ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

文字の大きさ
190 / 553

後輩宣言

しおりを挟む

「今年はこれで最後ですね。お疲れ様でした」
「ありがとうございました!」
 
 がばり、と頭を下げる柳響やなぎひびき
 場所はスタジオ。
 十一月二週目の金曜日、午後。
 すでに例のドラマは撮影が始まっており、原作者ミッカ先生が抜き打ちで撮影現場に現れると聞いている。
 最初こそ「淳くんがよかった……」と呟いていたミッカ先生だが、淳の演技指導が功を奏したのか柳の演技に「え、全然違う……」と褒めてくれるようになった。
 柳が淳に演技指導を受けているのを聞いてから、「さすがぁー!」と淳を絶賛。
 かなり態度が軟化したとのこと。
 すっかり胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は“佐倉レン”役の橋良聖はしらひじりがチクチク文句を言われているらしい。
 演技は悪くないのだが、細かい仕草が。
 それを柳が「僕からなにかできることはあるんでしょうか」と難しい顔で相談されて、「ええ……聖くんは微調整ができる子だからすぐ気にならなくなると思うよ」と言い放つ。
 きょとーん、とされるが、一応劇団時代の同期なのでそのくらいの信頼感がある。
 
「でも、撮影だけじゃないんですよね? えっと、受験……?」
「はい」
 
 今日で今年の演技指導が終わりなのは、柳の受験が近いこと。
 撮影自体は進むのだが、それ以外の時間を受験勉強に注ぐという。
 
「受かるといいねえ」
「はい! 来年の春には必ず星光騎士団に加入できるように頑張ります!」
「………………。んぇ?」
 
 顔を上げる。
 志望校を聞くのはさすがに立ち入りすぎかな、と思ったら柳から志望校を話してくれた。
 話した、というか、宣誓された?
 星光騎士団に加入、ということは――
 
「え、東雲学院の芸能科を受験するの?」
「はい! 絶対音無先輩の後輩になります! 芸能科が駄目でも普通科もありますし」
「えー……あ、そ、そうなんだぁ……。じゃあ、受かったらバトルオーデションで柳くんのこと宇月先輩に話しておくね。宇月先輩、後輩を虫ケラみたいに罵倒するから多分聞いてもらえないと思うけど……」
「え……?」
 
 目を逸らしながら、東雲学院芸能科の入学生が最初に受ける洗礼を教えてあげた。
 そして、その場合来年星光騎士団の団長になる宇月の性格も。
 ついでに、星光騎士団の『地獄の洗礼』についても話すと顔がさらに青くなる柳。
 
「こ、こわい……! アイドルってそんなことするんですか……!」
「うんまあ。でも柳くんは俳優としても活動してるんだし、西雲学園芸能科でも受かるんじゃない?」
「いえ、俺、こう見えて子役からやってるんで、学校あんまり行ってないから西雲学園芸能科は圏外判定でした」
「……それは東雲学院芸能科も結構……ギリギリ……なのでは……」
「はい!」
 
 そんな力いっぱい……。
 ちなみに淳は西雲学園芸能科はA判定、西雲学園普通科もB判定である。
 普通に勉強も頑張った。
 なぜなら音無家の神、神野栄治が「学生の本分は勉強だよねぇ」と言って彼自身も成績がいいから。
 
「そっかあ……じゃあ残り二ヶ月で一生懸命詰め込まないといけないんだね……」
「はい。……自信ないですけど、東雲学院芸能科は座学以外の面接が大きいと聞いていたので」
「うんまあ、そうだねぇ」
 
 と、言いつつ頭の中に浮かぶのは花崗ひまりと魁星。
 あの二人、想像以上に勉強が嫌いだった。
 他にもクラスメイトは勉強できない子が多い。
 
「あ――それなら、俺が勉強見てあげようか?」
「え……?」
「こう見えて勉強はちょっと得意なんだ。他のクラスメイトに教えたりとかもしてるし。まあ、周に比べると全然なんだけど……」
 
 周の頭の良さは異常。
 さすが全国二桁台。
 芸能経験未経験だったから西雲学園芸能科は避けたようだが、普通科なら余裕だっただろうに。
 なんで芸能科にこだわったのか。
 
(ああ、子どもでもすぐに稼げるのが芸能科だったから――だっけ)
 
 東雲学院は多岐の学科があるが、偏差値なら西雲学園の方が高く進学にも有利。 
 周の進路は周が決めればいいので、淳がどうこう言うこともないけれど。
 
「えええ! 音無先輩、俺の勉強見てくれるんですか!? 本当に!? 本当に!?」
「え? うん。俺から言い出したことだし、お金はいらないから。その代わり予定は俺に合わせてくれたら嬉しいな」
「はい! はい! 合わせます合わせます! わあ! 本当に嬉しい! 先輩大好き愛しているー!」
「えー……」
 
 がばり、と腰に抱きついてくる柳が可愛い。
 きっと役に引っ張られているのだろう、頬擦りしたり頭突きしてきたりとなんだか猫っぽい。
 その頭を撫で撫ですると、さらにへにょん、と笑いかけてくる。
 純粋に劇団の後輩が学校の後輩、グループの後輩になるかもしれないと思ったら可愛くて可愛くて……。
 
「なにしてるんですかぁ!」
「「小木さん」」
 
 はい、と差し入れのお水を差し出してくる柳のマネージャー、小木。
 初対面で淳が少々苛めすぎたため、かなり警戒されている。
 スタジオから離れた数分で、柳が淳の腰に抱きついていたのでガルガルになってしまった。
 
「小木さん、あのね! 音無先輩が勉強教えてくれるって!」
「は、はいぃ!?」
「柳くんの志望校が東雲学院芸能科だそうなので、去年受験した俺の経験談とか役に立つかもしれないと思いまして。スケジュールは俺に合わせてほしいんですけど、そう言ったら柳くんが賛成してくれたので」
「うっ」
「うんうん! 音無先輩の話絶対役に立ちます! 嬉しい~! ね、ね、小木さん、いいですよね!」
「そ、それは……あの、でも……家庭教師代は――そういう契約は……」
「今回は俺からの提案なので、スケジュールを合わせてくれるだけでいいですよ」
 
 よしよし、と柳の頭を撫でる。
 柳もわかりやすくごろごろとご機嫌になった。
 それを見てプルプル震える小木。
 なにかを飲み込んでから、深く深く溜息を吐き出すと。
 
「わ、わかりました……」
 
 マネージャーの許可が出ました。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

処理中です...