【完結】元強面騎士団長様は可愛いものがお好き〜虐げられた元聖女は、お腹と心が満たされて幸せになる〜

水都 ミナト

文字の大きさ
11 / 15

11. トロメアと女神

しおりを挟む
「その趣味の悪いエプロン! いい加減やめろよな!」

 麗らかな昼下がり、いつものようにフラッとやって来たケビンが突然わたしとアインスロッド様のエプロンに難癖をつけ始めた。
 いや、違う。エプロンは可愛いの塊だもの。きっとわたしがエプロンに見合っていないんだわ。

「やっぱり、似合ってない……よね」

 シュン、と肩を落とすと、ケビンが慌てた様子で両手を振った。

「なっ! ち、ちがっ……ミラベルじゃなくてあのおっさんが……! あー! もう!」

「可愛いだろうが。ミラベルも、俺も」

 頭を掻きむしるケビンの前で、アインスロッド様は得意げに腕組みをして胸を張っている。

「はああ!? 可愛いのはミラベルだけだ!」

「け、ケビン……」

「あっ!」

「ほほほ、この店は今日も賑やかねえ。ほっこりするわ」

 二人して赤面していると、カランコロンと軽やかなドアベルの音がして楽しげに微笑むルビー様が来店された。

「あ! ルビーの婆さん!」

「これ、ケビン。婆さんはよしなさいといつも言っているでしょう?」

「う……」

 ルビー様とケビンはこの店で知り合ってから、祖母と孫のように気の置けない関係になっている。流石のケビンもルビー様には敵わないようで、二人の関係こそほっこり微笑ましいものだ。

「マリアも随分と元気になったみたいだし、そのうち店に連れてきてあげなさいな」

「ああ、マリアもこの店に来るのを楽しみにしているんだ」

 マリアとは、ケビンの妹である。
 身体が弱く、自由に外出ができないようで、初めてケビンが来店した日もマリアの誕生日ケーキを買いに来ていたのだ。

 そんなマリアは、不思議なことに『アインスロッド洋菓子店』のケーキを食べた日以来、少しずつ体調が良くなっているという。ケビンのお小遣いでは中々頻繁に買い物することはできないのだけれど、ルビー様がケビンにお手伝いを頼んでそのお礼にクッキーや焼き菓子を渡しているのだとか。

「この店のお菓子は癒しの力でも秘めているのかもしれないねえ」

「癒しの力……」

 ルビー様がしみじみと呟いた言葉がいたく耳に残った。

 癒しの力――
 それはわたしがかつて授かり、そして失った力だから。

 もしかして、また癒しの力が使えるようになったの?

 そう淡い期待を胸に、昔のように力を使おうとするも、身体の底から湧き出るような力は感じない。やはり、一度失ったものは簡単には取り戻せないのだろうか。

「ああ、癒しの力といえばね、隣のサミュリアの聖女様。なんだか大変なんだってねえ」

「え……?」

 ポロリとルビー様がこぼした話の内容に、思わず瞠目する。

 トロメアに、何かあった――?

 つらく当られていたとはいえ、血を分けた姉妹なのだから、やはり彼女がどうしているかは気になる。けれど、追放された身の上で、自国に足を踏み入れることは叶わない。それに、二度と母国の土は踏まないと、国を追われたあの日に誓ったのだから。

「サミュリア王国は繁栄しているように見えて、利己的な国だからねえ……女神様に見放されでもしたのかもしれないね」

 ルビー様の呟きが、静かに店内に溶けて消えていった。



 ***



「どういうことなの!」

 私は神殿の最奥に祀られている女神像の前に膝をついて床を叩いていた。

 私は聖女のトロメア。
 この国で最も尊く、崇められるべき存在なのに!

『最近のトロメア様はご乱心だ。癒しの力も以前に比べて衰えているらしい』

『まさか、実の姉を追い出したという噂は本当だったのか? 慈悲もない女に女神様が見切りをつけられたのでは?』

『また聖女が女神様に見放されるのだろうか。我が国は大丈夫なのかね?』

 最近身の回りで囁かれる言葉はどれも耳障りなことばかり。私が、この私が女神に見放される? そんなことあっていいわけがないのに!

「ねえ、なんとか言いなさいよ! いつもの戯言たわごとだっていいから!」

 そう、戯言。
 私が初めて女神の声を聞いたのは、ミラベルが力を失って我が家に出戻りした後のことだった。


『ミラベルに、十分な食事と安息を与えなさい』


 突然頭に響いた震えるほど美しい声。
 それが女神の声だと、すぐに分かった。
 あまりにも常人離れした声で、聞いているだけで泣きそうになるものだったから。

 聖女に選ばれたのだと、私は歓喜した。
 実際に、女神はこちら側に干渉する対価として代弁者に癒しの力を与える。私にもたちまち癒しの力が顕現した。


 けれど、何かがおかしいとすぐに気がついた。


『ミラベルに声が届かなくなりました』
『ミラベルに、食事を』
『ミラベルを虐げるのはやめなさい』
『ミラベルに――』
『ミラベルを――』

 ミラベル、ミラベル、ミラベル。
 女神は小汚い姉の心配ばかりしていて、私の名前を呼びすらしない。


 聡い私は、理解してしまった。


 ああ、私はなのだと――

 それまではあの女に関わることすら煩わしくて、空気のように扱ってきた。お父様もお母様も、あの女を娘と思っていないのだから、当然よね。
 私だけが二人の愛する子供なのだと、優越感に浸る材料でしかなかった。

 神殿から送り返されたミラベルは、常に暗い表情をしていて辛気臭く、見た目もガリガリでボサボサで見窄らしい。少し臭うし視界に入れたくもなかったのに――

 そんな女の代わりだなんて、到底受け入れることができなかった。

 誰が女神の言うことなんか聞くもんか。
 女神の言う通りにミラベルに十分な食事と安らぎを与えたら、きっとまた癒しの力が蘇る。その時用済みとなるのはこの私だ。そのような屈辱、許しがたい。

 私はすぐに女神の声を聞いたと両親に告げた。
 驚いてペーパーナイフで指先を切ってしまったお父様の傷をあっという間に癒してあげた。

 二人は『真の聖女はトロメアだったんだ』と心から喜んでくれた。
 やっぱり、私だけが愛されている。
 美しく、自信に満ち溢れ、欲しいものは何でも手に入る。私は特別な存在なのだ。

 私の家は子爵家だけれど、聖女を輩出した家門として国から補助金を貰っている。ミラベルが神殿に入った時も、大金が舞い込んできた。
 本来、女神の代弁者である聖女に相応の扱いをするための資金なのだけど、両親はミラベルのために銅貨一枚たりとも使わなかった。神殿に、ミラベルは質素で倹約した生活を望むとそう吹き込んで、冷遇されるように仕向けた。
 ミラベルのお金で、私は宝石やドレスをたくさん買ってもらった。それが当然だと思っていた。

 私が聖女になってからは、家から神殿に通って癒しの力を見せつけるように使い続けた。
 女神の声が聞こえる私は尊い存在なのだと、威厳を示し続けた。

 その間も、女神はただひたすらにミラベルの心配をしていた。私のことなど微塵にも興味がないように感じられて、無性に腹が立った。

 私はその鬱憤を、そもそもの原因であるミラベルにぶつけることで解消しようとした。
 ミラベルの食事に口を出し、補助金を断たれた役立たずは自分で食いぶちを稼ぐべきだと両親に進言した。おかげで元々痩せこけていたミラベルは、さらに見窄らしい様相となっていった。

 ざまあみろ。
 ミラベルが辛そうに表情を翳らせるたびに、心の中で歓喜した。
 けれど、その度に女神が『ミラベルに食事を与えなさい』と言ってくるので興が削がれた。

 そしてある日、私は思い至ったのだ。
 のだと。

 どうして今まで気がつかなかったのだろう。
 思いついてからは実に呆気なかった。

 花が売れなかったら出て行けと言い、ミラベルは花を売れなかった。だからおいぼれた馬車を用意して国境に送った。
 あれだけ痩せこけていたのだから、きっとすぐに飢えて死んでしまうに違いない。私を苛立たせる存在をこの世から消し去れて、胸がスッとした。

 けれど、それも数日間だけのことだった。

 異変は少しずつ現れた。

「あれ……?」

 いつもならば、ものの数分で癒せた怪我を完治させるのに、一時間もかかってしまった。

「疲れが出てしまったのだろう。ゆっくり休んで備えなさい」

 そう言われて数日休んだけれど、次は二時間かかった。

 明らかに身体の中から湧き出る力が減っている。
 まさか、そんなはずがないと、私は躍起になって力を使い続けた。けれどとうとう疲労により倒れてしまった。

 力が衰えている。
 それだけじゃない。
 ミラベルがいなくなったあの日から――女神の声が聞こえなくなった。

 身体に満ちていた温かな力が、吸い取られるように消えていく。

 私の力の衰退に呼応するように、サミュリア王国の空は厚い雲に覆われる日が増え、これまで豊作だった作物の状態も悪くなっている。
 流行病の患者も急増し、神殿や診療所は目が回るほどの忙しさだ。
 遂には、これまで目撃情報すら確認されていなかった魔物まで出現したという。


『サミュリア王国は、女神様に見放されたのでは――』


 そう言ったのはどこのどいつだっただろう。




 そしてとうとう、私は癒しの力を失った。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

成功条件は、まさかの婚約破棄!?

たぬきち25番
恋愛
「アリエッタ、あなたとの婚約を破棄する……」 王太子のアルベルト殿下は、そう告げた。 王妃教育に懸命に取り組んでいたアリエッタだったが、 それを聞いた彼女は……? ※他サイト様にも公開始めました!

【完結】余命半年の元聖女ですが、最期くらい騎士団長に恋をしてもいいですか?

金森しのぶ
恋愛
神の声を聞く奇跡を失い、命の灯が消えかけた元・聖女エルフィア。 余命半年の宣告を受け、静かに神殿を去った彼女が望んだのは、誰にも知られず、人のために最後の時間を使うこと――。 しかし運命は、彼女を再び戦場へと導く。 かつて命を賭して彼女を守った騎士団長、レオン・アルヴァースとの再会。 偽名で身を隠しながら、彼のそばで治療師見習いとして働く日々。 笑顔と優しさ、そして少しずつ重なる想い。 だけど彼女には、もう未来がない。 「これは、人生で最初で最後の恋でした。――でもそれは、永遠になりました。」 静かな余生を願った元聖女と、彼女を愛した騎士団長が紡ぐ、切なくて、温かくて、泣ける恋物語。 余命×再会×片恋から始まる、ほっこりじんわり異世界ラブストーリー。

【完結】溺愛される意味が分かりません!?

もわゆぬ
恋愛
正義感強め、口調も強め、見た目はクールな侯爵令嬢 ルルーシュア=メライーブス 王太子の婚約者でありながら、何故か何年も王太子には会えていない。 学園に通い、それが終われば王妃教育という淡々とした毎日。 趣味はといえば可愛らしい淑女を観察する事位だ。 有るきっかけと共に王太子が再び私の前に現れ、彼は私を「愛しいルルーシュア」と言う。 正直、意味が分からない。 さっぱり系令嬢と腹黒王太子は無事に結ばれる事が出来るのか? ☆カダール王国シリーズ 短編☆

美醜聖女は、老辺境伯の寡黙な溺愛に癒やされて、真の力を解き放つ

秋津冴
恋愛
 彼は結婚するときこう言った。 「わしはお前を愛することはないだろう」  八十を越えた彼が最期を迎える。五番目の妻としてその死を見届けたイザベラは十六歳。二人はもともと、契約結婚だった。  左目のまぶたが蜂に刺されたように腫れあがった彼女は左右非対称で、美しい右側と比較して「美醜令嬢」と侮蔑され、聖女候補の優秀な双子の妹ジェシカと、常に比較されて虐げられる日々。  だがある時、女神がその身に降臨したはイザベラは、さまざまな奇跡を起こせるようになる。  けれども、妹の成功を願う優しい姉は、誰にもそのことを知らせないできた。  彼女の秘めた実力に気づいた北の辺境伯ブレイクは、経営が破綻した神殿の借金を肩代わりする条件として、イザベラを求め嫁ぐことに。  結界を巡る魔族との戦いや幾つもの試練をくぐり抜け、その身に宿した女神の力に導かれて、やがてイザベラは本当の自分を解放する。  その陰には、どんなことでも無言のうちに認めてくれる、老いた辺境伯の優しさに満ちた環境があった。  イザベラは亡き夫の前で、女神にとある願いを捧げる。  他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】氷の王太子に嫁いだら、毎晩甘やかされすぎて困っています

22時完結
恋愛
王国一の冷血漢と噂される王太子レオナード殿下。 誰に対しても冷たく、感情を見せることがないことから、「氷の王太子」と恐れられている。 そんな彼との政略結婚が決まったのは、公爵家の地味な令嬢リリア。 (殿下は私に興味なんてないはず……) 結婚前はそう思っていたのに―― 「リリア、寒くないか?」 「……え?」 「もっとこっちに寄れ。俺の腕の中なら、温かいだろう?」 冷酷なはずの殿下が、新婚初夜から優しすぎる!? それどころか、毎晩のように甘やかされ、気づけば離してもらえなくなっていた。 「お前の笑顔は俺だけのものだ。他の男に見せるな」 「こんなに可愛いお前を、冷たく扱うわけがないだろう?」 (ちょ、待ってください! 殿下、本当に氷のように冷たい人なんですよね!?) 結婚してみたら、噂とは真逆で、私にだけ甘すぎる旦那様だったようです――!?

婚約者を奪われ魔物討伐部隊に入れられた私ですが、騎士団長に溺愛されました

Karamimi
恋愛
伯爵令嬢のクレアは、婚約者の侯爵令息サミュエルとの結婚を間近に控え、幸せいっぱいの日々を過ごしていた。そんなある日、この国の第三王女でもあるエミリアとサミュエルが恋仲である事が発覚する。 第三王女の強い希望により、サミュエルとの婚約は一方的に解消させられてしまった。さらに第三王女から、魔王討伐部隊に入る様命じられてしまう。 王女命令に逆らう事が出来ず、仕方なく魔王討伐部隊に参加する事になったクレア。そんなクレアを待ち構えていたのは、容姿は物凄く美しいが、物凄く恐ろしい騎士団長、ウィリアムだった。 毎日ウィリアムに怒鳴られまくるクレア。それでも必死に努力するクレアを見てウィリアムは… どん底から必死に這い上がろうとする伯爵令嬢クレアと、大の女嫌いウィリアムの恋のお話です。

政略結婚した旦那様に「貴女を愛することはない」と言われたけど、猫がいるから全然平気

ハルイロ
恋愛
皇帝陛下の命令で、唐突に決まった私の結婚。しかし、それは、幸せとは程遠いものだった。 夫には顧みられず、使用人からも邪険に扱われた私は、与えられた粗末な家に引きこもって泣き暮らしていた。そんな時、出会ったのは、1匹の猫。その猫との出会いが私の運命を変えた。 猫達とより良い暮らしを送るために、夫なんて邪魔なだけ。それに気付いた私は、さっさと婚家を脱出。それから数年、私は、猫と好きなことをして幸せに過ごしていた。 それなのに、なぜか態度を急変させた夫が、私にグイグイ迫ってきた。 「イヤイヤ、私には猫がいればいいので、旦那様は今まで通り不要なんです!」 勘違いで妻を遠ざけていた夫と猫をこよなく愛する妻のちょっとずれた愛溢れるお話

追放聖女35歳、拾われ王妃になりました

真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。 自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。 ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。 とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。 彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。 聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて?? 大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。 ●他作品とは特に世界観のつながりはありません。 ●『小説家になろう』に先行して掲載しております。

処理中です...