溺愛アルファの完璧なる巣作り

夕凪

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つがい

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 リヒトに発情期ヒートがきた。

 それはあまりに突然で、ユリウスは彼らしくもなく思い切り取り乱してしまった。

 夜に寝室を抜け出すというおのれの浅はかな行動が、リヒトのストレスになっていた。そのことはもう疑いようがない。
 けれどリヒトにこうして発情期が訪れたということは、ストレスは解消されたのか。
 もう、心配事はないのだろうか。

 それを問おうにも、初めての発情ヒートを迎えたリヒトにも、そして彼の全身から発される誘惑香を間近で浴びたユリウスにも、まともに会話をする余裕などあるはずがなかった。

 ユリウスはリヒトを一旦寝室へと連れて行き、自身は大急ぎで発情ヒート時の準備を始めた。

 自室で酒盛りをしようとしていたロンバード親子を再度呼び出し、手短にリヒトが発情期を迎えたことを伝える。
 ユリウスがいかにこの日を待ちわびていたかを知っているテオバルドは、
「うわっ、おめでとうございます!」
 と目を潤ませてビュンっと音がしそうなほど勢いよく頭を下げた。

「すげぇおめでたいじゃないですか! でもなんで急に発情ヒートに? そんな前兆ありました?」
「テオ、テオ! 殿下を質問攻めにするのは後にしておけ。サデスを起こして来い」
「料理長を?」
「あとは……」

 指示を出そうとしたロンバードをユリウスはてのひらで制した。

「ロンバード。僕は休暇に入る。王城へは明日の朝一番で連絡を」
「了解」
「テオ」
「はいっ」
「僕のオメガの侍従はおまえだ」
「はい!」
「オメガはおよそ二か月周期で発情期ヒートが訪れる。その都度おまえにはリヒトのためにこころを砕いてもらわなければならない」
「光栄です!」

 テオバルドが背筋を伸ばして、ユリウスへと礼をとった。
 ユリウスは唇の端で笑うと、幼馴染兼侍従の肩を軽く叩いた。

「期待している」

 ユリウスの見せた微笑に、テオバルドが目を見張った。日頃より神々しいほどうつくしい主人であるが、いまはそこに活き活きとした色が乗り、笑顔が眩しいほどだった。

「殿下、せがれたぶらかすのはそれぐらいにして、早く戻ってやってください」
「誑かしてなどいない」

 フン、と小さく鼻を鳴らしたユリウスが、ロンバードの逞しい肩にもこぶしを当てた。

「テオが慣れるまでフォローを頼んだ」
「了解しました。俺は団長のときで慣れてるんでね。それよかアンタの方が心配ですよ」
「僕を心配するなんて、偉くなったものだな」
「そりゃあこっちはアンタがガキの頃から知ってるもんでね。殿下、取り急ぎ必要なものは俺が運びますんで、リヒト様のところへ」
「助かる。ああ、一応シモンも呼んでおいてくれ。初めての発情ヒートだ。不測の事態が起こるかもしれない」
「御意に」

 ロンバードが胸に手を置いて頭を下げた。滅多に見せないかしこまった礼だった。それほどにこの男も喜んでくれているのだ。ユリウスのオメガに、発情期が来たことを。

 ユリウスは落ち着きを失った足取りで廊下を走って戻った。途中、執務室へ寄って鍵付きの引き出しに入れていた小箱を掴み、それを片手にリヒトの元へと向かう。
 しかし、寝室に寝かせたはずのリヒトは、なぜか廊下の奥、ユリウスの秘密の蒐集部屋コレクションルームの前で泣いていた。
 聞けばユリウスの匂いを探していたのだと言う。

「ゆぅりさま、ここ、ここあけてください」

 そう乞うてくるリヒトの匂いが、廊下に充満している。すさまじい誘惑香だ。
 早くうなじを噛んでつがいを結ばないと、他のアルファが寄ってくるのではないか。
 ユリウスはリヒトの黒い首輪を見ながら、ごくりと喉を鳴らした。

 こんな事態になるとは想像もしていなかったが、先ほど強めの抑制剤を飲んでいて良かった、と心底思う。
 あれがなければリヒトが発情ヒートになった瞬間、理性を失って襲い掛かっていたかもしれない。

 アルファの本能を薬の力で押さえつけていてさえ、いまもリヒトへの渇望が止まらないのに。

 室内に入りたがるリヒトを、ユリウスは寝室へ連れ帰ろうとした。
 王城からこの屋敷に居を移したとき、屋敷は徹底的に改装した。
 五感の弱いリヒトのためのしつらえに。
 さらには、いつか来るであろう発情期を想定し、発情ヒート中ずっと籠れるようにおのれや使用人たちの動線も考え抜いた造りにしているのだ。
 けれど。

「あそこよりここのほうが、ゆぅりさまのにおいがします」

 頬を真っ赤に火照らせたリヒトは、寝室よりもこの部屋が良いと言う。
 おまけに飲み水などをセッティングしてきたロンバードが、
「殿下、殿下の服はちらかってましたが、お気に召さなかったようですよ」
 と寝室の有り様を教えてきたから、ユリウスは寝室を断念せざるを得なかった。

 しかし、自分より先にロンバードがリヒトの巣作りの痕跡を見たのは業腹だ。

 でもそうかぁ、とユリウスはおのれのオメガの匂いに溺れそうになりながら、考えた。

 オメガは、発情ヒート前から発情ヒート時にかけて、ことさらつがいの匂いを求める習性がある。
 服や寝具などつがいの匂いがついたものを集めて回り、自分が安心して発情を迎えられるよう準備をするのだ。
 誰が言い出したのか、いまではその行為は『オメガの巣作り』として認知されていた。
 その巣作りの材料として、寝室にあったユリウスの服は落第したというわけだ。

(うちの侍女の洗濯技術はすごいからなぁ)

 グレタ仕込みのわざを遺憾なく発揮してくれている侍女たちには感謝をしているが、今後リヒトの発情ヒート前は洗剤を変えないといけないのかもしれない。
 リヒトが巣作りをしやすいように、服の素材も検討が必要だ。

 そんなことを思いながらユリウスはおのれのオメガをしっかりと腕に抱いたまま、リヒトの求めに応じて扉を解錠し、室内に入った。

 途端にリヒトが手足をばたつかせ、
「ゆぅりさま、あそこ、あそこにおろしてください」
 回らない舌を一生懸命動かして、カウチソファを示してくる。

 ロンバードが素早い動きで丸テーブルに水差しとグラスの準備をしていた。
 背後でバタバタと足音が聞こえたかと思ったら、テオバルドがシーツを持って走ってくる。ソファにはカバーがなにもかかっていないので持ってきてくれたのだろう。
 でもリヒトはもうソファにうつぶせになって、クッションに顔を埋めている。

 熱心に匂いを嗅いでいるその姿が可愛くて、ユリウスはしずかに首を振ってテオバルドを止めた。

 考えてみればリヒトの初めての発情ヒートを、このユリウスのための部屋で迎えられることは、ユリウスにとっては至福である。ユリウスの『巣』で、リヒトの匂いを濃く残せるのだから。

 このカウチソファも宝物にしよう。そう決めて、ユリウスは指先をひらりと動かした。

 心得たロンバード親子が、そっと退室してゆく。
 リヒトは二人にはまったく気を配らずに、ずっとクッションを抱きしめていた。

 リヒトがあんまりソファから離れたがらないから、ほとんど無理やり小柄な体を引き剥がして膝に乗せ、
「リヒト、ほら、嗅ぐなら直接嗅いでよ」
 と言ってリヒトの顔が首筋にくるように後頭部を抱き寄せたら、リヒトが身を捩ってうつ伏せの姿勢に戻ろうとした。

「いやれす、ゆぅりさま、におい、うすいれす」
「あ~……くっそ、抑制剤……」

 抑制剤を服用したばっかりに、ソファに負けるなんて!

 ユリウスはふだんは口にしない俗語スラングでぼやき、気を取り直してリヒトの体を仰向けに横たえた。そうしながら片方の手で先ほど持ってきた小箱を開く。

 中には、透明な小袋に入った白い丸薬と、小さな鍵が入っていた。

 ユリウスは摘まみだした丸薬をリヒトに飲ませた。
 なんの薬かもわかっていないのに、リヒトはユリウスの求めに応じて諾々と口を開け、口移しで与えた水もこくこくと飲んだ。

 これは避妊薬だ。

 ひと昔前までは避妊は忌避されていた。それは、妊娠というのは神の御業だと信じられていたからだ。神の意思で宿るいのちをひとの手で歪めてはならないとする考えが、一般的であった。
 デァモント教団のように一神教でその教えを妄信していたわけではないから、避妊をしたからといって罰則があるわけではない。
 けれど、一度こころに根づいた価値観は、そうそう変容はしなかった。

 しかし昨今の医術の進歩で妊娠の仕組みが明らかとなり、避妊という考えも普遍的なものとなってきている。
 避妊具や避妊薬の開発も進んできてはいるが、どれもが妊娠する側に対して施すものであった。
 体内に入れて使う避妊具。性交の前後で口にする避妊薬。 

 ユリウスがいまリヒトに飲ませたものは、王城の医師団と薬師が開発したもので、副作用もほとんどない安全なものだったが、世間には粗悪品も広まっていると聞く。

 本当は妊娠させる側……つまりユリウスたちアルファや男性が使用できる避妊具があれば、オメガや女性たちの負担も減らせるのだけど。
 そちらの方は現在はまだ試作品の段階で、実用には至ってないと聞く。豚や牛の腸を使って、男性器を覆う形の避妊具を考えているらしいが……。
 それはまだ手元にないので、ユリウスは仕方なく避妊薬をリヒトに与えた。発情ヒート時にアルファの精を注がれたら、オメガはほぼ確実に孕んでしまうからだ。

 リヒトとの間に子どもが欲しくないわけではない。
 ただ、いまの時点での妊娠はきっと、リヒトにとって負担にしかならない。

 それにユリウスも、まだまだおのれのオメガと二人きりの生活を堪能したかった。

 ユリウスは小箱から今度は小さな鍵を取り出すと、リヒトの頬を撫でて、囁いた。

「リヒト、僕とつがいになろう」
   
  
  
 


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