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リヒト⑯
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ずうっと、ふわふわと空中に浮いているような気分だった。
ふわふわ、ふわふわ。
ユーリ様の匂いがすぐ近くにあって、体中がとっても気持ちいい。
ふわふわ、ふわふわ。
なんてステキな夢かしら。
そう思っていたら、急に意識が水の中から飛び出したかのように、ぜんぶの感覚がハッキリした。
「……え?」
目の前に金色のキラキラがあって、僕はパチパチとまばたきをした。
「え? え?」
状況がわからなくて首を傾げたら、金色の中から宝石のようなきれいな新緑色が現れて、
「あれ? 戻った?」
と甘い声が降ってきた。
「でもあともうちょっとだから飲んでしまってくれる? リヒト?」
え? ユーリ様? ユーリ様が僕を覗き込んでいる?
戻ったってなんのことだろう。
頭の中をハテナがいっぱい飛んでいる。
混乱する僕の口に、やわらかなものが押し付けられた。反射的にそれを咥えたら、
「吸って」
とユーリ様に促される。ちゅうと吸ったら、甘い林檎の味がした。
ユーリ様が僕の顔の前で持ってるこれって……哺乳瓶?
なんで哺乳瓶が?
それになんで僕は哺乳瓶で果実水を飲んでるんだろう?
わけがわからないながらも、最後までこくこくと飲み干すと、
「いい子」
ユーリ様がそう言って、おでこにちゅっとキスをしてくれた。
僕はユーリ様にべったりともたれかかった姿勢になっていて、起き上がろうとしたけれど全身がなんだか重怠くて動かない。
僕、体調を崩したのかしら。
なにがあったんだろうとすこし不安になったとき、鼻先にユーリ様の匂いが香ってきてハッとした。
そうだ。僕はあの部屋で。
ユーリ様の『巣』だというあの部屋で、初めての発情を起こしたのだ。
自覚した途端に記憶がぶわっと僕の中から溢れてきて、居ても立っても居られずに、僕は勢いよく体を動かした。
自分ではガバっと立ち上がったつもりだったけど、足に全然力が入らなくて、実際にはのろのろとした動作になってしまった。
それでも大人しくユーリ様にもたれかかっていた僕が急に動いたものだから、ユーリ様が驚きつつも、しっかりと僕の背中を支えてくれている。
「リヒト? どうしたの?」
「か、かがみ」
「え?」
「鏡!」
僕はあわあわとしながら、崩れそうになる膝を頑張って動かして、洗面所に向かった。
下半身に違和感がある。後ろがなんだか熱っぽいし、さびしい。
それでも僕の体のことよりも、一番に確かめないといけないことがあった。
ひょろひょろと頼りなく歩く僕の脇を、後ろからついてきたユーリ様が両手で掴んでくれていた。
僕はほとんどユーリ様に抱えられるようにして、なんとか洗面所に辿り着いた。
「顔はさっき拭いたところだよ、僕のオメガ」
ユーリ様にそう教えられて、僕は曖昧に頷く。見たいのは自分の顔じゃない。
僕は丸い鏡にバンっと両手をついて、そこに映るものを見た。
髪の毛はちゃんとサラサラに整えられていて、ユーリ様がおっしゃったように顔もきれいに拭かれている。
ゆったりとした部屋着もどこもおかしなところはない。
違う違う、そこじゃない。僕が見たいのは……。
首。
僕の首筋にいつも嵌められている黒い首輪。その首輪がない!
代わりのように、赤い花びらのような痣がいくつも浮いていた。
僕、こんなところぶつけただろうか?
それとも虫に刺されたのかな。でも全然痒くない。
違う。それよりも……。
僕は首筋にかかる髪の毛を横に掻き分け、首の後ろを見ようと体を捻った。
でも見えない。鏡を使っても、自分で自分の後ろ姿を見ることができない。
これじゃあ確かめられない。
どうしよう、と泣きそうになったら、ユーリ様がいつの間にか僕の顔ほどもある手鏡を持ってきて、それで僕の頭の後ろを映してくれた。
「リヒト、ほら、前を見てごらん。合わせ鏡にしたらよく見えるだろう?」
ユーリ様が正面の鏡を指さして、きれいな笑みを浮かべる。
僕はユーリ様の指先を追って、鏡面に目を向けた。
ユーリ様の持つ鏡が、よく見えた。
そこに映っていたのは……僕のうなじにある、ユーリ様の噛み痕で……。
うなじにもたくさん赤い痕がついていて、でもユーリ様の歯形はその中でもくっきり浮かび上がって見えるほど、しっかりと僕の首に刻まれていた。
「…………ゆめじゃ、なかった……」
僕は目を真ん丸にしてその歯形を見つめながら、ぽつりと呟く。
そうしたらユーリ様がくっくっと肩を揺すって、
「やっぱり言った!」
と言って明るい笑い声を上げた。
「ほらね、リヒト。きみはそうやって夢かしらって疑っちゃうから、ロンバードたちに証人になってもらって良かっただろう?」
ユーリ様の指摘に、僕は恥ずかしくなりながらも、こくりと頷いた。
あの部屋に入れてもらったことも、他のオメガなんて居なかったってことも、ユーリ様が僕の匂いのついた物を集めてくださっていたことも、発情になってうなじを噛んでもらったことも、ユーリ様とつがいになれたことも。
僕にしてみれば夢の中の出来事のようで。
まだ、夢の中に居るみたいで。
うなじの噛み痕を指でそっと辿って、僕はうふふと笑った。
「すごい……ぼく、ゆぅりさまにかんでもらったんだ……」
じわりと湧き上がってきた実感は、しあわせそのもので、鏡の中のユーリ様も僕と同じようにニコニコしてくれていたので、嬉しさで胸がはちきれそうになる。
「リヒト、あれを言ってよ」
手鏡を置いたユーリ様が、僕をひょいと抱っこして歌うように話しかけてくる。
あれってなんだろう、と考える前に、ユーリ様の匂いが答えを教えてくれるかのようにふわりと広がった。
すごい。うなじを噛まれる前よりもすごく近くにユーリ様を感じる。
僕はユーリ様にぎゅうっとしがみついて、宝物を差しだすように、その言葉を口にした。
「ゆぅりさま。ぼくの、あるふぁ」
僕がそれを告げた途端、僕を包むユーリ様の匂いがお日様みたいに明るさを増した。
匂いなのに、本当に色が見えるかのようだった。
「リヒト、リヒト、僕のオメガ」
ちゅ、ちゅ、と瞼や頬、鼻の頭や唇にユーリ様がキスしてくれる。
僕もユーリ様の頬を引き寄せて、その高い鼻ときれいな唇にキスをした。
ふわふわ、ふわふわ。
ユーリ様の匂いがすぐ近くにあって、体中がとっても気持ちいい。
ふわふわ、ふわふわ。
なんてステキな夢かしら。
そう思っていたら、急に意識が水の中から飛び出したかのように、ぜんぶの感覚がハッキリした。
「……え?」
目の前に金色のキラキラがあって、僕はパチパチとまばたきをした。
「え? え?」
状況がわからなくて首を傾げたら、金色の中から宝石のようなきれいな新緑色が現れて、
「あれ? 戻った?」
と甘い声が降ってきた。
「でもあともうちょっとだから飲んでしまってくれる? リヒト?」
え? ユーリ様? ユーリ様が僕を覗き込んでいる?
戻ったってなんのことだろう。
頭の中をハテナがいっぱい飛んでいる。
混乱する僕の口に、やわらかなものが押し付けられた。反射的にそれを咥えたら、
「吸って」
とユーリ様に促される。ちゅうと吸ったら、甘い林檎の味がした。
ユーリ様が僕の顔の前で持ってるこれって……哺乳瓶?
なんで哺乳瓶が?
それになんで僕は哺乳瓶で果実水を飲んでるんだろう?
