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10. 無茶はするな
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ミラベルと出会って、早くも二ヶ月が経とうとしている。
出会った当時はげっそり痩せ細っていたが、今では人並みに肉付きが良くなり、肌艶も髪も見違えるほど良くなった。何より人との触れ合いを通じて、表情も柔らかくなり笑っていることが増えた。お菓子作りや接客を重ねて、自分自身に自信もつけつつあるように思う。
そんな彼女のおかげで、閑古鳥が鳴いていた『アインスロッド洋菓子店』はすっかり賑やかになっている。
「あらぁ! うさぎをイメージしているのかしら? 可愛いわねえ。ひとつちょうだい」
「見た目も可愛いし、味も最高! すっかりファンになっちまったよ」
そうだろうそうだろう。
ミラベルはグングン腕を上げていて、ケーキの飾り付けやクッキーのアイシングなんかはもうすっかりお手のものだ。絵心もあるから店内のポスターや値札もミラベルがデザインしたものを使っている。
元々可愛い俺の店が、ミラベルの手によってますます可愛くなっていて毎日幸せを生み出している。
常連客の言葉に照れくさそうに微笑むミラベルもまた可愛い。可愛いの相乗効果で店内がますます華やかになる。
客の話に心の中で相槌を打ちつつ頷いていると、最近よく耳にする話題に移っていった。
「ここのケーキを食べるようになってから、不思議と調子がいいのよねえ」
「あら、私もよ。長年の腰痛が随分と良くなってねえ」
「俺も、長年の不眠症が改善されてぐっすり眠れるんだ」
「ミラベルちゃんもよく笑うようになって、あの子の笑顔を見ただけでこっちまで幸せな心地がするよ」
そう、この店のお菓子を食べてくれる常連客は口を揃えて身体の調子がいいと言う。
実はかくいう俺も、同じことを感じている。
ミラベルと生活を始めてからというもの、呪いによる痛みを感じなくなったのだ。
命を蝕む呪いは、時折全身を針で刺すような痛みをもたらす。
ジクジクとした痛みが這うように心臓に迫ってくるようで、恐ろしくてたまらない。
痛みがひどい夜は眠れないこともあった。
それが、ミラベルと出会って以来パタリとなくなった。
呪いは着実に進行しているはずだ。
痛みを感じないのなら、それに越したことはない。
あと一年と、すでに覚悟は決まっていたのだから。
けれど、ミラベルと共に作り上げたお菓子を美味しいと言ってくれる人がいる。
俺たちの店が好きだと笑ってくれる人がいる。
そして、俺の隣には心を安らげてくれるミラベルがいる。
最近の俺は、未練がましくも――もっと生きたいと願うようになってしまった。
「アインスロッド様! クッキーの在庫が切れそうです!」
ミラベルの声が、考えに耽っていた俺を現実に引き戻した。
「あ、ああ! すぐに持ってくる!」
俺はミラベルに笑顔で答えると、厨房へと足を向けた。
***
その日の夜、自室で新作レシピを考えていた俺は、物音に気づいて部屋を出た。
心当たりはただ一つ。
明日は休店日だとはいえ、もう日が回ろうかという時間だ。
思った通り、音の発生源は厨房だった。
暗い廊下に厨房から温かな光が漏れ出ている。
そっと中を覗き込むと、懸命にクリームでケーキを飾り付けるミラベルの姿があった。手のひらサイズに丸くカットされたスポンジに、フリルのように純白のクリームが絞られている。まるでウエディングドレスのように美しい。
真面目なミラベルは、暇さえあればお菓子作りの練習をしている。その勤勉さは狂気にも近いものを感じてしまう。きっと彼女を突き動かしているのは、俺自身にタイムリミットがあることなのだろう。
その気持ちは素直に嬉しい。だが――
「まったく、練習もいいが少しは休むことを覚えろ」
「ひゃあ!? アインスロッド様!?」
突然声をかけたため、ミラベルの小さな身体がピョンっと飛び上がった。なんだその反応は。可愛いな。
イタズラが見つかった子供のように気まずそうにするミラベルだが、片付けをする気配はない。まだ練習し足りないのだろう。
「まったく。勤勉なことはいいことだが、無茶をするのは違うぞ」
「う、あと少しだけ……」
「ダメだ。ほら、可愛い顔にクマができているじゃないか。あと少しと言って、没頭してしまったらあっという間に夜が明ける。――強制連行だ」
「え、きゃあっ!?」
サッと絞り器を取り上げて、素早く手でミラベルの足を払って横抱きにして持ち上げた。
目をまんまるに丸めたミラベルの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。ミラベルは表情豊かでいつまでも見つめていられるほど可愛い。
「ミラベルは頑張りすぎだ。練習するならもっと俺に頼ればいいだろう。それとも相談できないほど俺は頼りないか?」
「いえ! そんなことは……すみません。次からは声をかけます」
「よろしい」
大人しく運ばれながら、ミラベルは素直に頷いた。
素直なところもミラベルのいいところだ。
擦れていなくて、純真無垢で可憐な愛らしい女性。
いつの間にか、俺にとってこれ程大切な存在になっていることに本人は気づいていないのだろうな。
そんなミラベルが、上目遣いでおずおずとこちらを見上げてきた。
「あの……お手隙の際でよろしいので、練習に付き合っていただけますか?」
「ああ、もちろんだ! さあ、今日はもう寝ろ」
ミラベルの部屋の前でそっと下ろして、部屋に入るように促す。ミラベルはふわりとメレンゲのように柔らかな笑みを浮かべた。
「はい。おやすみなさい、アインスロッド様」
「ああ、おやすみ――可愛いミラベル」
吸い寄せられるように、手がミラベルの頭に伸びる。
ふわふわした髪を優しく撫でて、俺は厨房の片付けのため踵を返した。
腕まくりをしてカチャカチャと器具や皿を洗っていく。
呪いを受け、余命一年と宣告された時、夢を追うために大口叩いて飛び出したものの、俺一人だと何も成し遂げられずにこの世から去ることになっていたかもしれない。
俺の余生を明るく照らしてくれているのは、間違いなくミラベルだ。
本当に俺は天使を拾ってしまったのかもしれないと、何度もそう思った。いや、女神の方が相応しいだろうか。
この世から去る身として、心に灯った淡い想いを伝えることはできない。
けれど、君に『可愛い』と伝えることだけはどうか許して欲しい。その言葉の裏に乗せた想いには気がつかないでいいから――
可愛くて愛おしいミラベルを思い、俺の頬は自然と綻んでいた。
出会った当時はげっそり痩せ細っていたが、今では人並みに肉付きが良くなり、肌艶も髪も見違えるほど良くなった。何より人との触れ合いを通じて、表情も柔らかくなり笑っていることが増えた。お菓子作りや接客を重ねて、自分自身に自信もつけつつあるように思う。
そんな彼女のおかげで、閑古鳥が鳴いていた『アインスロッド洋菓子店』はすっかり賑やかになっている。
「あらぁ! うさぎをイメージしているのかしら? 可愛いわねえ。ひとつちょうだい」
「見た目も可愛いし、味も最高! すっかりファンになっちまったよ」
そうだろうそうだろう。
ミラベルはグングン腕を上げていて、ケーキの飾り付けやクッキーのアイシングなんかはもうすっかりお手のものだ。絵心もあるから店内のポスターや値札もミラベルがデザインしたものを使っている。
元々可愛い俺の店が、ミラベルの手によってますます可愛くなっていて毎日幸せを生み出している。
常連客の言葉に照れくさそうに微笑むミラベルもまた可愛い。可愛いの相乗効果で店内がますます華やかになる。
客の話に心の中で相槌を打ちつつ頷いていると、最近よく耳にする話題に移っていった。
「ここのケーキを食べるようになってから、不思議と調子がいいのよねえ」
「あら、私もよ。長年の腰痛が随分と良くなってねえ」
「俺も、長年の不眠症が改善されてぐっすり眠れるんだ」
「ミラベルちゃんもよく笑うようになって、あの子の笑顔を見ただけでこっちまで幸せな心地がするよ」
そう、この店のお菓子を食べてくれる常連客は口を揃えて身体の調子がいいと言う。
実はかくいう俺も、同じことを感じている。
ミラベルと生活を始めてからというもの、呪いによる痛みを感じなくなったのだ。
命を蝕む呪いは、時折全身を針で刺すような痛みをもたらす。
ジクジクとした痛みが這うように心臓に迫ってくるようで、恐ろしくてたまらない。
痛みがひどい夜は眠れないこともあった。
それが、ミラベルと出会って以来パタリとなくなった。
呪いは着実に進行しているはずだ。
