203 / 553
新年のコラボユニット(2)
しおりを挟む「~~~♪ ~~~~♪」
用意されたステージで歌い始める。
お客さんはやはり淳や千景のファンが多い印象。
広大ないちごが生っているハウスに、スピーカーで歌声が響く。
歌いながら、千景がギョッとした表情になったので、その視線を追う。
(うっっっっっわ)
笑顔を崩すことなく、淳も内心でドン引きした。
ニヤニヤと笑いながら、女性が三人、前にいた家族連れを押し除け最前列を占拠する。
聞かなくてもわかった。
あれが苳茉の家族だ。
ドルオタとしてすでにステージを観ているお客さんを押し除ける行為は、ファンとしてのマナー違反。
いや、そもそも順番抜かしのような行為は人としてアウトだろう。
せっかくのライブが、この瞬間一気にお客さんにとって“嫌なもの”になってしまった。
確かに今日のイベントは無償で観られるものだが、どう見ても未就学児の子連れを押し除けるのはシンプルに気持ちが悪い。
日守の姉も憩に対して相当ファンマナー違反な行動をしていたし、そういうファンといえないファンを御するのはイベント会社の仕事だが、そういうファンを牽制するのはアイドルの裁量だ。
歌い終わると困惑の笑顔の千景に笑顔で合図しつつ、さらりと「いちご狩りに来ている方はどうぞ歌を聴きながらいちごを楽しんでください~。そちらのお客さん、物販はステージ脇にあるあちらにございます」と宣伝しつつ、三人の女性たちを牽制。
わざと“物販を探しに来た人”に仕立て上げた。
が、甘かった。
一家唯一の男の子を学院に入れて、自分たちの欲望を果たそうとする彼女らは「サインちょうだーい」「握手してー」と声をかけながらステージの縁に手をかけてきたのだ。
魔王軍の面々はこのレベルの厄介客は初めてなので、本格的に困惑。
しかも、末の女の子はスマホをこちらに向けている。
おそらく無断撮影。
「お、音無くん、どうしましょう……」
ここは学院の外。
本当ならスタッフが静止するものだが、毎年ランキング下位が農家の客寄せを手伝いに来るイベントなので、このような厄介客など滅多にない。
千景も不安気に淳の背後から耳打ちしてきた。
魔王軍の面々も普段は学院に守られている立場。
授業で習ってはいるが、ここまでの厄介客をぶっつけ本番で対処するのは難しかろう。
けれど、淳たちも今年で二年生。
一年生が入ってきたら、淳たちが守ってあげなければならない。
一呼吸置いてから、淳は笑顔を苳茉の家族女性に向ける。
「大変申し訳ありません。校則で公式イベント外でのサイン、握手、写真、動画は禁止されていますので撮影はおやめください。注意を無視して撮影を続けられるようですと、学院側から法的処置もあり得ますので動画はすぐに削除していただいた方がよろしいかと。また、ステージに近づきすぎるのは危険も伴いますのでお手を触れないようにお願いいたします。他のお客様の迷惑になるような言動、行動もご遠慮ください」
全部笑顔ですらすらと言い放つ。
そして千景に「農家の人に声をかけてくれる?」と耳打ちした。
すぐにコクコクと頷いた千景がステージを下りる。
その心配そうな表情たるや。
(いや、わかっているよ。綾城先輩の炎上騒動も、こういう厄介ファンへ注意をしたら逆ギレされて虚偽情報を流されたせいだったもんね)
ただ、綾城の炎上騒動は綾城が入学して間もなく起こった。
一年生で、入学から半年ほどの頃。
習ったばかりの厄介ファン対応で対応したが、経験が足らずに逆上させて虚偽情報をSNSで流された。
炎上して誹謗中傷に晒された結果――自殺未遂。
校則での“守り”も貫通して、アイドルがそんなことになったので校則はより厳格にアイドルを守る形になった。
校外大型イベントでは、アイドルにガードマンがつけられるほどだ。
だが今回は毎年協力してもらっている農場だということと、小規模なイベントなのでガードマンはついてきていない。
だから――ここは対応慣れしている淳が前にでなければならないだろう。
案の定、淳が注意をしたら三人はわかりやすく不機嫌な顔になった。
「はあ!? お客にその態度なくない!? サービスしろよ、アイドルだろ!」
「せっかく推してやろうってのにさあ、生意気言ってないでサービスしろよ!」
「我々学生であってホストではないので、そのようなサービスは行っておりません。農場の方にもご迷惑になるようでしたら、通報させていただくことになります。個人的にそれは避けたいので、ルールの範囲でお楽しみください。見たところ人生の先輩方のようですし」
とさらに笑顔を向けると、少なくとも母と姉はグッと口を噤む。
しかし妹らしい方は「ねぇ、ちょっと、変なこと言わないでよ! 通報とか! 生放送してんだから!」と叫ぶ。
さすがの淳も目が点になる。
「生放送――ライブで配信しているということですか?」
「そうよ! 宣伝に協力してあげているんだから感謝してファンサしてよ!」
こりゃ想像以上にやべえやつらだ、と、顔に出ていたと思う。
しかし、すぐに笑顔を作り上げる。
「そうですか、それですと――」
「東雲学院芸能科が受諾した業務の妨害及び肖像権の侵害だな! しかも六人分!」
カメラを持った凛咲が、斜め後ろから声を上げる。
おそらく撮影はしたまま。
凛咲――引率教師の存在に、少し狼狽える少女。
そうこうしていると農場の人も千景に連れられてきた。
110
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜
明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。
その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。
ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。
しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。
そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。
婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと?
シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。
※小説家になろうにも掲載しております。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
妹に婚約者を取られるなんてよくある話
龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。
そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。
結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。
さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。
家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。
いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。
*ご都合主義です
*更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m
【完結済】俺のモノだと言わない彼氏
竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?!
■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる