統巫之番―トウフノツガイ―狐愁晴天譚

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◇序章【生き、逝き、行く】

幕間……(一)  【水難の片隅で】

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 ◇◇◇



『──シルシ。お前の心はそれで晴れるのか?』

 わずらわしい声。が、道理にかなった声。
脳を揺さぶり、心の内を焼くような声。

『──絶対に後悔はしないと言い切れるか? お前の過去は、今を蔑ろにし、未来に繋がるのか?』

 お節介者。くだらない、お人好しな仮の兄。
 兄、だった。少し前までは。そんな主の声。
 本来の主けいとうどうふではなくもう一人の主の声が響く。

『──ならばこの場は俺の意に従え!
めいをもって、いのちとうとぶ──ほまれ有る系統けいとう導巫どうふの使従というならば、其れに相応しい行動と心意気を持ちこれを矜持きょうじとせよ! なんだろ?』

 その姿が変わろうとも。いつぞやのように。
人の気も知らずに。人を勝手に引っ張っていく。
 優しく、温かく、真っ直ぐな、主の声。

 ……その言葉が、ずっと耳に残っていて──。


「──矜持きょうじか……」

 ──チィカバの町を襲う、水難すいなんの渦中。
その片隅かたすみ。町外れの施設で少女が独言ひとりごとだ。

 薄蒼い髪に珊瑚さんごの角を生やし、頬に鱗、蜥蜴トカゲのような太尾しっぽを持つ人ならざる姿をした少女。
 こと系統けいとう導巫どうふ眷属けんぞくにして、かの眷属として見出みいだされて拾われる以前は、この町で生まれ育った普通の町娘でもあった少女、シルシ。

 彼女はここで呼吸を整えて、さて、これより最後の役割を果たそうかというところ。

「ホホ……使従しじゅうとしての矜持かのぅ。んなもんはわしにとって、どうでもよかったんじゃ」

 付近には誰も居ない。それ故の感情の吐露。

 はかまおびを解き、着物を開く。

「もとより使従の役割と立場は、儂が何かを望む前に勝手に与えられたもん。故郷ここから追い立てられ、他に行く当ても無く。爺が死に、成すべき事も無く、ゆえに甘んじて過ごした。したがって今回のこれが、使従としての儂がす初めてのしごとか……いんや」

 着物を握り締め、一度頷いた。

「もう役割や立場を、何かの口実こうじつにはせん。
やりたいからやる。ただ、儂の意志じゃ!」

 襦袢したぎのみを残し、彼女は衣類を放った。

「ただ、リンリ。お主が『望んだ』からじゃよ。お主がどんな存在に成ろうが、儂は応えたかった。仮にお主が只人ただひとのままであっても、何だかんだ儂は協力したのじゃろうな。ふっ、愚か者よの」

 彼女は自虐的に笑う。

「ともあれ……ハクシ様、リンリよ。
ここより始まる二人の主の旅路たびじを、儂は、実り多き得難えがたいものにしたい。ゆえに身を削ろう」

 続けた言葉は震えており。眼鏡を取った彼女の碧玉の眼はうるみ、落ち着きなく揺れていた。
 彼女は言葉を洩らす。「御二人の為に『身を削る』つもりでの、それならば嫌々でも町のため行動してやると意気込んだ」というのに。

「こんな町どうでもよかったのにの。むしろ『ざまぁみろ』とまで言っちまったのじゃが……」

 彼女のほおに、水玉が筋を作りながら伝う。

「──あーあ。そうも言ってられなくなったわ」

 目元を擦り、彼女は意を決し声をあげた。

「まったく。儂は、愚か者じゃったわい」

 ──彼女の過去。今宵こよいこの場に至るまでの経緯いきさつ、それら多くを事細ことこまかに語ることもないだろう。
 ただ途中でどうしても確認する必要のあった件の施設の操作方法と策の見落としの可能性、それに精通している人物である、彼女の祖父の昔馴染みの技師を捕まえ。情報共有と協力の取り付けをし。そのやり取りの中で僅かながら昔話を聞かされ。彼女は今更ながら亡き祖父の真意を悟ってしまい、また、彼女が過去に浴びせられた『帰ってくるな』やら『出ていけ化物』といった心無い言葉の数々が、立場の危うい『彼女自身を守る為の』裏腹なものだったと今になって感付いてしまっただけだ。

「全て納得はせん。に落ちん部分もある。しかし、この町が今宵の水害で損なわれてしまうわけにはいかなくなったんじゃ。儂の本心からの」

 遠くで鐘を叩く音が、けたたましく響き渡る。
合図だ。遅れて破裂音、次いで轟音がして、地面が震える。彼女は金属の操縦桿そうさかんに手をかけた。

「リンリ、のぅ、お主のせいじゃからな!
恨むからの。そして同じだけ礼を言うぞぃ!」

 手順通りの操作を行い操縦桿を引けば、連動した鎖が張られ、滑車かっしゃが回り、巨大な幾つもの歯車が動力の伝達をし始める。本来の稼働方法ではない強引な操作だったが、彼女が昔にかじった知識の通りに動作したようだ。なんせ彼女の祖父が町を去る前の最後に設計した設備なので当然である。

 水門が開く。貯水場あちら処理場こちらと町の技師達を総動員した分岐弁ぶんきべんの操作、下水点検用の通路を利用した急拵きゅうごしらえの水路、さらに町の高低差も加わったことにより大量の水が一気に処理場こちらへと移動して来るのだ。

 水害のあらまし。短時間で膨大な量の水が流れ込み続け、けれどその水の行き場がなく、貯水場が決壊の間近という状況。それならば問題の水を“流してしまえばいい”だけの話。この町には町民が使用した汚水を処理して、環境に影響が出ない程度の状態にしてから河川に戻す施設があった。その施設こそが彼女シルシの居る現在地であり。思い付いた手段。

 町の中から溢れる水害をどうにかするには適切順当な手段ではあるまいか。ただしまぁ、自明なことだが問題点がある。これからこの処理場の処理能力を著しく超過した量の水が来て、この施設と彼女はどうにかなってしまうわけなのだが……。
 結局はここに流れ込んだ水が逆流してしまい。事態は更に悪化し、町の被害は『町の一画』から『町全域』へと伝播でんぱ。一段と深刻な形になる。

 そんなことは彼女も技師きょうりょくしゃ達も承知しており、

「じゃからの。儂がひと肌脱いでやる!
なんじゃ、分の悪い賭けじゃったのに。技師達の協力もあってここまで漕ぎ着けちまったわい」

 そうしない為、それが唯一の策であるから。彼女は操縦桿の脇にあった階段を駆け上がる。

「すまぬのぉリンリ……。ハクシ様、サシギ。儂は正直に言うことができんかった。ゆえに最後のに嘘を混ぜた『成功すれば誰も失われない』という嘘を。同じ使従のサシギは気付いたやも知れぬが」

 階段の踊り場で一度、下方を見遣みやった。
刻一刻、全開にした水門から水が流入している。

「つまり、使従の奥の手、じゃ……! 
まぁ死にゃしないじゃろうが、怖いのぅ」

 槽内の一定の水位を越えた際に、機術によって自動で鳴り初める警鐘がけたたましく響り出す。

 次の踊り場で再び、下方を見遣る彼女。
この調子で処理場の槽に水が貯まれば、舌の根も乾かない内に溢れ出してしまうであろう。

 ──ならばだ。本来は施設内の何工程かの浄化処理を経て、それから自然に放流される水を、わざと施設内で溢れさせてやる。ただそれだけならば大惨事だが、問題はない。水は自らが全て受け持つ。事前に外した水門から“人知を越えた手段を用いて”町外に押し流してやる。
 そう、やろうとしていることを口に出し確認。

「その命を必要なだけ対価にする、大御技。系統導巫を守るための最上の手段にして。大自然と己が身を一つにする、人に過ぎた権能……!!」

 もとい水にその身を捧げ、水と一体と成り。
そのまま人としての意志を失わないよう水龍となって『水と共に町外に流れ出てやる』という捨て身の策。少し前にも、彼女達の仲間が土地に迫った厄災鼠達を相手に使い、戻って来なくなった禁術。

 それでも、

「儂に死んでやる気はさらさら無いぞ!
これが、ここが……ここからがな……!!
儂の……儂達の旅路の始まりじゃからのぉ!!」

 彼女は揺るがない。主達の為に。
 なにより、自らが前に進む為に。
 過去に折り合いをつけるが為に。

 階段を上り切った先。明るくなりつつある東の空に照らされた、美しい町の様子を見渡せる場所。

 たどり着いた。たどり着いてしまった。
その高さからなら届く。そこに設けられた『お立ち台』からならば十分に『水』に飛び込める。

「わ、儂はの。ここで、今宵のぅ……。
爺の好きじゃった町を、守っていた町を、儂なりに守る為にじゃ! 今は水に沈んでやるぞい!!」

 尻尾で施錠された柵を壊す。

 前途を遮るものは何もない。

 助走をつけ、足場から跳躍。

「──こいつが儂の矜持じゃぁ!!
──行くぞいッ! んにょょおォッ!!」

 その言葉を最後、彼女の姿は消えてしまい。
荒れ狂う水面に、大きな水柱が上がっていた。

「てぇ?! んぬぅッ?」

 ……と。涙と共に沈んで行った彼女、シルシは水中から不可視の巨人に尻尾を持ってつまみ上げられたかのように宙に浮かんでしまったではないか。
 そうしてシルシは、水槽の縁に立っていた何者かに抱き締められる形で身体を保護される。

 だめだ。やらなくてはいけないのに。
主の意に応えて、未来を見るために、水難から町を救わなければいけないというのに。このままでは。
 そんなシルシの事情を見透かしてか、

「ここは引き受けようじゃないかね。
いいよ。このオバちゃんに任せとき!
面倒事は大人にやらせて、もうお眠りよ」

 優しい声で「もう良いんだ。十分だよ」と。
シルシは女性の腕の中で撫でられ、意識を失う。

「これかい? 町への干渉じゃないよ。『頑張る女の子達を応援するだけ』なのさ。気が付かれない程度に“ほんの少しだけ”の力添え、陰ながら助力するだけさね。あたしゃ統巫とうふ擁統ようとう導巫どうふの──』

 ──突如として現れた女性の口上の後。
町の処理場の水槽、施設の壁、町の外壁、そこから最寄りの河にまで。あらゆる障害を抉り取り、水害を朝焼けの先にすすみちひらかれていた。


 
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