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最終章 伝説の最果てで蝶が舞う
開戦
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征伐軍を率いる黄の王は、自分が直接管理しない四部隊の隊長と連携を取り、帝都近くの地表に降り立った。一度そこで全部隊を停止させ、指揮系統の最終確認を終えて陣形を整える。
陣形といっても、そう複雑なものではない。中央に黄の王が率いる部隊を配置し、その左右に残りの四部隊を二部隊ずつ並べるという、ありふれた陣形だ。今回求められるのは一点集中型の突破力ではなく、できるだけ多くを相手取り、多くを倒しながら確実に前に進むことなので、黄の王は敢えて平面的な配置を選択した。あとは、各部隊長や小部隊の判断に任せて、臨機応変に動くだけである。そして、黄の王にその指示を的確にこなせる自信があるからこその陣形でもあった。
「全部隊、俺の合図があるまでは待機だ! 風霊ちゃんと火霊は準備よろしくな。範囲はさっき言った通り、俺らが相手することになるだろう箇所だけ。細かい部分は風霊ちゃんと火霊の判断に任せるけど、ちゃーんと詠唱するから、できるだけ魔力は温存する方向で頼むわ」
指示を出した黄の王が、さて、と呟いて目を閉じる。
「……雲外吹き抜けるひとひら 遥かを望む光の帯 空を大地を駆けるものよ 我が目我が身となりて 汝の触れたる敵を示せ! ――“天眼の雷”」
黄の王が詠唱を終えると同時に、彼の身体からばちりと弾けた雷が、目にも止まらぬ速さで帝都に向けて奔った。弾けた雷は微細に割けて広がり、それぞれに空気を駆け抜けていく。それが帝都に到達するまでにかかった時間はまさに一瞬だ。その一瞬で、無数の筋となって広がった雷に触れた全てから、敵性反応が見いだせるものだけを拾い上げ、魔法使用者に伝達すると言うのがこの魔法である。以前黄の王が国土全域に対して使用した大魔法に原理は似ているが、今回の魔法はそれに比べて範囲が著しく狭く、また攻撃は一切行わずに現状把握しか行わないため、魔力の消費量や王自身に加わる負荷はさほど大きくない。更に、可能な限り負荷を軽くするためにと、把握する情報は詳細な敵の位置ではなく、敵兵の概ねの強さや配置、人数のみに留めた。これならば、次に来る戦闘に大きな影響が出ることはないだろう。
風霊と火霊が拾い上げた情報をまとめ、黄の王の元へと届けるのにそう大した時間はかからなかった。地図を広げて待っていた王は、脳内に入ってきた情報をすぐさま咀嚼し、地図に書き込みをしながら伝令役に向かって口を開いた。
「俺たちが突破すべき中央にいる兵力は、ざっと百万人。詳細なことまでは判らねーけど、全員魔導契約者だと考えておいた方が良い。……一応予想の範囲内ではあるが、やっぱりちと多いな……。これといった極集中は見られねぇが、人数と分布から考えるに、……多分だけど、帝都には一般人がほとんどいねーんじゃねーかな。帝都は馬鹿みてぇに広いけど、これだけの兵力を帝都に集中させてるとなると、一般人が残れるようなスペースはほとんどねーぞ。あと注意すべき点は、……案の定、帝都を囲む壁に何がしかの仕掛けがあるみてーだな。というか、風霊ちゃんたちが見てくれた範囲の壁全体から、人間以外の攻撃性の生体反応が感じられたとさ。こりゃやっぱり当初の予定通り、空からの奇襲は避けるべきだな。地上か地上すれすれの低空飛行でまずは様子見だ。という訳で、伝達よろしく。情報共有ができ次第、帝都に向かう」
黄の王の命を受け、伝令役が残り四つの大部隊や小隊へと雷光鳥を飛ばす。それを横目に、黄の王は近くにいた薄紅の王と黒の王に声を掛けた。
「さっき伝令にも言った通り、ちょっとだけ人数が多いっす。こっちの五万の兵力で相手できないこともないんですが、兵への被害をできるだけ防ぎたいんで、……まずはランファ殿、俺が全軍率いたときに最初にぶつかる範囲の敵、……要は壁の外に溜まってるやつらっすね。その内の一万人分で良いんで、幻惑魔法で惑わして貰って良いっすか?」
「できるだけ最前線寄りの一万人に魔法をかけて、その後ろに控えている兵を同士討ちさせる感じで良いのかしらぁ?」
「さっすがランファ殿! 仰る通りです! 上手くいけば、それで二万は削れるんじゃないかなぁって」
黄の王の言葉に、薄紅の王が形の良い眉を顰める。
「できないことはないけれど、それでも残りは九十八万よぉ? 二万を削ったところで、そんなものは誤差ではなくて?」
「そうなんですよ。誤差なんですよ。なんで、それとは別に、ランファ殿とヴェールゴール王にはお二人で二十五万人ほど倒して貰いたいなぁって」
「なるほどねぇ、貴方、頭がおかしいのではなくて?」
間髪入れずにそう言われ、黄の王は苦笑した。
「いや、勿論できる範囲でなので、必ずしも二十五万きっかり倒せとは言わないんですけどぉ。……ランファ殿と手を組んだヴェールゴール王だったら、それくらいは可能じゃないですかね?」
黄の王から問うような視線を向けられた黒の王は、しかし何も言わず、何を考えているんだか判らない表情を浮かべたままである。その代わりにとでも言うように、薄紅の王が口を開いた。
「妾の魔法で可能な限り存在を隠したヴェールゴール王なら、確かに可能ねぇ。普段はサボリ魔でどうしようもないヴェールゴール王だけれど、今回ばかりは働いてくれるかしらぁ?」
薄紅の王からも視線を向けられた黒の王が、ぱちりと瞬きをしたあと、こくりと頷いた。
「それくらいなら平気。余力があったらもっと倒しても良いんでしょ?」
「勿論そうしてくれりゃあ助かるけど、その辺はランファ殿の余力とも相談してやってくれ」
判った、と頷いた黒の王に、黄の王が広げた地図に目を落とした。
「それじゃあランファ殿とヴェールゴール王は、最前線への幻惑魔法が終わり次第、適当に敵の数を間引いてってください。いちいち倒した数まで数えてらんねぇと思うんで、まあ体感で二十五万人達成するまで」
そう言った黄の王に、黒の王が口を開く。
「二十五万人って言うけど、全員が魔導契約者だとしたら、人間を先に殺すのはまずいんじゃない? 魔物の方が暴走しちゃうんでしょ? もしかして、殺さずに気絶させろとかそういう話なの?」
首を傾げた黒の王に、黄の王は、いや、と言った。
「気絶でどうこうできるような状況じゃない。もし帝国兵が強制的に兵役をさせられてるんだとしたら悪いとは思うけど、全員殺してくれ。俺らが守るべきは俺らの国だ。他国に気ぃ回すのは、自国に余裕があるときだけで良い。ただし、ヴェールゴール王の言う通り魔物が暴走状態に入ると面倒だから、敵兵を殺すのは契約相手である魔物を先んじて処理してからだな」
「……いちいち契約相手がどれかとか確認するの面倒なんだけど、魔物だけ殺しちゃ駄目? 契約相手である魔物さえ死ねば、人間なんて大したことないんだからそっちでどうにでもできるでしょ」
黒の王の問いに、黄の王は少しだけ悩むような素振りを見せたあと、仕方がないという様子で頷きを返した。
「まあ、取りあえずそれでも良いや。ただ、兵が残ってる限り新しく魔物が湧き出すとかいうことがあった場合は、ちゃんと人間の方も処理して貰うからな?」
「判った。取り敢えず俺は、契約者の人間が自害とかし出す前に、できるだけ多くの魔物を殺せるように頑張るよ。薄紅の王もそれで良い?」
「妾はどうせ大して動く気はないから、何でも良いわ。それにしても、本当に随分働かせるのねぇ」
不満そうに言った薄紅の王にやはり苦笑した黄の王が、顔の前で両手を合わせて見せた。
「お願いしますよぉ。ランファ殿のこと、戦力としてちょー頼りにしてるんですってぇ」
「貴方にそんなことを言われても嬉しくもなんともないけれど、まあ良いわぁ。今回は特別に、少しだけ頑張って働いてあげる」
そう言った薄紅の王に黄の王が礼を述べたところで、伝令役からすべての指令を滞りなく伝え終えたと報告があった。
それを受け、黄の王が軍全体に進軍の合図を送る。
先陣を切る黄の王を先頭に、およそ五万の兵を乗せた騎獣たちが、帝都に向かって猛然と走り出した。
陣形といっても、そう複雑なものではない。中央に黄の王が率いる部隊を配置し、その左右に残りの四部隊を二部隊ずつ並べるという、ありふれた陣形だ。今回求められるのは一点集中型の突破力ではなく、できるだけ多くを相手取り、多くを倒しながら確実に前に進むことなので、黄の王は敢えて平面的な配置を選択した。あとは、各部隊長や小部隊の判断に任せて、臨機応変に動くだけである。そして、黄の王にその指示を的確にこなせる自信があるからこその陣形でもあった。
「全部隊、俺の合図があるまでは待機だ! 風霊ちゃんと火霊は準備よろしくな。範囲はさっき言った通り、俺らが相手することになるだろう箇所だけ。細かい部分は風霊ちゃんと火霊の判断に任せるけど、ちゃーんと詠唱するから、できるだけ魔力は温存する方向で頼むわ」
指示を出した黄の王が、さて、と呟いて目を閉じる。
「……雲外吹き抜けるひとひら 遥かを望む光の帯 空を大地を駆けるものよ 我が目我が身となりて 汝の触れたる敵を示せ! ――“天眼の雷”」
黄の王が詠唱を終えると同時に、彼の身体からばちりと弾けた雷が、目にも止まらぬ速さで帝都に向けて奔った。弾けた雷は微細に割けて広がり、それぞれに空気を駆け抜けていく。それが帝都に到達するまでにかかった時間はまさに一瞬だ。その一瞬で、無数の筋となって広がった雷に触れた全てから、敵性反応が見いだせるものだけを拾い上げ、魔法使用者に伝達すると言うのがこの魔法である。以前黄の王が国土全域に対して使用した大魔法に原理は似ているが、今回の魔法はそれに比べて範囲が著しく狭く、また攻撃は一切行わずに現状把握しか行わないため、魔力の消費量や王自身に加わる負荷はさほど大きくない。更に、可能な限り負荷を軽くするためにと、把握する情報は詳細な敵の位置ではなく、敵兵の概ねの強さや配置、人数のみに留めた。これならば、次に来る戦闘に大きな影響が出ることはないだろう。
風霊と火霊が拾い上げた情報をまとめ、黄の王の元へと届けるのにそう大した時間はかからなかった。地図を広げて待っていた王は、脳内に入ってきた情報をすぐさま咀嚼し、地図に書き込みをしながら伝令役に向かって口を開いた。
「俺たちが突破すべき中央にいる兵力は、ざっと百万人。詳細なことまでは判らねーけど、全員魔導契約者だと考えておいた方が良い。……一応予想の範囲内ではあるが、やっぱりちと多いな……。これといった極集中は見られねぇが、人数と分布から考えるに、……多分だけど、帝都には一般人がほとんどいねーんじゃねーかな。帝都は馬鹿みてぇに広いけど、これだけの兵力を帝都に集中させてるとなると、一般人が残れるようなスペースはほとんどねーぞ。あと注意すべき点は、……案の定、帝都を囲む壁に何がしかの仕掛けがあるみてーだな。というか、風霊ちゃんたちが見てくれた範囲の壁全体から、人間以外の攻撃性の生体反応が感じられたとさ。こりゃやっぱり当初の予定通り、空からの奇襲は避けるべきだな。地上か地上すれすれの低空飛行でまずは様子見だ。という訳で、伝達よろしく。情報共有ができ次第、帝都に向かう」
黄の王の命を受け、伝令役が残り四つの大部隊や小隊へと雷光鳥を飛ばす。それを横目に、黄の王は近くにいた薄紅の王と黒の王に声を掛けた。
「さっき伝令にも言った通り、ちょっとだけ人数が多いっす。こっちの五万の兵力で相手できないこともないんですが、兵への被害をできるだけ防ぎたいんで、……まずはランファ殿、俺が全軍率いたときに最初にぶつかる範囲の敵、……要は壁の外に溜まってるやつらっすね。その内の一万人分で良いんで、幻惑魔法で惑わして貰って良いっすか?」
「できるだけ最前線寄りの一万人に魔法をかけて、その後ろに控えている兵を同士討ちさせる感じで良いのかしらぁ?」
「さっすがランファ殿! 仰る通りです! 上手くいけば、それで二万は削れるんじゃないかなぁって」
黄の王の言葉に、薄紅の王が形の良い眉を顰める。
「できないことはないけれど、それでも残りは九十八万よぉ? 二万を削ったところで、そんなものは誤差ではなくて?」
「そうなんですよ。誤差なんですよ。なんで、それとは別に、ランファ殿とヴェールゴール王にはお二人で二十五万人ほど倒して貰いたいなぁって」
「なるほどねぇ、貴方、頭がおかしいのではなくて?」
間髪入れずにそう言われ、黄の王は苦笑した。
「いや、勿論できる範囲でなので、必ずしも二十五万きっかり倒せとは言わないんですけどぉ。……ランファ殿と手を組んだヴェールゴール王だったら、それくらいは可能じゃないですかね?」
黄の王から問うような視線を向けられた黒の王は、しかし何も言わず、何を考えているんだか判らない表情を浮かべたままである。その代わりにとでも言うように、薄紅の王が口を開いた。
「妾の魔法で可能な限り存在を隠したヴェールゴール王なら、確かに可能ねぇ。普段はサボリ魔でどうしようもないヴェールゴール王だけれど、今回ばかりは働いてくれるかしらぁ?」
薄紅の王からも視線を向けられた黒の王が、ぱちりと瞬きをしたあと、こくりと頷いた。
「それくらいなら平気。余力があったらもっと倒しても良いんでしょ?」
「勿論そうしてくれりゃあ助かるけど、その辺はランファ殿の余力とも相談してやってくれ」
判った、と頷いた黒の王に、黄の王が広げた地図に目を落とした。
「それじゃあランファ殿とヴェールゴール王は、最前線への幻惑魔法が終わり次第、適当に敵の数を間引いてってください。いちいち倒した数まで数えてらんねぇと思うんで、まあ体感で二十五万人達成するまで」
そう言った黄の王に、黒の王が口を開く。
「二十五万人って言うけど、全員が魔導契約者だとしたら、人間を先に殺すのはまずいんじゃない? 魔物の方が暴走しちゃうんでしょ? もしかして、殺さずに気絶させろとかそういう話なの?」
首を傾げた黒の王に、黄の王は、いや、と言った。
「気絶でどうこうできるような状況じゃない。もし帝国兵が強制的に兵役をさせられてるんだとしたら悪いとは思うけど、全員殺してくれ。俺らが守るべきは俺らの国だ。他国に気ぃ回すのは、自国に余裕があるときだけで良い。ただし、ヴェールゴール王の言う通り魔物が暴走状態に入ると面倒だから、敵兵を殺すのは契約相手である魔物を先んじて処理してからだな」
「……いちいち契約相手がどれかとか確認するの面倒なんだけど、魔物だけ殺しちゃ駄目? 契約相手である魔物さえ死ねば、人間なんて大したことないんだからそっちでどうにでもできるでしょ」
黒の王の問いに、黄の王は少しだけ悩むような素振りを見せたあと、仕方がないという様子で頷きを返した。
「まあ、取りあえずそれでも良いや。ただ、兵が残ってる限り新しく魔物が湧き出すとかいうことがあった場合は、ちゃんと人間の方も処理して貰うからな?」
「判った。取り敢えず俺は、契約者の人間が自害とかし出す前に、できるだけ多くの魔物を殺せるように頑張るよ。薄紅の王もそれで良い?」
「妾はどうせ大して動く気はないから、何でも良いわ。それにしても、本当に随分働かせるのねぇ」
不満そうに言った薄紅の王にやはり苦笑した黄の王が、顔の前で両手を合わせて見せた。
「お願いしますよぉ。ランファ殿のこと、戦力としてちょー頼りにしてるんですってぇ」
「貴方にそんなことを言われても嬉しくもなんともないけれど、まあ良いわぁ。今回は特別に、少しだけ頑張って働いてあげる」
そう言った薄紅の王に黄の王が礼を述べたところで、伝令役からすべての指令を滞りなく伝え終えたと報告があった。
それを受け、黄の王が軍全体に進軍の合図を送る。
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