戻ったかのように、移動するときはユーリ様に抱っこされて、食事のときはユーリ様の膝の上で食べさせてもらい、お風呂もユーリ様の手で入れてもらった。

 久ぶりにユーリ様に構ってもらえて、僕はすごく、本当にものすごく嬉しくて。
 嬉しくて嬉しくて嬉しくて。
 すこし、浮かれすぎてしまったのだと思う。

 だから夜中に、ユーリ様がこっそりとベッドを抜け出されていることに気付いたとき、僕は自分でもびっくりするほど落ち込んでしまった。

 僕がユーリ様の匂いがわかるようになれば、ユーリ様はべつのオメガのところに行かないんじゃないか、という勝手な期待を、いつのまにかしていたのだ。

 この五日、ユーリ様はお仕事も最小限に絞ってくださったようで、可能な限り僕の傍に居てくださったから。
 ユーリ様にべったりくっついて過ごす時間がしあわせすぎて、僕は、夜中にひとりになった寝台で、べそべそと泣いてしまった。

 目が見えても。耳が聞こえても。皮膚感覚が正常になっても。味がわかっても。匂いを感じることができても。
 僕に発情ヒートが訪れる気配はなかった。
 どうしてだろう。
 僕の願いは、もう、ぜんぶ叶ってしまったから。
 ユーリ様の魔法は、これ以上は僕に効かないのだろうか。

 でも、僕の一番の願いは。
 僕の最大の願いは。
 僕のオメガ、と、そう、ユーリ様に呼び続けてもらうことなのに。
 
 僕は布団を握りしめ、ユーリ様を追いかけたくなる衝動をひたすらに我慢した。
 隣に残っていたユーリ様のぬくもりが完全に冷えてしまっても、ユーリ様は戻って来ない。
 僕はほとんど息を止めるようにして、ユーリ様のお帰りを待っていた。

 やがて足音が聞こえ、部屋の扉が開いた。
 明かりは足元の方だけなので、泣いていたことはバレないだろうけど、顔を見られないように僕は、寝返りをうつ振りでユーリ様とは反対の方に寝返りをうった。

 ユーリ様がベッドに上がったのが、マットレスの揺れでわかった。
 ごそり、とシーツの擦れる音がして、ユーリ様が僕の隣で横になる。
 くすり、と吐息だけで笑う気配がした。

「そんなに端っこに居たら落ちちゃうよ、リヒト」

 囁きの音量で、ユーリ様がそう言って、僕の体にユーリ様の腕が回った。と思ったら、ころん、と体を転がされて、ユーリ様の胸に抱きこまれる形になった。

「おやすみ、僕のオメガ」

 やわらかで甘い、ユーリ様のお声。
 そのお声と一緒に、ユーリ様の香りが僕の鼻に、ふわりと潜り込んできた。

 僕は……。
 僕は、必死に寝たふりをしながら、両手をぎゅうっと握りしめて、飛び起きて大きな声で泣きたがっている自分をなんとか抑え込んだ。
 
 ユーリ様の香りに。
 べつの匂いが混じっている。

 これはきっと、ついさっきまでユーリ様と一緒に居たであろうオメガのひとの匂いだ。

 このお屋敷に、僕以外のオメガが居るだろうということは以前から想像はついていた。
 なんども探そうと思ったけれど、そのオメガのひとを見つけて、なにをどう言えばいいかわからない。だから探さなかった。
 テオさんも他のひとも誰も僕に、僕以外のオメガが居るという話をしなかったので、目を背けることができていた。

 でもいま、その存在を突きつけられて。

 僕はその事実から逃げることができなくなって、ただ自分で自分の体を抱きしめて、必死に唇を噛みしめた。

 僕の背に、ユーリ様の手が回っている。その温もりが嬉しいのにかなしくて。
 この手は、僕じゃない、他のオメガのひとも抱きしめたのだと思うと、かなしくて。
 胸と喉が熱くなって、苦しくて。

 けれどさっきまでべそべそと泣いてたせいか、僕の目から涙は出なかった。
 


 六日目以降は、ユーリ様は通常のお仕事に戻られた。
 朝ご飯を一緒に食べて、その後ユーリ様はお城に。僕は温室での仕事をして、文字の勉強や飾緒づくりに取り組んだ。

 匂いと味がわかるようになると、お屋敷の中もまた全然違うように見えた。

 驚いたのは、テオさんの淹れてくれる紅茶が、とってもいい匂いだったこと。それと、キャンディがとっても甘かったこと。
 食卓に並べられる料理はそれぞれ違う匂いがしていたこと。どれもとっても美味しいけれど、からいものは舌が痺れたようになって、僕はあんまり得意じゃなかったこと。
 温室ではお花だけでなく、葉っぱや土にも匂いがあったこと。

 そのひとつひとつに驚くことに忙しくて、日中は気分が紛れた。

 だけど夜になって、ユーリ様と一緒に寝ているとき、ふっとこころが重くなる。

 ユーリ様は今日も他のオメガのひとのところに行ってしまうのかな。
 そのことを考えだすと眠れなくなって、だけど僕が起きているということをユーリ様に知られてしまうのもなんだか怖くて、僕はずっと寝たふりをして布団に丸まっている。

 ユーリ様はだいたい一日置きにベッドを抜け出して、オメガのひとのところに通われているようだった。
 戻ってきたときにユーリ様にくっついている匂いがいつも同じなので、たぶん、このお屋敷に住んでいるのもひとりだけなのだろう。

 どんなひとなのだろうか。
 そのひとは、僕と違ってちゃんと発情期のある、完璧なオメガなのかな。

 発情期、というものがどういうものか、僕にはよくわからない。
 でも物語に描かれているアルファとオメガは、オメガの発情期ヒートをきっかけにつがいになるし、『身もこころも結ばれる』と書かれている。

 身もこころも。
 体が結ばれるというのは、どういうふうなのかな。
 寝るときにユーリ様はいつも両腕に僕をぎゅうっと抱きしめてくれるけれど、きっと、それとはまた違うことなのだろう。

 僕は以前に見た、エミール様のうなじを思い出していた。

 エミール様の白い、きれいな首。その後ろに刻まれた、歯形。

 オメガは発情時に、うなじをアルファに噛まれることで、つがい関係を結ぶことができる。
 そう教えてくれたのはエミール様だ。

 僕の首には、黒い首輪がある。
 ユーリ様のくれた首輪が。

 いつかこの首輪を外して、ユーリ様が僕のうなじを噛んでくれるのだろうか。
 色んな考えが頭の中でぐるぐる渦を巻いて、今日もまた眠れない夜が過ぎてゆく。


 


しおりを挟む
感想 260

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。 オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

隠れオメガの整備士は自由になりたい。なのに暴走する最強騎士を身体を張って止めたら、運命の番だとバレて過保護な専属契約を結ばされました

水凪しおん
BL
※オメガバース設定。激しい戦闘描写や、執着攻めによるマーキング描写、軽度の性的な接触の描写がありますので、15歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。 汚染された惑星を浄化する生体兵器『機装(ギア)』。 その搭乗者は優れた能力を持つ『アルファ』に限られ、彼らの精神を安定させる鎮静剤として『オメガ』が存在する世界。 整備士のエリアンは、オメガであることを隠し、ベータと偽って軍の最前線で働いていた。 オメガは道具のように扱われるこの社会で、自由を守るための必死の嘘だった。 だがある日、軍最強のエリートパイロット・クレイドの機装が暴走する事故に遭遇する。 死を覚悟して止めに入ったエリアンだったが、暴走する機体はなぜか彼にだけ反応し、沈静化した。 それは、隠していたオメガのフェロモンが、クレイドと強烈な『共鳴』を起こした瞬間だった。 「見つけた。俺の対になる存在を」 正体がバレたと戦慄するエリアンに対し、冷徹なはずのクレイドが向けたのは、処罰ではなく執着に満ちた熱い視線で……? 孤独なエリート騎士×身分を隠した健気な整備士。 星の命運と本能が交錯する、近未来SFオメガバース!

処理中です...