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最終章 伝説の最果てで蝶が舞う
戦線 -救護部隊-
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「まったく、随分と無茶をしたものですね」
珍しく非難の色を込めてそう言ったのは、白の王である。
壁を無力化することには成功したものの、軽くはない怪我を負った黄の王は、軍の後方寄りに配備されている救護部隊の元へとやってきていた。
とはいえ、重症と呼べるような怪我ではないので、本来であれば白の王が直々に治癒にあたるようなことはない。それでも白の王が黄の王の治癒を買って出たのは、ひとえにお小言を言うためである。
へらへらと笑いながらやってきた黄の王に対する白の王の第一声が、冒頭だ。言い方や言葉選びから察するに、比較的本気で怒っているのだろう。
普段は温厚な白の王が発した厳しめの言葉に、黄の王は少しだけ虚をつかれたような顔をしたあとで、へらりと笑った。
「いやぁ、でもぉ、これくらいの怪我なら優秀な白の国の救護部隊がなんとかしてくれると思ってぇ」
「治せるからいくらでも怪我をして良いと言う考え方は嫌いです」
ぴしゃりと言われ、黄の王が首を竦める。そして数度迷うように視線を彷徨わせた彼は、次いで深く息を吐いてから、白の王に向かって頭を下げた。
「……ちょっと無茶しました。すみません」
思いのほか素直に謝罪した黄の王の頭を見下ろした白の王が、暫しの沈黙のあと、ふぅと大きく息を吐いた。
「リィンスタット王の判断が間違っていたとは言いません。あの場において、貴方のあの行動は至極真っ当なものでしょう。けれど、だからといって怪我人を甘やかすような真似はしませんよ。……貴方がもっと強ければ、負わずに済んだ傷でしょう?」
「あはははは、手厳しいですねぇ。でもぉ、そういうところも素敵だと思います! 好き!」
「怪我人は怪我人らしく静かにしていてください。……まったく、回復魔法対象の第一号が軍の統率責任者だなんて、エルキディタータリエンデ王に知られたらなんと言われるか」
ため息交じりに出てきた銀の王の名に、黄の王が思わず顔を引き攣らせる。
「お、怒られますかね、やっぱ……」
「当然そうでしょうね。精々反省なさってください」
そう言ってから、白の王が風霊と水霊の名前を呼んだ。すると、宙に湧き出た清らかな水が風に舞い、黄の王の身体の所々へと優しく纏わりついた。温かいような冷たいような不思議な水の内側で、光線によって焼き切られて醜く抉れていた肉の数々が、見る見るうちに盛り上がって元の健康的な肌へと戻っていく。
回復魔法のこの現象は、時間の巻き戻しという説もあれば、時間の早送りという説もあり、またそれらとは全く異なる、個々の自己治癒力を向上させる魔法だという説もある。
(でも、高ランクの回復魔法使いは消し飛んだ腕を復元させることもできる訳だから、早送りとか自己治癒力の向上じゃあ説明がつかないと思うんだよなぁ)
驚きの速さで癒えていく傷を眺めながら、黄の王は内心でそう思った。
だが、かといって時間の巻き戻しなのかと言うと、それもまた違う気がするのだ。そもそも、この世界には時間軸に関する魔法が存在しない。別の次元にはそういう類のものが存在するという記録自体はあるが、他次元からやってきたエトランジェは何故かほとんどの特殊能力を失っているため、この記録は飽くまでもエトランジェから聞いた話にすぎない。歴史的に見ても、時間軸を操作する魔法を実際に目にしたことがある者は、この世界にはいないのだ。
とにかく、時間にまつわる要素がこの世界におけるタブーなのだとしたら、回復魔法に時間軸が関わっているとは思えない。
(未来視だとか過去視だとかですら、時間軸の操作じゃなくてただの投影だもんなぁ。……しかし、何度考えても回復魔法の原理はよく判んねー)
魔法創りの天才であるが故に、黄の王はどうも他人よりも魔法の原理や原点が気になる性質のようだ。だが、そんな彼の頭を、母親が子供を諫めるような優しい力で白の王が軽く叩いた。
「ぼーっとしないでください。貴方はこの軍の大将です。今考えるべきは回復魔法のことではないのでは?」
「ありゃー、バレバレっすか……。でも、ここに来る前にひと通りの指示は出しましたし、今のところ進軍は順調ですよ。あとは俺がこれから前線に戻れば、ひとまずは怖いもんなしっす!」
そう言って胸を張った黄の王の身体には、もう傷のひとつも残っていない。それを確かめた白の王は、やれやれと言った様子で苦笑した。
「では、どうぞ前線にお戻りください。……くれぐれも怪我には気をつけて」
「善処しまーす!」
元気よく叫んだ黄の王が、そのまま逃げるように騎獣に飛び乗って前線へと戻っていく。
できない約束はしないあたりが彼らしいが、もう少し慎重に動いて欲しいものだ、と白の王はため息をついた。
(……さて、リィンスタット王はひとまず安心ですが、シェンジェアン王とヴェールゴール王はご無事でしょうか……)
軍とは完全に独立して動いている二人の王を思い、白の王が僅かに憂いが窺える表情を浮かべる。今のところ二人とも彼女の元に姿を見せないということは、特に問題は生じていないという証拠である。だが、それでも白の王の表情から曇りが消えることはなかった。
(……普段のあの方々ならば心配はいりませんが、今回は状況が状況です。……少し心配ですね)
珍しく非難の色を込めてそう言ったのは、白の王である。
壁を無力化することには成功したものの、軽くはない怪我を負った黄の王は、軍の後方寄りに配備されている救護部隊の元へとやってきていた。
とはいえ、重症と呼べるような怪我ではないので、本来であれば白の王が直々に治癒にあたるようなことはない。それでも白の王が黄の王の治癒を買って出たのは、ひとえにお小言を言うためである。
へらへらと笑いながらやってきた黄の王に対する白の王の第一声が、冒頭だ。言い方や言葉選びから察するに、比較的本気で怒っているのだろう。
普段は温厚な白の王が発した厳しめの言葉に、黄の王は少しだけ虚をつかれたような顔をしたあとで、へらりと笑った。
「いやぁ、でもぉ、これくらいの怪我なら優秀な白の国の救護部隊がなんとかしてくれると思ってぇ」
「治せるからいくらでも怪我をして良いと言う考え方は嫌いです」
ぴしゃりと言われ、黄の王が首を竦める。そして数度迷うように視線を彷徨わせた彼は、次いで深く息を吐いてから、白の王に向かって頭を下げた。
「……ちょっと無茶しました。すみません」
思いのほか素直に謝罪した黄の王の頭を見下ろした白の王が、暫しの沈黙のあと、ふぅと大きく息を吐いた。
「リィンスタット王の判断が間違っていたとは言いません。あの場において、貴方のあの行動は至極真っ当なものでしょう。けれど、だからといって怪我人を甘やかすような真似はしませんよ。……貴方がもっと強ければ、負わずに済んだ傷でしょう?」
「あはははは、手厳しいですねぇ。でもぉ、そういうところも素敵だと思います! 好き!」
「怪我人は怪我人らしく静かにしていてください。……まったく、回復魔法対象の第一号が軍の統率責任者だなんて、エルキディタータリエンデ王に知られたらなんと言われるか」
ため息交じりに出てきた銀の王の名に、黄の王が思わず顔を引き攣らせる。
「お、怒られますかね、やっぱ……」
「当然そうでしょうね。精々反省なさってください」
そう言ってから、白の王が風霊と水霊の名前を呼んだ。すると、宙に湧き出た清らかな水が風に舞い、黄の王の身体の所々へと優しく纏わりついた。温かいような冷たいような不思議な水の内側で、光線によって焼き切られて醜く抉れていた肉の数々が、見る見るうちに盛り上がって元の健康的な肌へと戻っていく。
回復魔法のこの現象は、時間の巻き戻しという説もあれば、時間の早送りという説もあり、またそれらとは全く異なる、個々の自己治癒力を向上させる魔法だという説もある。
(でも、高ランクの回復魔法使いは消し飛んだ腕を復元させることもできる訳だから、早送りとか自己治癒力の向上じゃあ説明がつかないと思うんだよなぁ)
驚きの速さで癒えていく傷を眺めながら、黄の王は内心でそう思った。
だが、かといって時間の巻き戻しなのかと言うと、それもまた違う気がするのだ。そもそも、この世界には時間軸に関する魔法が存在しない。別の次元にはそういう類のものが存在するという記録自体はあるが、他次元からやってきたエトランジェは何故かほとんどの特殊能力を失っているため、この記録は飽くまでもエトランジェから聞いた話にすぎない。歴史的に見ても、時間軸を操作する魔法を実際に目にしたことがある者は、この世界にはいないのだ。
とにかく、時間にまつわる要素がこの世界におけるタブーなのだとしたら、回復魔法に時間軸が関わっているとは思えない。
(未来視だとか過去視だとかですら、時間軸の操作じゃなくてただの投影だもんなぁ。……しかし、何度考えても回復魔法の原理はよく判んねー)
魔法創りの天才であるが故に、黄の王はどうも他人よりも魔法の原理や原点が気になる性質のようだ。だが、そんな彼の頭を、母親が子供を諫めるような優しい力で白の王が軽く叩いた。
「ぼーっとしないでください。貴方はこの軍の大将です。今考えるべきは回復魔法のことではないのでは?」
「ありゃー、バレバレっすか……。でも、ここに来る前にひと通りの指示は出しましたし、今のところ進軍は順調ですよ。あとは俺がこれから前線に戻れば、ひとまずは怖いもんなしっす!」
そう言って胸を張った黄の王の身体には、もう傷のひとつも残っていない。それを確かめた白の王は、やれやれと言った様子で苦笑した。
「では、どうぞ前線にお戻りください。……くれぐれも怪我には気をつけて」
「善処しまーす!」
元気よく叫んだ黄の王が、そのまま逃げるように騎獣に飛び乗って前線へと戻っていく。
できない約束はしないあたりが彼らしいが、もう少し慎重に動いて欲しいものだ、と白の王はため息をついた。
(……さて、リィンスタット王はひとまず安心ですが、シェンジェアン王とヴェールゴール王はご無事でしょうか……)
軍とは完全に独立して動いている二人の王を思い、白の王が僅かに憂いが窺える表情を浮かべる。今のところ二人とも彼女の元に姿を見せないということは、特に問題は生じていないという証拠である。だが、それでも白の王の表情から曇りが消えることはなかった。
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