どうか、お幸せになって下さいね。伯爵令嬢はみんなが裏で動いているのに最後まで気づかない。

しげむろ ゆうき

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 ある日、ハンナが目を覚ますとそこは見たことない部屋だった。
 しかも、体は鉛のように重く、思うように動かなくて。
 それこそ、指先さえも。
 なので、なんとか視線だけを動かし状況を把握しようとしたのだが。

「ハンナっ!」

 そう叫んでハンナを覗きこんでくる人物がいなければ。

「……ソニア……叔母様?」

 何しろ、亡き母の妹であるソニアが嬉しそうに何度も頷く姿が視界に入ったので。とりあえずはこの場所は安全だと判断することが。
 ただし、場所だけだったが。

「お医者様を呼んでくる」

 そう言って慌てて部屋を飛び出してしまう彼女にハンナは自分の状況を再び思い出したから。
 それと、しばらく天井を見つめているうちに徐々に自分に何があったのかも……





 王都にあるキリオス伯爵家のタウンハウスで仲睦まじくお茶を楽しんでいる二人がいた。
 一人はロクサーヌ王国の一部を治めるキリオス伯爵家の長女ハンナで、もう一人はエデュール伯爵家の二男であり婚約者エリオットである。

「ハンナは今日も領地経営の勉強をしていたの?」
「はい。今やっている領地経営の手伝いに少しでも役立てばと思いまして」

 そう言ってフワフワした薄緑色の髪を軽く揺らしながらハンナが笑顔で頷くと、エリオットは癖っ毛のある赤色の髪を弄り、眩しそうに彼女を見つめる。

「なら、僕もしっかりとハンナの手伝いができるように領地経営の勉強をしないとね」

 そう言って彼女を支えるんだと心に誓いながら。

「エリオット様は十分にやられているではないですか」
「そんな事はないよ。ハンナを幸せにする為にはもっと頑張らないと、そう思っているからね」
「まあっ。エリオット様は優しいのですね」

 それこそ頬を赤るハンナの顔を見たらなおさら。
 何しろ、エリオットは彼女のその表情が見れるならいくらだって頑張れる、そう思ってしまうからだ。
 それこそ、丸一日働くことになろうとも。
 土まみれになろうとも。

「ハンナ」

 そう強く思いながらエリオットはティーカップを持つハンナの手に自分の手を重ねようとする。
 ただし、手が重なる直前、二人の世界に割って入ってくる人物、ハンナの妹フィナに邪魔をされてしまったが。
 しかも、今日は出かけないはずなのに金色の髪を丁寧に編み込み、パーティーに着ていくようなドレスを身につけエリオットに媚びるような仕草まで見せて。

「エリオット様ぁっ」

 まるで、呼び込みをする娼婦のような感じで声まで出してきて——と、エリオットは我に返ると手を引っ込めて苦笑する。

「や、やあ、フィナ嬢」
「もう、フィナで良いって言ったじゃないですかぁ」

 シナを作るフィナに若干、引き気味になりながら。
 ただ、フィナはそんなことは気にする様子もなく、今気づいたとばかりに今度はハンナの方に顔を向けるが。

「あら!? お姉様いたんですかぁ」

 白々しい態度でそう言いながら。

「……ええ、いたわよ。それより、その格好はどうしたの? 婚約者のルーカス・レジエット様とは今日はお会いしないのよね?」

 ハンナがそう言っても、気にする素振りすら見せずに再びエリオットに色目を使い。

「はっ、当たり前じゃない。このドレスはエリオット様のために着たに決まっているでしょう」

 さも、当然とばかりに常識外れな発言をしてきて。
 だから、ハンナはなんと言えば良いのか悩んでしまったが。ここまで堂々としていると何を言っても無駄だと考えているので。
 それにフィナを注意すればきっと彼女は大騒ぎし、父のエドモンドや義母のドナに理不尽に怒鳴られるのが目に見えてしまうとも。
 つまりはここは自分が我慢するしかないと。
 うちの状況を知るエリオットもわかってくれているし——と、ハンナは苦笑しながら頷く。

「……そうね」

 そして、エリオットに目配せも。
 お開きにしましょうと。

「フィナ嬢、すまないが僕はもう帰ろうと思っていたところなんだ。ハンナ、すまないけど次はうちでやろう」

 その言葉に内心、嬉しく思いながら。
 今度は彼のタウンハウスで将来について熱く語ろうと。
 それはエリオットの後ろをフィナが慌てて追いかけていく姿を見ても。きっと、エリオットは適当に相槌を打って、さっさと馬車に乗り込むだろうから。
 そして、乗り込んだ後には大きく溜め息を吐くだろうとも。
 何しろ、今ハンナがそうしているので。
 軽く頭を抱えて。

 あの子は私の私物だけでなく、今度は婚約者のエリオット様まで奪おうとしているのね……

 そう思いながら。
 何しろ一年前、母を病死で失いまだ喪に服している期間に父エドモンドが隠れて作っていた愛人ドナと二人の間に生まれた子供のフィナを勝手に連れて来たあの日も思い出してしまったからだ。
 あの日からハンナにとっての悪夢が始まったので。
 そして、使用人達にとっても。
 ドナとフィナはキリオス伯爵家を我がもの顔で牛耳りはじめようとしたから。
 しかも、エドモンドは行動を制止しないどころかハンナが抗議しても二人の肩を持ってしまって——と、二人の態度はどんどん大きくなり、フィナはハンナの私物を奪ったり、破いたり嫌がらせまでするようになってしまったのだ。
 ただ、そんな暴虐な行動は使用人達によってすぐに防がれたが。
 キリオス伯爵家の使用人は領地経営がまともにできなく、常にお金がないエドモンドのために親戚が用意した人達だったので。
 しかも、彼らは領地のことを思って日々勉強に経営の手伝いをしているハンナの味方で、何か問題を起こせば親戚に報告するとまで言ってくれて。
 おかげで二人は静かになったが。
 ただし、ほんの少しの期間。
 何しろ、フィナが我慢できなくなってきたらしいので。最近はこうやってちょっかいをかけてくるようになってしまったので。
 後先も考えていない貴族社会ではまずい行動を——と、ハンナは再び溜め息を吐く。

 困ったわ。
 フィナが馬鹿な事をしなければ良いのだけれど……

 そう思いながら。
 それはフィナが去った方を見つめていたら、胸のざわつきを感じるほどに。
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