【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト

文字の大きさ
6 / 15

6. お菓子作りの手ほどき

しおりを挟む
「――というのがミラベルと出会うまでの話だ」

 余命一年。呪い。

 衝撃的な内容に、しばし言葉を繋げなかった。

 まさかアインスロッド様が、あの笑わないで有名な強面騎士団長様だったというのも驚きだ。
 わたしも遠目に何度か拝見したことがあるけれど、いつも険しい顔をされていて、今目の前でニコニコしている人と同一人物だなんて俄かには信じられない。

 それに、聖女であるトロメアにも癒すことができない呪いなんて……

 黙り込んでしまったわたしに対して、アインスロッド様は暗い気持ちを弾き飛ばすように笑った。

「わはは! 急に重い話をしてすまんな。まあ余命一年とはいえ、俺は今他人の目を気にせず自分の好きなことに没頭できている。心から幸せなんだ」

 アインスロッド様の真紅の瞳には、死への恐怖は微塵にも映されていない。強い意志だけが込められていて、思わず吸い込まれそうになる。

「甘いお菓子を食べている間は、みんな笑顔になる。多少の辛いことさえも忘れてしまえるだろう? 俺はそんな幸せな記憶として人々の心に残りたいと思っているんだ。俺という人間がいたということを、そうして覚えていてほしいんだ」

「アインスロッド様……」

 わたしの心にはこれまで抱いたことのない強い感情が芽生えていた。

 ――アインスロッド様のお力になりたい。

 気が付けば、言葉がこぼれ出ていた。

「お力になれるか分かりませんが、わたしにアインスロッド様のお手伝いをさせてください」

「おお! 引き受けてくれるのか! ありがとう、ミラベル!」

「わ、わ、わわっ」

 わたしが首を縦に振ると、アインスロッド様はパァッと表情を弾けさせ、身を乗り出してわたしの手を大きな両手で包み込んだ。そしてブンブンと手を振るものだから、ナヨナヨのわたしの身体は前へ後ろへ揺り動かされて目が回りそうになる。

「おっと、すまない! 嬉しくてつい……力加減を気にせねばならんな」

 アインスロッド様は慌てて手を離すと、「よし、着いてきてくれ!」と部屋を出て行ってしまった。その足取りは軽やかで、どこか弾んで見える。
 わたしは慌てて彼の大きな背中を追いかけた。

 そして到着したのはピカピカに磨き上げられた厨房だった。先に到着していたアインスロッド様は、忙しなく厨房を動き回り、ガチャガチャという何かがぶつかり合う音を響かせながら戻ってきた。

「愛すべきお菓子作りの道具たちだ!」

 ジャーン! と目の前に並べられたのは、輝く銀のボウルに入った道具たち。真っ白なクリームが詰められた袋、ヘラ、泡立て器、チョコペンなどなどが入れられている。
 そしてボウルを持っていたのと逆の手には、お皿が乗っていた。お皿の上には、見るからにふわふわとしたスポンジ生地、容器に入った苺、楕円形に固められたチョコレートが乗せられている。

「スポンジとクリームを重ねて苺を挟み、クリームを絞って飾り付けをしてみてほしい。クリームの絞り方は少しコツがいるから教える。チョコレートのメッセージプレートにも文字を書いてみてくれ。祝い事の際にケーキに乗せるといいんじゃないかと思っているんだが、これがなかなかに難しい」

 大好きなお菓子作りのことだからか、スラスラと饒舌に語るアインスロッド様。嬉々とした様子が手に取るように分かり、思わず「ふふっ」と笑みを漏らしてしまう。
 アインスロッド様はハッとして、気恥ずかしそうに頬を掻いている。

「おっと……すまん。大人気なくはしゃいでしまった」

「いえ、本当にお好きなのですね。わたしもやってみたいです」

 アインスロッド様をここまで魅了するものに俄然興味が湧く。わたしも可愛いものは大好きだし、甘いものも大好きだ。……あまり縁のないものだったけれど。

「よし! では、これを」

「…………わたしも着るのですか?」

「もちろんだ! 俺の店にはこれしかエプロンがないからな! ミラベルサイズで仕立て直す必要があるが、今は我慢してくれ」

 そう言って満面の笑みで渡されたのは、例のピンクのエプロンだった。フリルとハートが盛り沢山で、身につけるのに少し腰が引ける。

 意を決してエプロンを身につけ、首の後ろと腰回りでキツく紐を結ぶ。うん、ずり落ちずに済みそうだけど、足首まですっぽり覆われてしまってエプロンに着られている感が強い。

「おお! よく似合っているぞ」

「あ、ありがとうございます」

 アインスロッド様は満足げにわたしの周りをくるくる回って全身隈なくチェックされている。
 うう、そんなに見られると……

「あ、あの……あまり見られると、恥ずかしいです」

「ああ、すまん! 早速手を動かしてみるか! まずは手を洗おう。お菓子作りにおいて、清潔にすることが何よりも一番大切だからな」

 アインスロッド様に促されるまま、髪を縛ってから手を清めて作業台の前に立つ。

「よし、一通り教えるから頭と身体でよく覚えるんだ」

「――っ!」

 たくさんの道具を前にドキドキしていると、アインスロッド様が音もなくわたしの背後に立った。そして後ろからわたしの身体を包み込むようにして手を重ね、クリームとヘラに手を伸ばした。

 ――え? この体勢で教わるのでしょうか?

 男性とこれほど密着した経験がないため、心臓が早鐘を打って爆発しそうになっている。いけない、こんなにうるさいとアインスロッド様にも聞こえてしまう。

 一人で狼狽えているうちにも、アインスロッド様はわたしの手を取ってひとつひとつ丁寧に指導してくれる。
 クリームの伸ばし方に絞り方、チョコペンを握る力加減、メレンゲを作るポイントなどなど。

 わたしは懸命に手元に意識を集中させて覚えようと必死になる。熱が入ったように一気にたくさん教えてくれるアインスロッド様。――つまり、その分くっついている時間が長くて頭が茹ってしまいそうになる。一人になった途端、緊張の糸が切れて倒れる自信がある。

 そうして小一時間ほど丁寧に丁寧にアインスロッド様はわたしにお菓子作りの基礎を手解きしてくれた。もちろん体勢はずっと一緒だ。よく最後まで耐え抜いたと思う。誰か褒めてくれないだろうか。

「よし、じゃあミラベルの好きなようにケーキの飾り付けをしてみてくれ」

 そう言ってようやくアインスロッド様が背後から離れてくれた。急に背中の熱がなくなって、ホッとするはずなのにどうしてか胸がキュッと切なくなる。

 ん? と小首を傾げつつも、わたしは教わったことを脳内で反復して、道具に向き合った。

「大切なのは、ケーキを食べて笑顔になる客の姿を思い浮かべることだ。食べて欲しい誰かのことを考えてみるんだ」

「食べて欲しい人……」

 わたしはチラッと正面に回り込んだアインスロッド様に視線を流す。
 そして覚悟を決めて目の前の材料に意識を集中させた。

 スポンジの上に、そっとクリームを乗せる。
 ヘラでムラにならないよう丁寧にクリームを伸ばしていく。
 出来上がった真っ白な絨毯の上に、薄くスライスされた苺を敷き詰め、上からさらにクリームを塗ってスポンジを重ねる。
 二度同じ工程を繰り返し、蓋をするように乗せたスポンジにもクリームを乗せる。薄く伸ばしてから、絞り器を手に取った。
 押し付けないように、優しく。模様が綺麗に出るようにクリームを絞る。
 そして絞ったクリームの間に形のいい苺を乗せる。

 チョコレートのプレートに向き合って、チョコペンの先を付けた時、ふと「何を書こう?」と手が止まった。

 このケーキは、アインスロッド様のために作っているもの――そう思ったら、手が自然と文字を記し始めた。

『ありがとう』

 たったの五文字だけど、バランスを取るのが難しく、いびつなメッセージになってしまった。これは猛特訓が必要だ。

 そっとケーキにチョコレートのプレートを乗せ、ふぅ、と息を吐く。
 今できる精一杯を詰め込んだ。
 初めてにしては上出来ではないかと思うけれど――

「で、できました。どうでしょうか……?」

「おお……おおおお!」

 おずおずとアインスロッド様の前にケーキが乗った皿を置くと、アインスロッド様はクリームが鼻先につくのでは? というほど顔を近づけた。

「素晴らしい! 初めてとは思えない出来だ! これなら練習を重ねれば客に出せる! ありがとう、ミラベルは俺の救世主……いや、女神だ!」

「ひゃああ!」

 アインスロッド様は巨体に見合わず俊敏な動きで作業台を回り込んできて、ガッシとわたしを抱きしめた。

 この人は本当に、距離感というものを知らないのかしら――!

「……きゅう」

「ミラベル!?」

 とうとうキャパオーバーとなったわたしは、アインスロッド様の腕の中で目を回して気を失ってしまったのだった。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?

金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。 余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。 しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。 かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。 偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。 笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。 だけど彼女には、もう未来がない。 「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」 静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。 余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴
恋愛
 彼は結婚するときこう言った。 「わしはお前を愛することはないだろう」  八十を越えた彼が最期を迎える。五番目の妻としてその死を見届けたイザベラは十六歳。二人はもともと、契約結婚だった。  左目のまぶたが蜂に刺されたように腫れあがった彼女は左右非対称で、美しい右側と比較して「美醜令嬢」と侮蔑され、聖女候補の優秀な双子の妹ジェシカと、常に比較されて虐げられる日々。  だがある時、女神がその身に降臨したはイザベラは、さまざまな奇跡を起こせるようになる。  けれども、妹の成功を願う優しい姉は、誰にもそのことを知らせないできた。  彼女の秘めた実力に気づいた北の辺境伯ブレイクは、経営が破綻した神殿の借金を肩代わりする条件として、イザベラを求め嫁ぐことに。  結界を巡る魔族との戦いや幾つもの試練をくぐり抜け、その身に宿した女神の力に導かれて、やがてイザベラは本当の自分を解放する。  その陰には、どんなことでも無言のうちに認めてくれる、老いた辺境伯の優しさに満ちた環境があった。  イザベラは亡き夫の前で、女神にとある願いを捧げる。  他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。 第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。 王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。 毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは… どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

処理中です...