1 / 50
第一章 馬鹿王子、旅立つ
第1話 馬鹿王子、婚約破棄を宣言する
しおりを挟む
※ヘンリエッタ視点でのスタートですが、主人公はマルグリスです。
-----------------------------------------------------------------------
「へンリエッタ嬢、君との婚約を破棄する!」
マルグリス殿下のその言葉を聞いた率直な感想は、とうとう頭がどうかしてしまわれたのだろうか、だった。
王立魔法学校の卒業パーティー。私たち卒業生と教師の方々によるこじんまりした祝宴とはいえ、少なくない数の人たちが見ている前で、この人は一体何を言っているのだろう。
殿下の左腕には、着慣れないドレス姿のレニーが抱きついている。
平民出身、いやそれどころか、孤児で冒険者の養父母に育てられたという彼女。少々口は悪いものの、そのさっぱりした性格は決して嫌いではないのだが……。王太子――このガリアール王国の次期国王となるべきマルグリス殿下がエスコートするにふさわしい女性とは、到底思えない。
彼女が「天魔の再来」と評されるほどの魔法の天才児であることも、この際何の関係もない。
私、ヘンリエッタ=ナバーラは、代々ユグノリア公爵位を継承するナバーラ家の娘で、マルグリス殿下の婚約者だ。
本来ならば、殿下の隣にいるのは私のはずなのに――。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
絞り出すように、そう尋ねる。殿下は前々からレニーと親しくされており、特にここ最近の親密ぶりは度が過ぎるのではないか、というような話も耳にしてはいた。けれど、いくらなんでも、こんな暴挙に出られようとは想像もしていなかった。
一ヶ月後には結婚式も控えているというのにだ。
「すべては真実の愛のため……、いや、こちらの話だ」
殿下はそう言いながら、菫色のドレスをまとったレニーの、豊満な胸元に視線を送る。……真実の愛とは?
それは確かに、私の胸はそれほど自慢できるようなものではないけれど、かと言って、決して貧相というわけでも……、いや、何を考えているのかしら、私としたことが。
「私たちの婚約は、国の行く末にも関わること。たとえ王太子殿下といえども、一存で破棄などなさって良いはずがありませんわ。このことは、国王陛下はご存じなのですか?」
「いいや、父上のお耳には入れていない。けれど、きっと了承してくださるだろう。何しろ、父上はユグノリア公が大嫌いなのだからね」
その言葉を聞いて、私は怒りよりも悲しみで、目の前が真っ暗になった。
我が父ユグノリア公が、その傲岸不遜な性格ゆえに、陛下との間に軋轢を生んでいることは承知している。けれど、だからこそ、私たちが結婚し力を合わせて、王家と公爵家の仲を取り持っていかなくてはならないのではないか。
それを、こんな衆人環視の中、両者の不仲を公言するとは、一体どういう了見なのだろう。
このようなお方ではなかったはずなのに――。
初めてお会いした頃、当時|私たちはともにまだ十歳。
ふんわりとウェーブのかかった蜂蜜色の髪に、晴れ渡った秋空色の瞳のマルグリス様は、少々引っ込み思案な一面はあったものの、大変聡明なお方で、周囲の者たちにも優しく、とても素敵に思えたものだった。
そして、魔法学校に入学してからも、魔法にも学問にも真面目に取り組まれ、一流の成績を修めて来られた。
もちろん、婚約者である私との関係もきわめて良好だった。
それなのに、卒業と結婚を目前にして、他の女性との関係を取り沙汰されるようになり、ついには今回の暴挙。何故こんなことになってしまったのか――。
「とにかく、僕はレニーをパートナーにすると決めたんだ。誰にも邪魔はさせない」
駄目押しのように、殿下がそうおっしゃった。
もう、私から申し上げるべきことは何もない。殿下がそう望まれるのならば、どうぞご勝手に。
「私の一存でお返事はいたしかねます。けれど……貴方がそうなさりたいのなら、お好きなようになさいませ」
そう言い捨てて、私は殿下に背を向けた。
一瞬、レニーの顔がちらりと目に入った。燃え上がるような赤髪の平民娘は、何が面白いのかニヤニヤ笑っていたが、その琥珀色の瞳にはほんの少しだけ、申し訳なさそうな色が浮かんでいるように思えた。
……もしかして、憐れまれている?
腸が煮えくり返るような、というのは、きっとこのような気分を指すのだろう。
私は最悪の心境で、パーティー会場を後にした。
-----------------------------------------------------------------------
「へンリエッタ嬢、君との婚約を破棄する!」
マルグリス殿下のその言葉を聞いた率直な感想は、とうとう頭がどうかしてしまわれたのだろうか、だった。
王立魔法学校の卒業パーティー。私たち卒業生と教師の方々によるこじんまりした祝宴とはいえ、少なくない数の人たちが見ている前で、この人は一体何を言っているのだろう。
殿下の左腕には、着慣れないドレス姿のレニーが抱きついている。
平民出身、いやそれどころか、孤児で冒険者の養父母に育てられたという彼女。少々口は悪いものの、そのさっぱりした性格は決して嫌いではないのだが……。王太子――このガリアール王国の次期国王となるべきマルグリス殿下がエスコートするにふさわしい女性とは、到底思えない。
彼女が「天魔の再来」と評されるほどの魔法の天才児であることも、この際何の関係もない。
私、ヘンリエッタ=ナバーラは、代々ユグノリア公爵位を継承するナバーラ家の娘で、マルグリス殿下の婚約者だ。
本来ならば、殿下の隣にいるのは私のはずなのに――。
「……理由を、お聞かせ願えますか?」
絞り出すように、そう尋ねる。殿下は前々からレニーと親しくされており、特にここ最近の親密ぶりは度が過ぎるのではないか、というような話も耳にしてはいた。けれど、いくらなんでも、こんな暴挙に出られようとは想像もしていなかった。
一ヶ月後には結婚式も控えているというのにだ。
「すべては真実の愛のため……、いや、こちらの話だ」
殿下はそう言いながら、菫色のドレスをまとったレニーの、豊満な胸元に視線を送る。……真実の愛とは?
それは確かに、私の胸はそれほど自慢できるようなものではないけれど、かと言って、決して貧相というわけでも……、いや、何を考えているのかしら、私としたことが。
「私たちの婚約は、国の行く末にも関わること。たとえ王太子殿下といえども、一存で破棄などなさって良いはずがありませんわ。このことは、国王陛下はご存じなのですか?」
「いいや、父上のお耳には入れていない。けれど、きっと了承してくださるだろう。何しろ、父上はユグノリア公が大嫌いなのだからね」
その言葉を聞いて、私は怒りよりも悲しみで、目の前が真っ暗になった。
我が父ユグノリア公が、その傲岸不遜な性格ゆえに、陛下との間に軋轢を生んでいることは承知している。けれど、だからこそ、私たちが結婚し力を合わせて、王家と公爵家の仲を取り持っていかなくてはならないのではないか。
それを、こんな衆人環視の中、両者の不仲を公言するとは、一体どういう了見なのだろう。
このようなお方ではなかったはずなのに――。
初めてお会いした頃、当時|私たちはともにまだ十歳。
ふんわりとウェーブのかかった蜂蜜色の髪に、晴れ渡った秋空色の瞳のマルグリス様は、少々引っ込み思案な一面はあったものの、大変聡明なお方で、周囲の者たちにも優しく、とても素敵に思えたものだった。
そして、魔法学校に入学してからも、魔法にも学問にも真面目に取り組まれ、一流の成績を修めて来られた。
もちろん、婚約者である私との関係もきわめて良好だった。
それなのに、卒業と結婚を目前にして、他の女性との関係を取り沙汰されるようになり、ついには今回の暴挙。何故こんなことになってしまったのか――。
「とにかく、僕はレニーをパートナーにすると決めたんだ。誰にも邪魔はさせない」
駄目押しのように、殿下がそうおっしゃった。
もう、私から申し上げるべきことは何もない。殿下がそう望まれるのならば、どうぞご勝手に。
「私の一存でお返事はいたしかねます。けれど……貴方がそうなさりたいのなら、お好きなようになさいませ」
そう言い捨てて、私は殿下に背を向けた。
一瞬、レニーの顔がちらりと目に入った。燃え上がるような赤髪の平民娘は、何が面白いのかニヤニヤ笑っていたが、その琥珀色の瞳にはほんの少しだけ、申し訳なさそうな色が浮かんでいるように思えた。
……もしかして、憐れまれている?
腸が煮えくり返るような、というのは、きっとこのような気分を指すのだろう。
私は最悪の心境で、パーティー会場を後にした。
26
あなたにおすすめの小説
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
悪役令嬢は永眠しました
詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」
長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。
だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。
ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」
*思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります
すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。
なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!
冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。
ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。
そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる