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(番外編)こびとの靴
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休憩を終えて、リヒトはまたこびとを探そうと、意気揚々と立ち上がった。
「リヒト。忘れ物だよ」
ユリウスがリヒトの頭に白い帽子を載せてくれる。
ガゼボには屋根があるので日陰になっていたが、空は晴天で、ところどころにふわふわの雲が浮いているだけだ。時折吹く風に、草花がそよそよと揺れ、湖面には風紋が広がる。
すごいなぁとリヒトは思った。
きれいな景色が見えて、風の心地よさを感じることができて、鳥の声が聞こえる。
さっき食べた林檎のケーキは甘酸っぱくて美味しかった。
それに、鼻先にはずっとユリウスの匂い。
すごいなぁ。しあわせだなぁ。
五感が治癒してから毎日、リヒトの中はしあわせでいっぱいだ。
きっと、それらはずっとリヒトの傍にあった。
リヒトが気づいていなかっただけで、きれいな景色も美味しいケーキも、さりげなくお世話をしてくれるテオバルドたちも、惜しみない愛をくれるユリウスも、ずぅっとリヒトを取り巻いていてくれたのだ。
気づけるようになって良かった。
五感が治って良かった。
ユリウスの魔法のすばらしさを、リヒトはことあるごとに噛み締めている。
「僕のオメガ」
リヒトの一番好きな声が、気恥ずかしくなるほどやさしい声でリヒトを呼んだ。
振り返ると、ベンチから立ち上がったユリウスが、リヒトが向かおうとしていた方向と反対側を指さした。
「あっちにお花がたくさん咲いてるよ。実をつける花もあるから見に行ってみようか」
数段の階段を下りて日向へと出てきたユリウスの髪が、宝石のように光っている。
きらきら、きらきら。眩しいほどの金色だ。
ユリウスと手をつないで、湖のほとりを歩く。少し行くとユリウスの言った通り赤い花の群生地があった。
「リヒト、ほら。コビトノアシアトだよ」
「えっ?」
「この花の名前。コビトノアシアトっていうんだ」
「ほんとですか?」
リヒトはユリウスの顔と足元で咲く花を見比べた。
笑いながら頷いたユリウスが、身を屈めて花がよく見えるようにてのひらに載せた。
「花びらが、靴跡のような形に見えるから、そう名付けられたらしいよ」
ユリウスの説明に、リヒトもしゃがみ込んで赤い花の形を確かめた。
先の丸い花びらは、根本に近い方にくびれがあって、言われてみれば足跡のようにも見えた。
「こびとの足は、こんなに小さいんでしょうか?」
花弁はリヒトの小指の半分にも満たない大きさで、これがこびとの足跡だとしたら、とっても小さな足だ。
こびとだからね、とユリウスが笑った。
「ユーリ様はこびとを見つけたことはありますか?」
顔を寄せ合って花を眺めながら、リヒトは尋ねた。
ユリウスが首を横に振り、
「僕はないよ」
と答えた。
そうなんだ、とリヒトはすこしがっかりする。ユリウスで見つけられないのなら、自分はもっと無理なんじゃないかという気持ちがわいてくる。
けれどユリウスが、
「でもリヒトなら見つけられるかもね。リヒトみたいな可愛い子に探してもらえたら、こびとだって知らないふりはできないんじゃないかな」
そう励ましてくれたから、リヒトは俄然やる気になって、こぶしを握って頷いた。
「僕、頑張ります!」
意気込むリヒトの頭を帽子越しにやさしく、ユリウスが撫でてくれた。
「疲れない程度に、ほどほどにね、僕のオメガ」
「いいんですか?」
赤い花を掻き分けてこびと探しに勤しむリヒトの後ろ姿を見ながら、テオバルドがこっそりと囁いてくる。
「なにがだ?」
知らぬふりで問い返せば、幼馴染兼忠実なる侍従が茶色の目をひくりと動かした。
「こびとのことですよ! あんな思わせぶりなこと言って、リヒト様がこびとの存在を本当に信じたらどうするんですか!」
小声で喚く、という器用な芸当をテオバルドが披露した。
ユリウスは軽く眉を上げ、横目にテオバルドを映した。
「おまえは信じてないのか?」
「えっ? 殿下は信じてるんですか?」
三十も過ぎたその歳で? と不要なひと言を付け足すところが小憎らしい。
ユリウスは流れるような仕草で足を動かし、テオバルドの脛を蹴った。
「痛っ……足癖……」
「見たことがないから居ない、というのはあまりに世界が狭いな、テオ」
「そりゃ詭弁でしょ。俺だって架空と現実の区別ぐらいはつきますよ」
「こびとが架空だって? 本当に?」
ユリウスは真顔でテオバルドへと問いかけた。
テオバルドがユリウスの正気を疑うような表情で、目を見開いた。
「ええっ? 真面目に言ってます?」
「おまえは年々話し方が父親に似てくるな、テオ」
「でへへ」
「褒めてない。不敬だと言ってるんだ」
ユリウスが半眼でテオバルドを睨むと、背後から低いダミ声が割り込んできた。
「そりゃあんたがくそ真面目な顔でこびとを信じてるとか言ってたら、突っ込みたくなるのが人情でしょうが」
不敬代表のロンバードが逞しい肩をそびやかして、人を食ったような笑みを浮かべている。
ユリウスは巨躯の男を一瞥して、ふんと鼻を鳴らした。
「僕は信じてると言ったわけじゃない」
「じゃあなんです? さっきから思わせぶりに」
テオバルドが首を傾げた。顔はさほど似ていないのに、この二人は口を開くとそっくりだな、とユリウスはロンバード親子を見てそう思った。
ロンバードからふてぶてしさを引いて、臆病と騒がしさを足したらテオバルドになるのだろうか?
そんなことを考えながら、ユリウスはリヒトの後ろ姿に視線を流した。
「こびとは居ない、ということを僕は証明できない、と言ってるだけだ」
「いやだからそりゃ詭弁、」
「テオ。おまえにはできるか? この世にこびとは居ない。その証明が。おまえができるのはせいぜい、おまえが生きている空間で『見たことがない』という主張だけだ。そしてそれは僕も同じ、というだけだよ」
「はぁ……」
テオバルドが曖昧に首を捻った。
ロンバードが顎を掻きながら、
「そういや極東にはまだ魔女が居るという噂もあるからなぁ」
とつぶやく。ユリウスが頷き、言葉を足した。
「遥か北には魔法と竜の国もある」
「それはいくらなんでも嘘でしょ」
テオバルドが渇いた笑いを漏らした。
「なぜ?」
「なぜって……竜はさすがに架空がすぎるというか」
「北の国へ行ったこともないおまえがなぜ言い切れる」
「え、……え~」
困り果てたテオバルドが、う~んと唸って髪をぐしゃりと掻き回した。
ユリウスはそれを唇の端で笑い、両目を細めた。
「存在する、ということの証明は容易い。実物を持ってくればいいだけだからな。けれど、居ないということを証明するのは何人も不可能だ。おのれの知らない場所に存在しているかもしれない、という可能性が残るからな。だから僕は、リヒトがこびとを信じるならばそれを全力で支持する」
途中まで感心したようにユリウスの声に耳を傾けていたテオバルドが、最後のところで「なんだ」と吐息した。
「ただリヒト様を甘やかしたいだけじゃないですか。真面目な話かと思ったのに」
「僕は大真面目だ」
ユリウスがきっぱりと告げると、テオバルドがロンバードと視線を見交わせて、アルファやべぇ、と囁き合った。
この親子、どうしてやろうか。
ユリウスが不敬罪確定の二人を氷点下の眼差しで睨みつけた、そのときだった。
「あ~っ!」
晴れ空に、可愛い悲鳴が広がった。
立ち上がるときはゆっくり、と言い聞かせたはずのリヒトが、ものすごい勢いで立ち上がり、ユリウスたちを振り向いた。
「ユーリ様っ! ユーリ様っ!」
両手になにかを包んだリヒトが、ユリウスを呼びながら走ってくる。
ユリウスは両手を広げて、胸に飛び込んできたリヒトを迎え入れた。
どんっ、と、彼にしては遠慮のない勢いでぶつかってきたリヒトは、はふはふと息を乱してユリウスを見上げ、合わせた両手を上へと掲げた。
「ユーリ様、大変ですっ!」
「どうしたの、僕のオメガ」
「こびとの靴がありましたっ!」
興奮で頬を真っ赤に火照らせたリヒトが、満月の瞳を輝かせてそう言った。
「「こびとの靴?」」
ユリウスとテオバルドの声が被った。
リヒトがユリウスたちに見えるように、そうっとてのひらを開く。
そこには、小さな小さな、緑色の木靴が載っていた。
「リヒト。忘れ物だよ」
ユリウスがリヒトの頭に白い帽子を載せてくれる。
ガゼボには屋根があるので日陰になっていたが、空は晴天で、ところどころにふわふわの雲が浮いているだけだ。時折吹く風に、草花がそよそよと揺れ、湖面には風紋が広がる。
すごいなぁとリヒトは思った。
きれいな景色が見えて、風の心地よさを感じることができて、鳥の声が聞こえる。
さっき食べた林檎のケーキは甘酸っぱくて美味しかった。
それに、鼻先にはずっとユリウスの匂い。
すごいなぁ。しあわせだなぁ。
五感が治癒してから毎日、リヒトの中はしあわせでいっぱいだ。
きっと、それらはずっとリヒトの傍にあった。
リヒトが気づいていなかっただけで、きれいな景色も美味しいケーキも、さりげなくお世話をしてくれるテオバルドたちも、惜しみない愛をくれるユリウスも、ずぅっとリヒトを取り巻いていてくれたのだ。
気づけるようになって良かった。
五感が治って良かった。
ユリウスの魔法のすばらしさを、リヒトはことあるごとに噛み締めている。
「僕のオメガ」
リヒトの一番好きな声が、気恥ずかしくなるほどやさしい声でリヒトを呼んだ。
振り返ると、ベンチから立ち上がったユリウスが、リヒトが向かおうとしていた方向と反対側を指さした。
「あっちにお花がたくさん咲いてるよ。実をつける花もあるから見に行ってみようか」
数段の階段を下りて日向へと出てきたユリウスの髪が、宝石のように光っている。
きらきら、きらきら。眩しいほどの金色だ。
ユリウスと手をつないで、湖のほとりを歩く。少し行くとユリウスの言った通り赤い花の群生地があった。
「リヒト、ほら。コビトノアシアトだよ」
「えっ?」
「この花の名前。コビトノアシアトっていうんだ」
「ほんとですか?」
リヒトはユリウスの顔と足元で咲く花を見比べた。
笑いながら頷いたユリウスが、身を屈めて花がよく見えるようにてのひらに載せた。
「花びらが、靴跡のような形に見えるから、そう名付けられたらしいよ」
ユリウスの説明に、リヒトもしゃがみ込んで赤い花の形を確かめた。
先の丸い花びらは、根本に近い方にくびれがあって、言われてみれば足跡のようにも見えた。
「こびとの足は、こんなに小さいんでしょうか?」
花弁はリヒトの小指の半分にも満たない大きさで、これがこびとの足跡だとしたら、とっても小さな足だ。
こびとだからね、とユリウスが笑った。
「ユーリ様はこびとを見つけたことはありますか?」
顔を寄せ合って花を眺めながら、リヒトは尋ねた。
ユリウスが首を横に振り、
「僕はないよ」
と答えた。
そうなんだ、とリヒトはすこしがっかりする。ユリウスで見つけられないのなら、自分はもっと無理なんじゃないかという気持ちがわいてくる。
けれどユリウスが、
「でもリヒトなら見つけられるかもね。リヒトみたいな可愛い子に探してもらえたら、こびとだって知らないふりはできないんじゃないかな」
そう励ましてくれたから、リヒトは俄然やる気になって、こぶしを握って頷いた。
「僕、頑張ります!」
意気込むリヒトの頭を帽子越しにやさしく、ユリウスが撫でてくれた。
「疲れない程度に、ほどほどにね、僕のオメガ」
「いいんですか?」
赤い花を掻き分けてこびと探しに勤しむリヒトの後ろ姿を見ながら、テオバルドがこっそりと囁いてくる。
「なにがだ?」
知らぬふりで問い返せば、幼馴染兼忠実なる侍従が茶色の目をひくりと動かした。
「こびとのことですよ! あんな思わせぶりなこと言って、リヒト様がこびとの存在を本当に信じたらどうするんですか!」
小声で喚く、という器用な芸当をテオバルドが披露した。
ユリウスは軽く眉を上げ、横目にテオバルドを映した。
「おまえは信じてないのか?」
「えっ? 殿下は信じてるんですか?」
三十も過ぎたその歳で? と不要なひと言を付け足すところが小憎らしい。
ユリウスは流れるような仕草で足を動かし、テオバルドの脛を蹴った。
「痛っ……足癖……」
「見たことがないから居ない、というのはあまりに世界が狭いな、テオ」
「そりゃ詭弁でしょ。俺だって架空と現実の区別ぐらいはつきますよ」
「こびとが架空だって? 本当に?」
ユリウスは真顔でテオバルドへと問いかけた。
テオバルドがユリウスの正気を疑うような表情で、目を見開いた。
「ええっ? 真面目に言ってます?」
「おまえは年々話し方が父親に似てくるな、テオ」
「でへへ」
「褒めてない。不敬だと言ってるんだ」
ユリウスが半眼でテオバルドを睨むと、背後から低いダミ声が割り込んできた。
「そりゃあんたがくそ真面目な顔でこびとを信じてるとか言ってたら、突っ込みたくなるのが人情でしょうが」
不敬代表のロンバードが逞しい肩をそびやかして、人を食ったような笑みを浮かべている。
ユリウスは巨躯の男を一瞥して、ふんと鼻を鳴らした。
「僕は信じてると言ったわけじゃない」
「じゃあなんです? さっきから思わせぶりに」
テオバルドが首を傾げた。顔はさほど似ていないのに、この二人は口を開くとそっくりだな、とユリウスはロンバード親子を見てそう思った。
ロンバードからふてぶてしさを引いて、臆病と騒がしさを足したらテオバルドになるのだろうか?
そんなことを考えながら、ユリウスはリヒトの後ろ姿に視線を流した。
「こびとは居ない、ということを僕は証明できない、と言ってるだけだ」
「いやだからそりゃ詭弁、」
「テオ。おまえにはできるか? この世にこびとは居ない。その証明が。おまえができるのはせいぜい、おまえが生きている空間で『見たことがない』という主張だけだ。そしてそれは僕も同じ、というだけだよ」
「はぁ……」
テオバルドが曖昧に首を捻った。
ロンバードが顎を掻きながら、
「そういや極東にはまだ魔女が居るという噂もあるからなぁ」
とつぶやく。ユリウスが頷き、言葉を足した。
「遥か北には魔法と竜の国もある」
「それはいくらなんでも嘘でしょ」
テオバルドが渇いた笑いを漏らした。
「なぜ?」
「なぜって……竜はさすがに架空がすぎるというか」
「北の国へ行ったこともないおまえがなぜ言い切れる」
「え、……え~」
困り果てたテオバルドが、う~んと唸って髪をぐしゃりと掻き回した。
ユリウスはそれを唇の端で笑い、両目を細めた。
「存在する、ということの証明は容易い。実物を持ってくればいいだけだからな。けれど、居ないということを証明するのは何人も不可能だ。おのれの知らない場所に存在しているかもしれない、という可能性が残るからな。だから僕は、リヒトがこびとを信じるならばそれを全力で支持する」
途中まで感心したようにユリウスの声に耳を傾けていたテオバルドが、最後のところで「なんだ」と吐息した。
「ただリヒト様を甘やかしたいだけじゃないですか。真面目な話かと思ったのに」
「僕は大真面目だ」
ユリウスがきっぱりと告げると、テオバルドがロンバードと視線を見交わせて、アルファやべぇ、と囁き合った。
この親子、どうしてやろうか。
ユリウスが不敬罪確定の二人を氷点下の眼差しで睨みつけた、そのときだった。
「あ~っ!」
晴れ空に、可愛い悲鳴が広がった。
立ち上がるときはゆっくり、と言い聞かせたはずのリヒトが、ものすごい勢いで立ち上がり、ユリウスたちを振り向いた。
「ユーリ様っ! ユーリ様っ!」
両手になにかを包んだリヒトが、ユリウスを呼びながら走ってくる。
ユリウスは両手を広げて、胸に飛び込んできたリヒトを迎え入れた。
どんっ、と、彼にしては遠慮のない勢いでぶつかってきたリヒトは、はふはふと息を乱してユリウスを見上げ、合わせた両手を上へと掲げた。
「ユーリ様、大変ですっ!」
「どうしたの、僕のオメガ」
「こびとの靴がありましたっ!」
興奮で頬を真っ赤に火照らせたリヒトが、満月の瞳を輝かせてそう言った。
「「こびとの靴?」」
ユリウスとテオバルドの声が被った。
リヒトがユリウスたちに見えるように、そうっとてのひらを開く。
そこには、小さな小さな、緑色の木靴が載っていた。
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