41 / 69
◇一章中編【遁世日和】
一章幕間…(一) 【夜空】
しおりを挟む
◇◇◇
──私の名は、ソラ。代々に渡って系統導巫様に奉仕してきた里集落の一族の出であり。
霊峰にある系統導巫様の領域内に立ち入り、彼女の身のまわりの御世話をさせていただいている女中の頭を仰せつかっている身であります。
けれど本日は、たまの休養の日。
自己の管理もお役目の一環。「休める時にしっかり休むこと!」と部下に言っている手前、自分も休んでいなければ部下も休もうとしてくれず、休んでいるフリ。自室で隠れて仕事をしていた。
……なのだけれど。なんの用でしょうか?
領域内、統巫屋にお呼ばれしてしまいました。
それは、昼過ぎに連絡用の伝書鳩によって届けられた妹からの一通の文によって。
里集落の全員に発信したものではなく、私の個人に対して『訪ねて来て欲しい』とだけの簡素な内容。慌ててでもいたのか妹にしては珍しく、その用件も何時頃向かえば良いかも不明瞭なお呼ばれでした。
──まったく、あの妹は……。
統巫屋へは、御勤めで集落から一日おきで通っている身。通常、伝えたい事が有るというならその時で構わないはず。人伝てでも良いだろうに。
それなのに、わざわざ個人宛てで文を飛ばして私を呼ぶというのは余程に火急の用事か。
そうでないなら、少しばかり内密にしたい要件かのどちらか。今回は“何時まで”に来てくれとの指定が無い為に、恐らくは“後者”なのだろうと予想した。
特に後回しにする理由は無い。なので私は、
『本日の夜間にでも向かう』と文を返した。
仕事を早々に済ませ、夜が更けるのを待つ。
本当に“内密な要件”だった場合の配慮として、人払いができる時間帯を待った。もう少しで日が変わるかという頃に、統巫屋へ御勤めに出ていた者達が帰って来たのを確認してからの支度。
私は簡単な灯りになる物と、“領域へ侵入する為の証”である紋様が刻まれた翡翠の飾りを持ち出し、集落を立つ事としました。
集落と統巫屋を結ぶ夜道を進み、
証の無き者を外界へと排除する領域の不思議な霧を抜けて進んで行き。私は出発から、ものの四半刻と少しばかりで“白く四角い”と称される特徴的な外壁の前へと到着する。
正門を潜り。不意にでも系統導巫様に対面した場合の為、お勤めの際に身に着ける正装へと着替えてから進む。もうこれで後は、妹の自室へと赴くまま。……そういった具合いで廊下を進んでいたところで“その者”に出会ったのでした。
「──あ。サシギさん、お疲れ様です!」
通り越した通路の方よりそうやって挨拶してきた、低くも張りのある青年のような声。
「えっと、こんばんは」
「……こんばんは?」
──どなた? 足を止めた私が、そう正体のわからぬ者の声に疑問符を付けつつも返事をすると。
相手はやや恐縮か遠慮がちといった足取りでこちらに歩み寄って来た。
やはり声の正体には思い当たらず。
その者に、己の手に持った蝋燭台の灯りを向け照らし出してみれば。これは見知らぬ顔の青年。
──肉付きはあって貧相とまでいきませんが、病人のよう血色が少々悪くて。お天道様に久しく当たっていないような白い皮膚。それらと合わせて不摂生な印象を抱いてしまう目元の腫れや隈と若干の窶れが浮かぶ顔をした青年でした。
「すいません、こんな時間に徘徊してて。
もう消灯時間とか過ぎてますよね。……あ、昨日みたいにトイレ探して道に迷ってるわけじゃないです。どうにも寝付けずに、神秘的な体験ができるお散歩に付き合ったりしてました……」
「……神秘的な散歩?」
「えーと。神様とのナイトツアー的な……。
この世界での神様の実在やら奇跡のパワーを実感した、なんか凄い経験だったと言いますか……」
「神様とのないとつあー?」
青年は自分の頬を軽く叩いた。
「何言ってんだ……言動が危ない奴だこりゃ。
はは、すいません。ちょっと……流石に眠くなってきたようで。いや、いろいろありすぎて頭パンク状態と言いますか……。俺、今は頭が回っていないようで直ぐに寝に行きます」
──些か気にはなるものの。
彼のその立ち振る舞いから判断するに、育ちは悪くないのでしょうか。こちらに向ける自然な笑みに加え、ある程度の落ち着きのある? 落ち着いているのかは不明でも、粗暴ではない言動や親しげな態度から人柄の心配もなさそうだと評価いたしました。
……基本、統巫やその眷属のような“神秘性”を纏わぬ存在は“証”を持たなければ、外から内へ“領域”の境を抜けられません。
領域内の生態系を維持するという観点から、植物や虫や小動物程度ならば領域の境を抜けられるという例外こそあれ。部外者の場合は統巫屋への干渉は集落の者を通すのが原則。
しかし彼のような者が、近く集落に立ち寄った記録はございません。まぁ、ございませんが……。この領域の内に入っているのですから“そもそもの前提”として彼は“系統導巫様”かそれに“連なる存在”に認められていて。証を掲げてこの場に居るのだとある種の身分の保証が成されているのです。
失礼ながら、彼の顔色の悪さから連想してしまいますね。目前の彼の正体が『死人の姿を模して現れ、生者を取り殺す』と伝わる某之怪、怪異や化生の類いではないかと。現に私も、黄昏時に徘徊する霞の如き人影を目にした覚えが幾度か……いえ、あれらは私が疲れていただけでしょう。構いませぬ、私は化生の類いなど信じておりませぬので。
「サシギさん、あの後も片付けを? こんな時間まで本当にお疲れ様です。次回以降は俺にも可能な範囲で手伝わせて下さいね……」
妹への労わりの言葉を私にかけてくる彼。
人柄はやはり良さそうですね。さて彼は、
「はてはて、どなた様でしょうか?
ヒナ、いえサシギは私の妹で御座いますよ」
そのままなら、いつまで“私を妹と間違えたまま”でいるかと試してみたかった部分は有るものの。流石にそれはこちらの人が悪いので。この辺りを頃合いとし打ち明けました。
可愛い妹のヒナ、ここではサシギ。
妹の身体には使従として与えられた鳥のような特徴こそあるが、元々は普通の姉妹どうしの関係性。彼女と私は背丈や顔の作りがよく似通っているのだし、この暗がりなら髪色などの差異もよく解らなくて当然だろう。間違えてしまうのも頷ける。
「あれ、サシギさん、じゃない……?」
対面するにしては暗いので、私は廊下の天井の端より吊るされた燭台に火を灯す。それで互いによく見えるようになった。
「はい、然ようで御座います。
私はソラ。サシギの姉で、統巫屋では使従に次いで系統導巫様の身の周りの事柄にお仕えする者達の取り纏め役、女中頭の任を給わっております身」
私の自己紹介を聞いた青年は、
「……っえ! うわっ、恥ずかしいな」
ばつが悪そうに頭を下げて。
「──ま、間違えました。すいません!
えーと、ハクシ様のご厚意でここで厄介になる事となりました、何処かから湧いて出てきた新人のリンリです。どうかよろしく願います!」
──そうして、リンリと名乗った。
「……個性的な方ですね。ふむふむ」
リンリさん、彼の照らされた顔を覗く。私はどうにも気になってしまった故に。
「…………」
「えっと……?」
「…………」
「すいません、俺の顔どうかしましたか?
えと、あの、胸的なものが当たってますが……」
気恥ずかしげな素振りで顔を背けられる。
彼の腕を胸に抱いて、そのままじっと至近距離で眺め続けてしまったから……きっと変に思われたのでしょうか。いけません。
「……いえ、失礼ながらその顔色と窶れ加減が気になってしまいまして……。本当に“生きてここに居る”人間なのか、よもやの『某之怪の類いではないのか』と訝しんでしまっただけに存じます。しかし辛うじて生きていらっしゃる様子で胸を撫で下ろしました」
「うっわ、俺は生者かどうか疑われてたよ。
ナチュラルに酷いですからねソレ。辛うじて、というか普通に生命活動してますから!」
「む……普通に生命活動をしている者は、敢えてそれを自己申告したりしないものでしょう?
これはやはり、怪しい者だと認識を改めなければ……。ひとまず捕らえてみて、確認が取れる明朝まで『暴漢』とでも書いた札を張った座敷牢で過ごしていただきたく存じます」
「あれ、『暴漢』扱いまでされ始めたぞぉ?」
「では、座敷牢へと参りましょう?
使う機会が無い牢なので、せっかくなので」
「冗談ですよね? 冗談ですよねそれ?
もし仮に冗談じゃなかったら、自分の雑な扱いに泣き叫んで一晩過ごしますよ? で、妹さんに声高らかに抗議しますよ。ここはどうか勘弁を願います!」
「フフっ、冗談で御座いますよ。……ですが本当に顔色は優れないので、若いからといって身体の無理は程々に。この統巫屋で厄介となるなら、まず己の身体の管理に務めて下さいませ」
「はい、反省してます……。心掛けます!」
「それならよろしい」
「では失礼します。後日改めて──」
「ええ、お休みなさいませ」
とぼり、とぼり。立ち去った彼。
──女中頭としての言葉で場を取り作ったつもりの私なのですが。思い返すと、この上なく“変なお姉さん”になってしまったのではと己を恥じてしまうというもの。何故でしょう? この辺りが私と妹との出来の違いではと悩んでしまう。これはまた、妹に笑われてしまいそうですね。
──もう。彼の瞳の所為といたしましょう。
──照らし出されたあの黒い瞳。
彼のその瞳は、目元の隈や腫れぼったい目縁によって受けるどんよりとした暗い印象とは違い、優しげで真っ直ぐであって。その内に力強い生命の輝きと可能性を感じられて。しかし輝きの反面、揺れる瞳孔の中にどこか儚さや脆さを孕んでいて……。
──嫌に、思い浮かばせた。
──私や集落の者達のみならず、冒してはならぬ系統導巫様までを傷付けて弄んだ少女。あの何時かの“罪深き少女”を思い浮かばせました。
◇◇◇
「…………異成り世の者について、ですか?」
「はい、ソラ姉様。それと一緒に穢不慣について集落に関連する文献などがございましたら、早急に取り纏めていただきたく──」
妹からの用件はそんな、大して重要でもなく人払いさえ必要の無いものだった。
──いえ、そう思いたかったのですが。
「もぅヒナ。こんな夜分にお姉ちゃんを呼び付けたと思ったら、急にそんなお願い事ですか。お姉ちゃんも多忙なんですよ。そして今更になってそんな資料を何に使うというのでしょうか……?」
──どうも、彼との関連を疑ってしまう。
──そんな訳が無いのに。
「……お言葉ですが、ソラ姉様。いい加減に統巫屋では私のことはサシギでお願いいたします。もう私は妹の“ヒナ”ではございませんし、立場があります故に。皆に示しというものが……」
「あいも変わらず堅いですね。
呼び名くらい、姉妹二人っきりの時なら好きな様にして良いではありませんか?」
「──ソラ姉様! 駄目です!」
「はいはい、存じておりますとも。我々は系統導巫様に仕え、次世代の使従を輩出する一族。統巫様は元より、その眷属である使従の如何なる事についても軽んじる事は許されません!」
「くれぐれも、ご注意して下さい!」
──彼の事が気掛かりとなり。
私は、その心の隙からかまた妹を昔の名で呼んでしまった。そう呼んでしまうと毎度、本人にはいたく怒られてしまうというのに。
──しかし、いくら注意したからといって妹を昔の名で「ヒナ」と呼んでしまうものは仕方がない事です。いつまでも、いつまでも私にとって妹は変わりようのない可愛い妹なのですから。どんなになってもそれは揺るがない。
何故、妹が使従に選ばれてしまったのか。
何故、己が選ばれなかったのか。
──たまに襲われる葛藤に目眩がして、それを妹に気取られてしまわぬように誤魔化す。
「──ええと、それで? 異成り世の者と、穢不慣の資料でしたね。探して纏めるのは、はい、構いませんよ。多忙といっても、そのくらい大した手間はかかりませんからね……」
「ソラ姉様、お手数お掛けいたします」
「──しかし、理由を聞かせて下さい。
何故そんな資料が、今になってから必要となったのかを。よもや、お姉ちゃんの知らない、あのリンリという新参者が異成り世からの来訪者……という訳でもありませんよね?」
「…………」
「──喩え話の冗談です。そんな、“夢語り”とまで例えられる伽噺の如き存在にそうそう出会う事などあり得ませんからね。ただ、ここに来る最中に出会った彼には、“彼女”と似たところが感じられて。気掛かりとなりましてね……」
「…………」
「概ね系統導巫様が、その知識を御所望されたのだとは存じます。けれど、異成り世より此土に紛れた来訪者……あの娘“ナギサさん”に関連する件につきましては……。必要性がなければ、あまり掘り起こさない方が賢明ではないでしょうか……? 今は旅立ちを控えた大事な時期故に尚更ね……」
「ソラ姉様──」
「ヒナ、ではなくサシギ。何ですかその表情……。
えっ、どうかしたのですか……?」
「──打ち明けましょう」
……妹は、観念したかのように話し出した。
──其れは、因果か。はたまた。
──直に空に、黒い羽根が墜ちて来る。
──不穏の兆し、もたらされる忌むもの。
──私は彼女を憎んだ。でも感謝もしていた。
──私は彼も憎む。ありがとう。ごめんなさいと。
そうして最期に、声をあげて泣いた──。
◇◇◇
──私の名は、ソラ。代々に渡って系統導巫様に奉仕してきた里集落の一族の出であり。
霊峰にある系統導巫様の領域内に立ち入り、彼女の身のまわりの御世話をさせていただいている女中の頭を仰せつかっている身であります。
けれど本日は、たまの休養の日。
自己の管理もお役目の一環。「休める時にしっかり休むこと!」と部下に言っている手前、自分も休んでいなければ部下も休もうとしてくれず、休んでいるフリ。自室で隠れて仕事をしていた。
……なのだけれど。なんの用でしょうか?
領域内、統巫屋にお呼ばれしてしまいました。
それは、昼過ぎに連絡用の伝書鳩によって届けられた妹からの一通の文によって。
里集落の全員に発信したものではなく、私の個人に対して『訪ねて来て欲しい』とだけの簡素な内容。慌ててでもいたのか妹にしては珍しく、その用件も何時頃向かえば良いかも不明瞭なお呼ばれでした。
──まったく、あの妹は……。
統巫屋へは、御勤めで集落から一日おきで通っている身。通常、伝えたい事が有るというならその時で構わないはず。人伝てでも良いだろうに。
それなのに、わざわざ個人宛てで文を飛ばして私を呼ぶというのは余程に火急の用事か。
そうでないなら、少しばかり内密にしたい要件かのどちらか。今回は“何時まで”に来てくれとの指定が無い為に、恐らくは“後者”なのだろうと予想した。
特に後回しにする理由は無い。なので私は、
『本日の夜間にでも向かう』と文を返した。
仕事を早々に済ませ、夜が更けるのを待つ。
本当に“内密な要件”だった場合の配慮として、人払いができる時間帯を待った。もう少しで日が変わるかという頃に、統巫屋へ御勤めに出ていた者達が帰って来たのを確認してからの支度。
私は簡単な灯りになる物と、“領域へ侵入する為の証”である紋様が刻まれた翡翠の飾りを持ち出し、集落を立つ事としました。
集落と統巫屋を結ぶ夜道を進み、
証の無き者を外界へと排除する領域の不思議な霧を抜けて進んで行き。私は出発から、ものの四半刻と少しばかりで“白く四角い”と称される特徴的な外壁の前へと到着する。
正門を潜り。不意にでも系統導巫様に対面した場合の為、お勤めの際に身に着ける正装へと着替えてから進む。もうこれで後は、妹の自室へと赴くまま。……そういった具合いで廊下を進んでいたところで“その者”に出会ったのでした。
「──あ。サシギさん、お疲れ様です!」
通り越した通路の方よりそうやって挨拶してきた、低くも張りのある青年のような声。
「えっと、こんばんは」
「……こんばんは?」
──どなた? 足を止めた私が、そう正体のわからぬ者の声に疑問符を付けつつも返事をすると。
相手はやや恐縮か遠慮がちといった足取りでこちらに歩み寄って来た。
やはり声の正体には思い当たらず。
その者に、己の手に持った蝋燭台の灯りを向け照らし出してみれば。これは見知らぬ顔の青年。
──肉付きはあって貧相とまでいきませんが、病人のよう血色が少々悪くて。お天道様に久しく当たっていないような白い皮膚。それらと合わせて不摂生な印象を抱いてしまう目元の腫れや隈と若干の窶れが浮かぶ顔をした青年でした。
「すいません、こんな時間に徘徊してて。
もう消灯時間とか過ぎてますよね。……あ、昨日みたいにトイレ探して道に迷ってるわけじゃないです。どうにも寝付けずに、神秘的な体験ができるお散歩に付き合ったりしてました……」
「……神秘的な散歩?」
「えーと。神様とのナイトツアー的な……。
この世界での神様の実在やら奇跡のパワーを実感した、なんか凄い経験だったと言いますか……」
「神様とのないとつあー?」
青年は自分の頬を軽く叩いた。
「何言ってんだ……言動が危ない奴だこりゃ。
はは、すいません。ちょっと……流石に眠くなってきたようで。いや、いろいろありすぎて頭パンク状態と言いますか……。俺、今は頭が回っていないようで直ぐに寝に行きます」
──些か気にはなるものの。
彼のその立ち振る舞いから判断するに、育ちは悪くないのでしょうか。こちらに向ける自然な笑みに加え、ある程度の落ち着きのある? 落ち着いているのかは不明でも、粗暴ではない言動や親しげな態度から人柄の心配もなさそうだと評価いたしました。
……基本、統巫やその眷属のような“神秘性”を纏わぬ存在は“証”を持たなければ、外から内へ“領域”の境を抜けられません。
領域内の生態系を維持するという観点から、植物や虫や小動物程度ならば領域の境を抜けられるという例外こそあれ。部外者の場合は統巫屋への干渉は集落の者を通すのが原則。
しかし彼のような者が、近く集落に立ち寄った記録はございません。まぁ、ございませんが……。この領域の内に入っているのですから“そもそもの前提”として彼は“系統導巫様”かそれに“連なる存在”に認められていて。証を掲げてこの場に居るのだとある種の身分の保証が成されているのです。
失礼ながら、彼の顔色の悪さから連想してしまいますね。目前の彼の正体が『死人の姿を模して現れ、生者を取り殺す』と伝わる某之怪、怪異や化生の類いではないかと。現に私も、黄昏時に徘徊する霞の如き人影を目にした覚えが幾度か……いえ、あれらは私が疲れていただけでしょう。構いませぬ、私は化生の類いなど信じておりませぬので。
「サシギさん、あの後も片付けを? こんな時間まで本当にお疲れ様です。次回以降は俺にも可能な範囲で手伝わせて下さいね……」
妹への労わりの言葉を私にかけてくる彼。
人柄はやはり良さそうですね。さて彼は、
「はてはて、どなた様でしょうか?
ヒナ、いえサシギは私の妹で御座いますよ」
そのままなら、いつまで“私を妹と間違えたまま”でいるかと試してみたかった部分は有るものの。流石にそれはこちらの人が悪いので。この辺りを頃合いとし打ち明けました。
可愛い妹のヒナ、ここではサシギ。
妹の身体には使従として与えられた鳥のような特徴こそあるが、元々は普通の姉妹どうしの関係性。彼女と私は背丈や顔の作りがよく似通っているのだし、この暗がりなら髪色などの差異もよく解らなくて当然だろう。間違えてしまうのも頷ける。
「あれ、サシギさん、じゃない……?」
対面するにしては暗いので、私は廊下の天井の端より吊るされた燭台に火を灯す。それで互いによく見えるようになった。
「はい、然ようで御座います。
私はソラ。サシギの姉で、統巫屋では使従に次いで系統導巫様の身の周りの事柄にお仕えする者達の取り纏め役、女中頭の任を給わっております身」
私の自己紹介を聞いた青年は、
「……っえ! うわっ、恥ずかしいな」
ばつが悪そうに頭を下げて。
「──ま、間違えました。すいません!
えーと、ハクシ様のご厚意でここで厄介になる事となりました、何処かから湧いて出てきた新人のリンリです。どうかよろしく願います!」
──そうして、リンリと名乗った。
「……個性的な方ですね。ふむふむ」
リンリさん、彼の照らされた顔を覗く。私はどうにも気になってしまった故に。
「…………」
「えっと……?」
「…………」
「すいません、俺の顔どうかしましたか?
えと、あの、胸的なものが当たってますが……」
気恥ずかしげな素振りで顔を背けられる。
彼の腕を胸に抱いて、そのままじっと至近距離で眺め続けてしまったから……きっと変に思われたのでしょうか。いけません。
「……いえ、失礼ながらその顔色と窶れ加減が気になってしまいまして……。本当に“生きてここに居る”人間なのか、よもやの『某之怪の類いではないのか』と訝しんでしまっただけに存じます。しかし辛うじて生きていらっしゃる様子で胸を撫で下ろしました」
「うっわ、俺は生者かどうか疑われてたよ。
ナチュラルに酷いですからねソレ。辛うじて、というか普通に生命活動してますから!」
「む……普通に生命活動をしている者は、敢えてそれを自己申告したりしないものでしょう?
これはやはり、怪しい者だと認識を改めなければ……。ひとまず捕らえてみて、確認が取れる明朝まで『暴漢』とでも書いた札を張った座敷牢で過ごしていただきたく存じます」
「あれ、『暴漢』扱いまでされ始めたぞぉ?」
「では、座敷牢へと参りましょう?
使う機会が無い牢なので、せっかくなので」
「冗談ですよね? 冗談ですよねそれ?
もし仮に冗談じゃなかったら、自分の雑な扱いに泣き叫んで一晩過ごしますよ? で、妹さんに声高らかに抗議しますよ。ここはどうか勘弁を願います!」
「フフっ、冗談で御座いますよ。……ですが本当に顔色は優れないので、若いからといって身体の無理は程々に。この統巫屋で厄介となるなら、まず己の身体の管理に務めて下さいませ」
「はい、反省してます……。心掛けます!」
「それならよろしい」
「では失礼します。後日改めて──」
「ええ、お休みなさいませ」
とぼり、とぼり。立ち去った彼。
──女中頭としての言葉で場を取り作ったつもりの私なのですが。思い返すと、この上なく“変なお姉さん”になってしまったのではと己を恥じてしまうというもの。何故でしょう? この辺りが私と妹との出来の違いではと悩んでしまう。これはまた、妹に笑われてしまいそうですね。
──もう。彼の瞳の所為といたしましょう。
──照らし出されたあの黒い瞳。
彼のその瞳は、目元の隈や腫れぼったい目縁によって受けるどんよりとした暗い印象とは違い、優しげで真っ直ぐであって。その内に力強い生命の輝きと可能性を感じられて。しかし輝きの反面、揺れる瞳孔の中にどこか儚さや脆さを孕んでいて……。
──嫌に、思い浮かばせた。
──私や集落の者達のみならず、冒してはならぬ系統導巫様までを傷付けて弄んだ少女。あの何時かの“罪深き少女”を思い浮かばせました。
◇◇◇
「…………異成り世の者について、ですか?」
「はい、ソラ姉様。それと一緒に穢不慣について集落に関連する文献などがございましたら、早急に取り纏めていただきたく──」
妹からの用件はそんな、大して重要でもなく人払いさえ必要の無いものだった。
──いえ、そう思いたかったのですが。
「もぅヒナ。こんな夜分にお姉ちゃんを呼び付けたと思ったら、急にそんなお願い事ですか。お姉ちゃんも多忙なんですよ。そして今更になってそんな資料を何に使うというのでしょうか……?」
──どうも、彼との関連を疑ってしまう。
──そんな訳が無いのに。
「……お言葉ですが、ソラ姉様。いい加減に統巫屋では私のことはサシギでお願いいたします。もう私は妹の“ヒナ”ではございませんし、立場があります故に。皆に示しというものが……」
「あいも変わらず堅いですね。
呼び名くらい、姉妹二人っきりの時なら好きな様にして良いではありませんか?」
「──ソラ姉様! 駄目です!」
「はいはい、存じておりますとも。我々は系統導巫様に仕え、次世代の使従を輩出する一族。統巫様は元より、その眷属である使従の如何なる事についても軽んじる事は許されません!」
「くれぐれも、ご注意して下さい!」
──彼の事が気掛かりとなり。
私は、その心の隙からかまた妹を昔の名で呼んでしまった。そう呼んでしまうと毎度、本人にはいたく怒られてしまうというのに。
──しかし、いくら注意したからといって妹を昔の名で「ヒナ」と呼んでしまうものは仕方がない事です。いつまでも、いつまでも私にとって妹は変わりようのない可愛い妹なのですから。どんなになってもそれは揺るがない。
何故、妹が使従に選ばれてしまったのか。
何故、己が選ばれなかったのか。
──たまに襲われる葛藤に目眩がして、それを妹に気取られてしまわぬように誤魔化す。
「──ええと、それで? 異成り世の者と、穢不慣の資料でしたね。探して纏めるのは、はい、構いませんよ。多忙といっても、そのくらい大した手間はかかりませんからね……」
「ソラ姉様、お手数お掛けいたします」
「──しかし、理由を聞かせて下さい。
何故そんな資料が、今になってから必要となったのかを。よもや、お姉ちゃんの知らない、あのリンリという新参者が異成り世からの来訪者……という訳でもありませんよね?」
「…………」
「──喩え話の冗談です。そんな、“夢語り”とまで例えられる伽噺の如き存在にそうそう出会う事などあり得ませんからね。ただ、ここに来る最中に出会った彼には、“彼女”と似たところが感じられて。気掛かりとなりましてね……」
「…………」
「概ね系統導巫様が、その知識を御所望されたのだとは存じます。けれど、異成り世より此土に紛れた来訪者……あの娘“ナギサさん”に関連する件につきましては……。必要性がなければ、あまり掘り起こさない方が賢明ではないでしょうか……? 今は旅立ちを控えた大事な時期故に尚更ね……」
「ソラ姉様──」
「ヒナ、ではなくサシギ。何ですかその表情……。
えっ、どうかしたのですか……?」
「──打ち明けましょう」
……妹は、観念したかのように話し出した。
──其れは、因果か。はたまた。
──直に空に、黒い羽根が墜ちて来る。
──不穏の兆し、もたらされる忌むもの。
──私は彼女を憎んだ。でも感謝もしていた。
──私は彼も憎む。ありがとう。ごめんなさいと。
そうして最期に、声をあげて泣いた──。
◇◇◇
1
あなたにおすすめの小説
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
再婚相手の連れ子は、僕が恋したレンタル彼女。――完璧な義妹は、深夜の自室で「練習」を強いてくる
まさき
恋愛
「初めまして、お兄さん。これからよろしくお願いしますね」
父の再婚によって現れた義理の妹・水瀬 凛(みなせ りん)。
清楚なワンピースを纏い、非の打ち所がない笑顔で挨拶をする彼女を見て、僕は息が止まるかと思った。
なぜなら彼女は、僕が貯金を叩いて一度だけレンタルし、その圧倒的なプロ意識と可憐さに――本気で恋をしてしまった人気No.1レンタル彼女だったから。
学校では誰もが憧れる高嶺の花。
家では親も感心するほど「理想の妹」を演じる彼女。
しかし、二人きりになった深夜のキッチンで、彼女は冷たい瞳で僕を射抜く。
「……私の仕事のこと、親に言ったらタダじゃおかないから」
秘密を共有したことで始まった、一つ屋根の下の奇妙な生活。
彼女は「さらなるスキルアップ」を名目に、僕の部屋を訪れるようになる。
「ねえ、もっと本気で抱きしめて。……そんなんじゃ、次のデートの練習にならないでしょ?」
これは、仕事(レンタル)か、演技(家族)か、それとも――。
完璧すぎる義妹に翻弄され、理性が溶けていく10日間の物語。
『著者より』
もしこの話が合えば、マイページに他の作品も置いてあります。
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/658724858
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる