森の中の憩いの場〜薬屋食堂へようこそ〜

魔女との出会い

第24話 魔女と月の神殿

　アルトが空間を切り裂き、現れた漆黒の闇。それは転移魔法によって作られた、月の神殿へと続く道だった。「さあ、魔女様。月の神殿へ行きましょう」とアルトは促す。

　魔女はまだ驚愕から立ち直れていない様子だった。「転移魔法…お前、本当に何者なんだ？」

　アルトはにこやかに答えた。「ただの薬師ですよ。少しばかり、便利な魔法が使えるだけの。」

　二人は闇の中へと足を踏み入れた。転移魔法の空間は一瞬で終わり、目の前に荘厳な神殿が現れた。月の光を浴びて白く輝く神殿は、静寂に包まれていた。

「ここが、月の神殿…」魔女は感嘆の声を漏らした。

　アルトは周囲を見回した。「確かに、満月草が生えていそうですね。しかし、魔物の気配も濃厚だ。」

　その言葉が終わるか終わらないかのうちに、神殿の奥から唸り声が聞こえてきた。巨大な狼の魔物が姿を現した。その目は赤く光り、鋭い牙を剥き出しにしている。

「やはり、来たか…」アルトは冷静に言った。「魔女様、下がっていてください。ここは私が何とかします。」

　魔女は頷いた。「気をつけろ。あれは月狼。月の魔力を操る厄介な相手だ。」

　アルトは静かにナイフを構えた。その姿は、先程までの穏やかな薬師とは全く異なり、研ぎ澄まされた剣士そのものだった。

「さあ、おいで。」アルトは月狼に向かって挑発した。「お前の血は、上質な薬の材料になる。」

　月狼は怒り狂い、アルトに飛びかかった。しかし、アルトは身をかわし、月狼の背後に回り込んだ。そして、一瞬の隙をついて、ナイフを月狼の首筋に突き立てた。

　月狼は悲鳴を上げ、倒れ伏した。アルトはナイフを抜き、血を拭った。「思ったより、あっけなかったな。」

　魔女は唖然としていた。「信じられない…あんなに簡単に月狼を倒してしまうとは…」

　アルトは魔女に向かって微笑んだ。「どうしました？早く満月草を探しましょう。」

　二人は神殿の中へと進んでいった。神殿の中は薄暗く、ひんやりとしていた。壁には古代文字が刻まれ、神秘的な雰囲気を醸し出している。

　しばらく進むと、月の光が差し込む場所に出た。そこには、一面に満月草が咲き誇っていた。

「これが、満月草…」魔女は目を輝かせた。「本当に美しい…」

　アルトは満月草を丁寧に摘み始めた。「確かに、これは良い薬になりそうだ。」

　満月草を摘み終えた二人は、再び転移魔法で薬屋へと戻った。

「さて、これで秘薬の材料は揃いましたね。」アルトは嬉しそうに言った。「早速、作ってみましょう。」

　アルトは魔女と共に、秘薬の調合に取り掛かった。魔女の指導のもと、アルトは手際よく材料を混ぜ合わせていく。

　数時間後、秘薬が完成した。それは、淡い光を放つ美しい液体だった。

「これが、私の秘薬…」魔女は感慨深げに秘薬を見つめた。「まさか、お前と一緒に作ることになるとはな。」

　アルトは微笑んだ。「私も、良い経験になりました。ありがとうございます、魔女様。」

　その時、店の扉が開いた。入ってきたのは、見慣れない男だった。彼は薄汚れた服を着ており、顔には疲労の色が滲んでいた。

「すみません…」男は言った。「何か、食べ物を恵んでいただけませんか？もう、何日も何も食べていなくて…」

　アルトは男をじっと見つめた。そして、優しく微笑んだ。「もちろん、構いませんよ。どうぞ、中へ。」

　男は戸惑いながらも、店の中へと入っていった。彼はテーブルに座り、アルトが運んできた料理を夢中で食べ始めた。

「ゆっくり食べてください。」アルトは男に言った。「お腹が空いていたでしょう。」

　男は涙を流しながら、料理を食べ続けた。彼は、本当に空腹だったのだ。

　料理を食べ終えた男は、アルトに向かって深々と頭を下げた。「ありがとうございます…本当に、ありがとうございます…」

　アルトは男に微笑んだ。「どういたしまして。困った時は、いつでも来てください。」

　男はアルトに感謝し、店を後にした。

「また、新しいお客さんが増えましたね。」魔女は言った。「お前の店は、本当に不思議な場所だな。」

　アルトは笑った。「そうかもしれませんね。でも、私はただ、自分の好きなことをしているだけですよ。」

　その夜、アルトは新しいハーブティーを淹れた。それは、満月草を使った特別なハーブティーだった。

「魔女様、どうぞ。」アルトは魔女にハーブティーを勧めた。「月の光を浴びた、特別なハーブティーです。」

　魔女はハーブティーを一口飲んだ。そして、目を閉じて味わった。「これは…素晴らしい。心が安らぐような、優しい味がする。」

　アルトは微笑んだ。「気に入っていただけて、嬉しいです。」

　こうして、魔女はアルトの店の常連客となった。そして、アルトの店には、新たな魔法の雰囲気が漂い始めた。月の神殿での出来事、新しい常連客との出会い。アルトの穏やかな日常は、少しずつ変化していく。しかし、彼自身は、その変化を静かに楽しんでいるようだった。明日はどんな出会いが待っているのだろうか。アルトは、そっと窓の外の森を見つめた。