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リヒト⑮
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そんな僕を気遣ってくださったのだろうか、ユーリ様が気分を変えるように、
「リヒト」
と明るい声で僕を呼んだ。
「この部屋は、僕の巣なんだ」
巣? そういえばさっきも、巣作りがどうとか言っていた。
「僕の目標は、この部屋をきみの匂いで埋め尽くすことなんだよ。ねぇ、僕のオメガ。リヒト、これからも僕をきみで埋め続けてほしい」
ユーリ様が甘く囁いて、唇にちゅっとキスをした。
ロンバードさんとテオさんがびっくりしてたように、壁際は天井まで棚で埋まっている。
唯一、窓のある奥の壁だけは、窓の下までの高さの棚になっていて……。
これ以上物を仕舞うには、あの棚の上に棚を重ねるしかないような気がする。
でもそうしたら窓が見えなくなってしまうけど……と背の低い棚を見つめていたら、ふと、知っている匂いがそちらから漂って気がして、僕はパチパチとまばたきをした。
あれ? この匂い……。
ほんのちょっとだけ、微かに感じるこの匂いは……。
「……エミール様?」
「え? エミール殿?」
「エミール様の、匂い」
僕はユーリ様の膝から下りて、窓の方へと歩み寄った。
ガラスで覆われた棚を、そっと覗き込む。
この辺に仕舞われている物は、見覚えがある。僕が文字の練習のときに使っていたペン、紙……あ、さっきアマル様たちの前で書いた、僕やユーリ様、エミール様たちの名前を丸で囲った、あの紙もある。エミール様の匂いはここからしてるのかな。
でも、これがいつの間にここに入れられたんだろう。
僕がびっくりしてユーリ様を振り向くと、ユーリ様がキラキラした微笑を浮かべていた。
「リヒトの文字も、僕にとっての宝物だよ」
その言葉通り、僕が文字を書いた紙が棚にはたくさん収まっている。
一番左の束の最初には、ふにゃふにゃの文字があった。もしかしたら触覚が治る前に練習したものかもしれない。インク溜まりがたくさんできていて、ところどころ破れた紙だった。
こんなゴミまで、大切にとっておいてくれたのだ。
いまよりもずっと下手くそな文字を見ながら、僕は泣きたくなってきた。
たくさんある紙の束から上の棚に目を移すと、そこには立派な木の箱が置かれていた。
きれいなお花が彫られている。
なんだろう。
あれ、でもここからエミール様の匂いが……。
「開けていいよ、リヒト」
ユーリ様が僕をそう促した。
僕がその四角い木箱を手に取ると、ユーリ様が僕の背後から手を伸ばして、フタを掴んだ。
「これが僕の最近の、一番のお気に入りなんだ」
ユーリ様が耳元で囁かれる。
僕はこくりと息を飲んで、ユーリ様の手を見つめた。
僕よりもずっと大きなユーリ様の手が、上に持ち上がる。
フタが開いた。
中には……。
木箱の、中には……。
僕は信じられない思いで、思わずユーリ様を振り仰いでいた。
「こ、これっ!」
中にあったのは、飾緒だった。
五感がまだ治っていない頃の僕が、ユーリ様が無事に帰ってきますようにと願掛けをしながら編んだ、下手くそで、編み目がガタガタで、不格好な出来の、飾緒だった。
「なんで……」
これは、捨てたはずだ。
エミール様のお屋敷で、新しく仕立てられたユーリ様の服を見たときに。
豪華な衣装の中で、僕の編んだ飾緒はあまりにみすぼらしかったから。
恥ずかしくて、情けなくて、もう一度ちゃんと編みなおすと言って、ゴミ箱に捨てたはずだった。
ユーリ様の腕が、やわらかく僕を抱きしめてきた。
「テオのポケットから、きみの匂いがすごく香っていたときがあってね」
しずかなお声が、耳に響く。
「これはテオが僕のオメガのものを黙って拝借したんじゃないかと思って問い質したことがあったんだよ。一年ぐらい前のことだったかな。そしたらテオがこれを僕に差し出してきて」
ユーリ様の長い指が、飾緒の網目をそうっと撫でた。
「聞けば五感の弱かったきみが、一生懸命僕のために編んだって言うじゃないか。ああそれでかぁって納得した」
「……それでかぁ?」
「それでこの飾緒からは、こんなに僕のことを想ってる匂いがするのかぁ、って」
ユーリ様の唇が、こめかみに触れた。
そのまま頬をすべって、鼻の頭にキスをされる。
「ゆ、ゆぅりさま」
「なんで捨てちゃったんだろう。こんなに素敵な飾緒を。僕はすぐにでもこれを身につけたかったけど、でもテオが、きみが捨てたものをこっそり回収していて、あまつさえそれが僕にバレたことは絶対に内緒にしてくれっていうから」
ユーリ様がくっくっと肩を揺すった。
それから、僕の唇にちゅっと口づけて。
「やっとお礼が言えるね。リヒト、僕のために編んでくれて、ありがとう」
滲むように、きれいに、ユーリ様が微笑まれた。
それから。
「いまも、飾緒の練習をしてくれてるんだろう? ほら、こっちの箱もあるんだよ」
と言って、ユーリ様はべつの箱を手にとって、フタを開いた。
そこには、ユーリ様のための飾緒を編みなおそうと思って、でも思い通りのものができなくて、作っては捨て、編んでは捨てとしていたものが、幾本も収まっていた。
僕がみっともないと思って捨てたものを。
ぜんぶ、宝物のようにして保管してくれていたなんて。
目が熱くなった。と思ったら、ぼろぼろと涙が出てきた。
「リヒトっ?」
ユーリ様が驚いて僕を抱きしめてくる。
「ごめん! 嫌だった? 内緒にしてたのに、勝手に拾ってごめんね」
謝ってくるユーリ様に、僕は違うんですと首を横に振った。
でも声が出なくて、その代わりにうえぇぇと泣き声が出てきた。
嫌じゃなかった。
嬉しかった。
五感が弱かった頃の僕も、いまの僕も、ユーリ様の大きな愛にすっぽり包まれていた。
それが理解できて、とても嬉しかった。
このひとが、僕のアルファなんだ。
急に、背中にビリっと電気が走るようにして、僕はそのことを理解した。
ユーリ様が。このやさしくてきれいで、ほかの誰よりも僕を愛してくれるこのひとが。
僕の、アルファなんだ。
「ゆぅりさま、大好きです。大好きです」
泣きながら僕はユーリ様にしがみついた。
僕の、唯一無二のアルファ。
こんなにも愛されていて、僕はいったいなにを疑っていたんだろう。
すぅっと、肩が軽くなったような気がした。
鼻水を啜ったら、ユーリ様の匂いがした。
僕のアルファの、匂いが。
それを感じたとき、足の力がくたりと抜けた。
え? と自分でびっくりしていると、僕よりも驚いたユーリ様が慌てて僕の体を支えてくれた。
「リヒト? 大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、れす」
舌が動かしにくい。
吐く息が熱い。
息だけじゃない。
体全体が、なんだか熱い。
熱い、と訴えようとした僕のひたいに、ユーリ様がてのひらを押し付けてくる。
「顔が赤いね。熱かな。シモンを呼ぼうか。リヒト、具合が悪い?」
具合は悪くない、と首を横に振ったら、ひたいから外れたユーリ様の手が、耳をかすめるようにして動いた。
「あぅっ!」
ビリっとした感覚に驚いて悲鳴が飛び出した。
立っていられずに、ユーリ様の手を借りながらずるずると絨毯にへたり込む。
なんだろう。ユーリ様の匂いにくらくらする。
はぁ、と熱い息を吐いて、僕に合わせて膝をついたユーリ様にすがりついた。
「ゆ、ゆぅりさまぁ……あ、あっ」
絨毯が足に触れた。僕は下着を履いていなかったから、お尻や股間もやわらかにくすぐられたようになって、たまらずに腰を揺らしてしまう。
お腹の奥がもぞもぞしている。
まるで初めてユーリ様のお声を聞いたときのよう。
でもあのときよりももっともぞもぞしている。
ぬるり、と足の間が濡れたのがわかった。
ああ、と声が漏れた。
性的欲求、というアマル様の言葉が、神様の声のように頭に閃いた。
そうだ、これが性的欲求だ。
ユーリ様が我慢できないと言っていた、どうしようもない欲求だ。
わかる。
初めての感覚なのに、わかる。
ユーリ様が欲しい。
ここに。
僕のこの、濡れた孔に……。
「ゆぅりさま、ください、ゆぅりさまを、くださいぃ」
僕のアルファ。
僕のユーリ様。
僕は燃えそうに熱い体をどうにもできなくて、ただユーリ様を呼んだ。
ユーリ様が片手で口と鼻を覆い、新緑色の瞳を見開いて、呟いた。
「リヒト……まさか、発情期が?」
僕ははふはふと息をしながら、ユーリ様にぎゅうっと抱きついた。
「リヒト」
と明るい声で僕を呼んだ。
「この部屋は、僕の巣なんだ」
巣? そういえばさっきも、巣作りがどうとか言っていた。
「僕の目標は、この部屋をきみの匂いで埋め尽くすことなんだよ。ねぇ、僕のオメガ。リヒト、これからも僕をきみで埋め続けてほしい」
ユーリ様が甘く囁いて、唇にちゅっとキスをした。
ロンバードさんとテオさんがびっくりしてたように、壁際は天井まで棚で埋まっている。
唯一、窓のある奥の壁だけは、窓の下までの高さの棚になっていて……。
これ以上物を仕舞うには、あの棚の上に棚を重ねるしかないような気がする。
でもそうしたら窓が見えなくなってしまうけど……と背の低い棚を見つめていたら、ふと、知っている匂いがそちらから漂って気がして、僕はパチパチとまばたきをした。
あれ? この匂い……。
ほんのちょっとだけ、微かに感じるこの匂いは……。
「……エミール様?」
「え? エミール殿?」
「エミール様の、匂い」
僕はユーリ様の膝から下りて、窓の方へと歩み寄った。
ガラスで覆われた棚を、そっと覗き込む。
この辺に仕舞われている物は、見覚えがある。僕が文字の練習のときに使っていたペン、紙……あ、さっきアマル様たちの前で書いた、僕やユーリ様、エミール様たちの名前を丸で囲った、あの紙もある。エミール様の匂いはここからしてるのかな。
でも、これがいつの間にここに入れられたんだろう。
僕がびっくりしてユーリ様を振り向くと、ユーリ様がキラキラした微笑を浮かべていた。
「リヒトの文字も、僕にとっての宝物だよ」
その言葉通り、僕が文字を書いた紙が棚にはたくさん収まっている。
一番左の束の最初には、ふにゃふにゃの文字があった。もしかしたら触覚が治る前に練習したものかもしれない。インク溜まりがたくさんできていて、ところどころ破れた紙だった。
こんなゴミまで、大切にとっておいてくれたのだ。
いまよりもずっと下手くそな文字を見ながら、僕は泣きたくなってきた。
たくさんある紙の束から上の棚に目を移すと、そこには立派な木の箱が置かれていた。
きれいなお花が彫られている。
なんだろう。
あれ、でもここからエミール様の匂いが……。
「開けていいよ、リヒト」
ユーリ様が僕をそう促した。
僕がその四角い木箱を手に取ると、ユーリ様が僕の背後から手を伸ばして、フタを掴んだ。
「これが僕の最近の、一番のお気に入りなんだ」
ユーリ様が耳元で囁かれる。
僕はこくりと息を飲んで、ユーリ様の手を見つめた。
僕よりもずっと大きなユーリ様の手が、上に持ち上がる。
フタが開いた。
中には……。
木箱の、中には……。
僕は信じられない思いで、思わずユーリ様を振り仰いでいた。
「こ、これっ!」
中にあったのは、飾緒だった。
五感がまだ治っていない頃の僕が、ユーリ様が無事に帰ってきますようにと願掛けをしながら編んだ、下手くそで、編み目がガタガタで、不格好な出来の、飾緒だった。
「なんで……」
これは、捨てたはずだ。
エミール様のお屋敷で、新しく仕立てられたユーリ様の服を見たときに。
豪華な衣装の中で、僕の編んだ飾緒はあまりにみすぼらしかったから。
恥ずかしくて、情けなくて、もう一度ちゃんと編みなおすと言って、ゴミ箱に捨てたはずだった。
ユーリ様の腕が、やわらかく僕を抱きしめてきた。
「テオのポケットから、きみの匂いがすごく香っていたときがあってね」
しずかなお声が、耳に響く。
「これはテオが僕のオメガのものを黙って拝借したんじゃないかと思って問い質したことがあったんだよ。一年ぐらい前のことだったかな。そしたらテオがこれを僕に差し出してきて」
ユーリ様の長い指が、飾緒の網目をそうっと撫でた。
「聞けば五感の弱かったきみが、一生懸命僕のために編んだって言うじゃないか。ああそれでかぁって納得した」
「……それでかぁ?」
「それでこの飾緒からは、こんなに僕のことを想ってる匂いがするのかぁ、って」
ユーリ様の唇が、こめかみに触れた。
そのまま頬をすべって、鼻の頭にキスをされる。
「ゆ、ゆぅりさま」
「なんで捨てちゃったんだろう。こんなに素敵な飾緒を。僕はすぐにでもこれを身につけたかったけど、でもテオが、きみが捨てたものをこっそり回収していて、あまつさえそれが僕にバレたことは絶対に内緒にしてくれっていうから」
ユーリ様がくっくっと肩を揺すった。
それから、僕の唇にちゅっと口づけて。
「やっとお礼が言えるね。リヒト、僕のために編んでくれて、ありがとう」
滲むように、きれいに、ユーリ様が微笑まれた。
それから。
「いまも、飾緒の練習をしてくれてるんだろう? ほら、こっちの箱もあるんだよ」
と言って、ユーリ様はべつの箱を手にとって、フタを開いた。
そこには、ユーリ様のための飾緒を編みなおそうと思って、でも思い通りのものができなくて、作っては捨て、編んでは捨てとしていたものが、幾本も収まっていた。
僕がみっともないと思って捨てたものを。
ぜんぶ、宝物のようにして保管してくれていたなんて。
目が熱くなった。と思ったら、ぼろぼろと涙が出てきた。
「リヒトっ?」
ユーリ様が驚いて僕を抱きしめてくる。
「ごめん! 嫌だった? 内緒にしてたのに、勝手に拾ってごめんね」
謝ってくるユーリ様に、僕は違うんですと首を横に振った。
でも声が出なくて、その代わりにうえぇぇと泣き声が出てきた。
嫌じゃなかった。
嬉しかった。
五感が弱かった頃の僕も、いまの僕も、ユーリ様の大きな愛にすっぽり包まれていた。
それが理解できて、とても嬉しかった。
このひとが、僕のアルファなんだ。
急に、背中にビリっと電気が走るようにして、僕はそのことを理解した。
ユーリ様が。このやさしくてきれいで、ほかの誰よりも僕を愛してくれるこのひとが。
僕の、アルファなんだ。
「ゆぅりさま、大好きです。大好きです」
泣きながら僕はユーリ様にしがみついた。
僕の、唯一無二のアルファ。
こんなにも愛されていて、僕はいったいなにを疑っていたんだろう。
すぅっと、肩が軽くなったような気がした。
鼻水を啜ったら、ユーリ様の匂いがした。
僕のアルファの、匂いが。
それを感じたとき、足の力がくたりと抜けた。
え? と自分でびっくりしていると、僕よりも驚いたユーリ様が慌てて僕の体を支えてくれた。
「リヒト? 大丈夫?」
「だ、だいじょうぶ、れす」
舌が動かしにくい。
吐く息が熱い。
息だけじゃない。
体全体が、なんだか熱い。
熱い、と訴えようとした僕のひたいに、ユーリ様がてのひらを押し付けてくる。
「顔が赤いね。熱かな。シモンを呼ぼうか。リヒト、具合が悪い?」
具合は悪くない、と首を横に振ったら、ひたいから外れたユーリ様の手が、耳をかすめるようにして動いた。
「あぅっ!」
ビリっとした感覚に驚いて悲鳴が飛び出した。
立っていられずに、ユーリ様の手を借りながらずるずると絨毯にへたり込む。
なんだろう。ユーリ様の匂いにくらくらする。
はぁ、と熱い息を吐いて、僕に合わせて膝をついたユーリ様にすがりついた。
「ゆ、ゆぅりさまぁ……あ、あっ」
絨毯が足に触れた。僕は下着を履いていなかったから、お尻や股間もやわらかにくすぐられたようになって、たまらずに腰を揺らしてしまう。
お腹の奥がもぞもぞしている。
まるで初めてユーリ様のお声を聞いたときのよう。
でもあのときよりももっともぞもぞしている。
ぬるり、と足の間が濡れたのがわかった。
ああ、と声が漏れた。
性的欲求、というアマル様の言葉が、神様の声のように頭に閃いた。
そうだ、これが性的欲求だ。
ユーリ様が我慢できないと言っていた、どうしようもない欲求だ。
わかる。
初めての感覚なのに、わかる。
ユーリ様が欲しい。
ここに。
僕のこの、濡れた孔に……。
「ゆぅりさま、ください、ゆぅりさまを、くださいぃ」
僕のアルファ。
僕のユーリ様。
僕は燃えそうに熱い体をどうにもできなくて、ただユーリ様を呼んだ。
ユーリ様が片手で口と鼻を覆い、新緑色の瞳を見開いて、呟いた。
「リヒト……まさか、発情期が?」
僕ははふはふと息をしながら、ユーリ様にぎゅうっと抱きついた。
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