16 / 37
愛称とアーク様
しおりを挟む「たくさん食べました!」
「最高記録かもしれませんね。なのにまだ夕飯を食べるんですか」
「はい、夕飯は夕飯で美味しいです!」
「お前の胃袋どうなってるの?」
「分かりません!」
その日の夜、寮の食堂でいつも通り三人で食事を致しました。
あのあと、わたくしが普通に食べ続けたのでみなさんなにやらげんなりした顔のままラウンジを去って行ってぼんやりとお開きとなりましたが……。
「フィリアンディス様は大丈夫でしょうか。とても落ち込んでいらっしゃいましたが」
「サブリナ嬢、エナ嬢、ジェニー嬢に裏切られていましたからね」
ああ、やはりあれは裏切られていたのですか。
ご令嬢に限らず貴族あるあるとお聞きします。
自分が上に行くために、邪魔になる者の足を引っ張る。
必要ならばたとえ友人だろうと隙を見て陥れる。
なんとも恐ろしいお話ですわね。
「けれど、まあ……彼女たちが人を裏切る人だというのは分かったので。それはよい収穫だったのではないでしょうか」
「そうだな。アークの根回しのおかげで私も久しぶりに思う存分クリスティアにケーキを作ってやれたし、食べてもらえた。万々歳だな」
「まあ! やっぱりあれはアーク様が仕組まれたのですわね!」
「おや、クリスティアには気づかれたんですか? 意外です。絶対バレないと思いました」
「匂いがしたので!」
「「匂い?」」
「はい、ケーキからミリアム様とアーク様の匂いがしました」
「…………。それは体臭的な?」
「はい!」
「「………………」」
あら!? とても変な顔をされました!
なぜ!
「あ、そういえばフィリアンディス様はミリアム様とご婚約したかったそうですわ。ミリアム様はフィリアンディス様とご婚約されるつもりはなかった、という事でよいのでしょうか? 何度もお断りしておられるそうですが……」
「え?」
え?
なぜ聞き返され……?
「……クリスティア、もしかして、と思ってましたけど、覚えてません?」
「え? なにをですか?」
「小さな頃、出会った時に約束していたじゃないか! え! わ、忘れている!? 忘れているのか!? え?」
「え? え? な、なにをでしょう? なにをですか!?」
突然焦ったように立ち上がったミリアム様。
アーク様がそれを嗜めて、もう一度着席。
でも、ミリアム様は焦った表情のまま。
え、わ、わたくしがなにか忘れているんでしょうか?
小さな頃、出会った時に交わした約束? は、はて?
「ミリアム、この話は込み入った事になるので別の機会を設けましょう」
「うっ……た、確かにこのような場所でする話ではないが……」
「それになんとなく僕はそんな気がしていたので」
「…………」
「え? え?」
なんだかミリアム様には恨めしそうに見つめられてしまいました。
ええ? わたくしなにか変な事申しました?
あらあ?
「次の休み、城で話そう」
「? はい」
お二人がそうおっしゃるなら……?
***
そして瞬く間にお休みの日。
前世の世界は七日間が一週間。土曜日と日曜日がお休み、という感じでしたが、この世界は四日間で一週間。
火の日、水の日、土の日、風の日。
風の日がお休みとなり、本日はアーク様と一緒に帰城となりました。
アーク様はいつも通りなのですが、先に戻られたミリアム様は一体なにを気にされていたのでしょうか……うーん?
「クリスティア、本当に覚えていなさそうですね」
「え、あ、は、はい。すみません……。あの、なんのお話なのでしょうか?」
「うーん……まあ、普通に……僕たちの婚約の話ですね」
「? わたくしとアーク様の婚約のお話、ですか?」
「そう。僕と婚約した時の話、覚えています? クリスティア」
「…………」
アーク様と婚約した時……五年前、なので、記憶を辿る。
えーと、えーと……えーと……うん……。
「ケーキが美味しかったです」
「そうですか」
にこっ。と微笑まれましたが、なんとなくいい意味の笑顔ではない気がします……!
いけません、ケーキは関係ないみたいです。
もっとちゃんと思い出さなければ……ケーキではない。ケーキでは……ケーキ以外……。
ぐううううぅ……。
「「………………」」
……こんな事ありますかね?
このタイミングで、お腹鳴ります?
どうなってるんですか、わたくしのお腹。
朝あんなに食べてきたのに。
「(話題を変えよう……)そういえばフィリアンディス嬢とはお友達になれたのですか?」
「! はい、フィリーとお呼びしてよいとお許しを頂けました!」
「へえ、愛称、ですか……」
「はい! わたくし、お友達は初めて出来るのでなんだかドキドキして参りましたわ」
あんなに興味ありませんでしたのに!
一昨日のお昼にお話しして、昼食をご一緒して、その時に「フィリアンディスは呼びにくいので、フィリーでよろしくてよ」とちょっとツンとしながら言って頂けたのです。
なのでわたくしも……。
「もしかして、クリスティアも愛称で呼ばせる事にしたのですか?」
「はい。クリスとお呼びください、とお伝えしましたわ」
そうしたら、耳が赤くなっていたのです。
なんだか、フィリーは意外と可愛らしい方なのかな、と思いました。
あんなに興味ありませんでしたのに!
「…………。僕もクリスと呼んでもいいですか?」
「え?」
「だって五年も婚約者をしているのに、昨日今日出来たご友人に先に呼ばれるなんて……少し妬いてしまいます」
「え……?」
にっこり。しかし、目が、あんまり笑ってないような……?
「……あ、え、えーと……は、はい。では、その……」
「僕も愛称で呼んでもいいんですか?」
「は、はい。アーク様が、お嫌でないなら……」
「お願いしたのは僕なので」
「は、はい……」
どうしましょう。
今のアーク様、少しだけ怖いです。
顔が見られません……俯いてしまうのは失礼だと思いますけれど……。
怒られるのは……怖い。
「クリス」
「…………」
「……クリス、顔を上げて」
「…………っ」
あ、あら?
とても、なんで、こんな……甘い、声?
「は、は、はい」
「クリス、僕を見てください」
「…………む、むりです……」
「なぜ?」
おかしいです。
アーク様のお声がとても近い。
俯いている脳天に、息が吹きかけられているような……そんな温もりまで感じます。
「!」
て、手……手、に、握られ……えっ。
アーク様が、わたくしの手を、握っ……?
「……クリス、僕は君が好きですよ」
「!?」
「この五年で、僕は君が好きになりました。今、それだけは伝えておきますね……」
「…………、……アーク、様?」
アーク様の手が離れていく。
その様子が、声が、空気が……なんだかおかしくて顔を上げた。
柔らかな微笑みはいつもと変わらなさそうなのに、なにかが、決定的に違うような……。
「さて、着きましたよ」
「……は、はい」
ヴィヴィズ王国、王城。
ミリアム様がここでお待ちなのですね。
一体なんのお話なのでしょうか?
「さて、クリスティア……若干、まさか忘れているとは思わなかったんだが……今日は婚約の話をしよう」
「は、はい」
通されたお部屋でミリアム様が若干疲れたお顔で切り出しました。
なお、お部屋にはアーク様とそのお母様のジーン様。
ミリアム様とそのお母様のエリザ様。
わたくしとルイナの六名がおります。
お城で暮らしている間はほぼ毎日一緒にいたので、なんの違和感もないのですが……今日はちょっとピリッとしておりますね……エリザ様はいつものにこにこほわほわ空気ですけど。
「結論から言って、覚えていないんだな?」
「…………ケ、ケーキが美味しかったのは覚えております……」
「うん、まさかそれをいうとは思わなかったです」
「す、すみません……」
アーク様に呆れられてしまいました!?
「……そうか。本当に忘れていたのか」
「色々と限界だったのでしょう。仕方がないわ。……当時の事は思い出すのも辛いんじゃない?」
エリザ様がそうおっしゃりながら紅茶を口にする。
21
あなたにおすすめの小説
元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。
無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。
目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。
マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。
婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。
その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!
侯爵令嬢リリアンは(自称)悪役令嬢である事に気付いていないw
さこの
恋愛
「喜べリリアン! 第一王子の婚約者候補におまえが挙がったぞ!」
ある日お兄様とサロンでお茶をしていたらお父様が突撃して来た。
「良かったな! お前はフレデリック殿下のことを慕っていただろう?」
いえ! 慕っていません!
