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第三章 立ち込める暗雲
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しおりを挟む「随分と勝手なことをしてくれたな」
現れたのはルーカスと、その後ろには髪を乱したエリオットが立っている。いつの間にか姿を消していたエリオットは、ルーカスを呼びにいってくれていたらしい。
彼の姿を見てホッと安堵したのも束の間、マリアベルを前に子供の姿で現れるのはまずいのではないかと思い至る。シルファの顔がサッと青ざめた。
「あなたは……?」
マリアベルが訝しげな表情をしてルーカスを見つめる中、彼は真っ直ぐにシルファのところに向かってきてくれた。
「すまない。俺が席を外していたばかりに、辛い思いをさせたな。君の姿は立派だった」
「ルーカス……」
両手を握られ、先ほどまでの震えが収まっていく。
そんなシルファとルーカスを見比べるように観察していたマリアベルの目が、大きく見開かれた。
「え、まさか、ル、ルーカス様……!?」
流石に魔法省の重役だという祖父も重要機密事項を軽々しく口にはしなかったようで、マリアベルは驚きのあまり扇子を床に落としてしまった。コツン、と乾いた音が室内に響く。
「ああ、俺がルーカスだ。事情があってな、この姿から戻れなくなってしまった。レストリッチ卿も事情を知っているはずだ。あなたがこのことを知らないのならば、俺の執務室への立ち入り許可取得の件も信憑性が薄いな。無断で執務室に立ち入り魔塔の最高責任者である俺の仕事を妨害したと、正式に魔法省に抗議してもいいのだぞ?」
「そ、それは……まさか、そんな……」
マリアベルは動揺して目を激しく泳がせている。彼女の様子から、独断での突撃であったことは明白だ。
ルーカスはため息をつきながら髪をかき上げると、シルファの腰を引き寄せた。
「いつ元の姿に戻れるかも分からず、そもそも元に戻れる保証もない。このままだと子供を成すことすらできん。お前はそれでも俺の伴侶になりたいと、そう思うのか?」
「そ、それはもちろん――!」
肯定の言葉を紡ごうとしているのだろうが、マリアベルの口からは続く言葉が出てこなかった。はくはくと口を動かし、最後には悔しそうに唇を噛み締めた。
「シルファは俺の全てを受け入れてくれた。こんな姿でも、一人の男として扱ってくれている。俺にとって、彼女はかけがえのない存在だ。俺はシルファ以外と結婚するつもりはないし、この先の生涯で、彼女以外の女性を愛することはない」
「っ!」
「ルーカス……」
マリアベルを諦めさせるための言葉と分かっていても、心は都合よく解釈してしまう。
思わず彼を見つめると、視線に気づいたルーカスは優しく笑い返してくれた。
「う、ぐ……失礼いたしますわ!」
マリアベルは歯を食いしばって後退りをすると、執務室の入り口の扉を勢いよく開けて階段を駆け降りていった。彼女の目元には、涙が滲んでいたように見えた。
やがて足音が聞こえなくなってから、シルファはハッとした。
「あの、マリアベル様は誓約魔法をかけられていませんよね? 口止めもせずに帰してしまって大丈夫なのでしょうか……?」
シルファは不安げに瞳を揺らす。
「ああ、問題ない。あいつはプライドが高い。俺のこの姿を吹聴して彼女の利になることは何もないだろうしな」
ルーカスの言葉に安堵の息を漏らすが、マリアベルが最後に見せた涙だけは彼女の本音を表していたのではないかと思う。
気丈な態度を崩さなかったマリアベルだったが、それらしい理由を論い、自分の気持ちの後押しをしていただけなのではないか。
そう思うと、ルーカスに淡い恋心を抱く者同士、どうしても彼女を恨みきれないのであった。
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