溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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ふたつの体

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 ユリウスは注意深く、おのれのオメガの様子を観察した。

 エミールとアマーリエの元から大急ぎで連れ帰ったリヒトは、いま、ユリウスの腕の中で果実水を飲んでいる。
 アマーリエにいじめられなかったか尋ねたが、リヒトは金の瞳をぱちくりとさせて、
「アマル様はとってもいいひとです」
 と可愛らしい笑顔つきで答えていた。
 嘘をついている様子はない。かなしい匂いもしないし、王妃との初対面はリヒトにとっては悪いことではなかったようで安堵した。

 しかし、である。
 しかし、どことなくリヒトの様子がおかしいようにも思える。

 なんだろう、とその華奢な体の内面を探るようにじっと見つめていると、ユリウスの視線の強さに気づいたリヒトがこちらを見上げてきた。
 眼差しが絡んだ。ユリウスと目を合わせたリヒトが、うふふと笑う。林檎の味の果実水で濡れた唇が、ほんのりと開いて甘い匂いをさせていた。

 可愛い。けれどやはりいつもとすこし違う。
 表情が硬いのかな? いや、これは……緊張してる?
 リヒトが? いまさら? 僕に対して?

 ユリウスは怪訝に思い、
「リヒト、本当になにも嫌なことはなかった?」
 クラウスの屋敷であったことを探った。

 本来であればリヒト付きの侍従、テオバルドから詳細を聞けたはずだった。
 しかしあの役立たずは、あろうことか別室で待機していたのだ。ユリウスのオメガをエミールに預けて!

 テオバルドが「仕方なかったんですよぅ」と半泣きで訴えてきたため、彼には氷の眼差しを浴びせるだけに留めた。
 リヒトは無事にこうしてユリウスの腕の中に居るし、嫌な思いはしなかったかと尋ねても、はいと答えるだけなので、テオバルドもお咎めなしだ。なんて慈悲深い主人なんだろう僕は。これでリヒトがアマーリエにいじめられていたとしたら、厳重処分でも足りないぐらいである。

 ユリウスはリヒトの背を抱く腕と反対の手に持った紙を広げ、そこに書かれた不器用な文字を見ながら問いかけた。

「それで、アマル殿たちとはなんの話をしたの?」

 紙面には、リヒトやエミール、アマーリエ、ユリウスやクラウスたちの名前が書かれている。
 丸での区切りはバース性だろうか。
 リヒトを迎えに行ったとき、テーブルの上に広げてあったこの紙からリヒトの匂いがしていたので、ついでに回収してきたのだ。

 まだまだぎこちないけれど、リヒトの文字は上達している。
 それを告げると、リヒトが頬をほんのりと染めて嬉しそうに笑った。

「僕、自分の名前よりもユーリ様の名前の方がきれいに書けてるって、アマル様に言われたんです」

 笑顔だけでもユリウスの心臓を的確に貫くのに、そんな可愛い報告までしてくるので、もう本当にどうにかなってしまいそうだ。

 なんで僕のオメガはこんなに可愛いんだろう、とユリウスは本気で悩みながら、この自分たちの名前を使ってリヒトたちがどんな話をしたのか気になって仕方なかったのだが、リヒトは、
「内緒です」
 と言って教えてくれなかった。

 昔はなんでも「ユーリ様、ユーリ様」と教えてくれたのになぁ、とユリウスは切なくなりながら、リヒトの髪に頬ずりをして、ふぅと溜め息を吐き出した。

 頭の中には、兄たちの言葉がこびりついている。

 リヒトのストレスの原因が、ユリウスではないかということ。
 リヒトに発情期ヒートが来ないからと言って、抱き合うことを禁じられているわけではないということ。

 その二つがぐるぐると渦を巻いている。

 自分がリヒトのストレスの元だ、というのは信じたくない。
 僕のなにがダメなんだろう、とずっと考えているけれど、思い当たるものもないのだ。

 いやだがしかし、今日リヒトを迎えに行ったことがもしかしたらダメだったのだろうか?
 純真なリヒトが、無邪気にずけずけと物を言うアマーリエに傷つけられてはなるものかと大慌てで救出に行ったのだが、リヒトの意思も聞かずにその場から抱き上げて連れ去ったのだ。
 もしもリヒトがアマーリエやエミールとの談話を楽しんでいたのだとすると……ユリウスはそれを邪魔したことになる。

 ええ~、とユリウスは片手で顔を覆った。

 おのれの言動がリヒトのストレスの原因になっているのだとしたら改めなければならない。しかしおのれのオメガへの独占欲を封印することは到底不可能だ。

 でもリヒトはユリウスが彼を抱っこしてエミールたちの前から連れ去っても嫌がりはしなかった。
 ポカンとしていたが、嫌がってはなかったはずだ。

(でもそれも僕に遠慮してただけってこと?)

 ユリウスの自問しながら、次第に悶々としてきた。

(僕がリヒトのストレスになってるっていうのは、そもそも兄上たちが勝手言い出したことだよな)
「…………さま」
(しかも抱き合うことを禁じられてるわけじゃないって……他人事だからあんなふうに言えるんだよ! そもそもマリウス兄上もクラウス兄上も……)
「ゆぅりさま」

 控えめに腕を揺すられて、ユリウスはハッと我に返った。

 膝の上のリヒトがこちらを見上げ、
「お疲れですか?」
 と尋ねてくる。なんどか呼んでくれたのだろうか。考え事に夢中で気が付かなかった。
 ユリウスは笑顔になって、首を横に振った。

「疲れてないよ。リヒトと居ると逆に元気になるんだ」
「でも、難しいお顔になってました」
「ええ? そうかな?」

 そんなことないよとユリウスは答えたのに、リヒトは金色の瞳を揺らして、丸い指先でユリウスの眉間をそっと撫でてきた。

「ユーリ様のお疲れがとれますように」

 なんて可愛いお願いごとだろう。
 そう思うと同時に、ハーゼだった頃のリヒトが思い起こされて、ユリウスの胸は捩れた。

 自分のための願いごとを口にすればいいのに。
 まだそれができないリヒトが、不自由で、かわいそうで、いとしくて。

「ありがとう、リヒト。僕もきみのためになにかしたいな。リヒト、僕にしてほしいことはない?」

 リヒトを抱きしめながら、ユリウスはそう問いかけた。

 リヒトの唇がもぞりと動いた。
 なにかを言いたそうに、もぞりと。

 ユリウスはその愛らしい口からリヒトの願いごとが出てくるのを待ったけれど、リヒトは、
「……僕、ユーリ様がこうして抱っこしてくださるのが一番しあわせです」
 と謙虚なことを言うばかりで、それ以上のことは言わなかった。

 かなしみの匂いは、いまはない。
 だがやはりどことなくリヒトが緊張しているように見える。

 アマーリエになにか言われたのだろうか。エミールはリヒトを気に入ってくれているし、常識があるので心配していないが、アマーリエはなにをしでかすかわからない。そういう意味では、国王夫妻は似た者同士なのだった。
 しかしリヒト本人が、嫌な思いはしなかったと言っている以上深く詮索はできない。

 ユリウスはう~んと黙考した末、今日は徹底的にリヒトを甘やかすことにした。
 かなしいと思う暇もないぐらいに、ひたすらにリヒトの世話を焼いた。
 ユリウスの腕の中で、リヒトはニコニコと嬉しそうに笑っていた。
 やっぱり僕がストレスの原因だなんて、兄上の推察は的外れだ。リヒトの笑顔を見ているとそう思えてきて、ユリウスの憂いもリヒトと過ごす内に次第に晴れていった。


 けれど、リヒトをベタベタに甘やかしたツケは、夜に巡ってくる。    

 リヒトの匂いに刺激され続けたアルファの本能が、こらえきれない欲求となって込み上げてくるのだ。

 ユリウスはいつものようにリヒトとひとつの寝台に入り、おのれのオメガが眠ったのを確認してからそろりと起き上がった。
 ゆっくりとした動きでベッドから抜け出し、裸足の足を履物に入れようとした、そのときだった。

 突然、ドン! となにかが背中にぶつかってきて、不意を突かれたユリウスは「うわっ!」と叫び声を上げた。
 見れば背後から細い腕が腹の辺りに巻き付いている。

 え? と驚いて振り返ろうとしたら、ドアがドンドンドンと外からノックされた。

「殿下? どうされました?」

 夜番の護衛だ。常にないユリウスの声を聞きつけ、いまにも部屋へ踏み込もうとしているのがわかった。

「なんでもない。足元が暗くて躓いただけだ」
「ランプのオイルを足しましょうか?」
「いや、必要ない」

 ユリウスはドアへ向かってそう言い、労いの言葉を掛けて離れていていいと指示をだした。
 護衛の返事を聞いてから、ユリウスはおのれにぎゅっと抱きついている腕をひと撫でして顔を振り向けた。

「リヒト?」

 ユリウスの背中に顔をうずめるようにして、リヒトがしがみついている。
 夜の闇の中、オイルランプの橙のがゆらめいて、銀の髪を浮かび上がらせていた。

「リヒト、どうしたの?」

 囁きの音量で、やさしく問いかける。鼻腔に漂ってくるオメガの香りには、かなしみの匂いが混じっていた。

「リヒト」

 体ごと向きなおりたかったが、抱きつく力が強くてそれができない。
 見れば腹の上でユリウスの夜着を握りしめているリヒトのこぶしが、震えていた。
 その左右の手にてのひらを重ねて、もう一度名を呼んだ。

「リヒト」

 ようやくリヒトが頭を動かした。背中から離れたリヒトの顔を見て、ユリウスはぎょっとした。

「リヒト、どうしたの?」

 リヒトの両目は、涙でびしょびしょに濡れていた。
 ユリウスは慌ててリヒトの手をほどき、体ごと振り返ると、リヒトの頬を両手で包んだ。

「リヒト、なんで泣いてるの、どうしたの」

 いったいなにが、と焦るユリウスの耳に。
 頼りなく掠れた、消えそうに細い声が聞こえてきた。

「い、いかないでください」

 リヒトが全身をわななかせるように震わせて、うぇぇと泣き声をあげながら繰り返した。

「ゆぅりさま、いかないで」
  
   


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