痛みを感じないのなら、それに越したことはない。
あと一年と、すでに覚悟は決まっていたのだから。
けれど、ミラベルと共に作り上げたお菓子を美味しいと言ってくれる人がいる。
俺たちの店が好きだと笑ってくれる人がいる。
そして、俺の隣には心を安らげてくれるミラベルがいる。
最近の俺は、未練がましくも――もっと生きたいと願うようになってしまった。
「アインスロッド様! クッキーの在庫が切れそうです!」
ミラベルの声が、考えに耽っていた俺を現実に引き戻した。
「あ、ああ! すぐに持ってくる!」
俺はミラベルに笑顔で答えると、厨房へと足を向けた。
***
その日の夜、自室で新作レシピを考えていた俺は、物音に気づいて部屋を出た。
心当たりはただ一つ。
明日は休店日だとはいえ、もう日が回ろうかという時間だ。
思った通り、音の発生源は厨房だった。
暗い廊下に厨房から温かな光が漏れ出ている。
そっと中を覗き込むと、懸命にクリームでケーキを飾り付けるミラベルの姿があった。手のひらサイズに丸くカットされたスポンジに、フリルのように純白のクリームが絞られている。まるでウエディングドレスのように美しい。
真面目なミラベルは、暇さえあればお菓子作りの練習をしている。その勤勉さは狂気にも近いものを感じてしまう。きっと彼女を突き動かしているのは、俺自身にタイムリミットがあることなのだろう。
その気持ちは素直に嬉しい。だが――
「まったく、練習もいいが少しは休むことを覚えろ」
「ひゃあ!? アインスロッド様!?」
突然声をかけたため、ミラベルの小さな身体がピョンっと飛び上がった。なんだその反応は。可愛いな。
イタズラが見つかった子供のように気まずそうにするミラベルだが、片付けをする気配はない。まだ練習し足りないのだろう。
「まったく。勤勉なことはいいことだが、無茶をするのは違うぞ」
「う、あと少しだけ……」
「ダメだ。ほら、可愛い顔にクマができているじゃないか。あと少しと言って、没頭してしまったらあっという間に夜が明ける。――強制連行だ」
「え、きゃあっ!?」
サッと絞り器を取り上げて、素早く手でミラベルの足を払って横抱きにして持ち上げた。
目をまんまるに丸めたミラベルの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。ミラベルは表情豊かでいつまでも見つめていられるほど可愛い。
「ミラベルは頑張りすぎだ。練習するならもっと俺に頼ればいいだろう。それとも相談できないほど俺は頼りないか?」
「いえ! そんなことは……すみません。次からは声をかけます」
「よろしい」
大人しく運ばれながら、ミラベルは素直に頷いた。
素直なところもミラベルのいいところだ。
擦れていなくて、純真無垢で可憐な愛らしい女性。
いつの間にか、俺にとってこれ程大切な存在になっていることに本人は気づいていないのだろうな。
そんなミラベルが、上目遣いでおずおずとこちらを見上げてきた。
「あの……お手隙の際でよろしいので、練習に付き合っていただけますか?」
「ああ、もちろんだ! さあ、今日はもう寝ろ」
ミラベルの部屋の前でそっと下ろして、部屋に入るように促す。ミラベルはふわりとメレンゲのように柔らかな笑みを浮かべた。
「はい。おやすみなさい、アインスロッド様」
「ああ、おやすみ――可愛いミラベル」
吸い寄せられるように、手がミラベルの頭に伸びる。
ふわふわした髪を優しく撫でて、俺は厨房の片付けのため踵を返した。
腕まくりをしてカチャカチャと器具や皿を洗っていく。
呪いを受け、余命一年と宣告された時、夢を追うために大口叩いて飛び出したものの、俺一人だと何も成し遂げられずにこの世から去ることになっていたかもしれない。
俺の余生を明るく照らしてくれているのは、間違いなくミラベルだ。
本当に俺は天使を拾ってしまったのかもしれないと、何度もそう思った。いや、女神の方が相応しいだろうか。
この世から去る身として、心に灯った淡い想いを伝えることはできない。
けれど、君に『可愛い』と伝えることだけはどうか許して欲しい。その言葉の裏に乗せた想いには気がつかないでいいから――
可愛くて愛おしいミラベルを思い、俺の頬は自然と綻んでいた。
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