82 / 118
ふたつの体
1
しおりを挟む
ユリウスは注意深く、おのれのオメガの様子を観察した。
エミールとアマーリエの元から大急ぎで連れ帰ったリヒトは、いま、ユリウスの腕の中で果実水を飲んでいる。
アマーリエにいじめられなかったか尋ねたが、リヒトは金の瞳をぱちくりとさせて、
「アマル様はとってもいいひとです」
と可愛らしい笑顔つきで答えていた。
嘘をついている様子はない。かなしい匂いもしないし、王妃との初対面はリヒトにとっては悪いことではなかったようで安堵した。
しかし、である。
しかし、どことなくリヒトの様子がおかしいようにも思える。
なんだろう、とその華奢な体の内面を探るようにじっと見つめていると、ユリウスの視線の強さに気づいたリヒトがこちらを見上げてきた。
眼差しが絡んだ。ユリウスと目を合わせたリヒトが、うふふと笑う。林檎の味の果実水で濡れた唇が、ほんのりと開いて甘い匂いをさせていた。
可愛い。けれどやはりいつもとすこし違う。
表情が硬いのかな? いや、これは……緊張してる?
リヒトが? いまさら? 僕に対して?
ユリウスは怪訝に思い、
「リヒト、本当になにも嫌なことはなかった?」
クラウスの屋敷であったことを探った。
本来であればリヒト付きの侍従、テオバルドから詳細を聞けたはずだった。
しかしあの役立たずは、あろうことか別室で待機していたのだ。ユリウスのオメガをエミールに預けて!
テオバルドが「仕方なかったんですよぅ」と半泣きで訴えてきたため、彼には氷の眼差しを浴びせるだけに留めた。
リヒトは無事にこうしてユリウスの腕の中に居るし、嫌な思いはしなかったかと尋ねても、はいと答えるだけなので、テオバルドもお咎めなしだ。なんて慈悲深い主人なんだろう僕は。これでリヒトがアマーリエにいじめられていたとしたら、厳重処分でも足りないぐらいである。
ユリウスはリヒトの背を抱く腕と反対の手に持った紙を広げ、そこに書かれた不器用な文字を見ながら問いかけた。
「それで、アマル殿たちとはなんの話をしたの?」
紙面には、リヒトやエミール、アマーリエ、ユリウスやクラウスたちの名前が書かれている。
丸での区切りはバース性だろうか。
リヒトを迎えに行ったとき、テーブルの上に広げてあったこの紙からリヒトの匂いがしていたので、ついでに回収してきたのだ。
まだまだぎこちないけれど、リヒトの文字は上達している。
それを告げると、リヒトが頬をほんのりと染めて嬉しそうに笑った。
「僕、自分の名前よりもユーリ様の名前の方がきれいに書けてるって、アマル様に言われたんです」
笑顔だけでもユリウスの心臓を的確に貫くのに、そんな可愛い報告までしてくるので、もう本当にどうにかなってしまいそうだ。
なんで僕のオメガはこんなに可愛いんだろう、とユリウスは本気で悩みながら、この自分たちの名前を使ってリヒトたちがどんな話をしたのか気になって仕方なかったのだが、リヒトは、
「内緒です」
と言って教えてくれなかった。
昔はなんでも「ユーリ様、ユーリ様」と教えてくれたのになぁ、とユリウスは切なくなりながら、リヒトの髪に頬ずりをして、ふぅと溜め息を吐き出した。
頭の中には、兄たちの言葉がこびりついている。
リヒトのストレスの原因が、ユリウスではないかということ。
リヒトに発情期が来ないからと言って、抱き合うことを禁じられているわけではないということ。
その二つがぐるぐると渦を巻いている。
自分がリヒトのストレスの元だ、というのは信じたくない。
僕のなにがダメなんだろう、とずっと考えているけれど、思い当たるものもないのだ。
いやだがしかし、今日リヒトを迎えに行ったことがもしかしたらダメだったのだろうか?
純真なリヒトが、無邪気にずけずけと物を言うアマーリエに傷つけられてはなるものかと大慌てで救出に行ったのだが、リヒトの意思も聞かずにその場から抱き上げて連れ去ったのだ。
もしもリヒトがアマーリエやエミールとの談話を楽しんでいたのだとすると……ユリウスはそれを邪魔したことになる。
ええ~、とユリウスは片手で顔を覆った。
おのれの言動がリヒトのストレスの原因になっているのだとしたら改めなければならない。しかしおのれのオメガへの独占欲を封印することは到底不可能だ。
でもリヒトはユリウスが彼を抱っこしてエミールたちの前から連れ去っても嫌がりはしなかった。
ポカンとしていたが、嫌がってはなかったはずだ。
(でもそれも僕に遠慮してただけってこと?)
ユリウスの自問しながら、次第に悶々としてきた。
(僕がリヒトのストレスになってるっていうのは、そもそも兄上たちが勝手言い出したことだよな)
「…………さま」
(しかも抱き合うことを禁じられてるわけじゃないって……他人事だからあんなふうに言えるんだよ! そもそもマリウス兄上もクラウス兄上も……)
「ゆぅりさま」
控えめに腕を揺すられて、ユリウスはハッと我に返った。
膝の上のリヒトがこちらを見上げ、
「お疲れですか?」
と尋ねてくる。なんどか呼んでくれたのだろうか。考え事に夢中で気が付かなかった。
ユリウスは笑顔になって、首を横に振った。
「疲れてないよ。リヒトと居ると逆に元気になるんだ」
「でも、難しいお顔になってました」
「ええ? そうかな?」
そんなことないよとユリウスは答えたのに、リヒトは金色の瞳を揺らして、丸い指先でユリウスの眉間をそっと撫でてきた。
「ユーリ様のお疲れがとれますように」
なんて可愛いお願いごとだろう。
そう思うと同時に、ハーゼだった頃のリヒトが思い起こされて、ユリウスの胸は捩れた。
自分のための願いごとを口にすればいいのに。
まだそれができないリヒトが、不自由で、かわいそうで、いとしくて。
「ありがとう、リヒト。僕もきみのためになにかしたいな。リヒト、僕にしてほしいことはない?」
リヒトを抱きしめながら、ユリウスはそう問いかけた。
リヒトの唇がもぞりと動いた。
なにかを言いたそうに、もぞりと。
ユリウスはその愛らしい口からリヒトの願いごとが出てくるのを待ったけれど、リヒトは、
「……僕、ユーリ様がこうして抱っこしてくださるのが一番しあわせです」
と謙虚なことを言うばかりで、それ以上のことは言わなかった。
かなしみの匂いは、いまはない。
だがやはりどことなくリヒトが緊張しているように見える。
アマーリエになにか言われたのだろうか。エミールはリヒトを気に入ってくれているし、常識があるので心配していないが、アマーリエはなにをしでかすかわからない。そういう意味では、国王夫妻は似た者同士なのだった。
しかしリヒト本人が、嫌な思いはしなかったと言っている以上深く詮索はできない。
ユリウスはう~んと黙考した末、今日は徹底的にリヒトを甘やかすことにした。
かなしいと思う暇もないぐらいに、ひたすらにリヒトの世話を焼いた。
ユリウスの腕の中で、リヒトはニコニコと嬉しそうに笑っていた。
やっぱり僕がストレスの原因だなんて、兄上の推察は的外れだ。リヒトの笑顔を見ているとそう思えてきて、ユリウスの憂いもリヒトと過ごす内に次第に晴れていった。
けれど、リヒトをベタベタに甘やかしたツケは、夜に巡ってくる。
リヒトの匂いに刺激され続けたアルファの本能が、こらえきれない欲求となって込み上げてくるのだ。
ユリウスはいつものようにリヒトとひとつの寝台に入り、おのれのオメガが眠ったのを確認してからそろりと起き上がった。
ゆっくりとした動きでベッドから抜け出し、裸足の足を履物に入れようとした、そのときだった。
突然、ドン! となにかが背中にぶつかってきて、不意を突かれたユリウスは「うわっ!」と叫び声を上げた。
見れば背後から細い腕が腹の辺りに巻き付いている。
え? と驚いて振り返ろうとしたら、ドアがドンドンドンと外からノックされた。
「殿下? どうされました?」
夜番の護衛だ。常にないユリウスの声を聞きつけ、いまにも部屋へ踏み込もうとしているのがわかった。
「なんでもない。足元が暗くて躓いただけだ」
「ランプのオイルを足しましょうか?」
「いや、必要ない」
ユリウスはドアへ向かってそう言い、労いの言葉を掛けて離れていていいと指示をだした。
護衛の返事を聞いてから、ユリウスはおのれにぎゅっと抱きついている腕をひと撫でして顔を振り向けた。
「リヒト?」
ユリウスの背中に顔をうずめるようにして、リヒトがしがみついている。
夜の闇の中、オイルランプの橙の灯がゆらめいて、銀の髪を浮かび上がらせていた。
「リヒト、どうしたの?」
囁きの音量で、やさしく問いかける。鼻腔に漂ってくるオメガの香りには、かなしみの匂いが混じっていた。
「リヒト」
体ごと向きなおりたかったが、抱きつく力が強くてそれができない。
見れば腹の上でユリウスの夜着を握りしめているリヒトのこぶしが、震えていた。
その左右の手にてのひらを重ねて、もう一度名を呼んだ。
「リヒト」
ようやくリヒトが頭を動かした。背中から離れたリヒトの顔を見て、ユリウスはぎょっとした。
「リヒト、どうしたの?」
リヒトの両目は、涙でびしょびしょに濡れていた。
ユリウスは慌ててリヒトの手をほどき、体ごと振り返ると、リヒトの頬を両手で包んだ。
「リヒト、なんで泣いてるの、どうしたの」
いったいなにが、と焦るユリウスの耳に。
頼りなく掠れた、消えそうに細い声が聞こえてきた。
「い、いかないでください」
リヒトが全身をわななかせるように震わせて、うぇぇと泣き声をあげながら繰り返した。
「ゆぅりさま、いかないで」
エミールとアマーリエの元から大急ぎで連れ帰ったリヒトは、いま、ユリウスの腕の中で果実水を飲んでいる。
アマーリエにいじめられなかったか尋ねたが、リヒトは金の瞳をぱちくりとさせて、
「アマル様はとってもいいひとです」
と可愛らしい笑顔つきで答えていた。
嘘をついている様子はない。かなしい匂いもしないし、王妃との初対面はリヒトにとっては悪いことではなかったようで安堵した。
しかし、である。
しかし、どことなくリヒトの様子がおかしいようにも思える。
なんだろう、とその華奢な体の内面を探るようにじっと見つめていると、ユリウスの視線の強さに気づいたリヒトがこちらを見上げてきた。
眼差しが絡んだ。ユリウスと目を合わせたリヒトが、うふふと笑う。林檎の味の果実水で濡れた唇が、ほんのりと開いて甘い匂いをさせていた。
可愛い。けれどやはりいつもとすこし違う。
表情が硬いのかな? いや、これは……緊張してる?
リヒトが? いまさら? 僕に対して?
ユリウスは怪訝に思い、
「リヒト、本当になにも嫌なことはなかった?」
クラウスの屋敷であったことを探った。
本来であればリヒト付きの侍従、テオバルドから詳細を聞けたはずだった。
しかしあの役立たずは、あろうことか別室で待機していたのだ。ユリウスのオメガをエミールに預けて!
テオバルドが「仕方なかったんですよぅ」と半泣きで訴えてきたため、彼には氷の眼差しを浴びせるだけに留めた。
リヒトは無事にこうしてユリウスの腕の中に居るし、嫌な思いはしなかったかと尋ねても、はいと答えるだけなので、テオバルドもお咎めなしだ。なんて慈悲深い主人なんだろう僕は。これでリヒトがアマーリエにいじめられていたとしたら、厳重処分でも足りないぐらいである。
ユリウスはリヒトの背を抱く腕と反対の手に持った紙を広げ、そこに書かれた不器用な文字を見ながら問いかけた。
「それで、アマル殿たちとはなんの話をしたの?」
紙面には、リヒトやエミール、アマーリエ、ユリウスやクラウスたちの名前が書かれている。
丸での区切りはバース性だろうか。
リヒトを迎えに行ったとき、テーブルの上に広げてあったこの紙からリヒトの匂いがしていたので、ついでに回収してきたのだ。
まだまだぎこちないけれど、リヒトの文字は上達している。
それを告げると、リヒトが頬をほんのりと染めて嬉しそうに笑った。
「僕、自分の名前よりもユーリ様の名前の方がきれいに書けてるって、アマル様に言われたんです」
笑顔だけでもユリウスの心臓を的確に貫くのに、そんな可愛い報告までしてくるので、もう本当にどうにかなってしまいそうだ。
なんで僕のオメガはこんなに可愛いんだろう、とユリウスは本気で悩みながら、この自分たちの名前を使ってリヒトたちがどんな話をしたのか気になって仕方なかったのだが、リヒトは、
「内緒です」
と言って教えてくれなかった。
昔はなんでも「ユーリ様、ユーリ様」と教えてくれたのになぁ、とユリウスは切なくなりながら、リヒトの髪に頬ずりをして、ふぅと溜め息を吐き出した。
頭の中には、兄たちの言葉がこびりついている。
リヒトのストレスの原因が、ユリウスではないかということ。
リヒトに発情期が来ないからと言って、抱き合うことを禁じられているわけではないということ。
その二つがぐるぐると渦を巻いている。
自分がリヒトのストレスの元だ、というのは信じたくない。
僕のなにがダメなんだろう、とずっと考えているけれど、思い当たるものもないのだ。
いやだがしかし、今日リヒトを迎えに行ったことがもしかしたらダメだったのだろうか?
純真なリヒトが、無邪気にずけずけと物を言うアマーリエに傷つけられてはなるものかと大慌てで救出に行ったのだが、リヒトの意思も聞かずにその場から抱き上げて連れ去ったのだ。
もしもリヒトがアマーリエやエミールとの談話を楽しんでいたのだとすると……ユリウスはそれを邪魔したことになる。
ええ~、とユリウスは片手で顔を覆った。
おのれの言動がリヒトのストレスの原因になっているのだとしたら改めなければならない。しかしおのれのオメガへの独占欲を封印することは到底不可能だ。
でもリヒトはユリウスが彼を抱っこしてエミールたちの前から連れ去っても嫌がりはしなかった。
ポカンとしていたが、嫌がってはなかったはずだ。
(でもそれも僕に遠慮してただけってこと?)
ユリウスの自問しながら、次第に悶々としてきた。
(僕がリヒトのストレスになってるっていうのは、そもそも兄上たちが勝手言い出したことだよな)
「…………さま」
(しかも抱き合うことを禁じられてるわけじゃないって……他人事だからあんなふうに言えるんだよ! そもそもマリウス兄上もクラウス兄上も……)
「ゆぅりさま」
控えめに腕を揺すられて、ユリウスはハッと我に返った。
膝の上のリヒトがこちらを見上げ、
「お疲れですか?」
と尋ねてくる。なんどか呼んでくれたのだろうか。考え事に夢中で気が付かなかった。
ユリウスは笑顔になって、首を横に振った。
「疲れてないよ。リヒトと居ると逆に元気になるんだ」
「でも、難しいお顔になってました」
「ええ? そうかな?」
そんなことないよとユリウスは答えたのに、リヒトは金色の瞳を揺らして、丸い指先でユリウスの眉間をそっと撫でてきた。
「ユーリ様のお疲れがとれますように」
なんて可愛いお願いごとだろう。
そう思うと同時に、ハーゼだった頃のリヒトが思い起こされて、ユリウスの胸は捩れた。
自分のための願いごとを口にすればいいのに。
まだそれができないリヒトが、不自由で、かわいそうで、いとしくて。
「ありがとう、リヒト。僕もきみのためになにかしたいな。リヒト、僕にしてほしいことはない?」
リヒトを抱きしめながら、ユリウスはそう問いかけた。
リヒトの唇がもぞりと動いた。
なにかを言いたそうに、もぞりと。
ユリウスはその愛らしい口からリヒトの願いごとが出てくるのを待ったけれど、リヒトは、
「……僕、ユーリ様がこうして抱っこしてくださるのが一番しあわせです」
と謙虚なことを言うばかりで、それ以上のことは言わなかった。
かなしみの匂いは、いまはない。
だがやはりどことなくリヒトが緊張しているように見える。
アマーリエになにか言われたのだろうか。エミールはリヒトを気に入ってくれているし、常識があるので心配していないが、アマーリエはなにをしでかすかわからない。そういう意味では、国王夫妻は似た者同士なのだった。
しかしリヒト本人が、嫌な思いはしなかったと言っている以上深く詮索はできない。
ユリウスはう~んと黙考した末、今日は徹底的にリヒトを甘やかすことにした。
かなしいと思う暇もないぐらいに、ひたすらにリヒトの世話を焼いた。
ユリウスの腕の中で、リヒトはニコニコと嬉しそうに笑っていた。
やっぱり僕がストレスの原因だなんて、兄上の推察は的外れだ。リヒトの笑顔を見ているとそう思えてきて、ユリウスの憂いもリヒトと過ごす内に次第に晴れていった。
けれど、リヒトをベタベタに甘やかしたツケは、夜に巡ってくる。
リヒトの匂いに刺激され続けたアルファの本能が、こらえきれない欲求となって込み上げてくるのだ。
ユリウスはいつものようにリヒトとひとつの寝台に入り、おのれのオメガが眠ったのを確認してからそろりと起き上がった。
ゆっくりとした動きでベッドから抜け出し、裸足の足を履物に入れようとした、そのときだった。
突然、ドン! となにかが背中にぶつかってきて、不意を突かれたユリウスは「うわっ!」と叫び声を上げた。
見れば背後から細い腕が腹の辺りに巻き付いている。
え? と驚いて振り返ろうとしたら、ドアがドンドンドンと外からノックされた。
「殿下? どうされました?」
夜番の護衛だ。常にないユリウスの声を聞きつけ、いまにも部屋へ踏み込もうとしているのがわかった。
「なんでもない。足元が暗くて躓いただけだ」
「ランプのオイルを足しましょうか?」
「いや、必要ない」
ユリウスはドアへ向かってそう言い、労いの言葉を掛けて離れていていいと指示をだした。
護衛の返事を聞いてから、ユリウスはおのれにぎゅっと抱きついている腕をひと撫でして顔を振り向けた。
「リヒト?」
ユリウスの背中に顔をうずめるようにして、リヒトがしがみついている。
夜の闇の中、オイルランプの橙の灯がゆらめいて、銀の髪を浮かび上がらせていた。
「リヒト、どうしたの?」
囁きの音量で、やさしく問いかける。鼻腔に漂ってくるオメガの香りには、かなしみの匂いが混じっていた。
「リヒト」
体ごと向きなおりたかったが、抱きつく力が強くてそれができない。
見れば腹の上でユリウスの夜着を握りしめているリヒトのこぶしが、震えていた。
その左右の手にてのひらを重ねて、もう一度名を呼んだ。
「リヒト」
ようやくリヒトが頭を動かした。背中から離れたリヒトの顔を見て、ユリウスはぎょっとした。
「リヒト、どうしたの?」
リヒトの両目は、涙でびしょびしょに濡れていた。
ユリウスは慌ててリヒトの手をほどき、体ごと振り返ると、リヒトの頬を両手で包んだ。
「リヒト、なんで泣いてるの、どうしたの」
いったいなにが、と焦るユリウスの耳に。
頼りなく掠れた、消えそうに細い声が聞こえてきた。
「い、いかないでください」
リヒトが全身をわななかせるように震わせて、うぇぇと泣き声をあげながら繰り返した。
「ゆぅりさま、いかないで」
532
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~
水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。
死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!?
「こんなところで寝られるか!」
極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く!
ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。
すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……?
「……貴様、私を堕落させる気か」
(※いいえ、ただ快適に寝たいだけです)
殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。
捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!
真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~
水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。
アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。
氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。
「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」
辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。
これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!
偽りベータの宮廷薬師は、氷の宰相に匂いを嗅がれ溺愛される
水凪しおん
BL
「お前の匂いがないと、私は息ができない」
宮廷薬師のルチアーノは、オメガであることを隠し、自作の抑制薬でベータと偽って生きてきた。
しかしある日、冷徹無比と恐れられる「氷の宰相」アレクセイにその秘密がバレてしまう。
処刑を覚悟したルチアーノだったが、アレクセイが求めたのは、ルチアーノの身体から香る「匂い」だった!?
強すぎる能力ゆえに感覚過敏に苦しむ宰相と、彼の唯一の安らぎとなった薬師。
秘密の共有から始まる、契約と執着のオメガバース・ロマンス!
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
悪役令息ですが破滅回避で主人公を無視したら、高潔な態度だと勘違いされて聖人認定。なぜか溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
BL小説『銀の瞳の聖者』の悪役令息ルシアンに転生してしまった俺。
原作通りなら、主人公ノエルをいじめ抜き、最後は断罪されて野垂れ死ぬ運命だ。
「そんなの絶対にお断りだ! 俺は平和に長生きしたい!」
破滅フラグを回避するため、俺は決意した。
主人公ノエルを徹底的に避け、関わらず、空気のように生きることを。
しかし、俺の「無視」や「無関心」は、なぜかノエルにポジティブに変換されていく。
「他の人のように欲望の目で見ないなんて、なんて高潔な方なんだ……!」
いじめっ子を視線だけで追い払えば「影から守ってくれた」、雨の日に「臭いから近寄るな」と上着を投げつければ「不器用な優しさ」!?
全力で嫌われようとすればするほど、主人公からの好感度が爆上がりして、聖人認定されてしまう勘違いラブコメディ!
小心者の悪役令息×健気なポジティブ主人公の、すれ違い溺愛ファンタジー、ここに開幕!
婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした
水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。
婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。
しかし、それは新たな人生の始まりだった。
前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。
そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。
共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。
だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。
彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。
一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。
これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。
痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。