わけがわからないながらも、最後までこくこくと飲み干すと、
「いい子」
ユーリ様がそう言って、おでこにちゅっとキスをしてくれた。
僕はユーリ様にべったりともたれかかった姿勢になっていて、起き上がろうとしたけれど全身がなんだか重怠くて動かない。
僕、体調を崩したのかしら。
なにがあったんだろうとすこし不安になったとき、鼻先にユーリ様の匂いが香ってきてハッとした。
そうだ。僕はあの部屋で。
ユーリ様の『巣』だというあの部屋で、初めての発情を起こしたのだ。
自覚した途端に記憶がぶわっと僕の中から溢れてきて、居ても立っても居られずに、僕は勢いよく体を動かした。
自分ではガバっと立ち上がったつもりだったけど、足に全然力が入らなくて、実際にはのろのろとした動作になってしまった。
それでも大人しくユーリ様にもたれかかっていた僕が急に動いたものだから、ユーリ様が驚きつつも、しっかりと僕の背中を支えてくれている。
「リヒト? どうしたの?」
「か、かがみ」
「え?」
「鏡!」
僕はあわあわとしながら、崩れそうになる膝を頑張って動かして、洗面所に向かった。
下半身に違和感がある。後ろがなんだか熱っぽいし、さびしい。
それでも僕の体のことよりも、一番に確かめないといけないことがあった。
ひょろひょろと頼りなく歩く僕の脇を、後ろからついてきたユーリ様が両手で掴んでくれていた。
僕はほとんどユーリ様に抱えられるようにして、なんとか洗面所に辿り着いた。
「顔はさっき拭いたところだよ、僕のオメガ」
ユーリ様にそう教えられて、僕は曖昧に頷く。見たいのは自分の顔じゃない。
僕は丸い鏡にバンっと両手をついて、そこに映るものを見た。
髪の毛はちゃんとサラサラに整えられていて、ユーリ様がおっしゃったように顔もきれいに拭かれている。
ゆったりとした部屋着もどこもおかしなところはない。
違う違う、そこじゃない。僕が見たいのは……。
首。
僕の首筋にいつも嵌められている黒い首輪。その首輪がない!
代わりのように、赤い花びらのような痣がいくつも浮いていた。
僕、こんなところぶつけただろうか?
それとも虫に刺されたのかな。でも全然痒くない。
違う。それよりも……。
僕は首筋にかかる髪の毛を横に掻き分け、首の後ろを見ようと体を捻った。
でも見えない。鏡を使っても、自分で自分の後ろ姿を見ることができない。
これじゃあ確かめられない。
どうしよう、と泣きそうになったら、ユーリ様がいつの間にか僕の顔ほどもある手鏡を持ってきて、それで僕の頭の後ろを映してくれた。
「リヒト、ほら、前を見てごらん。合わせ鏡にしたらよく見えるだろう?」
ユーリ様が正面の鏡を指さして、きれいな笑みを浮かべる。
僕はユーリ様の指先を追って、鏡面に目を向けた。
ユーリ様の持つ鏡が、よく見えた。
そこに映っていたのは……僕のうなじにある、ユーリ様の噛み痕で……。
うなじにもたくさん赤い痕がついていて、でもユーリ様の歯形はその中でもくっきり浮かび上がって見えるほど、しっかりと僕の首に刻まれていた。
「…………ゆめじゃ、なかった……」
僕は目を真ん丸にしてその歯形を見つめながら、ぽつりと呟く。
そうしたらユーリ様がくっくっと肩を揺すって、
「やっぱり言った!」
と言って明るい笑い声を上げた。
「ほらね、リヒト。きみはそうやって夢かしらって疑っちゃうから、ロンバードたちに証人になってもらって良かっただろう?」
ユーリ様の指摘に、僕は恥ずかしくなりながらも、こくりと頷いた。
あの部屋に入れてもらったことも、他のオメガなんて居なかったってことも、ユーリ様が僕の匂いのついた物を集めてくださっていたことも、発情になってうなじを噛んでもらったことも、ユーリ様とつがいになれたことも。
僕にしてみれば夢の中の出来事のようで。
まだ、夢の中に居るみたいで。
うなじの噛み痕を指でそっと辿って、僕はうふふと笑った。
「すごい……ぼく、ゆぅりさまにかんでもらったんだ……」
じわりと湧き上がってきた実感は、しあわせそのもので、鏡の中のユーリ様も僕と同じようにニコニコしてくれていたので、嬉しさで胸がはちきれそうになる。
「リヒト、あれを言ってよ」
手鏡を置いたユーリ様が、僕をひょいと抱っこして歌うように話しかけてくる。
あれってなんだろう、と考える前に、ユーリ様の匂いが答えを教えてくれるかのようにふわりと広がった。
すごい。うなじを噛まれる前よりもすごく近くにユーリ様を感じる。
僕はユーリ様にぎゅうっとしがみついて、宝物を差しだすように、その言葉を口にした。
「ゆぅりさま。ぼくの、あるふぁ」
僕がそれを告げた途端、僕を包むユーリ様の匂いがお日様みたいに明るさを増した。
匂いなのに、本当に色が見えるかのようだった。
「リヒト、リヒト、僕のオメガ」
ちゅ、ちゅ、と瞼や頬、鼻の頭や唇にユーリ様がキスしてくれる。
僕もユーリ様の頬を引き寄せて、その高い鼻ときれいな唇にキスをした。
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