ソング・バッファー・オンライン〜新人アイドルの日常〜

古森きり

文字の大きさ
517 / 553

エキシビションマッチ決着

しおりを挟む

「は、はあ、はあ……! せ、せっかくかけてもらった[異常状態耐性]が外れてしまった。っ……」
「はあ、はあ……ご、ごめんなさい……ううう……」
「大丈夫。しっかり。掴まって」
 
 岩の上に辿り着き、エギュンがソンに手を伸ばす。
 せっかくエンロイがベイトを買って出てくれたのに、主戦力と思っていた晶穂をキルできたのに、思わぬ伏兵に追い詰められている。
 歌バフは重ね掛けができるとは聞いていたが、重ね掛けに上限がないとは思わなかった。
 他のゲームとは決定的に違う、これがSBO。
 
「というか、あんなにバフの重ね掛けができるということは、歌える人、一人でボスと戦えるんじゃ……」
「わ、私歌ってみます! せっかく来たのに、このまま負けるの嫌!」
「ソンさん……」
 
 拳を握って決意を新たにするソンだが、唇は[凍え]によって紫色。
 全身が冷水に浸かったせいで、エギュンもガタガタ震えている。
 これではエイムもズレてしまう。
 まさか[凍え]がこんなにリアルなデバフだとは。
 
「いいですね。ソンさん、やりましょう」
「「ッ!!」」
「俺が所属している星光騎士団は騎士をモチーフにしたアイドルグループなので、こと戦闘においては手を抜かぬよう教えられているのです。本気で来ていただけるのは嬉しい。俺も、最後まで全力でやらせていただきますね」
 
 弓矢を向けたまま、大岩の上から声をかける。
 先ほどの威力を先ほどの速度で放たれたら、[鈍足]がついている今の二人には逃れられない。
 体が震えながらもエギュンが銃を構える。
 躊躇なく引き金を引くが、易々を顔を傾けられて回避された。
 体の震えによるエイムの乱れも関係あるが、回避力アップのバフもあってのもの。
 
「弓スキル 必中一矢ひっちゅういっし!」
「こっち!」
 
 ソンを掴んでエギュンが滝壺に再び飛び込むことで回避。
 隠れる場所は多いが、座り込んでいた状態から必中一矢ひっちゅういっしを避けるにはそれしかない。
 
「プレイヤースキル[魔寄せ付与]!」
 
 ここに来るまででに歌っといた歌デバフ[魔寄せ]発動。
 武器に付与し、エギュンたちが飛び込んだ池の中へ放つ。
 配信を見ていた人間は全員がハッとしたことだろう。
 そこは淳たちが『ホーム』に定めていた場所。
 仕掛けておいた罠が、その瞬間に発動する。
 
『ルルルルルル』
「あぎゃーーーーーーー」
「ぎゃーーーーーーー」
 
 悲鳴。
 それもそのはず、その滝壺の中には淳が呼び寄せ、バイソンがここまで誘導したデンキウナギが飛び出した。
 デンキウナギは三匹で一体の魔物という扱い。
 水中はそこそこのスピードで移動し、獲物と定めた二人を囲い込む。
 囲い込んだら次は放電。
 中ボス、フィールドボス、ダンジョンボスは攻撃が通ると一割程度の痛覚で痛みを感じる仕様。
 しかも放電は一定時間麻痺が付与されて、動けなくなる。
 冷水の中で[鈍足]と[凍え]も付与されているため、HPがただただ減っていくのを視認しながらもがくしかない。
 エギュンに至ってはそれにプラス[毒LV3]が付与されている。
 [毒LV3]は三秒ごとにHPがマイナス5。
 LV3の[毒]ならば約五分で自然回復可能だが、それにはあと三分以上ある。
 彼らがどの程度レベル上げをしたかはわからないが、[凍え]がある状態では長くは保つまい。
 さらにこの状況、ゲーム慣れしている人間でもパニックになって冷静な判断ができなくなってしまう。
 特に、中韓の人はあまり水泳を教わらないらしい。
 先程淳の一撃から逃れるために滝壺に落ちた時、いくら足が水底につくからと言っても水の抵抗を受けながら歩くのは非効率。
 水底を歩くということは、エギュンもソンも泳げない可能性が高いと判断した。
 “凍えにならないように、濡れないのが一番”と淳が始まる前から忠告していたことも相まって、二人とも滝壺の水の中に入ることは想定していなかったはず。
 それでもソンを連れて滝壺の中に逃げ込んだ判断は素晴らしいと思う。
 実際それしか逃れる方法はなかった。
 そして、そこまで追い詰めることが、最初から淳たちのチームの作戦。
 
「~~~♪」

 追加バフを付与。
 [攻撃力上昇LV4][攻撃力上昇LV3][攻撃力上昇LV3][追加付与5]。
 矢をセット。弦を弾く。

「~~~♪」

 きっと配信先では呆れ果てて沈黙が流れていそうだ。
 せいぜい司会や解説はなにか言っているだろうけれど。
 でもまだ終わらせるつもりはない。
 徹底的に、全力で。
 星光騎士団の団長なので、喧嘩には全能力を乗せて戦って、勝つ。
 なにより、これほど楽しく歌を届けられるのは、純粋に気持ちがいい。
 滝の音と混じり合う音と、歌声。
 荘厳な風景を眺めながら、心を込めて鎮魂歌を捧げよう。

「~~~~♪」

 [攻撃力上昇LV6][追加付与6]。
 弓矢が光り輝く。
 このダンジョンボスすら一撃で屠れるほどのバフ。
 それをデンキウナギと、デンキウナギに囲まれて麻痺している二人に向ける。

「最初に俺をキルしておくべきでしたね。でも、プロの皆さんとSBOで遊べてとても楽しかったです」

 弓スキル 必中一矢ひっちゅういっし
 せいぜい二番目に覚える弓の武器スキル。
 解き放たれたそれは、もはや上級の武器スキルレベルの威力。
 命中した瞬間、滝壺が大爆発でも起こしたかのように凄まじい水柱を立てた。
 ヴウウウウー、というプレイヤーキルの音が二つ、重なって聞こえる。
 直後、デンキウナギの討伐ウィンドウ。
 淳の横にバイソンがよじ登ってきた。

しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

【完結】マジで婚約破棄される5秒前〜婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ悪役令息は一体どうしろと?〜

明太子
BL
公爵令息ジェーン・アンテノールは初恋の人である婚約者のウィリアム王太子から冷遇されている。 その理由は彼が侯爵令息のリア・グラマシーと恋仲であるため。 ジェーンは婚約者の心が離れていることを寂しく思いながらも卒業パーティーに出席する。 しかし、その場で彼はひょんなことから自身がリアを主人公とした物語(BLゲーム)の悪役だと気付く。 そしてこの後すぐにウィリアムから婚約破棄されることも。 婚約破棄まであと5秒しかありませんが、じゃあ一体どうしろと? シナリオから外れたジェーンの行動は登場人物たちに思わぬ影響を与えていくことに。 ※小説家になろうにも掲載しております。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結、恋愛ルート、トマといっしょに里帰り編、完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
「普通を探した彼の二年間の物語」 幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

妹に婚約者を取られるなんてよくある話

龍の御寮さん
BL
ノエルは義母と妹をひいきする父の代わりに子爵家を支えていた。 そんなノエルの心のよりどころは婚約者のトマスだけだったが、仕事ばかりのノエルより明るくて甘え上手な妹キーラといるほうが楽しそうなトマス。 結婚したら搾取されるだけの家から出ていけると思っていたのに、父からトマスの婚約者は妹と交換すると告げられる。そしてノエルには父たちを養うためにずっと子爵家で働き続けることを求められた。 さすがのノエルもついに我慢できず、事業を片付け、資産を持って家出する。 家族と婚約者に見切りをつけたノエルを慌てて追いかける婚約者や家族。 いろんな事件に巻き込まれながらも幸せになっていくノエルの物語。 *ご都合主義です *更新は不定期です。複数話更新する日とできない日との差がありますm(__)m

【完結済】俺のモノだと言わない彼氏

竹柏凪紗
BL
「俺と付き合ってみねぇ?…まぁ、俺、彼氏いるけど」彼女に罵倒されフラれるのを寮部屋が隣のイケメン&遊び人・水島大和に目撃されてしまう。それだけでもショックなのに壁ドン状態で付き合ってみないかと迫られてしまった東山和馬。「ははは。いいねぇ。お前と付き合ったら、教室中の女子に刺されそう」と軽く受け流した。…つもりだったのに、翌日からグイグイと迫られるうえ束縛まではじまってしまい──?! ■青春BLに限定した「第1回青春×BL小説カップ」最終21位まで残ることができ感謝しかありません。応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

処理中です...