【完結】戸籍ごと売られた無能令嬢ですが、子供になった冷徹魔導師の契約妻になりました

水都 ミナト

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第四章 過去との決別、そして新しい未来へ

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「それから俺はがむしゃらに仕事をして、十八の時に魔塔の責任者の座を勝ち取った。それはもう大変だったよ」


 当時を懐かしむように、ルーカスは表情を和らげた。


「あの日、君が俺の魔導具を必要としてくれて、俺は目が覚めた。自由に魔導具製作ができないことを、周りの環境のせいだと決めつけていた。やれることはあったはずなのに、ただ自らの境遇を恨んで与えられた仕事にのみ注力してきた。結局、もがこうともせずに足を止めていたのは自分だったのだと、ようやく気がついたんだ。挫けそうなことも何度もあった。そんな時、決まって思い出すのは開放市でのやり取りだった。君の笑顔が心の支えだった。誰かの笑顔に繋がるような魔導具を作るんだという原動力だった」


 ルーカスの姿がじわりと歪む。熱いものが込み上げてきて、思わず喉を詰まらせた。


「君の継母が魔塔にやってきた時は驚いたよ。持ち込んできた君の姿絵を見てすぐに気づいた。あの時の女の子だってな。どことなく面影があったんだ。だが、君はあの日の優しげな母親とは違う女に売られようとしていた。どういうことなのか気になってな。エリオットに詳細を調査させて驚いたよ」


 ルーカスは苦虫を噛み潰したような表情をした。


「もっと早くに君を救い出せていたらと、どれほど後悔したことか。だが、君の継母の強欲さは逆に好機だと思った。君を縛り付ける子爵家から開放し、あの日夢だと語ってくれた魔塔に籍を置くことができれば、少しは自由に生きられるのではないかと、そう思った」


 喉奥からルーカスへの想いが溢れ出しそうで、慌ててグッと飲み込んでから、シルファはフルフルと頭を左右に振った。


「私は幼い頃からずっと、あの魔導ランプに救われてきました。それはもう、何度も……ルーカスも、私と同じだったのですね」

「そうだな。君があのランプを今も大切に持っていてくれたと知った時は、どれほど嬉しかったことか」


 シルファがルーカスの魔導ランプにずっと支えられていたように、ルーカスもまた幼き日のやり取りを励みにしてくれていた。あの日の出会いが今日を紡いでくれている。大切に大切に扱ってきた魔導ランプが、シルファとルーカスの縁を再び繋ぎ、照らしてくれた。

 ギュッと目を閉じると、あの日母と訪れた開放市の情景が鮮明に瞼の裏に浮かび上がる。

 数多ある魔導具の中でも、ルーカスが展示していた魔導具にシルファは一番惹かれた。
 それはきっと、彼が魔導具を手にするまだ見ぬ誰かのことを思い、魔導具製作を全力で楽しんだからなのだろう。シルファが魔塔に憧れ、志したのも、ルーカスの魔導具に魅了されたからに他ならないのだ。

 シルファはゆっくりと目を開けると、窺うようにルーカスの瞳を覗き込んだ。


「ルーカス、魔力を中和してもいいでしょうか」

「ああ、頼む」


 再び目を閉じて、ルーカスの中に巡る魔力を感じ取る。

 ルーカスの話を聞き、彼が元の姿を取り戻してからのことを不安を感じるはやめようと、ようやく覚悟が決まった。
 シルファがルーカスを信じなくてどうするというのか。彼の想いは痛いほどに感じているというのに。

 もし仮に、魔法省の重役が二人の仲を引き裂こうとしてきたとしても、抵抗すればいい。
 シルファには魔力を吸い取り中和することしかできないけれど、この力で相手の魔力を乱すことができれば、魔法の行使を妨害することも叶うかもしれない。

 シルファは毎日コツコツとルーカスの膨大で強力な魔力に触れてきた。着実に、確実に彼の魔力を中和してきた。
 その経験が、シルファの背を押してくれる。魔法が使えないシルファに役割を与えてくれたルーカス。今では魔力を中和するという地味な能力も、少しは好きになれた気がする。

 シルファはグッと集中して、ルーカスの魔力の波を捉えた。
 退行魔法の術式に絡みつく濃密だった魔力は、残すところ根幹の部分のみとなっている。

 もう一層深く潜り込んで、絡みついた魔力痕を引き剥がせば、きっと――

 そこまで深く相手の魔力を探るのは初めてなので、どうしても一歩踏み込むことを躊躇してしまう。

 ルーカスの魔力量は並外れていて、少しの油断で飲み込まれてしまいそうになる。一歩間違えれば、強烈な魔力に当てられて明日の調査に支障をきたす可能性だってある。

 最後の魔力を中和するのは、いつもの魔塔の最上階で。


(だから、今日は少しだけ……)


 そう決めて少量の魔力を吸い取り、体内で自らの魔力と混ぜ合わせて中和する。
 手のひらから立ち上る魔力の残滓をぼんやりと見つめながら、ほうっと息を吐いた。

 そして、覚悟を決めてルーカスに向き合う。


「お気づきだと思いますが、ルーカスの退行魔法の解除を妨害している魔力のほとんどはすでに中和しました。あとは根幹に根差した魔力を吸い上げれば、全て中和できると思います」

「そうか」


 やはり自分の身体のことなので、ルーカスにもよくわかっているようだ。

 きっと、ここしばらくの間、シルファに躊躇いの気持ちがあったことも見透かされているのだろう。

 けれど、ルーカスは急かすことも責めることもせず、シルファの覚悟が決まるまで待ってくれていた。一日でも早く元の姿に戻りたいはずなのに。


「必ず、私があなたを元の姿に戻して見せます」

「ははっ、それは何よりも心強いな」


 口元を引き締めるシルファに、ルーカスはいつもの柔和な笑みを向けてくれる。
 片足を組んで膝の上に肘をつき、笑みを携えながらシルファを見つめてくる。
 その仕草一つ一つがシルファの胸を高鳴らせていることを、ルーカスは知らないのだろう。

 成長したルーカスは、一体どんな姿なのだろう。
 本来ならば、二十八歳の立派な成人男性であるルーカス。
 もうすぐ対面できると思うと、嬉しいような、恥ずかしいような。心がざわついて落ち着かない。

 子供の姿のルーカスもルーカスには違いないので、愛おしいことに変わりはないのだが、これまではシルファを見上げてくれていた黄金色の瞳を、今度はシルファが見上げる番となる。


「さて、明日は朝から役場で調査だ。魔塔に運ばれる前のメンテナンス依頼もあるようだから、手が空いた時間があればその魔導具を見てやってくれ。回路の修復はエリオットにもできるから、彼に頼むといい。まあ、君の同僚ほどの腕ではないがな」

「ふふっ、サイラスの回路修復の腕は誰にも負けませんよ」

「む、そこまで肩を持たれると嫉妬してしまうな」

「ええっ、ルーカスでも嫉妬するんですか?」

「当たり前だ。大切な妻の気持ちを独り占めしたいと思うのは、当然の権利だろう?」


 軽口を叩き合って、顔を見合わせる。そしてくすくすと肩を震わせて笑い合う。
 そんなひと時がたまらなく愛おしい。


「ああ、そうだ。これを渡しておかなくては」


 ルーカスがゴソゴソとポケットを探って取り出したのは、華奢な髪飾りだった。


「太陽と月……」


 髪飾りのモチーフとされているのは、太陽と月だった。それぞれに黄金色の石と薄い紫色の石が嵌め込まれている。


「ああ、俺たちのようだろう? 君を守りたい、そう願いを込めて作った」


 ルーカスは少し照れくさそうに視線を逸らして頬を掻いている。

 この人はどこまでもシルファの気持ちを掻き乱す。

 嬉しいという一言では言い表せないほど、胸が詰まって苦しい。


「嬉しい……毎日つけます。ありがとうございます」


 シルファはなんとかお礼の言葉を紡ぐと、髪飾りをギュッと胸に抱き締めた。


「……まだ日中は暑いですけど、朝方は冷えます。窓を閉めますね」

「ああ、ありがとう」


 トッ、と床に降り立ち、シルファはハンカチを広げて机の上に髪飾りを置いた。
 そして、月明かりが差し込む窓辺に歩み寄る。

 真っ暗な海に夜空の星が映り込んでいて、空と海の境界が分からないほどに溶け合っている。
 胸いっぱいに磯の香りを吸い込んでから、シルファは窓を閉めようと窓枠に手を掛けて視線を下げた。


(うん?)


 シルファたちの部屋は正面扉とは反対側の裏通りに面している。主に漁で獲られた魚を荷車で運搬するために使われていると聞いたが、そこに不自然な人影が見えた気がした。


(こっちを見ていた……? まさか、ね)


 目を瞬いてもう一度見ると、そこには誰もいなかった。

 外は街灯も少なく、薄暗い。きっと見間違いだろう。

 シルファはそう思い直し、両手で窓を閉めてカーテンを引いた。
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