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(番外編)ともに、歩く。
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当日、王城の一室が控室としてリヒトに宛がわれた。
戸籍局の式場は、廊下を挟んですぐ向かいにある。
レースがふんだんに使われた真っ白な衣装に、テオバルドの手を借りつつ、リヒトは袖を通した。
背中側にあるリボンは、やはりテオバルドの手によってひとつひとつ結ばれてゆく。
リヒトは彼に言われるがままに立ったり座ったり、靴を履かせてもらったり、着せ替え人形のようになっていた。
膝下のキュロットの形を整えながら、テオバルドが呆れ口調の声をこぼした。
「よくぞまぁ採寸もせずに、こんなにぴったりの服を準備できたものですねぇ」
ひとり言めいた言葉に応えたのは、甘い甘い声だった。
「この僕を誰だと思ってる」
「はぁ。ユリウス殿下ですが」
「僕はリヒトのアルファだ。つがいの体のサイズぐらい、すべて把握済だよ」
それを聞いてリヒトは、ソファに座ったままユリウスを見上げた。
今日のユリウスは、リヒト同様真っ白な服を着ている。
使われている素材はすべて同じものなのに、襟の形やベストのデザインが違うだけでまったく違う印象になるから不思議だった。
今日のユーリ様も格好いいなぁ、とリヒトはぼうっと見惚れてしまう。
ユリウスの新緑色の瞳がこちらを向いて、やわらかく細められた。
「ねぇ、僕のオメガ」
話を振られて、リヒトは曖昧に首を動かした。
「でも僕はユーリ様のお洋服のサイズを知りません」
物を知らない自分が恥ずかしくなってそう言ったら、
「知らなくて当然なんですよ、リヒト様」
とテオバルドが口を挟んできた。
「これは感心するところではなく、怖がるところです。あのひと、リヒト様専用のトルソとか作っちゃってるんですよ」
ヒソヒソと囁かれて、リヒトはことんと首を傾げる。
トルソ。聞き覚えのある単語だ。
記憶を手繰ってみると、エミールのお屋敷でそれを見たことを思い出す。
そうだ、あのときは仕立て屋がトルソに、新たに仕立てたというユリウスのための服を着つけていってたのだ。
とすると、ユリウスはリヒトの体型とぴったり同じトルソを作ったというのだろうか。
袖の長さや、ウエストのサイズまでこんなにぴったりに。
「ユーリ様はすごいです」
ほぅ、と吐息しながらユリウスのすごさを実感したリヒトに、テオバルドが半眼になった。
「だから感心するとこじゃねぇって言ってんだろ」
この不思議ちゃんが、と口の中でもごもごと続けられた声は、リヒトの耳には届かなかった。代わりのように、くっくっと笑うユリウスの声が聞こえてくる。
「僕は毎日きみを抱っこしてるからね。リヒト」
「じゃあ僕もユーリ様を抱っこしたら、ユーリ様のサイズがわかりますか?」
「きみが僕を? 僕のオメガはいつからそんな力持ちになったんだろう」
明るい笑い声とともに、歩み寄ってきたユリウスがリヒトをひょいと抱き上げる。
「あっ」
テオバルドが焦ったように叫んだ。
「殿下っ! 着付けが崩れますから!」
「崩れたらまた直せばいい」
「ひぇ~。やべぇ。本職じゃない俺がそんな手早くできるわけないでしょ!」
「僕はできないことをやれとは言わない」
ユリウスが怖いほどにうつくしい流し目でテオバルドを見た。
テオバルドが絶句した後、「ひぇ~」と悲鳴を上げた。
「さぁリヒト、僕のオメガ、後の仕上げはテオにしてもらうんだよ」
「……ふぁい」
こめかみにちゅっとキスを落とされて、リヒトは不明瞭な返事を口にした。
ユリウスが新緑色の瞳を丸くして、もう一度キスをくれる。
「もしかして緊張してる? 大丈夫だよ。内輪だけの式だから、そんなに硬くならなくても」
「でも……ぼく」
「リヒト。婚姻の儀はただの形式だ。でも戸籍局で証明書に名前が載れば、リヒトが僕の伴侶だって証拠になる。リヒト。きみが僕のオメガで、僕がきみのアルファだってことが、ちゃんと書類で証明できるってことなんだよ」
婚姻の儀、という初めての経験に気を張り詰めていたリヒトの中に、ユリウスの発する言葉が沁み込んでゆく。
「ゆぅりさまが、ぼくのあるふぁ」
「そう。僕の名前とリヒトの名前を並べて書くんだ。素敵だよね」
ユリウスがきれいな微笑を浮かべた。
その笑みに勇気づけられて、リヒトも笑った。
「はい。僕、頑張って名前書きます」
「うん。歩く練習も、たくさん練習したんだろう?」
「テオさんが、教えてくれて」
「頑張ったね、僕のオメガ。今日が本番だ。僕と一緒に歩こうね」
三度目のキスは、唇の上に落ちてきた。
リヒトは目を閉じてユリウスの唇を受け入れ、自分からもキスをした。
ユリウスが名残惜しそうな仕草でリヒトの体をソファに下ろしてくれる。それから、テーブルの上に置いてあった花の髪飾りをリヒトの耳の横にそっと差し込んだ。
「うん、可愛い」
髪飾りに使われている青と白の花は、ユリウスの屋敷の温室で咲いたものだ。
リヒトが毎日世話をして、今年もきれいな花がついた。
花の香りがリヒトの誘惑香と似ている、とユリウスは言っていたが、自分ではよくわからない。けれど甘くてとてもいい匂いだと思った。
「じゃあリヒト、また後で」
ユリウスが優雅な一礼をして、先に部屋を出て行く。
「そんなさびしがらなくても、またすぐ会えますよ」
テオバルドがすこし呆れたように、リヒトを慰めてくれた。
「それよか、立ってください。ほらもう~殿下が抱っこしたせいで形が崩れてる!」
急かすようにリヒトを立たせたテオバルドが、キュロットの裾のレースを整え、最後の仕上げとばかりに真っ白なウエストコートを着せかけてきた。
たっぷりのひだとレースのついたテール部分は後ろに長く伸び、ふわりと絨毯の上に広がった。
それをテオバルドが両手で恭しく持ち上げる。
「リヒト様、時間です。行きましょう」
壁掛け時計に目をやったテオバルドに促され、リヒトはこくりと唾を飲み込んだ。
「大丈夫です。先日エミール様も仰っていたでしょう。ユリウス殿下が居ます」
「……はい」
「一の扉はひとりで歩かなければなりませんが、二の扉からは殿下が一緒です」
「はい。……あの、テオさん」
「なんでしょう」
「今日まで色々教えてくれて、ありがとうございました」
リヒトはここ数日ずっとお作法を教えてくれていたテオバルドを振り向いて、改めてお礼を言った。
テオバルドが忙しないまばたきをする。その茶色の瞳がなんだかうるうるしているように見えたけれど、リヒトの気のせいだったのかもしれない。
戸籍局の式場は、廊下を挟んですぐ向かいにある。
レースがふんだんに使われた真っ白な衣装に、テオバルドの手を借りつつ、リヒトは袖を通した。
背中側にあるリボンは、やはりテオバルドの手によってひとつひとつ結ばれてゆく。
リヒトは彼に言われるがままに立ったり座ったり、靴を履かせてもらったり、着せ替え人形のようになっていた。
膝下のキュロットの形を整えながら、テオバルドが呆れ口調の声をこぼした。
「よくぞまぁ採寸もせずに、こんなにぴったりの服を準備できたものですねぇ」
ひとり言めいた言葉に応えたのは、甘い甘い声だった。
「この僕を誰だと思ってる」
「はぁ。ユリウス殿下ですが」
「僕はリヒトのアルファだ。つがいの体のサイズぐらい、すべて把握済だよ」
それを聞いてリヒトは、ソファに座ったままユリウスを見上げた。
今日のユリウスは、リヒト同様真っ白な服を着ている。
使われている素材はすべて同じものなのに、襟の形やベストのデザインが違うだけでまったく違う印象になるから不思議だった。
今日のユーリ様も格好いいなぁ、とリヒトはぼうっと見惚れてしまう。
ユリウスの新緑色の瞳がこちらを向いて、やわらかく細められた。
「ねぇ、僕のオメガ」
話を振られて、リヒトは曖昧に首を動かした。
「でも僕はユーリ様のお洋服のサイズを知りません」
物を知らない自分が恥ずかしくなってそう言ったら、
「知らなくて当然なんですよ、リヒト様」
とテオバルドが口を挟んできた。
「これは感心するところではなく、怖がるところです。あのひと、リヒト様専用のトルソとか作っちゃってるんですよ」
ヒソヒソと囁かれて、リヒトはことんと首を傾げる。
トルソ。聞き覚えのある単語だ。
記憶を手繰ってみると、エミールのお屋敷でそれを見たことを思い出す。
そうだ、あのときは仕立て屋がトルソに、新たに仕立てたというユリウスのための服を着つけていってたのだ。
とすると、ユリウスはリヒトの体型とぴったり同じトルソを作ったというのだろうか。
袖の長さや、ウエストのサイズまでこんなにぴったりに。
「ユーリ様はすごいです」
ほぅ、と吐息しながらユリウスのすごさを実感したリヒトに、テオバルドが半眼になった。
「だから感心するとこじゃねぇって言ってんだろ」
この不思議ちゃんが、と口の中でもごもごと続けられた声は、リヒトの耳には届かなかった。代わりのように、くっくっと笑うユリウスの声が聞こえてくる。
「僕は毎日きみを抱っこしてるからね。リヒト」
「じゃあ僕もユーリ様を抱っこしたら、ユーリ様のサイズがわかりますか?」
「きみが僕を? 僕のオメガはいつからそんな力持ちになったんだろう」
明るい笑い声とともに、歩み寄ってきたユリウスがリヒトをひょいと抱き上げる。
「あっ」
テオバルドが焦ったように叫んだ。
「殿下っ! 着付けが崩れますから!」
「崩れたらまた直せばいい」
「ひぇ~。やべぇ。本職じゃない俺がそんな手早くできるわけないでしょ!」
「僕はできないことをやれとは言わない」
ユリウスが怖いほどにうつくしい流し目でテオバルドを見た。
テオバルドが絶句した後、「ひぇ~」と悲鳴を上げた。
「さぁリヒト、僕のオメガ、後の仕上げはテオにしてもらうんだよ」
「……ふぁい」
こめかみにちゅっとキスを落とされて、リヒトは不明瞭な返事を口にした。
ユリウスが新緑色の瞳を丸くして、もう一度キスをくれる。
「もしかして緊張してる? 大丈夫だよ。内輪だけの式だから、そんなに硬くならなくても」
「でも……ぼく」
「リヒト。婚姻の儀はただの形式だ。でも戸籍局で証明書に名前が載れば、リヒトが僕の伴侶だって証拠になる。リヒト。きみが僕のオメガで、僕がきみのアルファだってことが、ちゃんと書類で証明できるってことなんだよ」
婚姻の儀、という初めての経験に気を張り詰めていたリヒトの中に、ユリウスの発する言葉が沁み込んでゆく。
「ゆぅりさまが、ぼくのあるふぁ」
「そう。僕の名前とリヒトの名前を並べて書くんだ。素敵だよね」
ユリウスがきれいな微笑を浮かべた。
その笑みに勇気づけられて、リヒトも笑った。
「はい。僕、頑張って名前書きます」
「うん。歩く練習も、たくさん練習したんだろう?」
「テオさんが、教えてくれて」
「頑張ったね、僕のオメガ。今日が本番だ。僕と一緒に歩こうね」
三度目のキスは、唇の上に落ちてきた。
リヒトは目を閉じてユリウスの唇を受け入れ、自分からもキスをした。
ユリウスが名残惜しそうな仕草でリヒトの体をソファに下ろしてくれる。それから、テーブルの上に置いてあった花の髪飾りをリヒトの耳の横にそっと差し込んだ。
「うん、可愛い」
髪飾りに使われている青と白の花は、ユリウスの屋敷の温室で咲いたものだ。
リヒトが毎日世話をして、今年もきれいな花がついた。
花の香りがリヒトの誘惑香と似ている、とユリウスは言っていたが、自分ではよくわからない。けれど甘くてとてもいい匂いだと思った。
「じゃあリヒト、また後で」
ユリウスが優雅な一礼をして、先に部屋を出て行く。
「そんなさびしがらなくても、またすぐ会えますよ」
テオバルドがすこし呆れたように、リヒトを慰めてくれた。
「それよか、立ってください。ほらもう~殿下が抱っこしたせいで形が崩れてる!」
急かすようにリヒトを立たせたテオバルドが、キュロットの裾のレースを整え、最後の仕上げとばかりに真っ白なウエストコートを着せかけてきた。
たっぷりのひだとレースのついたテール部分は後ろに長く伸び、ふわりと絨毯の上に広がった。
それをテオバルドが両手で恭しく持ち上げる。
「リヒト様、時間です。行きましょう」
壁掛け時計に目をやったテオバルドに促され、リヒトはこくりと唾を飲み込んだ。
「大丈夫です。先日エミール様も仰っていたでしょう。ユリウス殿下が居ます」
「……はい」
「一の扉はひとりで歩かなければなりませんが、二の扉からは殿下が一緒です」
「はい。……あの、テオさん」
「なんでしょう」
「今日まで色々教えてくれて、ありがとうございました」
リヒトはここ数日ずっとお作法を教えてくれていたテオバルドを振り向いて、改めてお礼を言った。
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