このままでは父親と意見の相違があるまま婚約者にされてしまう。
どうしようと考えて出した答えが【悪役令嬢に私はなる!】だった。
しかしリリアンは【悪役令嬢】と言う存在の解釈の仕方が……
*設定は緩いです
【完結】夜会で借り物競争をしたら、イケメン王子に借りられました。
櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のセラフィーナには生まれつき前世の記憶があったが、覚えているのはくだらないことばかり。
そのどうでもいい知識が一番重宝されるのが、余興好きの国王が主催する夜会だった。
毎年余興の企画を頼まれるセラフィーナが今回提案したのは、なんと「借り物競争」。
もちろん生まれて初めての借り物競争に参加をする貴族たちだったが、夜会は大いに盛り上がり……。
気付けばセラフィーナはイケメン王太子、アレクシスに借りられて、共にゴールにたどり着いていた。
果たしてアレクシスの引いたカードに書かれていた内容とは?
意味もなく異世界転生したセラフィーナが、特に使命や運命に翻弄されることもなく、王太子と結ばれるお話。
とにかくツッコミどころ満載のゆるい、ハッピーエンドの短編なので、気軽に読んでいただければ嬉しいです。
完結しました。
小説家になろう様にも投稿しています。
小説家になろう様への投稿時から、タイトルを『借り物(人)競争』からただの『借り物競争』へ変更いたしました。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
【完結】転生したぐうたら令嬢は王太子妃になんかになりたくない
金峯蓮華
恋愛
子供の頃から休みなく忙しくしていた貴子は公認会計士として独立するために会社を辞めた日に事故に遭い、死の間際に生まれ変わったらぐうたらしたい!と願った。気がついたら中世ヨーロッパのような世界の子供、ヴィヴィアンヌになっていた。何もしないお姫様のようなぐうたらライフを満喫していたが、突然、王太子に求婚された。王太子妃になんかなったらぐうたらできないじゃない!!ヴィヴィアンヌピンチ!
小説家になろうにも書いてます。
異世界転生した私は甘味のものがないことを知り前世の記憶をフル活用したら、甘味長者になっていた~悪役令嬢なんて知りません(嘘)~
詩河とんぼ
恋愛
とあるゲームの病弱悪役令嬢に異世界転生した甘味大好きな私。しかし、転生した世界には甘味のものないことを知る―――ないなら、作ろう!と考え、この世界の人に食べてもらうと大好評で――気づけば甘味長者になっていた!?
小説家になろう様でも投稿させていただいております
8月29日 HOT女性向けランキングで10位、恋愛で49位、全体で74位
8月30日 HOT女性向けランキングで6位、恋愛で24位、全体で26位
8月31日 HOT女性向けランキングで4位、恋愛で20位、全体で23位
に……凄すぎてびっくりしてます!ありがとうございますm(_ _)m
追放聖女35歳、拾われ王妃になりました
真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。
自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。
ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。
とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。
彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。
聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて??
大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。
●他作品とは特に世界観のつながりはありません。
●『小説家になろう』に先行して掲載しております。
【完結】精霊姫は魔王陛下のかごの中~実家から独立して生きてこうと思ったら就職先の王子様にとろとろに甘やかされています~
吉武 止少
恋愛
ソフィアは小さい頃から孤独な生活を送ってきた。どれほど努力をしても妹ばかりが溺愛され、ないがしろにされる毎日。
ある日「修道院に入れ」と言われたソフィアはついに我慢の限界を迎え、実家を逃げ出す決意を固める。
幼い頃から精霊に愛されてきたソフィアは、祖母のような“精霊の御子”として監視下に置かれないよう身許を隠して王都へ向かう。
仕事を探す中で彼女が出会ったのは、卓越した剣技と鋭利な美貌によって『魔王』と恐れられる第二王子エルネストだった。
精霊に悪戯される体質のエルネストはそれが原因の不調に苦しんでいた。見かねたソフィアは自分がやったとバレないようこっそり精霊を追い払ってあげる。
ソフィアの正体に違和感を覚えたエルネストは監視の意味もかねて彼女に仕事を持ち掛ける。
侍女として雇われると思っていたのに、エルネストが意中の女性を射止めるための『練習相手』にされてしまう。
当て馬扱いかと思っていたが、恋人ごっこをしていくうちにお互いの距離がどんどん縮まっていってーー!?
本編は全42話。執筆を終えており、投稿予約も済ませています。完結保証。
+番外編があります。
11/17 HOTランキング女性向け第2位達成。
11/18~20 HOTランキング女性向け第1位達成。応援ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる