ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

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上級国民様(3)

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「はい、はい。それでは。はい、失礼いたします――」

 ようやく電話を切る町議。
 とりあえずあの汗だくの顔にくっつけられていた可哀想なスマホをウェットティッシュで拭こう、と思っていた淳の目の前で、電話を切った直後の町議は床にスマホを叩きつけた。
 一瞬なにが起こったのかわからなかったが、液晶画面が外れて床を滑って飛んでいくのだけはわかる。
 さすがに宇月と後藤も目を丸くした。

「クソが!」

 という叫びとともに唾を飛ばしながら、背を向ける町議。
 その様子に苳茉の肉親三人が「え?」「ねえ、阿久津のおじさま~、アイドルと打ち上げはぁ?」と不満そうな声を上げる。
 そんな三人に町議が「黙れ! お前らのせいで赤っ恥をかいた!」と怒鳴り返す。
 あの町議についてきた苳茉家の女性三名、それを聞いて一気に表情が修羅に変わる。
 女の怒り顔ってなんでこんなに怖いんだろうか。
 なんというか、男の本能が『逆らってはいけない』と叫ぶ。
 そんな感覚。

「はあ!? おっさんが『俺に任せろ』って言ったんじゃん! アイドルと打ち上げ行けるって言うから来たんだけどぉ!?」
「そうよそうよ! 今更約束破るとか絶対許せないんだけど!?」
「ふざけるなよ、おっさん! タダでヤれると思ってんのか!? 殺すぞ!」
「なんだと!?」

 一気に過熱した。
 姉の方が小さなブランドバッグを振り上げて、なんの容赦も躊躇もなく町議に振り下ろす。
 なんの躊躇もないその行動に、全員目を剥いて「マジか!」と叫びかける。
 バッグの角が町議のハゲかけた頭に直撃。
 それ一回で終わるのかと思ったら、二撃、三撃と振り上げては振り下ろす。

「ちょっと! いい加減にしなよ!」
「あっ」

 カバンをまたも振り上げる苳茉姉のカバンを、宇月が掴む。
 小さい小さいと言われているが、一応167センチある。
 一般人女性より少し高い。
 が、ヒールを履いている苳茉姉と同じくらいだ。
 背丈は同じでも力は男。
 可愛くても男だ。
 だが、苳茉姉は突然金切り声を上げて反対の手を振り上げて宇月の頰を張り飛ばした。

「どろぼおおおお!」

 と叫びながら。
 後藤が完全に硬直したが、それを見た瞬間淳の体も動くようになった。
 宇月の……アイドルの顔を叩くなんて!

「ちょっと! なにしているんですか! 傷害ですよ!」
「うるさい離せブス! アイドルだからって調子乗んな! 離せ離せ離せ離せ泥棒! クソゴミクソ! きゃーーーー! きゃあああああああ! 誰かー! 警察! 警察呼んでー!」
「離せよ! オメーらふざけんなよ!」
「いっ!」

 淳が苳茉姉の左手を掴んだら苳茉妹と母が飛び出してきて、淳と宇月を蹴り始めた。
 こちらは抵抗できないので、されるがまま。
 想像以上に凶暴だ。
 町議は亀のように頭を抱えて丸くなる。
 腕を掴んでも足癖が悪すぎるし、ヒールが脛や膝に直撃して本当に痛い。
 苳茉母が後ろに回り込み、床に丸くなる町議をヒールで蹴りつける。
 あまりにも邪悪。

「おい、やめろ!」
「取り押さえろ!」
「なんだてめぇら! 離せ! ふざけんなよ!」
「ぎゃー! 痴漢! ちかーーーーーーん! 誰か助けて~!」
「離せ、ふざけんな離せ! 痴漢! 変態! 襲われる! 助けてー!」

 しかし、本格的に血が出そうなタイミングで周がスタッフの尻を叩き、警備を連れて戻ってきた。
 五人ほどだった警備は、あまりの惨状に驚いて無線で応援を呼ぶ。
 さすがに五人もの男に囲まれて後ろから羽交い締めにされれば、動きづらそうである。
 だが、三人とも凄まじい大暴れ。
 女とはいえ本気で大暴れすると男二人でも吹き飛ばされる。
 警備員を吹き飛ばしたのは苳茉妹。
 振り解いて、倒れた警備員を足蹴にした。
 連続蹴りを見た他の三人がギョッとしていたが、姉と母も放って置けない。

「おやおやです。想像以上に大暴れですねぇ」

 のんびりとした声が響く。
 車椅子を押しているのはたまに事務所で見かける、春日芸能事務所の技術顧問。
 青い髪は毛先が萌葱色。
 瞳も明るい黄緑色という不思議な色合いの、見るからに日本人離れした人物。
 SBOの開発も彼が携わっているという話を聞いているが、そんな人がなぜ社長とともにここに?

「うちのタレントに怪我をさせたご自覚はありますか? 防寒カメラにあなた方が暴れた映像がしっかり録画されているので現行犯ですよ」
「はあ!? なによこのクソガキ!? うるせーんだよ!」
「もういいよ、お姉ちゃんお母さん、帰ろう!」
「そうね! もうこんなところ用はないわ!」

 逃げることにしたらしい苳茉の家族。
 カバンを拾い、警備員をどついて「どけよ!」と叫ぶ。
 だがそうは問屋が卸さない。

「やりすぎなんだよなぁ。このブス三人」
「はあ!? 誰がブスよ!」
「顔がいいからってなに言ってもいいと思うんじゃねぇぞ!」
「うちの娘たちは普通に可愛いっつーの!」
「どこがあ? ばあさん含めて性格ブスすぎて顔面に出まくりだろ。防犯カメラの録画見てみ? ブスすぎてドン引きするぜ?」

 めちゃくちゃ暴言を吐く技術顧問の人。
 確かにその辺のアイドルよりも高身長で、かなり容姿が整っているだけでなく発した声も相当にいい。
 というか淳が知っている中でトップクラスに声がいいぞこの人。
 喋っているところは初めてなので、こんなにもさらりと暴言を吐く人だったとは。
 相手が苳茉家族なので、彼女らに比べるとささやかに思えてしまうのが怖いけれど。

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