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第1.5章 小話
ハーフ円卓会議
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金の国の若き王、ギルヴィス・ビルガ・フォンガルドはとても焦っていた。ここ最近でこれ以上ないほどに全力疾走する程度には、焦っていた。
ギルヴィスを知っている者ならば、息を切らせて走る彼の姿に驚いたことだろう。何故ならば、普段の彼は常に落ち着いており、焦りを表に出すようなことは滅多にないからだ。
つい数か月前に即位したこの幼い王は、十二歳という歳相応に背が低い上、少女と見紛う可憐な容姿も相まってか、王としての威厳をあまり感じさせない。だからこそ、彼は少しでもそれらしくあろうと、極力落ち着いた行動を取るよう心掛けているのだが。
(っ、あ、あと、少し……!)
今の彼は、その心掛けを忘れたかのように、高級宿場の階段を駆け上がっている。では何故こんなことになっているのかというと、答えは単純である。
ギルヴィスは、絶賛遅刻中なのだ。
ハーフ円卓会議、というものを、ギルヴィスはつい最近初めて耳にした。円卓会議といえばリアンジュナイル全土の王が集い、定期報告を交わす場である。即位したばかりのギルヴィスは、新王としての挨拶をするための緊急会議に一度と、定例会議に一度の計二度しか出席したことがない。その初めての定例会議のときに、橙の国の王より伝えられたのが、ハーフ円卓会議の存在だった。
なんともふざけた名前だが、ハーフの名に相応しく、招かれるのは、赤、橙、黄、薄紅、金、の南方五ヵ国の王だけということだったので、会議の名称自体は妥当であるようだった。
あのとき橙の王から言われた、お前さんも王として即位したのだから次のハーフ円卓会議に出てみないか、という言葉は、ギルヴィスにとって大変有難い申し出だった。なにせ銀の王から、幼く不出来な王だと散々にこきおろされた後だったから、橙の王の誘いは、一国の王として認められたようで嬉しかったのだ。
そんなこんなで出席を決めたギルヴィスは、ハーフ円卓会議に向けて周到なくらいに緻密な計画を立てた。それこそ、早く着きすぎてしまうのではないかと逆に心配になるくらい余裕を持って日数を計算したし、各主要ポイントの通過日程から詳細なルートまで、それはもう事細かな工程表を作製した。実際、彼の計画に抜け目はなく、文句のつけようがないほどに完璧だった。
だがまあ、この世に真に完璧なものは存在しないらしい。
結論から言うと、ギルヴィスが結構な労力を割いて立てた完璧な計画は、見事に崩れた。
出発直前に駆け込んで来た臣下から、港でそこそこ大きな事故があったという報告を受けたのだ。なんでも、金の国が所有している中でも最大規模を誇る港で、船舶同士の衝突事故が発生したらしい。詳しく聞けば、積み荷は勿論のこと人的被害も多少、とのことだった。
急な事態に、しかし王としてのギルヴィスの判断は迅速かつ的確であった。貿易国として名を馳せる金の国にとって、海路は他大陸との交易に必須の場だ。その窓口たる港でそこまでの被害が出たとなると、他国へ向かっている場合ではない。
こうして、橙の国へ行くはずだった騎獣はその進路を港町へと変更し、ギルヴィスは自ら事態の収拾にあたることになったのだった。
幸いにして、衝突事故の被害は甚大という程のものではなかったが、現場へ城へと動き回って諸々の処理をしている内に、気づけば出発予定の日から数日が経ってしまっていた。慌てて残りの日数で計算し直してみると、今すぐ出発してもぎりぎり間に合わないのではないか、というくらい差し迫った日程になっていることが判った。
勿論、遅れるかもしれないという文書はあらかじめ橙の国宛てに出してはいるものの、遅刻しないにこしたことはない。別にギルヴィスも遊んでいて遅れる訳ではないので、各国の王達も目くじらを立てるようなことはないだろう。だが、初出席からそのような失態を犯すのは、流石に印象が悪い。
兎に角なんとしてでも間に合わせなければ、と思ったところで、ギルヴィスはタイミングよく師団長が休暇だったことを思い出した。ヴァーリア師団長の騎獣は、金の国の中でもトップクラスの速度を誇る。これ幸いと随従を頼めば、休暇中にも関わらず、彼は快く引き受けてくれた。
こうして、当初の予定よりも大幅に速度の出る騎獣に乗り、可能な限り休息を削ってなお、ギルヴィスが会議の会場である建物に辿り着いたのは、すでに会議開始の時刻を時計一回り以上越えていた頃合いだった。
これはもう、言い訳のしようもないほどの大遅刻である。
騎獣が着地するのと同時に地面に飛び降りたギルヴィスが、師団長を振り返って頭を下げる。
「折角の休暇だったというのに、本当にすみません、ヴァーリア! この補填は必ず致しますので!」
「お気になさらないでください。寧ろ、陛下のお役に立てて光栄に思います。私は下でお待ちしておりますので、どうぞお気をつけて」
申し訳なさそうな顔をするギルヴィスに、師団長は赤い瞳を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは行ってきます!」
そして冒頭に至る。
会議が行われる建物は、橙の国の首都にある高級宿の一つだ。どうして橙の国の王宮でないのかは判らないが、きっと何か意味があるのだろう。
指定された宿は貸し切りにされているらしく、受付以外に人の姿は見えなかった。おかげで息せき切って走る一国の王、という無様を多くに晒さずに済んだのは、有難い話である。
なんとか階段を上りきり、会議の場がある最上階まで至ったギルヴィスだったが、その頃にはぜいぜいと肩で息をする有様だった。
王として剣術や武術の鍛錬を欠かしたことはないが、ギルヴィスが得意としているのはそれよりも魔術や錬金術である。執務以外の空いた時間のことを考えれば、剣を振るったり体術を学ぶよりも研究室にいる時間の方が圧倒的に長かった。増してやまだ幼い身であるのだから、体力が少々不足しているのも致し方ないことだろう。しかし、当の本人はそれで納得するような子ではなかった。
(錬金魔術に割く時間が多いだとか、子供だとか、そんなものは言い訳にすぎない。王である以上、もっと身体を鍛えねば。きっと他国の諸王方ならば、この程度ものともしない筈だ)
そう心に誓いながら、ギルヴィスは、ようやく辿り着いた部屋の扉を勢いそのままに開け放った。
「申し訳ありません! 大変な遅刻をしてしまい――」
面目次第もございません、と続くはずの言葉が尻すぼみに消える。
ギルヴィスの想像するハーフ円卓会議とは、椅子に座した各王が、円卓会議よりは和やかに、けれど国にとって重要な会話を厳かに交わしている場であった。その内容が具体的にどのようなものかまでは考えていなかったが、国益となるものなのであろうと予想していた。
しかし、
「おお、坊主! ようやっと来たか! こっちはもう始めているぞ!」
やたらとでかい声と共に、くらくらしそうなほどに濃い酒の臭いがギルヴィスに襲い掛かった。そして広がる光景に、彼は遅刻の罪悪感などすっかり忘れ、ぽかんと口を開けてしまった。
最高級の部屋に相応しい調度の数々は全て部屋の隅に追いやられ、椅子や机のへったくれもなく広く開けられた空間に、四人の大人が絨毯に直に座り込んでいる。濃い金髪に褐色肌をした色男が手にするグラスを一息に煽り、促された赤銅の髪の男が同じように一息にグラスを空けた。そうすれば続くのは、先程の大声の主である一際大柄な男で、隣に置いた大樽にこれまた大きなグラスを直接突っ込んで中身を掬っては、これまた一気。場における紅一点は流石に付き合わなかったものの、尻に敷くクッションの周囲には既に幾つもの瓶が並べられている。
未だ入り口で呆然としている幼王を見て、赤髪の男がにこりと微笑む。
「ああ、ギルヴィス王。その様子だと、件の事故は無事に片付いたようだな。何よりだ」
労いの言葉を掛けた彼に続くように、残りの二人がギルヴィスの方へと顔を向けた。
「よう、ギルヴィス王! なぁにそんなところに突っ立ってんだよ。早く中に入れって」
「あら、やっと主役が来たの? これでようやく妾の目も休まるというものだわ。何せむさ苦しいのが二人もいて、圧倒的に麗しさが足りていないのだもの」
幻覚でもなんでもなく、間違いなくそこにいるのは赤の国グランデル、橙の国テニタグナータ、黄の国リィンスタット、薄紅の国シェンジェアンを治める各王達だった。
王たちに手招きされ、驚愕に固まっていたギルヴィスはほぼ無意識に足を動かし、中央にいる彼らに近づく。
まぁ座れと促されたのは、赤の国王ロステアールと、此度の主催国である橙の国王ライオテッドの間だった。と言っても、示された場所は床なので席らしい席はなく、申し訳程度にクッションが置かれている程度である。未だ混乱しているギルヴィスは、流されるままにそのクッションに尻を落ち着けた。そんな彼に、大男、ライオテッドがずいっとグラスを差し出す。
「よし、取り敢えず一杯だな!」
「え、あの……いえあの、ライオテッド王、私はまだ、酒精を嗜める年齢では」
ギルガルドで飲酒が認められるのは成人である十五からである。十二のギルヴィスは、あと数年経たねば合法的に酒を口にすることはできない。
ギルヴィスからすれば当然の返答だったのだが、しかしライオテッドはだからなんだと気にも留めない。
「酒も女も知るのは早い内が良いぞ、坊主! どちらも男にとって欠かせぬものだからな!」
「あの、いえ、しかし、王である私が法を守らねば、国民に示しが」
固辞してグラスを返そうとするギルヴィスだったが、橙の王はその背をばしばしと叩きながら、グラスを押し戻してきた。そんな橙の王を援護するように、甘い垂れ目が印象的な色男、リィンスタット国王のクラリオがギルヴィスに声を掛ける。
「べーつにちょっと酒飲んだくらい問題ねぇって。俺なんて初めて煙管に手ぇ付けたの、十やそこらの時だったぜ? どうせここにいるメンツ以外の誰が知るわけでもなし、ほら、ぐいっといっちまえ!」
ほれほれと手にするグラスの氷をからから鳴らして煽り立てるクラリオは、肌の色で判りにくいが、どうやら既にかなり酔っているようだった。
「ギルヴィス王は真面目ねぇ。酔わせて食べてしまおうという訳ではないのだから、そこまで気を張らなくて良いのよ? それともやっぱり、美しくない殿方に注がれたお酒は嫌かしら? それじゃあ、その可愛らしい顔に免じて、特別に妾が注いで差し上げるわ」
そう言って瓶の口をギルヴィスへ差し出してきた美女は、薄紅の国のランファ女王である。その美しい顔にも既に朱が差しており、黄の王ほどではないが酔いが回っていることが察せられた。
こうして酔っ払いに囲まれる形になってしまったギルヴィスは、逃げ場を求めて視線を彷徨わせる。
前方二名と左の一名は駄目だ。そうとなれば、いやそうでなくても、頼れる相手はただ一人。
ギルヴィスが、ばっと顔を向けたのは、右隣に座る赤の王の方だった。手酌で注いだ酒を飲みつつ場を見守っていた赤の王だったが、ギルヴィスの縋るような視線を受けて、にっこりと笑みを深める。
「お三方とも、そこまでにされては如何か。あまりギルヴィス王を困らせるものではないだろう」
ギルヴィスの手に押し付けられていたグラスをそっと取り上げ、やんわりと三人を嗜めた赤の王に、ギルヴィスは内心で拍手喝采を贈る。
(ああ、流石はロステアール王、なんてお優しいのだろう。やっぱり、この人はとても素晴らしいお方だ……!)
その一方で、窘められた男二人は大いに不服そうな顔をする。
「なんだつまらん。大人の階段を昇る手助けするのも先達の役目ってもんだろう、ロステアール王」
「そうだそうだ! ロステアール王はそうやってギルヴィス王を助けたつもりなのかもしんねぇけど、結果的に損させてるんだからな! 酒と女性のいない人生なんて地獄だぜ!」
「貴殿らの主張はまあ判らないでもないが、この場においては詭弁だぞ? いくらギルヴィス王が可愛いからといって、からかうのはほどほどに」
男二人から飛ぶブーイングをいつもの笑顔で流し、さりげない反撃まで入れる赤の王を見ていると、安心も相まってかギルヴィスは段々冷静さを取り戻し、混乱しっぱなしだった頭を整理することができた。そして、そこでようやく彼は、あって然るべき疑問を抱く。
「……あの、皆さんは、一体何をされているのですか?」
唐突な質問に、きょとんとした顔でギルヴィスを見たのは橙の王だった。
「お前さん、これが酒盛り以外の何に見えるんだ?」
ご尤もである。
部屋中を埋める酒臭に、皿にどさりと積まれた多種多様なつまみの数々。床に転がされたり並べられたりと無法地帯を形成する酒瓶たち。どこからどう見ても、酒盛り以外の何物でもない。
しかしギルヴィスの知る酒宴は、こうも無作法なものではなかったように思う。彼は、参加したことのある数少ない宴の席の経験から、酒宴というものは立食会に近しいものであるという認識を持っていた。
いや、というか、酒宴がどうこうと言った話ではない。そもそもこれは酒宴ではなく、
「……会議、なのでは……」
この会の名は、確かにハーフ円卓会議であったはずだ。断じて、こんな臭いだけで酔ってしまいそうな宴会に呼ばれた覚えはない。
呆然としたような呟きには、黄の王が答えた。
「会議か。会議なぁ。まあ、話ならちゃんとしてるぜ。例えばそこの出奔王だけど、この間まーた性懲りもなく出奔したんだとさ。そんで案の定、あのイケメン宰相にしこたま怒られた、とかな」
「ははは、まあ、あの男は私に構うのが好きなのだ。私が出奔すればその機会も増えるから、それはそれで楽しんでいるだろうよ」
「男に構うのが好きとか、あんたのとこの宰相、ほんっとに趣味悪いよなぁ」
心底理解できないといった風の黄の王は、二十六歳という若さで赤の王よりも王歴の長い優秀な男だが、女好きで有名な王でもある。女性は等しくこの世で最も素晴らしい存在だと公言して憚らない彼にとって、赤の国の宰相が理解できないのは仕方ないだろう。
「折角とっても美しい顔をしているというのに、ロンター宰相のその病気は残念極まりないわぁ。それさえなければ、妾、褥に侍らせてあげても良いと思うくらいなのに」
美しさを至上とする薄紅の女王は、顔は良いのに自国の王のこととなると残念になってしまう赤の国の宰相を思い出し、麗しい溜息を吐いた。それから黄の王が、そんであれなんだろう、と顰めていた顔ににんまりと笑みを形作ってみせる。
「ロンター公爵の秘蔵っ子の、グレイ? だっけか? あの子にも怒鳴られたんだって?」
「おや、耳が良いなクラリオ王。グランデルの何処かに優秀な耳をお持ちのようだ」
「色んな娘とお友達なだけだよ。ま、あんたなら判ってんだろうが、ほいほい重要な情報吐くようなグランデル国民なんて存在しねぇよ。あんたのとこの国民は、こっちが引くくらい、あんたに対して忠実だ」
「無論、承知しているとも。臣下も民も、皆私を信じてついて来てくれている。本当に、私は恵まれた王だ。だが、それは貴殿の国も同じだろう? クラリオ王」
「いやぁ、あんたのとこほどじゃあないけどな」
そう言って笑い合う声を聞いていたギルヴィスだったが、二人のやり取りに抱いた疑問をぶつけようと、口を開く。
「あの、……クラリオ王は出奔出奔と仰いますが、ロステアール王のことです、何かお考えがあって出国なされたのでしょう」
尊敬する国王が何の考えもなしに国を開けることないだろう、という主張だったが、黄の王はギルヴィスの顔をまじまじと見た後に、ぶはっと噴き出した。
「そりゃあお前、ちょっとこの男に夢見過ぎってぇ奴だな!」
ええ……、と目を瞬かせているギルヴィスを、薄紅の女王が憐れむように見る。
「ロステアール王、可愛らしい子供を誑かすのは良くなくてよ?」
「そうそう、そうですよねランファ殿。いたいけな子供を弄ぶのは良くないな~」
最低だわとでも言いそうな紅一点と、調子良くそれに同調する色男に、件の赤の王はのんびりと首を捻った。
「これは困った。誑かした覚えも弄んだ覚えもないのだがなぁ」
やり取りを聞いていたギルヴィスは、一周遅れて、赤の王が他の王たちにけちょんけちょんに言われていることを理解した。そして、そのあんまりな言葉たちを否定しようと、慌てて口を開く。自分のせいで尊敬する王が誤解を受けるなど、あってはならない事態だ。
「た、誑かされてなどいません!」
「そうか、なら坊主は弄ばれてしまったか……」
「弄ばれてもいません! ライオテッド王! クラリオ王! ランファ王! そのような誤解はロステアール王に失礼だと思います!」
我慢ならないとギルヴィスが吠えると、四者四様に王達は笑った。冗談だ、半分はな! と大きな手でギルヴィスの肩を叩く橙の王といい、本当に真面目ねぇと扇子で口元を隠している薄紅の王といい、面白いなぁギルヴィス王はと笑っている黄の王といい、子供を弄んでいるのはロステアール以外の三者の方だった。
いや、この際そんなことはどうでも良い。問題は、名君の中の名君たる赤の王が、出奔王と馬鹿にされていることである。しかしながら、幼いギルヴィスには、三人の王を相手取って問答できるだけの能力がない。だからこそ、幼王の視線は赤の王へと向けられる。
(若輩の身なれば、貴方の考えを汲み取ることは叶わないけれど、きっと何か気高い理念の下動かれていると承知しております。このままでは変な汚名を被ってしまいます。どうぞ、何か仰ってくださいませ)
そんな思いをたっぷりと含めた視線に対し、返ってきたのは、それはもう能天気な笑顔だった。
「なに、屋内に引きこもって執務をこなしてばかりでは、息が詰まってしまうだろう? 定期的に外の空気を吸わなくては、カビが生えてしまう」
ガーン、とあからさまに衝撃を受けた顔を晒すギルヴィスの左方から、再び大きな笑い声が上がる。
「ほら見たことか。小僧は見る目がないなぁ」
「ロステアール王はロステアール王で、美化され過ぎでしょ」
赤の王を指差して盛大に笑う二人の王の言葉が耳に入っているのかいないのか。ギルヴィスの口から零れたのは、なおも赤の王をフォローする言葉だった。
「あの、しかし、視察とか、そういった、」
「いや、国内にいては、宰相や騎士団に捕まりやすいのだ。なにせ連中、私が逃げたとなるとそれはもう本気の策を練って追ってくるのでな。毎度毎度それを躱すのが楽しい。ああ、勿論旅自体も面白いぞ」
可哀想なことに、ギルヴィスの必死のフォローは、当の本人に呆気なく否定されてしまった。愕然とするギルヴィスを尻目に、黄の王も、うんうんと頷く。
「第一、視察でわざわざカジノに行く必要ないもんなぁ」
「え、あ、いえ、ええと、……それは、金銭の集まる場では情報も集まりやすいからとか、」
「いいや。脱走対策なのか、最近は私の個人資産まで家臣の許可がなくては手を出せない状況になっていてな。無断で出て行くと、ほとんど持ち合わせがない状態なのだ。そんなときに手っ取り早く滞在費を稼ぐとなると、私の強運を生かしてカジノで荒稼ぎするしかあるまい」
ギルヴィスのフォローを無下にしたのは、またしても赤の王であった。ここまで来れば、さしものギルヴィスも自分の方が間違っているのではないだろうかと思ってしまう。ぐるぐる混乱する頭をなんとかまとめようとしている子供の前で、しかし王たちの会話が止まってくれることはない。
「この間は、青に行ったのだったかしら?」
「ああ。まぁ稼いだ場所は裏カジノであるから、青の国の財に影響は……おっと」
「ははは! こりゃ良いや! 非合法の裏カジノだろうとも、青の国であんたががっぽり儲けたとあったら、あのミゼルティア王の澄まし顔にも青筋たっぷりだろうなぁ!」
「でかしたぞロステアール王! これはもう飲むしかあるまい! 青のとこの小僧にバレたら大目玉だろうがな!」
陽気に笑う王たちを見て、赤の王もにこりと微笑む。
「そうだろうとも。だから、円卓会議の場が水蒸気で満ち溢れないように、今の発言はくれぐれも内密にお願いしよう」
ひ、ひえぇ。
とんでもないことを聞いてしまった、とギルヴィスは青褪める。だが顔色を悪くしたのはギルヴィスただ一人だけで、他の面々は、それはもう楽しそうに笑っているだけだった。
「ぃよっし! ロステアール王、キングオブキングスで勝負しようぜ!」
「ああ、構わないとも」
「だがその前に儂と飲み比べだ、ロステアール王。今度は負けんぞ!」
「中々に気合が入っておられる。その気迫、今回は貴殿に勝ちを譲ることになるやも知れんな」
「顔色一つ変えたこともなしに、よう言いよるわ! なればいざ、尋常に!」
どんっ、と橙の王が赤の王と己の間に酒樽を置き、あれよあれよという間に、二人の飲み比べ勝負が始まってしまった。位置関係的に挟まれた形になってしまっているギルヴィスは、かなりの勢いで消費されていく酒と二人の飲みっぷりに気圧され、おろおろとしながらもクッションごと尻をずらして後退していく。
そこで不意に肩をとんとんと叩かれ、ギルヴィスの肩が盛大に跳ねた。振り返ってみれば、いつの間に移動したのやら、薄紅の女王がギルヴィスの後ろにいた。
「まったく、どうしてこうも野蛮なのかしらねぇ。ほら、ギルヴィス王、こちらへおいでなさい。妾の膝を貸してあげてよ?」
美しい微笑みを浮かべた薄紅の女王が、己の膝をぽんぽんと叩いてギルヴィスを招いた。世の男のおよそ八割が無条件に頷いてしまうだろうそれに、しかしギルヴィスは思い切り首を横に振る。
「そっ、そんな、淑女の膝の上になどっ」
ギルヴィスがそう返答することくらい判っていように、薄紅の女王はわざとらしく、美しい形の眉を顰めて小首を傾げる。
「あら、妾の誘いを断るの?」
「え、あ、いえ、あの」
そう返されてしまっては、ギルヴィスはあたふた慌てるしかない。淑女に己の体重を預けるなど有り得ない話だが、かといって、こう言われてなおも断るとなると、誘った側に泥を塗るような形になってしまう。勿論、からかわれているのだと判らないわけではないが、だからと言って上手く立ち回れるほど、彼は大人ではなかった。
にっちもさっちもいかない状況に、赤の王に助けを求めたくなるが、彼の王は飲み比べの真っ最中である。たかだか飲み比べとはいえ、勝負は勝負だ。待ったをかけるのは躊躇われた。
救いの手を求めて視線を彷徨わせていると、不意に軽薄な声が二人の間に割り込んでくる。
「ラーンファ殿っ、膝なら俺がお借りしますよぉ!」
声の主は黄の王であった。彼は飲み比べ対決を観戦していたはずだが、この場で唯一の女性が場を移したのに気づいて、同じく移動してきたらしい。王と言うには少しばかりだらしのない笑みを浮かべた彼は、今にも薄紅の女王の白い腿に頭を乗せんばかりである。
しかし、ずずいと寄ってくる黄の王への返答は、その額を強かに打つ扇であった。
「あまり調子に乗るんじゃあないわ」
「いてっ」
それなりに良い音を立てて小突かれた額を抑え、黄の王は少しだけ唇を尖らせてから、ギルヴィスの方を見た。
「あーそうだギルヴィス王。流石に喉乾いてんだろ。どれ飲む? 早くしねぇとあそこの二人に飲み尽くされちまうぞ」
「子供の口には甘い方が良いかしら? 果実酒があるわよ?」
両手に酒瓶を持ってこちらを見て来る二人の王と、その後ろで楽しそうな笑い声を上げながら酒を喉に流し込んでいる王たちを見てから、ギルヴィスは遠い目をして、ひとこと。
「……取り敢えず、お酒でないものを、頂きたいです……」
結局宴会(最早ハーフ円卓会議とは呼ぶまい)は明け方まで続き、その頃には黄の王と橙の王はべろんべろんになって死体の如くといった様子であった。なお、美容にこだわる薄紅の女王は、夜が更けて来たあたりで自分に割り振られている部屋にさっさと退散していた。曰く、夜更かしは大敵だそうだ。
ギルヴィスはギルヴィスで、急ぎ旅の疲れもあってか、途中からうたた寝をしてしまっていたらしい。鳥が囀る音にゆるゆると覚醒すれば、床で丸まって寝ていた身体には大きな外套が掛けられていた。それが赤の王の物だと気づいた彼が慌てて飛び起きて部屋を見回すと、無様に転がっている死体二つと、黙々と片づけをしている赤の王の姿が目に入った。
「す、すみません!」
外套を抱えて赤の王の元へ駆け寄ると、赤の王はにこりと微笑んで返した。
「おや、お疲れだろう。もう少し寝ていても良いのだぞ?」
「ロステアール王一人に片づけを任せるなど、そういう訳にはいきません」
「私がたまたま起きていたからやっているだけだ。貴殿が気にすることではない」
「それでも駄目です」
引く気がないギルヴィスに、赤の王がまた笑みを浮かべる。
「それでは、残りの酒瓶を全て回収して、この袋に入れて頂こうか。その間に、私はあの二人を部屋まで運ぼう」
「あの二人って、……お一人で大丈夫ですか?」
「クラリオ王は全く問題ない。ライオテッド王も、さすがに重いだろうが、まあ大丈夫だ」
そう言いきった赤の王に、ギルヴィスはまた感嘆してしまう。
この王は、王として他の追随を許さない程に優れている上に、武人としても大層優れているのだ。本当に、こんな王は、もう二度と誕生しないのではないだろうか。
赤の王が言葉通り黄の王と橙の王を部屋に運んでいる間、ギルヴィスは酒瓶やら酒樽やらの片付けに勤しんだ。黄の王が赤の王に横抱きにされている様に少し笑ってしまったのは、内緒だ。なお橙の王はさしもの赤の王も大変だったのか、俵担ぎで部屋に運ばれて行った。そして、これにもギルヴィスは笑いを禁じ得ないのであった。
「片付けを手伝わせてしまってすまないな、ギルヴィス王」
国王二人を運び終えて再び部屋の片付けに戻った赤の王が、そう言いながら端に寄せられた机や椅子を元の位置に戻していく。そこまでする必要はないのではないかと思ったギルヴィスだったが、出来るだけ宿の人間に負担を掛けないように、という配慮なのだろう。さすがは赤の王である。
「いえ、お気になさらず。……そんなことより、ハーフ円卓会議とは、いつもこうなのでしょうか」
「まあ、どの国で開催しても、大体毎度こんな感じになるな」
「……会議、というか、宴会ですね……」
疲れたように言ったギルヴィスに、赤の王が笑う。
「とは言え、皆、今回は特にハメを外しておられたな。貴殿がいたからだろう」
「私、ですか?」
「ああ。今回の宴は、いつもの会議に加え、貴殿の歓迎会という面もあったからな。からかうようなことを言ってばかりだが、皆、貴殿の即位を喜び、心から祝福しているのだ。少々おふざけが過ぎるところもあるが、それも貴殿の緊張を和らげようと思ってのこと。その点、ご理解頂けると有難い」
優しい声に、ギルヴィスの胸がぎゅうと締め付けられる。
赤の王の言葉は、全てを物語っていた。一日も早く国王として認められるような人間にならねば、と奮闘してきたギルヴィスだったが、なんのことはない。
「……皆様、もう、僕のことを認めてくれていたんですね」
「当然だろう。貴殿は確かに、まだ幼く頼りない面もある。しかし、心持ちや素質は十分に王のそれであると、皆判っているのだ。ならば、経験の低さを理由にそれを認めないなど、あろうはずもない。……これを言っては怒られそうだが、発言に棘のあるエルキディタータリエンデ王とて、貴殿を本当に認めていない訳ではないのだ。あの御仁が本当に王として不足と考えたならば、それこそ容赦なく玉座から引き摺り下ろしにかかるだろうからな」
「……そう、でしょうか。……僕、王として、きちんと立てているでしょうか……?」
ほんの僅か、縋るような目で見上げてきた幼き王の頭を撫でてやり、赤の王が微笑む。
「勿論だとも。私が保証しよう」
その言葉に、ギルヴィスの顔が明るくなる。そして、彼は美少女さながらの笑みを浮かべた。
「それでは、皆様方と肩を並べられる王になれるよう、更に精進致します」
「ははは、これは、私もうかうかしていたら追い越されてしまうかもしれないな。……まあ、しかし、」
ぽんぽん、と、大きな掌が金の王の頭を滑る。
「取り敢えずは、気が緩んだときに“僕”と言ってしまう癖を改めようか?」
茶目っ気をたっぷり含んだ言葉に、自分の発言を遡った金の王は、かあっと顔を紅潮させるのであった。
ギルヴィスを知っている者ならば、息を切らせて走る彼の姿に驚いたことだろう。何故ならば、普段の彼は常に落ち着いており、焦りを表に出すようなことは滅多にないからだ。
つい数か月前に即位したこの幼い王は、十二歳という歳相応に背が低い上、少女と見紛う可憐な容姿も相まってか、王としての威厳をあまり感じさせない。だからこそ、彼は少しでもそれらしくあろうと、極力落ち着いた行動を取るよう心掛けているのだが。
(っ、あ、あと、少し……!)
今の彼は、その心掛けを忘れたかのように、高級宿場の階段を駆け上がっている。では何故こんなことになっているのかというと、答えは単純である。
ギルヴィスは、絶賛遅刻中なのだ。
ハーフ円卓会議、というものを、ギルヴィスはつい最近初めて耳にした。円卓会議といえばリアンジュナイル全土の王が集い、定期報告を交わす場である。即位したばかりのギルヴィスは、新王としての挨拶をするための緊急会議に一度と、定例会議に一度の計二度しか出席したことがない。その初めての定例会議のときに、橙の国の王より伝えられたのが、ハーフ円卓会議の存在だった。
なんともふざけた名前だが、ハーフの名に相応しく、招かれるのは、赤、橙、黄、薄紅、金、の南方五ヵ国の王だけということだったので、会議の名称自体は妥当であるようだった。
あのとき橙の王から言われた、お前さんも王として即位したのだから次のハーフ円卓会議に出てみないか、という言葉は、ギルヴィスにとって大変有難い申し出だった。なにせ銀の王から、幼く不出来な王だと散々にこきおろされた後だったから、橙の王の誘いは、一国の王として認められたようで嬉しかったのだ。
そんなこんなで出席を決めたギルヴィスは、ハーフ円卓会議に向けて周到なくらいに緻密な計画を立てた。それこそ、早く着きすぎてしまうのではないかと逆に心配になるくらい余裕を持って日数を計算したし、各主要ポイントの通過日程から詳細なルートまで、それはもう事細かな工程表を作製した。実際、彼の計画に抜け目はなく、文句のつけようがないほどに完璧だった。
だがまあ、この世に真に完璧なものは存在しないらしい。
結論から言うと、ギルヴィスが結構な労力を割いて立てた完璧な計画は、見事に崩れた。
出発直前に駆け込んで来た臣下から、港でそこそこ大きな事故があったという報告を受けたのだ。なんでも、金の国が所有している中でも最大規模を誇る港で、船舶同士の衝突事故が発生したらしい。詳しく聞けば、積み荷は勿論のこと人的被害も多少、とのことだった。
急な事態に、しかし王としてのギルヴィスの判断は迅速かつ的確であった。貿易国として名を馳せる金の国にとって、海路は他大陸との交易に必須の場だ。その窓口たる港でそこまでの被害が出たとなると、他国へ向かっている場合ではない。
こうして、橙の国へ行くはずだった騎獣はその進路を港町へと変更し、ギルヴィスは自ら事態の収拾にあたることになったのだった。
幸いにして、衝突事故の被害は甚大という程のものではなかったが、現場へ城へと動き回って諸々の処理をしている内に、気づけば出発予定の日から数日が経ってしまっていた。慌てて残りの日数で計算し直してみると、今すぐ出発してもぎりぎり間に合わないのではないか、というくらい差し迫った日程になっていることが判った。
勿論、遅れるかもしれないという文書はあらかじめ橙の国宛てに出してはいるものの、遅刻しないにこしたことはない。別にギルヴィスも遊んでいて遅れる訳ではないので、各国の王達も目くじらを立てるようなことはないだろう。だが、初出席からそのような失態を犯すのは、流石に印象が悪い。
兎に角なんとしてでも間に合わせなければ、と思ったところで、ギルヴィスはタイミングよく師団長が休暇だったことを思い出した。ヴァーリア師団長の騎獣は、金の国の中でもトップクラスの速度を誇る。これ幸いと随従を頼めば、休暇中にも関わらず、彼は快く引き受けてくれた。
こうして、当初の予定よりも大幅に速度の出る騎獣に乗り、可能な限り休息を削ってなお、ギルヴィスが会議の会場である建物に辿り着いたのは、すでに会議開始の時刻を時計一回り以上越えていた頃合いだった。
これはもう、言い訳のしようもないほどの大遅刻である。
騎獣が着地するのと同時に地面に飛び降りたギルヴィスが、師団長を振り返って頭を下げる。
「折角の休暇だったというのに、本当にすみません、ヴァーリア! この補填は必ず致しますので!」
「お気になさらないでください。寧ろ、陛下のお役に立てて光栄に思います。私は下でお待ちしておりますので、どうぞお気をつけて」
申し訳なさそうな顔をするギルヴィスに、師団長は赤い瞳を細めて微笑んだ。
「ありがとうございます。それでは行ってきます!」
そして冒頭に至る。
会議が行われる建物は、橙の国の首都にある高級宿の一つだ。どうして橙の国の王宮でないのかは判らないが、きっと何か意味があるのだろう。
指定された宿は貸し切りにされているらしく、受付以外に人の姿は見えなかった。おかげで息せき切って走る一国の王、という無様を多くに晒さずに済んだのは、有難い話である。
なんとか階段を上りきり、会議の場がある最上階まで至ったギルヴィスだったが、その頃にはぜいぜいと肩で息をする有様だった。
王として剣術や武術の鍛錬を欠かしたことはないが、ギルヴィスが得意としているのはそれよりも魔術や錬金術である。執務以外の空いた時間のことを考えれば、剣を振るったり体術を学ぶよりも研究室にいる時間の方が圧倒的に長かった。増してやまだ幼い身であるのだから、体力が少々不足しているのも致し方ないことだろう。しかし、当の本人はそれで納得するような子ではなかった。
(錬金魔術に割く時間が多いだとか、子供だとか、そんなものは言い訳にすぎない。王である以上、もっと身体を鍛えねば。きっと他国の諸王方ならば、この程度ものともしない筈だ)
そう心に誓いながら、ギルヴィスは、ようやく辿り着いた部屋の扉を勢いそのままに開け放った。
「申し訳ありません! 大変な遅刻をしてしまい――」
面目次第もございません、と続くはずの言葉が尻すぼみに消える。
ギルヴィスの想像するハーフ円卓会議とは、椅子に座した各王が、円卓会議よりは和やかに、けれど国にとって重要な会話を厳かに交わしている場であった。その内容が具体的にどのようなものかまでは考えていなかったが、国益となるものなのであろうと予想していた。
しかし、
「おお、坊主! ようやっと来たか! こっちはもう始めているぞ!」
やたらとでかい声と共に、くらくらしそうなほどに濃い酒の臭いがギルヴィスに襲い掛かった。そして広がる光景に、彼は遅刻の罪悪感などすっかり忘れ、ぽかんと口を開けてしまった。
最高級の部屋に相応しい調度の数々は全て部屋の隅に追いやられ、椅子や机のへったくれもなく広く開けられた空間に、四人の大人が絨毯に直に座り込んでいる。濃い金髪に褐色肌をした色男が手にするグラスを一息に煽り、促された赤銅の髪の男が同じように一息にグラスを空けた。そうすれば続くのは、先程の大声の主である一際大柄な男で、隣に置いた大樽にこれまた大きなグラスを直接突っ込んで中身を掬っては、これまた一気。場における紅一点は流石に付き合わなかったものの、尻に敷くクッションの周囲には既に幾つもの瓶が並べられている。
未だ入り口で呆然としている幼王を見て、赤髪の男がにこりと微笑む。
「ああ、ギルヴィス王。その様子だと、件の事故は無事に片付いたようだな。何よりだ」
労いの言葉を掛けた彼に続くように、残りの二人がギルヴィスの方へと顔を向けた。
「よう、ギルヴィス王! なぁにそんなところに突っ立ってんだよ。早く中に入れって」
「あら、やっと主役が来たの? これでようやく妾の目も休まるというものだわ。何せむさ苦しいのが二人もいて、圧倒的に麗しさが足りていないのだもの」
幻覚でもなんでもなく、間違いなくそこにいるのは赤の国グランデル、橙の国テニタグナータ、黄の国リィンスタット、薄紅の国シェンジェアンを治める各王達だった。
王たちに手招きされ、驚愕に固まっていたギルヴィスはほぼ無意識に足を動かし、中央にいる彼らに近づく。
まぁ座れと促されたのは、赤の国王ロステアールと、此度の主催国である橙の国王ライオテッドの間だった。と言っても、示された場所は床なので席らしい席はなく、申し訳程度にクッションが置かれている程度である。未だ混乱しているギルヴィスは、流されるままにそのクッションに尻を落ち着けた。そんな彼に、大男、ライオテッドがずいっとグラスを差し出す。
「よし、取り敢えず一杯だな!」
「え、あの……いえあの、ライオテッド王、私はまだ、酒精を嗜める年齢では」
ギルガルドで飲酒が認められるのは成人である十五からである。十二のギルヴィスは、あと数年経たねば合法的に酒を口にすることはできない。
ギルヴィスからすれば当然の返答だったのだが、しかしライオテッドはだからなんだと気にも留めない。
「酒も女も知るのは早い内が良いぞ、坊主! どちらも男にとって欠かせぬものだからな!」
「あの、いえ、しかし、王である私が法を守らねば、国民に示しが」
固辞してグラスを返そうとするギルヴィスだったが、橙の王はその背をばしばしと叩きながら、グラスを押し戻してきた。そんな橙の王を援護するように、甘い垂れ目が印象的な色男、リィンスタット国王のクラリオがギルヴィスに声を掛ける。
「べーつにちょっと酒飲んだくらい問題ねぇって。俺なんて初めて煙管に手ぇ付けたの、十やそこらの時だったぜ? どうせここにいるメンツ以外の誰が知るわけでもなし、ほら、ぐいっといっちまえ!」
ほれほれと手にするグラスの氷をからから鳴らして煽り立てるクラリオは、肌の色で判りにくいが、どうやら既にかなり酔っているようだった。
「ギルヴィス王は真面目ねぇ。酔わせて食べてしまおうという訳ではないのだから、そこまで気を張らなくて良いのよ? それともやっぱり、美しくない殿方に注がれたお酒は嫌かしら? それじゃあ、その可愛らしい顔に免じて、特別に妾が注いで差し上げるわ」
そう言って瓶の口をギルヴィスへ差し出してきた美女は、薄紅の国のランファ女王である。その美しい顔にも既に朱が差しており、黄の王ほどではないが酔いが回っていることが察せられた。
こうして酔っ払いに囲まれる形になってしまったギルヴィスは、逃げ場を求めて視線を彷徨わせる。
前方二名と左の一名は駄目だ。そうとなれば、いやそうでなくても、頼れる相手はただ一人。
ギルヴィスが、ばっと顔を向けたのは、右隣に座る赤の王の方だった。手酌で注いだ酒を飲みつつ場を見守っていた赤の王だったが、ギルヴィスの縋るような視線を受けて、にっこりと笑みを深める。
「お三方とも、そこまでにされては如何か。あまりギルヴィス王を困らせるものではないだろう」
ギルヴィスの手に押し付けられていたグラスをそっと取り上げ、やんわりと三人を嗜めた赤の王に、ギルヴィスは内心で拍手喝采を贈る。
(ああ、流石はロステアール王、なんてお優しいのだろう。やっぱり、この人はとても素晴らしいお方だ……!)
その一方で、窘められた男二人は大いに不服そうな顔をする。
「なんだつまらん。大人の階段を昇る手助けするのも先達の役目ってもんだろう、ロステアール王」
「そうだそうだ! ロステアール王はそうやってギルヴィス王を助けたつもりなのかもしんねぇけど、結果的に損させてるんだからな! 酒と女性のいない人生なんて地獄だぜ!」
「貴殿らの主張はまあ判らないでもないが、この場においては詭弁だぞ? いくらギルヴィス王が可愛いからといって、からかうのはほどほどに」
男二人から飛ぶブーイングをいつもの笑顔で流し、さりげない反撃まで入れる赤の王を見ていると、安心も相まってかギルヴィスは段々冷静さを取り戻し、混乱しっぱなしだった頭を整理することができた。そして、そこでようやく彼は、あって然るべき疑問を抱く。
「……あの、皆さんは、一体何をされているのですか?」
唐突な質問に、きょとんとした顔でギルヴィスを見たのは橙の王だった。
「お前さん、これが酒盛り以外の何に見えるんだ?」
ご尤もである。
部屋中を埋める酒臭に、皿にどさりと積まれた多種多様なつまみの数々。床に転がされたり並べられたりと無法地帯を形成する酒瓶たち。どこからどう見ても、酒盛り以外の何物でもない。
しかしギルヴィスの知る酒宴は、こうも無作法なものではなかったように思う。彼は、参加したことのある数少ない宴の席の経験から、酒宴というものは立食会に近しいものであるという認識を持っていた。
いや、というか、酒宴がどうこうと言った話ではない。そもそもこれは酒宴ではなく、
「……会議、なのでは……」
この会の名は、確かにハーフ円卓会議であったはずだ。断じて、こんな臭いだけで酔ってしまいそうな宴会に呼ばれた覚えはない。
呆然としたような呟きには、黄の王が答えた。
「会議か。会議なぁ。まあ、話ならちゃんとしてるぜ。例えばそこの出奔王だけど、この間まーた性懲りもなく出奔したんだとさ。そんで案の定、あのイケメン宰相にしこたま怒られた、とかな」
「ははは、まあ、あの男は私に構うのが好きなのだ。私が出奔すればその機会も増えるから、それはそれで楽しんでいるだろうよ」
「男に構うのが好きとか、あんたのとこの宰相、ほんっとに趣味悪いよなぁ」
心底理解できないといった風の黄の王は、二十六歳という若さで赤の王よりも王歴の長い優秀な男だが、女好きで有名な王でもある。女性は等しくこの世で最も素晴らしい存在だと公言して憚らない彼にとって、赤の国の宰相が理解できないのは仕方ないだろう。
「折角とっても美しい顔をしているというのに、ロンター宰相のその病気は残念極まりないわぁ。それさえなければ、妾、褥に侍らせてあげても良いと思うくらいなのに」
美しさを至上とする薄紅の女王は、顔は良いのに自国の王のこととなると残念になってしまう赤の国の宰相を思い出し、麗しい溜息を吐いた。それから黄の王が、そんであれなんだろう、と顰めていた顔ににんまりと笑みを形作ってみせる。
「ロンター公爵の秘蔵っ子の、グレイ? だっけか? あの子にも怒鳴られたんだって?」
「おや、耳が良いなクラリオ王。グランデルの何処かに優秀な耳をお持ちのようだ」
「色んな娘とお友達なだけだよ。ま、あんたなら判ってんだろうが、ほいほい重要な情報吐くようなグランデル国民なんて存在しねぇよ。あんたのとこの国民は、こっちが引くくらい、あんたに対して忠実だ」
「無論、承知しているとも。臣下も民も、皆私を信じてついて来てくれている。本当に、私は恵まれた王だ。だが、それは貴殿の国も同じだろう? クラリオ王」
「いやぁ、あんたのとこほどじゃあないけどな」
そう言って笑い合う声を聞いていたギルヴィスだったが、二人のやり取りに抱いた疑問をぶつけようと、口を開く。
「あの、……クラリオ王は出奔出奔と仰いますが、ロステアール王のことです、何かお考えがあって出国なされたのでしょう」
尊敬する国王が何の考えもなしに国を開けることないだろう、という主張だったが、黄の王はギルヴィスの顔をまじまじと見た後に、ぶはっと噴き出した。
「そりゃあお前、ちょっとこの男に夢見過ぎってぇ奴だな!」
ええ……、と目を瞬かせているギルヴィスを、薄紅の女王が憐れむように見る。
「ロステアール王、可愛らしい子供を誑かすのは良くなくてよ?」
「そうそう、そうですよねランファ殿。いたいけな子供を弄ぶのは良くないな~」
最低だわとでも言いそうな紅一点と、調子良くそれに同調する色男に、件の赤の王はのんびりと首を捻った。
「これは困った。誑かした覚えも弄んだ覚えもないのだがなぁ」
やり取りを聞いていたギルヴィスは、一周遅れて、赤の王が他の王たちにけちょんけちょんに言われていることを理解した。そして、そのあんまりな言葉たちを否定しようと、慌てて口を開く。自分のせいで尊敬する王が誤解を受けるなど、あってはならない事態だ。
「た、誑かされてなどいません!」
「そうか、なら坊主は弄ばれてしまったか……」
「弄ばれてもいません! ライオテッド王! クラリオ王! ランファ王! そのような誤解はロステアール王に失礼だと思います!」
我慢ならないとギルヴィスが吠えると、四者四様に王達は笑った。冗談だ、半分はな! と大きな手でギルヴィスの肩を叩く橙の王といい、本当に真面目ねぇと扇子で口元を隠している薄紅の王といい、面白いなぁギルヴィス王はと笑っている黄の王といい、子供を弄んでいるのはロステアール以外の三者の方だった。
いや、この際そんなことはどうでも良い。問題は、名君の中の名君たる赤の王が、出奔王と馬鹿にされていることである。しかしながら、幼いギルヴィスには、三人の王を相手取って問答できるだけの能力がない。だからこそ、幼王の視線は赤の王へと向けられる。
(若輩の身なれば、貴方の考えを汲み取ることは叶わないけれど、きっと何か気高い理念の下動かれていると承知しております。このままでは変な汚名を被ってしまいます。どうぞ、何か仰ってくださいませ)
そんな思いをたっぷりと含めた視線に対し、返ってきたのは、それはもう能天気な笑顔だった。
「なに、屋内に引きこもって執務をこなしてばかりでは、息が詰まってしまうだろう? 定期的に外の空気を吸わなくては、カビが生えてしまう」
ガーン、とあからさまに衝撃を受けた顔を晒すギルヴィスの左方から、再び大きな笑い声が上がる。
「ほら見たことか。小僧は見る目がないなぁ」
「ロステアール王はロステアール王で、美化され過ぎでしょ」
赤の王を指差して盛大に笑う二人の王の言葉が耳に入っているのかいないのか。ギルヴィスの口から零れたのは、なおも赤の王をフォローする言葉だった。
「あの、しかし、視察とか、そういった、」
「いや、国内にいては、宰相や騎士団に捕まりやすいのだ。なにせ連中、私が逃げたとなるとそれはもう本気の策を練って追ってくるのでな。毎度毎度それを躱すのが楽しい。ああ、勿論旅自体も面白いぞ」
可哀想なことに、ギルヴィスの必死のフォローは、当の本人に呆気なく否定されてしまった。愕然とするギルヴィスを尻目に、黄の王も、うんうんと頷く。
「第一、視察でわざわざカジノに行く必要ないもんなぁ」
「え、あ、いえ、ええと、……それは、金銭の集まる場では情報も集まりやすいからとか、」
「いいや。脱走対策なのか、最近は私の個人資産まで家臣の許可がなくては手を出せない状況になっていてな。無断で出て行くと、ほとんど持ち合わせがない状態なのだ。そんなときに手っ取り早く滞在費を稼ぐとなると、私の強運を生かしてカジノで荒稼ぎするしかあるまい」
ギルヴィスのフォローを無下にしたのは、またしても赤の王であった。ここまで来れば、さしものギルヴィスも自分の方が間違っているのではないだろうかと思ってしまう。ぐるぐる混乱する頭をなんとかまとめようとしている子供の前で、しかし王たちの会話が止まってくれることはない。
「この間は、青に行ったのだったかしら?」
「ああ。まぁ稼いだ場所は裏カジノであるから、青の国の財に影響は……おっと」
「ははは! こりゃ良いや! 非合法の裏カジノだろうとも、青の国であんたががっぽり儲けたとあったら、あのミゼルティア王の澄まし顔にも青筋たっぷりだろうなぁ!」
「でかしたぞロステアール王! これはもう飲むしかあるまい! 青のとこの小僧にバレたら大目玉だろうがな!」
陽気に笑う王たちを見て、赤の王もにこりと微笑む。
「そうだろうとも。だから、円卓会議の場が水蒸気で満ち溢れないように、今の発言はくれぐれも内密にお願いしよう」
ひ、ひえぇ。
とんでもないことを聞いてしまった、とギルヴィスは青褪める。だが顔色を悪くしたのはギルヴィスただ一人だけで、他の面々は、それはもう楽しそうに笑っているだけだった。
「ぃよっし! ロステアール王、キングオブキングスで勝負しようぜ!」
「ああ、構わないとも」
「だがその前に儂と飲み比べだ、ロステアール王。今度は負けんぞ!」
「中々に気合が入っておられる。その気迫、今回は貴殿に勝ちを譲ることになるやも知れんな」
「顔色一つ変えたこともなしに、よう言いよるわ! なればいざ、尋常に!」
どんっ、と橙の王が赤の王と己の間に酒樽を置き、あれよあれよという間に、二人の飲み比べ勝負が始まってしまった。位置関係的に挟まれた形になってしまっているギルヴィスは、かなりの勢いで消費されていく酒と二人の飲みっぷりに気圧され、おろおろとしながらもクッションごと尻をずらして後退していく。
そこで不意に肩をとんとんと叩かれ、ギルヴィスの肩が盛大に跳ねた。振り返ってみれば、いつの間に移動したのやら、薄紅の女王がギルヴィスの後ろにいた。
「まったく、どうしてこうも野蛮なのかしらねぇ。ほら、ギルヴィス王、こちらへおいでなさい。妾の膝を貸してあげてよ?」
美しい微笑みを浮かべた薄紅の女王が、己の膝をぽんぽんと叩いてギルヴィスを招いた。世の男のおよそ八割が無条件に頷いてしまうだろうそれに、しかしギルヴィスは思い切り首を横に振る。
「そっ、そんな、淑女の膝の上になどっ」
ギルヴィスがそう返答することくらい判っていように、薄紅の女王はわざとらしく、美しい形の眉を顰めて小首を傾げる。
「あら、妾の誘いを断るの?」
「え、あ、いえ、あの」
そう返されてしまっては、ギルヴィスはあたふた慌てるしかない。淑女に己の体重を預けるなど有り得ない話だが、かといって、こう言われてなおも断るとなると、誘った側に泥を塗るような形になってしまう。勿論、からかわれているのだと判らないわけではないが、だからと言って上手く立ち回れるほど、彼は大人ではなかった。
にっちもさっちもいかない状況に、赤の王に助けを求めたくなるが、彼の王は飲み比べの真っ最中である。たかだか飲み比べとはいえ、勝負は勝負だ。待ったをかけるのは躊躇われた。
救いの手を求めて視線を彷徨わせていると、不意に軽薄な声が二人の間に割り込んでくる。
「ラーンファ殿っ、膝なら俺がお借りしますよぉ!」
声の主は黄の王であった。彼は飲み比べ対決を観戦していたはずだが、この場で唯一の女性が場を移したのに気づいて、同じく移動してきたらしい。王と言うには少しばかりだらしのない笑みを浮かべた彼は、今にも薄紅の女王の白い腿に頭を乗せんばかりである。
しかし、ずずいと寄ってくる黄の王への返答は、その額を強かに打つ扇であった。
「あまり調子に乗るんじゃあないわ」
「いてっ」
それなりに良い音を立てて小突かれた額を抑え、黄の王は少しだけ唇を尖らせてから、ギルヴィスの方を見た。
「あーそうだギルヴィス王。流石に喉乾いてんだろ。どれ飲む? 早くしねぇとあそこの二人に飲み尽くされちまうぞ」
「子供の口には甘い方が良いかしら? 果実酒があるわよ?」
両手に酒瓶を持ってこちらを見て来る二人の王と、その後ろで楽しそうな笑い声を上げながら酒を喉に流し込んでいる王たちを見てから、ギルヴィスは遠い目をして、ひとこと。
「……取り敢えず、お酒でないものを、頂きたいです……」
結局宴会(最早ハーフ円卓会議とは呼ぶまい)は明け方まで続き、その頃には黄の王と橙の王はべろんべろんになって死体の如くといった様子であった。なお、美容にこだわる薄紅の女王は、夜が更けて来たあたりで自分に割り振られている部屋にさっさと退散していた。曰く、夜更かしは大敵だそうだ。
ギルヴィスはギルヴィスで、急ぎ旅の疲れもあってか、途中からうたた寝をしてしまっていたらしい。鳥が囀る音にゆるゆると覚醒すれば、床で丸まって寝ていた身体には大きな外套が掛けられていた。それが赤の王の物だと気づいた彼が慌てて飛び起きて部屋を見回すと、無様に転がっている死体二つと、黙々と片づけをしている赤の王の姿が目に入った。
「す、すみません!」
外套を抱えて赤の王の元へ駆け寄ると、赤の王はにこりと微笑んで返した。
「おや、お疲れだろう。もう少し寝ていても良いのだぞ?」
「ロステアール王一人に片づけを任せるなど、そういう訳にはいきません」
「私がたまたま起きていたからやっているだけだ。貴殿が気にすることではない」
「それでも駄目です」
引く気がないギルヴィスに、赤の王がまた笑みを浮かべる。
「それでは、残りの酒瓶を全て回収して、この袋に入れて頂こうか。その間に、私はあの二人を部屋まで運ぼう」
「あの二人って、……お一人で大丈夫ですか?」
「クラリオ王は全く問題ない。ライオテッド王も、さすがに重いだろうが、まあ大丈夫だ」
そう言いきった赤の王に、ギルヴィスはまた感嘆してしまう。
この王は、王として他の追随を許さない程に優れている上に、武人としても大層優れているのだ。本当に、こんな王は、もう二度と誕生しないのではないだろうか。
赤の王が言葉通り黄の王と橙の王を部屋に運んでいる間、ギルヴィスは酒瓶やら酒樽やらの片付けに勤しんだ。黄の王が赤の王に横抱きにされている様に少し笑ってしまったのは、内緒だ。なお橙の王はさしもの赤の王も大変だったのか、俵担ぎで部屋に運ばれて行った。そして、これにもギルヴィスは笑いを禁じ得ないのであった。
「片付けを手伝わせてしまってすまないな、ギルヴィス王」
国王二人を運び終えて再び部屋の片付けに戻った赤の王が、そう言いながら端に寄せられた机や椅子を元の位置に戻していく。そこまでする必要はないのではないかと思ったギルヴィスだったが、出来るだけ宿の人間に負担を掛けないように、という配慮なのだろう。さすがは赤の王である。
「いえ、お気になさらず。……そんなことより、ハーフ円卓会議とは、いつもこうなのでしょうか」
「まあ、どの国で開催しても、大体毎度こんな感じになるな」
「……会議、というか、宴会ですね……」
疲れたように言ったギルヴィスに、赤の王が笑う。
「とは言え、皆、今回は特にハメを外しておられたな。貴殿がいたからだろう」
「私、ですか?」
「ああ。今回の宴は、いつもの会議に加え、貴殿の歓迎会という面もあったからな。からかうようなことを言ってばかりだが、皆、貴殿の即位を喜び、心から祝福しているのだ。少々おふざけが過ぎるところもあるが、それも貴殿の緊張を和らげようと思ってのこと。その点、ご理解頂けると有難い」
優しい声に、ギルヴィスの胸がぎゅうと締め付けられる。
赤の王の言葉は、全てを物語っていた。一日も早く国王として認められるような人間にならねば、と奮闘してきたギルヴィスだったが、なんのことはない。
「……皆様、もう、僕のことを認めてくれていたんですね」
「当然だろう。貴殿は確かに、まだ幼く頼りない面もある。しかし、心持ちや素質は十分に王のそれであると、皆判っているのだ。ならば、経験の低さを理由にそれを認めないなど、あろうはずもない。……これを言っては怒られそうだが、発言に棘のあるエルキディタータリエンデ王とて、貴殿を本当に認めていない訳ではないのだ。あの御仁が本当に王として不足と考えたならば、それこそ容赦なく玉座から引き摺り下ろしにかかるだろうからな」
「……そう、でしょうか。……僕、王として、きちんと立てているでしょうか……?」
ほんの僅か、縋るような目で見上げてきた幼き王の頭を撫でてやり、赤の王が微笑む。
「勿論だとも。私が保証しよう」
その言葉に、ギルヴィスの顔が明るくなる。そして、彼は美少女さながらの笑みを浮かべた。
「それでは、皆様方と肩を並べられる王になれるよう、更に精進致します」
「ははは、これは、私もうかうかしていたら追い越されてしまうかもしれないな。……まあ、しかし、」
ぽんぽん、と、大きな掌が金の王の頭を滑る。
「取り敢えずは、気が緩んだときに“僕”と言ってしまう癖を改めようか?」
茶目っ気をたっぷり含んだ言葉に、自分の発言を遡った金の王は、かあっと顔を紅潮させるのであった。
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主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
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王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
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2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(2024.10.21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
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